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\ 自称 / 世界で一番愛らしい弟子っ!  作者: 二木弓いうる
~お花畑と大運動会編~
183/251

弟子、痛みに耐えられない

 玉入れ、障害物競争、ダンスと予定通りに競技が進む。しばらくは大人しく見ていたピーリカだが、次第に足をブラブラさせるようになった。知り合いがいる訳でもない運動会は、皆頑張れとしか応援出来ない。ピーリカが飽きる理由としては十分だった。


「痴女、お弁当の時間はまだですか?」

「大玉転がしの後だから、もうちょっとよ」

「師匠の出番は?」

「もっと後よ」


楽しみが控えているとはいえ、その待ち時間が長く感じる。

だが師匠のように仕事がある訳でもないし、こんな騒がしい場所で勉強なんて出来ない。

ため息を吐いたピーリカは仕方なく鑑賞を続けた。頑張っている生徒達からしてみれば、失礼な奴らである。

ピーリカの目の前で転がる大玉。それを転がしている生徒達の表情は、とても輝いて見えた。

そんなに楽しいのだろうか。そう思ったピーリカの前へ、学び舎の関係者らしき男が大量の弁当を抱えやって来た。


「マージジルマ様、お弁当をお持ち致しましたー」


魔法陣の中に上半身を突っ込んでいるマージジルマは答えない。ピーリカは両手を伸ばし、男が持っている弁当を二つ受け取る。


「師匠の代わりに受け取っておいてやります。それより貴様、わたしも運動会に参加させろです。見てるよりやる方が楽しそうなので」

「面白そうだから参加させるのはいいけど、うちの生徒達何事にも全力だから、手加減なんてしてくれないよ? ピーリカ嬢、負けるの嫌でしょ?」

「何故最初から負けると決めつけてるんですか。天才のわたしが負ける訳ないじゃないですか」

「うーん、そんなに言うなら良いかぁ。じゃあ出られる競技があるか聞いて来るね」


男はピピルピや他の来賓客にも弁当を手渡し、その場を去って行った。

ピーリカはマージジルマの服の裾を引っ張り、合図を送る。

合図に気づいたマージジルマは、魔法陣から顔を出す。マージジルマの右頬には、赤い血がついていた。


「師匠、高級弁当です。心して食えです」

「ん」


ピーリカが用意した訳でもないのに、偉そうな態度で手渡す。


「師匠、ほっぺに血がついてますけど」

「返り血だ、安心しろ」


安心していいのかしら、ピピルピはそう思いながらも口にする事なく自身の弁当の蓋を開けた。

ピーリカは「まるでピクニックです」と喜んでいる。しかしマージジルマは高級弁当を数秒で胃袋に収めた。


「ごっそさん」

「も、もう食べたんですか!? そりゃ師匠がご飯食べるの早いのはいつもの事ですけど、せっかくの高級弁当なんだからもう少し味わったらどうですか」

「胃袋に入れば何だって同じだろ」

「そう思うなら高級を要求しなくともいいでしょうに」

「高級ってだけで感情が満たされるだろ」

「それは分からなくもないですが」

「よし、じゃあもう一回仕事してくるから。出番になったらまた呼んでくれ」


せっかく師匠と一緒にピクニック気分を味わえると思ったのに。頬を膨らませたピーリカの顔を見る事なく、マージジルマは再び魔法陣の中へ上半身を突っ込んだ。

ピピルピが柔らかそうな肉を箸で掴み、ピーリカに向けている。


「ピーちゃん、あーん」

「いりません!」


弁当の蓋を開けたピーリカは、お肉のタレが染み込んだ甘いご飯を口に入れた。完全にヤケ食いである。



 昼食を終えた生徒達は綱引き、組体操、大縄跳びと競技を続ける。ただ見知らぬ者に頑張れという事に飽きたピーリカはヤジを飛ばすようになった。


「そこの貴様ーーっ、もっと足を上げろーー!」


ヤジではあるがアドバイスにもなっていたため、奇跡的に生徒達のやる気が上がる。


『続きまして、借り物競争です』


ようやく師匠の出番だ。

ピーリカは再び師匠の服の裾をクイっと引っ張る。


「師匠、師匠でも必要とされる時間が来ました。喜べです」


弟子の合図を受け取ったマージジルマは、魔法陣から顔を降ろす。その顔面は真っ赤に染まっていた。


「返り血増えてません? 何をどうしたらそんな事になるんですか?」

「ボコボコにした」


この短時間で何をボコボコにしたかは知らない方が良い。

師弟がそんな会話をしている間に、借り物競争がスタートした。ピピルピの元へ、一人の男子生徒が顔を真っ赤にさせて駆け寄る。


「ピピルピ様、い、いえ、ちっ痴女の方! 一緒に来ていただけますか!」

「はぁーい」


ピピルピは自身が着ている体操着のシャツを下からめくりあげ、水着を見せつける。師弟はピピルピを哀れみの目で見ていた。


「水着も脱ごうか?」

「いっ、いえ! 大丈夫です!」


生徒は水着も上に持ち上げ、下乳を見せるピピルピを止めさせた。ピピルピは彼の腕に胸を押し付け、共にゴールまで走る。その生徒は最下位であったが、のちに男としては優勝者扱いされたという。

ピピルピがゴールした直後。別の生徒がマージジルマの顔面に目を向けた。


「マージジルマ様ー、代表様ー……うわっ、怖っ!」

「借りるなら早く借りてけってんだ」

「怖いけど仕方ない、お願いしますー」


借りられていったマージジルマは、めちゃくちゃ嫌そうな顔をしながらも走っていき。

見事一着でゴールした。そんな師匠の姿をみて、ピーリカは関心していた。


「よくやった、褒めてやるです。くらい言ってやってもいいかもしれません」


どこまでも上から目線な娘である。

そこへ一足先にゴールし、出番の終えたピピルピが戻って来た。


「ピーちゃん、どうだった? 褒めて褒めて」

「貴様に褒める言葉などありません。いつも通り変態でした」

「うふふ、ありがとう」

「わたし今褒めてませんけど」


呆れているピーリカの元へ、先ほど弁当を渡してきた男がやって来た。


「ピーリカ嬢、次の競技でよければ出られるってー。出るならこっちおいでー」

「えっ。まだ師匠に労いの言葉をかけてやってないんですけど」

「そんなの後にしてよ。どうせ同じ家に帰るんでしょ」

「……それもそうですね。では行ってやりましょう。痴女、師匠が戻って来ても手を出すんじゃねーですよ」


椅子から降りたピーリカは、ピピルピに背を向けた。


「待ってピーちゃん」

「待ちません」


何故か引き留めようとしていたピピルピのいう事を聞かず、ピーリカは男の後をついて行く。


「ところで、わたしは何に出るんですか?」

「リレーだよ」

「あぁリレー……ちょっと待ちなさい。リレーって走るやつですか?」

「そうだよ。100m走ってね」

「いや、そ、それもいいですけど、もっと他にわたしが輝けるものがあるんじゃないですか?」

「ないよ。というかリレーが最後の種目だからさ。どうしたのピーリカ嬢、走るの苦手なの?」

「このわたしに苦手な事などある訳ないでしょう」


条件反射で答えたピーリカだが、内心とても焦っていた。

走ったら絶対胸が痛くなる。とはいえ胸が痛いからとも言えない。

ピーリカは閃いた。お腹が痛くなったと言えば良いんじゃないか、と。


「お」

『続きまして、100mリレーです。なんと飛び入りでピーリカ嬢も参加してくれるようです。とても楽しみですね!』


ピーリカは口を閉じた。そこまで期待されてしまっては引くに引けない。

困った顔をしたピーリカは、マージジルマがゴールした場所とは反対方向に連れて行かれる。


「合図があったら走り出してね」


そう言ってピーリカを連れて来た男は席の方へ戻って行ってしまった。

ピーリカの隣には三人の生徒が並んでいる。どうやら彼らと一緒に走り順位を争うようだ。

いつものわたしなら余裕で勝つのに。ピーリカは両手に拳を作った。

ふと遠くを見ると、マージジルマが呆れた表情で何かを言っている姿が見えた。結構な距離があるため声は聞こえない。ピーリカは目を凝らし、彼の口の動きを読む。


「ば」「あ」「か」


「何だと!」


かわいい弟子が頑張ろうとしているのだから応援しろ。そう思ったピーリカに対抗心が芽生える。

こうなったらかっこいい自分を見せつけてやる。心に決めて、スタートラインの前でスタンバイ。他の生徒達もゴールを目指し前を向いた。


「位置についてぇ……よーいドンっ!」


他の生徒達とほぼ同時に、勢いよく駆け出した。

その駆け出しが悪かった。


「いっ!?」


彼女の胸に痛みが走る。だが足を止めてしまえば、病気である事がバレてしまうかもしれない。

ピーリカは歯を食いしばって、なんとか走り続けた。

痛い、痛い、痛いよぉ。

気合で堪えているが、頭の中は痛みしか考えられなくなった。

薄めで遠くを見ると、一緒に走り出した者がゴールテープを切っていた。いつものピーリカならそれを死ぬほど悔しがっただろう。だが今はテープ如きどうでもよくて。

必死になってゴールまで走り終えたが、順位としてはピーリカが一番最後だった。

ピーリカは痛さのあまり、地面に手足をつけ体を丸くする。


『可哀そうに、よっぽど悔しいのでしょう。でもこの敗北は、ピーリカ嬢にとって成長の一歩とも言えます。皆様、ピーリカ嬢へ拍手を』


そんなものいらない、恥ずかしいから止めろ。思いはしたもののすぐ動けそうにないピーリカは黙ってうずくまっている。

タッタッタ、誰かが走って近づてくる音が聞こえて来た。師匠が来てくれたのかも、そう期待してピーリカは顔だけ上に向けた。


「可哀そうなピーちゃん、慰めてあげる!」


違う、貴様じゃない。ピーリカは渋い顔をした。

ピピルピはピーリカの体を起こし、人形のように抱きしめる。

とても不快だ。そう思ったピーリカの耳元で、ピピルピはボソッと呟いた。


「ピーちゃん、お胸痛いの?」


ピーリカは目を見開き、ショックを受けた。こんな痴女にバレてしまうなんて、と。

だがそれと同時に、ひどく安堵した。誰にも悩みを言えず、このまま悪化してしまうかも。なんて不安があったせいだ。

このままではかわいい自分が死んでしまう、ここは素直に言うしかない。そう判断したピーリカはスンスンと泣きながら頷いた。


「そう……任せて!」


こんな奴に頼らなきゃいけないだなんて。ピーリカはとても不安になった。

ピピルピに手を引っ張られて、ピーリカはマージジルマの前へ戻る。


「ったく、何でお前まで走ってんだよ。今走った生徒達はお前よりデカい奴らなんだから。勝てなくてもおかしくないっての。まぁ頑張ったじゃねぇか。その根気は褒めてやる」


ピーリカが悔しさで泣いていると思ったマージジルマは、一応彼女を慰めた。

いつもなら師匠に褒められたと喜ぶピーリカだが、やはり今は喜べる状況ではなかった。

ピピルピはそんなピーリカの肩を優しく掴み、マージジルマに微笑みを向ける。


「マー君、私頑張ったピーちゃんにご褒美のジュース買ってあげたいの。連れてってもいいわよね」

「ん? あぁ。俺コーヒーな」

「流石マー君、自然に自分の分も要求する。でもいいわ、買ってきてあげるからちょっと待っててねぇ」


胸の事は一切言わず、マージジルマの元からピーリカを連れ出すピピルピ。その姿に安心したのか、ピーリカの中で不安が消える。

ピーリカは初めてピピルピを頼もしく思った。

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