弟子、下着屋へ連れて行かれる
瞳の中で魔法陣が光ったパメルクは、途端に顔を赤くさせた。
かと思えば。
「う、あ、っ、ぶ……ぶーーーーーーーーーーす!」
ピピルピに罵倒を浴びせ、外へと飛び出して行った。
その光景に、ピーリカは眉をひそめる。
「いつも通りのパパです。痴女の魔法効いてないじゃないですか」
「あれぇ?」
桃の魔法使い代表である自分の魔法が効かないなんて、とピピルピは疑問を抱く。
その様子を見ていたピーリカの母親が、少し首を傾けながら答えた。
「うーん。多分あれ効いてるわよ」
「あれが?」
「結婚する前のパパ、あんな感じだったもの。こうしてみると、似てるようだけどピーリカの方が素直になれるのね」
「わたしはいつでも素直なよいこですけど……?」
操られていてもピーリカは自分に自信を持っていた。
ピピルピは自身の頬に両手を添えて、うっとりした表情を見せる。
「でもかわいいですね」
「えぇ。扱いやすくてとっても」
ピピルピの言葉に同意するピーリカの母親、パイパー。
言動がかわいいといったつもりのピピルピだったが、パイパーにも嫌われたら困る、と、想いを胸の内に仕舞い込んだ。
表情を元に戻したピピルピは、ピーリカを抱き寄せながらパイパーの目を見た。
「さて、殿方もいない事だし、本題に入りますね。お母様、私ピーちゃんに下着をプレゼントしたいんです」
「あら、ピーリカもそんなお年頃なんですねー。まぁ私もそろそろマージジルマ様に頼もうかと考えていたんですけど」
「うーん、それはやめておいた方がいいかもしれませんねぇ。マー君自分のお金が絡まないものには大雑把だし、女性の買い物に付き合うなんて滅多にないから。照れも含めて、ピーちゃんの事下着屋の前に放り投げて置き去りにして帰ったりしますわ」
「まぁ大変。そうなったら、ピーリカの事だからお店破壊しちゃうわねー」
「確かにぃー」
笑いごとではない事で笑っている二人。放っておかれたピーリカは頬を膨らませ、ピピルピの腕に抱きつく。
「ちょっと痴女、師匠の話なんてしてないで。それより早くデートするですよ」
「ピーちゃんがかわいい事言ってる」
「わたしがかわいくなかった事など一度もありませんが?」
「それもそうね。それではお母様、行ってきますねぇ」
ピーリカはピピルピの腕を引っ張って、外へと連れ出そうとする。
パイパーもそっと立ち上がって、腕の中で眠るピピットを起こさないようにしながらピピルピに挨拶をした。
「えぇ、助かります。今度お礼をお送りさせていただきますね」
「そんなかしこまらないで下さいまし。ピーちゃんとのデートがお礼という事で」
「まぁ。まだ清い関係でお願いしますね?」
「はぁい。あっ、ピーちゃんのパパにかけた魔法はあと一分で解けるはずだから。安心して下さぁい」
ピーリカは母親に見送られながら、ピピルピとのデートへ向かった。
ピピルピはピーリカを桃の領土へと連れて来た。黒の領土にも下着屋はあるが、ピピルピ自身がよく知るお店の方が勝手が分かって良いと判断した結果だ。それに、ピーリカも地元で下着を買うのは恥ずかしいだろうと考慮した事もある。
最もそのピーリカは、ピピルピの魔法で操られているため何も考えていない。
下着屋の前に到着したピピルピは、入口の前で立ち止まりピーリカに質問した。
「ピーちゃん、どんな下着が良い?」
「痴女が選べ下さい。痴女の好みに合わせます」
「まぁ、それは嬉しいわ。でも私はピーちゃんの好みで選んで欲しいから……えいっ」
ピピルピは指を鳴らす。魔法の溶けたピーリカは、周囲を見渡した。桃の魔法はかけられている間の記憶が残らない。だが下着屋テビギナルという店名が目に入ったピーリカは、すぐさま状況を把握。店とは反対方向へと逃げようとした。
勿論、逃げる前にピピルピに確保される。
「帰る! おうちに帰るです!」
「ダメよぅピーちゃん、ここまで来たんだから買って帰らないと。見て、素敵なお店でしょう?」
素敵なお店、と言われてピーリカは再び店頭に目を向ける。ベージュの壁にガラスの扉は、一見オシャレな外観。だが、扉横のショーウインドーには下着姿で堂々と立っているマネキンの姿があった。マネキンが着ている赤いガーターベルトなんて、ピーリカにとっては未知の世界過ぎた。
「こんなものを堂々と飾っているなんて。さては痴女、貴様が経営しているのでは……?」
「違うわよぅ。私魔法道具作る事はあるけど、下着まで作った事はないわ。このお店を経営しているのは、別の痴女さんだと思うわ」
「別の痴女、つまりこれは罠! 帰ります、帰せ!」
暴れるピーリカを押さえつけ、ピピルピは店内へと入ろうとする。
「だってここ桃の領土だものぉ。勿論、他の下着屋さんには痴女じゃない人もいるからね。むしろ普通の人の方が多いと思うの。営業妨害になるから決めつけちゃダメよ。さ、行きましょう」
「ま、待ちなさい。こんなあからさまにいやらしい店に入るんですか!?」
「いやらしくないわよ。普通の下着屋さんだもの」
ピーリカはピピルピに引きずられるように店内へ入った。店の中央には再び下着しか身に着けていないマネキンが現れる。そしてその周囲と壁一面を囲うように、数多くの下着がズラッッッと並んでいる。
ピンク青、黄色に白。目の前に広がったお花畑のような空間に、ピーリカは動揺している。
「わた、わたし、わたしはレディですけど、まだ早いんじゃないですかね」
「そんな事ないと思うの。まずはサイズを測ってもらいに行きましょう」
「さ、サイズってまさか」
「勿論、バストサイズよぅ。私が触って確かめてあげてもいいけど、プロにやってもらった方が確実だものねぇ」
「おっぱいを測れと!?」
父親がデザイナーというだけあって、幼い頃は胸囲を測られた事もあるピーリカ。だがあくまで幼い頃の話であって、成長した今では身長すら測らせていない。
「そんな恥ずかしい事出来ません!」
「しないと帰れないわよぉ」
ピーリカは未だに抵抗している。そんな騒がしくしている二人の元へ、店の奥から女性店員がやって来た。
「いらっしゃいませピピルピ様~~、あ、ピーリカ嬢もいる~~」
「こんにちは。今日はピーちゃんに初めてのブラを買うために来たの」
店員に説明をしたピピルピに対し、ピーリカは怒った。
「初対面の女にそんな事バラさないで下さい!」
「店員さんなんだからバレるわよぅ」
ピーリカからしてみれば初対面の女ではあったが、店員は良くも悪くも有名な黒の魔法使いの弟子であるピーリカの事を知っていた。
「ピーリカ嬢ももうそんなに大きくなったんだね~〜、初めてって事はサイズも分からない感じですかね~~」
「えぇ。お願いしまぁす」
ピーリカはピピルピに背中を押され、店の奥に連れて行かれる。
「ま、待ちなさい。見知らぬ女に測られるくらいなら自分で測ります。どうやって測るのかだけ教えなさい」
「測る時は、このメジャーっていうのをお胸の周りに一周させてメモリを読むだけ~~」
店員の女は身に着けていたウエストポーチからメジャーを取り出した。ピーリカは店員からメジャーを奪う。
「分かりました、自分で測ります!」
そのピーリカの手から、ピピルピがヒョイとメジャーを取り返す。
「ダメよぅピーちゃん。自分で測るためには、どうしても下を見る事になるの。そうするとね、前かがみになる分お胸が小さく測定されちゃうのよ。だから他の人、出来ればプロに測ってもらうほうがいいのよ。その方が正しく、大きく測れるから。マー君は大きい方が好きなの、知ってるでしょう?」
マージジルマの名を出されてしまえば、ピーリカが弱くなるのは当然だった。
店員はにこやかな表情でピーリカの手を掴む。
「大丈夫、他の人には見られないように個室で測ってあげるからね~~」
「……一瞬で終わらせろ下さい」
「なるべく早くするけど、多少は我慢してね~~」
「ひぃ……」
流石にもう逃げられない。観念したピーリカは大人しく店の一番奥にある個室へと連れて行かれた。




