弟子、無意識にあててんのよ
シャバは未来の弟子かもしれない少女、ミューゼの事を思い出す。彼女が言った通り、代表を引退したピピルピが本当にミューゼを育てるのだとしたら。ピピルピは引退する前に、自分の仕事を引き継ぐための弟子を育てなければならないはずなのだ。
だが本当に来るかどうかも分からない未来のために、国を守る存在を適当に決める訳にもいかなかった。それはシャバもピピルピも理解している。しかもその未来が来るとしても、何年先なのかまでは分からない。
「良い子が見つかったらで良いんじゃない? どうしても欲しいなら探すの手伝うけど。オレはピピルピの弟子にはなれないけど、一緒には居られるからね」
「そうねぇ。もしかしたらピーちゃんみたいに立候補する子がいるかもしれないから、もう少し様子を見ようかしら。探すってなったらシーちゃんにお願いするわね。出来ればでいいんだけど、私、弟子にするならすごく破廉恥な子がいいわ」
「……なら桃の民族の中から選ぶしかないね」
「桃の民族以外に破廉恥な子っていないのかしら」
「少なくともピピルピレベルはいないだろうね」
ピピルピは突然立ち止まり、シャバの前に立つ。
心配そうな顔をした彼女は、上目遣いで彼に問いかけた。
「破廉恥な子はお嫌い?」
シャバは黒いマスクを下にずらして、口元を露わにする。そのままピピルピの髪を手で掬いあげると、彼女の髪の先にキスをした。
「まさか」
シャバの答えを聞いたピピルピは「良かった」とだけ呟いて、彼の腕に抱きついた。シャバはニヤけた口元を隠すように、マスクを元の位置に戻す。
再び歩き始めようとした二人の背後で、バサッと何かが落ちる音がした。
音に反応し、ふり返ったシャバとピピルピは足を止める。そこには地面に落ちた本を拾い上げていた一人の少年がいた。
「あ……お取込み中すみません」
「ん? オープンジュエルの子じゃん。大丈夫?」
シャバは彼が着ている制服を見て、自分の領土にある学び舎の子だと判断した。
落とした本を持っていた鞄の中に入れた少年は、シャバ達の前に立つ。
「大丈夫ではありますが……失礼。ちょっとピピルピ様に用がありまして。少々お時間よろしいでしょうか」
たまたま彼女の背後にいて本を落としたのではなく、彼女に声をかけようとして背後にいて、たまたま本を落としたらしい。
「私? まぁ桃の民族の子みたいだしねぇ。なぁに? デートのお誘い?」
「いえいえ。そうではなくて、その、お願いがありまして……」
桃色の髪をした少年のお願いを聞いたシャバとピピルピは、思わず目を丸くさせた。
***
ピーリカがピピルピと買い物に行ってから数日後。
何度か回数を重ねたお陰で、ピーリカはブラをつける事にも抵抗が減っていた。むしろ何故もっと早く着けなかったと思うようになってきたくらいだ。要は慣れである。
今日はハーフトップタイプのものを、Tシャツを着る要領で身に着け。その上からワンピースを着る。頭に白いリボンも着けて、いつも通りの美少女である事を鏡で確認した。
身支度を終えたピーリカがリビングへ向かうと、何やら師匠が慌ただしい様子でラミパスに餌を与えていた。
「悪いピーリカ、寝坊した。今日会議だから、もうすぐ出ないと!」
「分かりました、急ぎます!」
「別にお前は急がなくていいんだけどな」
「何言ってるんですか。わたしも行くに決まってるでしょう!」
「そう言う気はしてた。だったら急げ!」
ピーリカも急いで朝食をとり、お気に入りのショルダーバッグをぶら下げて外へ出る。普段はバッグなんざ必要ないというマージジルマも、今日は止めない。止めた所で言う事を聞くとも思っていなかった。
「急がないとだからな、今日は何でもいい」
いつもは街へ向かい新品の絨毯を強奪するマージジルマだが、遅刻ぎみの今日は選り好みなどしていられない。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
彼の唱えた呪文により、地面に魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣の中から、ボロボロの布飛び出した。一枚で二人が乗れそうな大きさではあったが、とても汚く、臭い。
「なんてわたしに似合わない敷物なんでしょう」
「しょうがねぇだろ、飛べりゃあ何でもいいんだよ」
ラミパスを肩に乗せたマージジルマは、汚い絨毯の上に座る。
ピーリカも渋々師匠の後ろに乗った。彼女が座ると同時に、ボロボロの布がふわりと宙に浮かぶ。
いつもよりスピードを出して飛んでいるせいで、ピーリカの髪が大きくなびいている。
「ぼろくて破けそうで、ちょっと怖いですね。かわいいわたしが落ちたら大変なので、仕方なく支えさせてやるですね」
いつものように素直には言えないピーリカは、師匠の腰に腕を回し。抱きつくようにしがみつく。
マージジルマは目を見開いた。抱きつかれた事に驚いた訳ではない。今までとは違う感触に驚いたのだ。
確実にある。かなり小さいけれど、ある。小さいけれど、背中に当たってる。そう思ったという。
本当に俺の弟子だろうか、と思わず疑った彼は、恐る恐る振り向いた。真っ先に目に入ったのは、子供っぽいリボンだった。あ、ピーリカだ。と、リボンで確信を得たらしい。
そのリボンをつける弟子は、前を向かずに飛ぶ師匠に疑問を抱いた。
「何です?」
「……今日も子供だなと思って」
「し、失礼な! こんなにもレディ相手に何を言いますか!」
「あーはいはい。いいから行くぞ」
ピーリカがまだまだ子供だと認識したマージジルマは、いつも通り弟子を雑に扱い始めた。ピーリカが「よくないです、レディ扱いしろです!」と騒いでいるがもう気にしていない。
黙っていたラミパスは、マージジルマがいつになったら認めるのだろうか、と呆れていた。
***
マージジルマはピーリカを外で待たせ、会議が行われる建物へと入って行った。円状に並んだ七つの椅子の上にそれぞれの代表が座り、会議が始まる。
開口一番、ピピルピは他の代表達の前で報告を述べる。
「ぱんぱかぱーん、この度私、弟子を迎える事になりましたぁ」
突然の報告に、シャバ以外の代表が驚く。
目を丸くさせたマージジルマも、ピピルピの弟子に興味を抱いていた。
「そうか、まぁ、そろそろいてもおかしくないか。で、どんな奴なんだ?」
「歳はピーちゃんと同じくらいみたいなんだけど……とっても変な子なのよ」
「お前がいう変な子程、信用ならないものはない。おいシャバ、どんな奴なんだよ」
マージジルマ以外の代表達も、一斉にシャバの方を向いた。
「そうですよぉ、どんな人なんですかー」
「男か、女か」
「本当に変な奴とちゃうやろな」
『どっちでもいいよ。働いてくれれば』
と次々に声を出す。
皆の行動が理解出来ずに、シャバは困った様子を見せる。
「何で皆オレに聞くの?」
「だってどうせ知ってるんだろ。さっきもそんなに驚いてなかったし」
「まぁ、知ってるけど」
「ほれみたことか」
「うーん、あながち変な子ってのも間違いじゃないかもしれない。でも悪い子でもないと思う。なぁピピルピ」
シャバの言葉に同意するピピルピは、大きく頷いた。
「えぇ。あとねぇ、童貞さんらしいの」
彼女の発言が真実であるかを確かめるために、マージジルマはシャバに問う。ピピルピには聞かない。信用していない。
「は!? 桃の民族じゃないのか?」
「いや桃の民族だよ」
「ピーリカくらいの歳の奴じゃとっくに卒業してるのが当たり前の桃の民族でまだ童貞とかあり得るのか!?」
「あり得たらしいね」
マージジルマとシャバの会話を聞いていた緑・黄・青の代表が引いた。
「あんな大声で言うもんでもないじゃろ。デリカシーのない男達だね」
「イザティ、聞くんやないで。年頃の娘が聞くもんとちゃう」
「もう手遅れですよぉー」
最年少であるイザティは、頬を両手で抑え照れていた。
デリカシーのないマージジルマは、気にせず質問を続ける。今度は目線をピピルピに向けた。
「で、ピピルピは何でその童貞を弟子にしたんだよ。狙ってんのか?」
「失礼しちゃう。確かに狙ってるけど、嫌われたくもないから無理やり食べたりはしないわよ。弟子入り志願されたから受け入れたの。マー君と一緒よ」
「狙ってはいるんじゃねぇか」
「マー君に言われたくないわ。マー君だってピーちゃんの事狙っ」
「狙ってねぇよ!」
確実に動揺しているマージジルマは、わざわざ立ち上がってピピルピの椅子の足を蹴とばす。
ピピルピの体、主に胸が揺れた。転倒はしなかったものの、ピピルピは頬を膨らませる。
「んもぅ、乱暴なんだから」
「お前が変な事言うからだろうが。それよりピピルピ、弟子迎えるって事は一緒に住むんだろ? 弟子の魔法が暴走した時、止めるのが師匠の務め。童貞って事は男だろ? いいのか?」
そう言いながら、マージジルマはシャバの様子を伺う。口ではピピルピへの質問なのに、まるでシャバに質問しているようだった。シャバは「なんでこっち見るんだよ」と眉を曲げている。
ピピルピはマージジルマだけでなく、その場にいる代表全員に伝わるよう答えた。
「その子ね、まだ学生さんなの。シーちゃんの所の学び舎に通っててね、普段は学び舎の寮に住んでるらしいから。私の所へはその学び舎がお休みの時に来てもらうか、私が行くかするの。卒業したらウチに来てもらうのでもいいかなって」
「あぁ、オープンジュエルハート。じゃあ魔法が暴走しても先公がどうにかするか」
「そう。でも今日は学び舎お休みみたいだから、お外で待っててもらってるの。皆にも会わせたかったし」
ピピルピの答えに納得したマージジルマは、頭の後ろで腕を組んだ。
「外にいんのか。じゃあ、ピーリカはもう会ってるかもしんねぇな」
「あら、ピーちゃんいるの? 私に会いに?」
「んな訳あるか。勝手について来ただけだ」




