弟子、紙袋を恥じる
「じゃあピーリカ嬢、ワンピース脱いで~~。キャミソールも~~」
店員からの要望に、ピーリカは動揺を見せた。
「脱いだらパン、し、下着一枚になっちゃうじゃないですか!」
「ブラの試着なんだから脱がなきゃ着れないじゃ~~ん」
それもそうか、とピーリカは納得した。だが人前で服を脱ぐとロクな目にあわないと学習していた彼女にとっては、やはり抵抗があった。
ピーリカの抵抗の意味が分からないピピルピは、しばらくしてからポンと手を叩く。
「そっか。下着姿って本来恥ずかしいものだったわね。ごめんなさい、私普段からこの恰好で買いに来るから、ピーちゃんがワンピースでも何とも思わなかったわ」
ピーリカは水着姿であるピピルピを軽蔑の目で見ている。
「街中を水着姿で歩くのも恥ずかしがっていいものだと思うのですよ。ん? そういや貴様、いつも水着なのに下着買う必要あるんですか?」
「あるわよ。お腹痛い時とかは流石に服着るもの。あとはかわいいデザインのものがあれば」
「た、確かにかわいさは大事ですね。ドレスみたいなのもありますもんね」
「そうよぅ。人に見せるために下着を買う事だってあるだろうけど、一番は自分のためのものだもの。かわいいと思ったものを買うべきよ。最も、サイズが合えばの話だけどね。私みたいにサイズが大きいと、かわいいデザインって少ないの。探すの大変なんだから」
「嫌味ですか?」
「憧れよぉ」
二人の会話を聞いた店員はクスクスと笑った。
「ピピルピ様には今度かわいいデザイン入荷したらすぐお知らせしますね~~。さ、ピーリカ嬢は脱ーいで」
言われてみれば確かに下着の試着なのだから、脱がなきゃいけないというのには納得出来た。
だがピーリカはまだ恥ずかしさも消せずにいる。
「や、やっぱり今日は止め」
「いいの~~? 大人の一歩だよぉ~~?」
「ふぐぅ……」
「葛藤してるね~~」
考えに考えて。真っ赤な顔をしたピーリカは、試着しようと選んだブラを店員に渡そうとする。
「じゃあお願いしてやります……」
「何言ってるのピーリカ嬢、自分で着けるんだよ~~」
「何言ってるのは貴様の方です。わたし着けた事ないから出来ません」
「そうは言っても、これからは一人で着けてもらわないとだから。練習してもらう以外他にないよ~~。魔法と一緒だね~~」
店員はピーリカを再び個室へと案内する。
ピーリカは頬を赤くしながらも覚悟を決めた。今後下着を身に着けるために、いちいち店員を呼び出す訳にもいかない。勿論他の人にも頼めない。以前子供の頃の師匠になら頼んだ事はあるが、その時ですら恥ずかしかったのだ。大人になった師匠になんて頼める訳がない、と。
そう思うピーリカに、ピピルピが個室の外から声をかけた。
「もしもの時は私が着けてあげてもいいのよピーちゃん!」
「貴様には一生頼まないから安心しろです!」
店員はピーリカの持つブラを指さし、優しく説明する。
「着け方は知ってる? 腕を通して、カギフックの金具を背中の後ろで止めるの~~」
「それは知ってます。そうは言っても、これ金具くっつけるのが難しいんですよ」
「あぁ、もし後ろで着けるのが難しいなら先に前で金具だけ着けて、ぐるって回してから腕を通す方法もあるよ~~。摩擦でお肌が傷つくから、後ろで着ける方がおススメだけどね~~」
「なるほど、いえ知ってましたけど」
ピーリカは見栄を張った。
店員は壁を指さす。見れば個室の内側に、小さなボタンがついていた。
「そう? じゃあ着けたら声かけるか、このブザー鳴らすかしてね~~」
「えっ、貴様どこに行くんですか」
「どこって、おっぱい見られたら恥ずかしいでしょ? だからピーリカ嬢が終わるまでお外で待ってるよ? ずっと一緒にいていいならいるけど~~」
ずっと見られている訳じゃないのか、そう思ったらピーリカはひどく安心した。
「いいえ。外にいなさい。貴様は良心的な痴女ですね。褒めてやります」
「ううん、仕事だから仕方なく諦めてるだけ~~」
「褒めるのやめますね」
店員は外へ出て、個室の戸を閉める。
一人きりになった空間で、ピーリカはワンピースとキャミソールを脱いだ。
両腕を通し、腕を背中に持って行く。ブラの端を掴み、金具と金具を掛け合わせようとする。
店員の言っていた前で着ける方法を溜めすかも考えたが、かわいい自分を傷つける訳にはいかないと留まる。五分以上腕を背中に回し、ようやく成功した。
「ふぅ、手間かけさせやがるです……」
一安心したピーリカは、ふいに顔を上げる。鏡に映ったその姿を見て、ピーリカには先ほど店員が「後で分かる」と言った意味が理解出来た。下着姿の全身を見るというのは、やはり気恥ずかしく。せめて下がスカートやズボンで隠れていれば恥ずかしさも半減したのかもしれない、と。
余談だが、ピーリカが知らないだけで下に着るものを貸してくれるお店もこの世にはあるらしい。
何も知らないピーリカは、教わった通り壁についているボタンを押した。ブーっ、と低い音が鳴る。音に驚いたピーリカの肩がビクッと跳ねた。
「ピーリカ嬢出来た~~? じゃあ確認のために開けるね~~」
「えっ!? 待ちなさい、ワンピース着てません!」
「あぁ着ないで着ないで。まずは下着の状態を確認するから~~」
店員はカーテンの戸を開け、ピーリカの全身を見渡した。
ピーリカが着ていた、白地にピンクのレースがついたブラ。ノンワイヤーと呼ばれたソレは、立体的な形で胸全体を包む。
その下はピーリカが家から履いて来た、熊の絵が描かれたお子様ぱんつだった。そのアンバランスさもピーリカには恥ずかしく、そっと手で隠す。
店員はピーリカの腕を退けさせた。
「下はともかく、上は隠さないで~~。ちゃんと着られているか見ないとだから~~」
「遠目に判断できないんですか?」
「出来ない~~。このままだとピーリカ嬢のお胸が歪んじゃう~~」
「歪っ!? そ、それは困りますね。仕方ない……」
ピーリカは店員の前に立った。緊張のせいもあるのか、ピーリカの背筋が自然と伸びている。
だが店員はピーリカを後ろ向きに立たせた。鏡に全身が映ったピーリカは、目線を下に落とす。
「ちょっと失礼~~」
そう言うと、店員はピーリカが着ている下着と胸の間に手を入れて来た。
いやらしい触り方をされている訳ではなく、胸を下から上に持ち上げるように触れた店員。しかもよく見れば、店員はいつの間にかビニール製の手袋をしていた。
とはいえ触られた事には変わりないため、ピーリカは声を上げた。
「きゃあ!? 何してやがるですか変態!」
「違うよ~~。寄せてあげて、ピーリカ嬢のお胸を大きくしてあげたんだよ~~」
「大きく……!?」
良い奴だったか、とは思ったが大きくなりたいとバレるのも嫌なのでピーリカは黙ったままでいる。
ちなみに、この国ではピーリカが巨乳好きなマージジルマに惚れている事などほぼ常識であるため店員はピーリカの想いを全て察している。
店員は肩ひもの長さを調整しながら、満足そうに頷いていた。
「サイズはこれで丁度いいみたいだね~~。人によっては試着したらサイズが違ったって事もよくあるから~~」
「そ、そうですか……貴様のおさらいのために聞いてやりますけど、大きいサイズの下着を着けたらおっぱい大きくなるなんて事ありませんか?」
大きくなるのであれば大きいサイズのものを着けたいらしい。だが見栄っ張りのピーリカは、知らない事を知らないと言いたくない。
「サイズの合わないものを着けるのは良くないよ~~。形も悪くなるよ~~」
「そ、そうですよね。お星さまみたいな形になっちゃうんですよね。知ってましたよ」
「そこまで変な形にはならないかな~~。垂れるかもしれないっていうのはあるけど~~」
「お茶目なジョークというやつですよ」
「そっか~~。じゃあ、試しにその上にワンピース着てみて~~」
ピーリカは言われるがまま、ワンピースだけを着てみる。シルエットの一部に、丸みのある膨らみが増えた。ピピルピ程ではないとはいえ、胸が出てきたと分かる程になった。
「お、大きくなりました!」
「今まで下に広がってたお胸が持ち上がったからね~~。慣れるまでは恥ずかしいだろうけど、悪いものじゃあないんだよ~~。じゃあ今度は外して、キャミソールとワンピース着たら出て来てね~~」
店員は再び外へ出て行く。
残されたピーリカに待ち受けていたのは、ブラを外すという試練だった。
なんとか試練を乗り越えたピーリカは、脱いだブラを持って個室を出てきた。外で待っていたピピルピから目を逸らし、持っている下着を背の後ろに隠す。
その恥ずかしさは理解出来たピピルピは、微笑みながらピーリカに問いかけた。
「どう、ピーちゃん。気に入った?」
「ま、まぁ」
「じゃあそのセットと、さっきの二枚を買いましょうか」
ピピルピはピーリカが試着したブラとお揃いのショーツと、タンクトップのような見た目のハーフトップブラを二枚店員に渡す。
会計へと進む二人を見て、ピーリカは疑問を抱いた。
「パンツの試着してませんよ」
「試着出来るお店もあるけど、出来ないお店の方が多いわね。汚れちゃうと困るから。ショーツは服の上から測ったサイズと誤差も少ないし」
そう言いながらピピルピは店員にお金を手渡した。
お金を受け取った店員が操作する機械の上で、魔法陣が光っている。しばらくして魔法陣の上に、金額を表す数字が浮かび上がった。
合計金額を見たピーリカは目を丸くする。何度数えても五桁はあった。
「や、やっぱりお高くないですか? 詐欺では?」
「ちゃんとした所だもの。このくらいするわよ。お安い所もあるから、そこは今後ピーちゃんが好きな所を選んで行くと良いわ。お店によって試着方法も変わるかもしれないけど、そこまで大きな差はないでしょうから」
「恥ずかしいから二度と買わない気でいるんですけど」
「あらダメよ。成長に合わせて買わないと。何なら私がまた一緒に行ってあげる」
「貴様に把握されているのも恥ずかしいので、それは考え物ですね」
眉を顰めているピーリカとは対照的に、店員は笑顔で言った。
「出来たら今後ともウチをご贔屓に~~。とりあえず今日買ったのは、優しく洗濯してから着てね~~」
「か、考えてておいてやります。とりあえず今日は礼を言っておいてやりますね」
「は~~い。ありがとうございました~~。またお待ちしてます~~」
丁寧に梱包された下着入りの紙袋を受け取り、ピーリカとピピルピは店を出た。
外に出たピーリカは周囲を歩く人の多さに動揺した。誰もピーリカを見てはいない。見たとしてもほんの一瞬。
だがピーリカはその一瞬を見られるのを、自分が手にしている下着入りの袋が原因なのではと考えた。水色と白のストライプ模様をしたオシャレな紙袋が、なんだかとても恥ずかしい。
「痴女! 袋を入れる袋下さい!」




