弟子、白の魔法を使う
「白の呪文はリルレロリーラ・ロ・リリーラ。なるほど」
ノートを閉じ、両手を前に構えたピーリカは。意識を集中させ、呪文を唱える。
「リルレロリーラ・ラ・ロリーラ!」
ピーリカは早速呪文を間違えている。
部屋の中にあった椅子の下に出現した魔法陣。椅子がガタガタと動き出した。
「うひゃあ!」
驚きの声を上げ、動く椅子を見つめる。
シュッ、バキッ。
椅子が天井にぶっ刺さった。
魔法陣が消えた所を目撃したピーリカは、鼻で笑う。
「白の魔法、ダメな魔法ですね」
ピーリカ・リララ。失敗を中々認めない少女である。
「もう一度、黒の魔法でやってみるです。ラリルレリーラ・ロ・ロローラ」
よく使っている黒の呪文ですら間違えて唱えたピーリカは、急激な睡魔に襲われた。
「何故、急に、ねむし……」
床上にパタリと倒れたピーリカが、そのまま起きる事はなかった。
翌朝。地下室の扉を開けたシャバとピピルピは困惑していた。
部屋は散らかり、椅子は天井にぶっ刺さっている。
しかもマージジルマは全裸で寝てるわ、ピーリカは彼のシャツを着て床で寝てるわ。
「ねぇシーちゃん。これは一線超えたんだと思う?」
「いや流石に超えてないと思う。ピーリカまだ小さいし、マージジルマそんな趣味ないだろうし」
「小さいかもしれないけど不可能ではないわよ。私とシーちゃん、ピーちゃんぐらいの時に一線超えたじゃない」
「それ起きてるピーリカの前で言わないでね」
ピーリカを抱っこしたピピルピは、とたんに目を輝かせた。
「どうしましょうシーちゃん。ピーちゃん下着つけてないの。くにゅくにゅしていいかしら」
「ダメ。ほら起きろピーリカ、ピピルピに襲われるぞー」
ゆっくりと目をあけるピーリカは「ふにゅ」と声を漏らし、周りの様子を確認する。
ピピルピに抱っこされているという事をようやく理解し、急いでのけぞる。
「わぁっ! 変態!」
「おはようピーちゃん。チューする?」
「しない!」
シャバは一切気にせず、マージジルマの顔を覗き込んだ。寝てはいるものの、びしょびしょだったタオルが生乾きの状態でかけられている事もあり、とても不快そうな顔をしている。
「なんかすげー顔してるけど、普通に具合悪いんだろうな。今日中にはニャンニャンジャラシー見つけないと」
「そうですね、急ぐです。師匠が昨日言ってたオーロラの国に行くですか? それか白の魔法使いの口内炎をどうにかしに行く事も出来るのでは?」
「あー……」
「何です?」
歯切れの悪い返事をし、互いを見つめるシャバとピピルピ。
「その、白の魔法使いはだな」
「……さっきシーちゃんと一緒に会いに行ったんだけど、実は口内炎じゃなかったのよねぇ」
ピーリカは首を傾げる。
「でも何かしら具合が悪いから防御魔法かかってないんでしょう? 一体何なんです?」
「虫歯」
「……虫歯?」
「歯医者さんに行きたくないから口内炎って嘘ついてたみたい」
「そいつ今すぐクビにしろです!」
「虫歯でクビには出来ないわぁ。大丈夫、私とシーちゃんで歯医者さんには連れてったから。そっちは歯医者さんに任せましょう。ただ腫れが引かない限り、防御魔法かけ直したりマー君治すのは難しいかもしれないわねぇ」
「なんて奴だ。師匠が元気になったら、まっさきにそいつを殴りに行った方が良いのでは?」
「ダメよ。白の民族体弱いもの。殴ったら死んじゃう」
シャバはマージジルマの頭にかけられたタオルを取り外しながら意気込む。
「という訳で、今日はオーロラウェーブ王国に向かう。頑張ろう、うん!」
「カラ元気ですね?」
「それしか出来ないもんなぁ」
「まぁ、師匠のためですからね。わたしってば優しい」
マージジルマに目を向けるピーリカは、頬に両手を添えた。
シャバは部屋の扉を開ける。
「でもその前に朝ごはん食べようなー。パン持ってきたから焼いて食べよう」
「パンー」
マージジルマに背を向けるピーリカ。パン>師匠。
ふとピーリカは自分の着ている服が自身のものではない事に気づいた。そして昨日お風呂に入っていない事を思い出す。自称オシャレ魔女ピーリカにとって、風呂に入っていないというのは恥でしかなかった。
「そうだ、パンを食べる前にわたしはシャワーを浴びてきます」
シャワーという単語にピピルピが反応した。
「分かったわ、一緒に入りましょ!」
「何が分かったのかさっぱりです、あっち行っててください!」
ピーリカはピピルピを押しのけ、一人で部屋を出て行った。
一人でシャワーを浴びたピーリカは下着と黒いワンピースに袖を通し、脱衣所を出る。
パンの焼ける香ばしい匂いが部屋の中を包んでいた。
「良い匂いです」
椅子に座っていたピピルピが、両手を広げ待っている。
「そうね。でもシャワーを浴びたばかりのピーちゃんも負けずと良い匂いだと思うの。確認させて?」
「お断りするです」
その時、ドンドンと玄関の扉を叩く音が聞こえた。
「失礼します、シャバ様っ」
外から聞こえた男の声。ピーリカは扉を開けに向かった。その後ろをシャバが追いかける。
シャバと同じような格好をした赤い髪の男がいた。見知らぬ男にピーリカは敵意を向ける。
「何者だ貴様! かわいい弟子の座と師匠の首は渡さない!」
二人を追いかけて来たピピルピが、ピーリカを抱っこする。
「大丈夫よピーちゃん。あの子シーちゃんの部下の子」
「離せ変態!」
ピピルピがピーリカの相手をしている間に、シャバはお気楽そうな顔を部下に見せた。
「何だー、パンの匂いに釣られて来たか?」
「そんな事言ってる場合じゃないです。今青の代表様からご連絡がありまして、バルス公国の船が港を攻撃してきています!」
「……何?」
代表二人の目つきが変わる。突然変わった空気に、ピーリカは一瞬怯んだ。だが持ち前の自信の強さですぐに平常心を取り戻した。
うつむいたピピルピの髪先と気持ちが斜めに落ちる。
「よりによって、このタイミングで来ちゃったのねぇ」
「七人中三人が動けない中でな……まぁ仕方ない。行くぞピピルピ。ピーリカはマージジルマの事見ててな」
外へ出て行こうとしたシャバの服の裾をピーリカが掴んだ。彼女は自信に満ち溢れた顔つきをしている。
「待てです黒マスク。わたしも行きます。師匠を助けられるのはわたししかいません」
「どこから来るの、その自信。流石にダメだって」
「そんな不安そうな顔するなです!」
ぐずるピーリカを可哀そうに思ったピピルピはピーリカを降ろし、シャバの頬をツンツンと突く。
「ねぇシーちゃん。ピーちゃん連れてってあげても良いんじゃないかしら」
「何言ってんのピピルピ。ダメだよ」
次の瞬間、ピピルピはシャバの両頬に優しく触れる。
「リリルレローラ・リ・ルルーラ」
「あっ」
シャバの両目に浮かび上がった魔法陣。顔を下に向けた。
喋らなくなったシャバをピーリカは不思議がった。
「黒マスク?」
「……レルルロローラ・レ・ルリーラ」
シャバの手の中に炎で造られた大輪の花。彼はピピルピの前で跪き、その花束を彼女に向ける。シャバの黒目は右と左で違う位置にあった。
「受け取ってくれ。お前とは比べものにもならないかもしれないけどな。愛してるよ」
「まぁ嬉しい。でもシーちゃん、流石に火のお花は私持てないわ」
急に目の前で始まったイチャイチャ劇場に、ピーリカはポカンと口を開けた。
「黒マスクどうしちゃったですか?」
「どうにもなってない。オレはいつもと変わらず、ピピルピの下僕!」
「頭おかしくなっちゃったみたいです」
ふふっと笑ったピピルピ。
「私の魔法が効いてるだけよぉ」
「あぁ、あのメロメロ魔法ですね。そういや忘れてましたけど、奥トントンの呪文違ったらしいじゃないですか。よくも騙したですね」
「騙してないわ。マー君にかけようとしたの?」
「師匠以外にかける気ありません」
「あらステキ。なら大人になったらもう一度言ってみるといいわ。もっと言えば夜、お布団の中で言うのが効果的だわ」
「なっ、早く言えですよ!」
ピーリカは疑う事を忘れている。
「それより急いで青の領土に行かないと。ねぇシーちゃん、ピーちゃん連れてって良いでしょ?」
「オレがピピルピの頼みを断るはずないだろ!」
先ほどとは違う言葉を述べながら、シャバはピピルピに笑顔を向ける。
「ですって。さぁピーちゃん、行きましょうか。女の子だって戦えるものね」
「分かってるじゃないですか。痴女もたまには良い事言うですね。褒めて遣わす」
「うふふ、嬉しい。じゃあマー君の事はラミパスちゃんに見ておいてもらいましょう」
ピピルピはフクロウに病人の世話をさせようとしている。少し不安のあったピーリカだが、背に腹は代えられない。
「いいですかラミパスちゃん。師匠の事ちゃんと見てるですよ。もし何かあったら飛んできてください」
そんな遠くまで飛べる気がしない。思いはしたがマージジルマの事を見る気がない訳でもないので「ホー」と一鳴き返しておいた。




