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弟子、入門する 後編

 ピーリカが弟子入りし、一ヶ月が過ぎた。


「ラリルレ・ローラ・ラ・ラリーレ」

「違う。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」


彼女は未だに魔法の呪文を覚えていなかった。


「合ってましたよ。このわたしが間違えるはずないじゃないですか、そんな事も分からないなんて、師匠は本当に愚か者ですね!」

「どこがだよ。自信があるのは良い事だが、間違いは素直に認めろ。ホントは自分でも分かってるんだろ」


流暢に喋るようになったピーリカは、相変わらず態度がデカかった。

実は師匠の言う通り、失敗したと分かっていた。だが素直ではない性格故、なかなか認められずにいる。


「間違ってないのに間違ってるだなんて決めつけるなです。そんなだからモテねぇですよ。ねぇ、ラミパスちゃん」


ピーリカは師匠に背を向け、リビングの隅に置かれた止り木の上に座っている白フクロウに話しかける。ペットとして飼われていたフクロウは何も言わず、かわりにマージジルマが答えた。


「普通に間違ってるんだよ。っていうか失礼な奴だな。俺がモテねぇって決めつけんなよ」

「だって師匠モテそうにないですし。今まで師匠の所に女が訪ねて来た事なんて一度もねぇです」

「別にモテなくたって困ってねぇ」

「彼女もいないんですか?」

「……お前くらいの時から、ずっと好きだった女ならいた。でも告る前に振られた。それだけだ」

「ほぅ。それは少し切ないですね。でも大丈夫、性格の悪いパパが結婚出来たんですから、それよりマシな師匠だって頑張れば彼女くらい出来るです。せいぜい頑張りやがれですよ」


ふり返ったピーリカを、ジッと見つめたマージジルマ。その視線の意味を、彼女は理解出来なくて。


「何です師匠。そんなに見なくてもわたしはいつも通りかわいいですよ」

「……そうかよ。そろそろ休憩するか。コーヒー淹れよう」


自身がかわいい事を否定されなかったピーリカは、満足気に頷いた。今まで毎日のように父親と喧嘩していたピーリカにとって、師匠と過ごすこの穏やかな時間は何となく嫌いではなかった。




 ドンドン。穏やかな時間の中、師弟の耳に聞こえてきた強めに扉が叩かれる音。


「わたしが出てやるです。師匠はコーヒーの準備でもしてやがれですよ」


ピーリカは偉そうに玄関に向かい、木で造られた茶色い扉をあけた。その先にいたのは、ピーリカが一番嫌いな男。


「し、師匠ーーっ、不審者だーーっ」


顔を青くしたピーリカは扉を開けっ放しにしてリビングに戻る。


「父親に向かって不審者とは何だし!」


彼女を追いかけて、男もズカズカと家の中へ入って来た。キューティクルが輝く美しい黒髪とは対象に、かなり汚れたツナギを着た男。

マージジルマは自分を盾にするピーリカに顔を向けながら、男を指さした。


「父親って、この男がか?」


マージジルマの顔を見たピーリカの父親は鼻で笑った。


「マージジルマ・ジドラか。立場的には偉いのかもしれないけど、だからって崇めたりしないし。存在的には、おれのが偉いし」


何言ってんだコイツ。マージジルマはそう思った。

マージジルマから目を離した父親は、ピーリカに話しかける。


「ほらピーリカ。とっとと帰れし」

「帰る訳ないでしょう。私まだパパをボコボコにする魔法教わってません!」

「そんな魔法教わらなくていいし。っていうか、どうしようもないおバカなピーリカにそんなん出来る訳ないし。どうせすぐ泣いて帰って来ると思ったのに、一か月も居座って。人の迷惑考えろし」


父親がため息を吐いた数だけ、ピーリカのイライラが募る。だが今一番ため息を吐きたいのは、勝手に家に押し寄せられて親子喧嘩をし始められたマージジルマだった。


「何なんだよ。確かにピーリカはバカだけどさ」

「なにおう! 師匠の短足!」

「小柄って言え!」


今度は師弟で口喧嘩が始まる。

その様子を見ていたピーリカの父親はすぐさま娘と師匠を引き離し、師匠の胸倉を掴み壁に押し付けた。


「何すんだよ!」


怒るマージジルマに対し、父親は娘に聞こえないほどの小さな声で言った。


「うちのピーリカがバカな訳あるか、世界で一番お姫様だろうが!」


何言ってんだコイツ。またもやそう思ったマージジルマ。

ピーリカは彼らの足元で両手を上げて怒る。


「おい不審者、師匠を苛めるなんて許さねぇですよ!」


彼女の父親はマージジルマから手を離し、小ばかにした表情でピーリカを見下した。


「ピーリカが引っ付いてる方が苛めみたいなもんに決まってるし。コイツだってピーリカなんか嫌いだろうし。まぁ、おれは寛大だから? 嫌だけど? 仕方なーくピーリカと一緒に暮らしてやる。感謝しろし」

「誰がするか!」


ギャアギャア騒ぐ父と娘。態度がデカく素直ではない二人を見て、マージジルマはある疑問を浮かべた。


「あらあら、困ったわねぇ」

「……パイパーさん!?」


いつの間にか隣に立っていたピーリカの母親に、マージジルマは思わず胸を弾ませた。


「ごめんなさいねマージジルマ様。会うなって言ったのに聞かなくて」

「いや別に。それより、もしかしてだが……ピーリカって性格父親似か?」

「そうなんです。かなりの自信家で、ひねくれもの。だから本当は大好きな相手にも、ついつい意地悪言っちゃって。おだてておけば調子に乗って言う事聞いてくれるから、扱いやすいんですけどね。ただ親子二人にきりにさせるのは良くないというか、ひたすら相性が悪いんです。どっちもプライドが高くて、自分の方が偉いと思ってるから。よく上座の取り合いをしてました」

「子供なだけだろ」

「普通の子供の方が聞き分け良いですよ」


マージジルマはこの人も落ち着いているようで言ってる事酷いな、と思った。

だがそれでも、隣に立つ女性の美しさは変わらなくて。


「パイパーさんは、それでも旦那……パメルクさんが好きなんだよな?」

「えぇ。何だかんだ言って、悪い人じゃないので。勿論ピーリカの事も好きですよー」


ニコニコと笑みを浮かべるパイパーの顔を横目で見たマージジルマは、ほんの一瞬。何かを諦めた顔をして。


「じゃあ仕方ない。どうにかするか」


言い争っている親子に目を向ける。



 弟子の父親は、変わらず偉そうな態度で娘を見下していた。


「どうせピーリカには何にも出来ないし、可愛げもない。良い所なんて一つもない、役立たずなんだよ!」


父親の暴言を聞き、口を閉じたピーリカ。本当に自分が何も出来ないとは思ってない。可愛げはある。良い所もいっぱい。存在するだけで人の役に立つ。そう思っている。

だが言われた事実は消えなくて。


「わたし、そんなにダメじゃないです!」

「いーやダメだし。悪いとこしかないし」


ピーリカは何度も何度も言い返せる程大人でもない。溜まったイライラで顔をクシャクシャにして、思わず涙が零れそうになった。その時だ。


「じゃ、ピーリカは俺が預かりますね」


ポン、とピーリカの頭の上に片手を乗せたマージジルマ。ピーリカは少しだけ顔を上げて、潤んだ瞳に師匠の顔を映す。

意地悪そうに笑ったマージジルマは、焦った様子の父親に顔を向けていた。


「……は? 何言ってんだし。ピーリカがいたって邪魔なだけに決まってるし。仕方ないから連れて帰るって」

「別に邪魔じゃあない。そりゃうるさいし、失敗認めないけど」

「ほらみろし。ピーリカに出来る事なんてない。弟子になるなんて一生無理だし」

「一生無理ってこたぁねぇだろ。俺が破門にしない限りだけどな。頑張れば代表にもなれるだろ」

「そ、そうやって夢見させてなれないのが一番残酷だと分かんないのか!」


両脇の下を掴まれ、突然持ち上げられたピーリカ。思わず「うわっ」と声を漏らした。


「どうあがいても無理ならそうかもしれないけど、ピーリカが魔法使いになる事は無理とは言い切れないからな。夢見させない方が可能性潰すだけだろ。ピーリカは魔法使いになれる。俺がさせてやる」


腕を曲げ、ピーリカを抱きかかえたマージジルマ。抱えた側は赤ん坊をあやしているのと同じ心情だったのだが、抱えられている側は同じ心情にはなれない。

弟子の瞳に映る師匠の顔。

今まで父親には散々貶されて来て、自分の事なんて信じて貰えなかった。さらに、この素直じゃない性格だ。なかなか友達も出来なかった。つまりだ。

母親以外で、しかも異性で、こんなにも自分の事を信じてくれた人は初めてなのだ。


「あの、師匠。わたし、本当に、やればできますよね」

「当然だ。だってお前、天才なんだろ?」


師匠の言葉に、嬉しさが溢れたピーリカ。思わず彼の首に腕を回し、そのまま抱きついた。

そんな光景を見せつけられた父親。青い顔をして口をパクパクさせている。

父親の心情に気づいたマージジルマは、にんまりと笑みを浮かべて。


「娘は俺の方がいいみたいですね?」


マウント。


「なっ、くっ、てめっ……」


悔しそうな父親だが、そこで素直に気持ちを伝えられる正直さは持ち合わせていない。


「ほれピーリカ。そこからで良いから、お前も何か言ってやれ。中指立てて、失せろって言え」


マージジルマはくるりと父親に背を向け、弟子にロクでもない事を教えた。

彼の肩に顎を乗せたピーリカは、ギュッと彼にしがみついて。未だかつて父親に見せた事のない表情を見せた。


「……わたし……師匠と一緒がいい……から、失せろです」


父親の背後から娘の顔を覗いた母親も、思わず両手を口元に添えた。

気恥ずかしそうに頬を赤く染めるピーリカのその顔は、どう見ても恋する乙女。


「だ、ダメダメ。何としてでも連れて帰るし! じゃないとなんかヤバい気がす痛ったぁ!!」


耳を引っ張られた父親。引っ張っている母親はマージジルマに一礼し、そのまま父親の耳を掴んだまま歩き始める。


「それじゃあマージジルマ様、よろしくお願いします」

「おいママ、離せし!」

「ダメよ。パパはパパで優しくなる修行をしなきゃ。さっさと帰って、寂しさを知ろうねー」


出て行ったピーリカの両親を見送り、マージジルマはピーリカを床の上に降ろす。


「ったく、コーヒー飲むのが遅くなったじゃねぇか」


師匠の呆れた表情を見る事のなかった弟子。床に降ろされてから、ピーリカはずっと床を見つめていた。

さっきの師匠の姿が、声が、頭から離れない。顔の熱も冷めなくて。胸のドキドキが止まりそうになくて。

もはや父親とかどうでも良かった。

そんな事より、何だかよく分からないけど心臓がヤバい!


「あの、師匠」

「何だよ。寂しくなったか?」

「違います。その……」


パパを追い払ってくれて、そばにいてくれて、信じてくれて、ありがとう。なんて。

とにかくお礼を言いたかった。

だが忘れてはいけない。

この娘、見た目は母親似だが性格は父親似なのだ。

顔を上げた彼女は頬を赤く染めたまま、ひねくれた想いを口にした。


「これで師匠は、しばらくわたしと一緒にいられるですね。世界で一番愛らしい弟子がいてくれて光栄でしょう。感謝しやがれですよ、このバァーカ!」


これは素直になれない魔法使いの弟子と師匠の、初恋の物語である。

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