弟子、体操着は着ない
ピピルピとマージジルマを近づけさせたくないピーリカは、二人の間に入り込む。ピピルピを指さし、睨みつけた。
「おい痴女、もし師匠が素晴らしい借り物になったとしても惚れちゃダメですからね」
「大丈夫よ。もう惚れてるもの」
「何だと!?」
「心配しないで。私ピーちゃんにも惚れてるわ」
「そんな心配はしていません!」
「してくれていいのに。寂しい。まぁいいわ、それよりピーちゃん。体操着借りてみたらどうかしら」
おかしな事を言い出すピピルピに、手を降ろしたピーリカは首を傾けた。
「体操着って、あの生徒達が着てるやつでしょう? わたし体操しませんよ?」
「応援する人も仲間って意味を込めて貸してくれるそうよ。上下セットで用意してるけど、上だけでも良いって」
「そんなスポーツ観戦じゃあるまいし」
「でもピーちゃんなら似合うと思うなー。かわいいと思うなー」
「当たり前でしょう。既にかわいいんですから何着たって似合うんですよ」
「じゃあ私とお揃いにしようねー。さ、行きましょ。マー君も」
自分に自信がありすぎるピーリカを、ピピルピは体操着を貸し出しているテントの下へと連れて行く。マージジルマは「俺は着ねぇぞ」と言いながらも、彼女達の後を追った。
室内に設置されたテントは、ドームの天井から降り注ぐライトの光を遮っている。テントの下で体操着を貸し出す係である生徒二人に、ピピルピは声をかけた。
「体操着貸してくーださい」
テントのせいで周囲が暗くなっているにも関わらず、生徒達は明るい表情でピーリカ達を出迎えた。
「はいどうぞ、一緒に皆を応援しましょう!」
「今日は楽しみましょうね!」
ウフフあははと楽しそうな声をあげる生徒達。その笑みに偽りはなく、心の底から楽しんでいる様子だった。
体操着を受け取ったピピルピは、その場で着替え始める。と言っても元々紺色の水着を着ていたピピルピは、かぶっていた三角帽子だけを一瞬外し、その上から体操着を着ただけ。テントの横に着替えるための更衣室も用意されているのだが、ピピルピに限ってはその場で着替えてもさほど問題はなかった。そもそも水着で出歩いている事自体が問題なのだが、そこは今更な問題過ぎて皆スルーしている。
「じゃあ早速……よいしょっと。どう? 皆じっくり見つめて?」
着替え終えたピピルピは、両手を広げ体操着姿を見せつける。
白地の半袖Tシャツの胸元には、赤い糸でひし形の刺繍がワンポイントに施されていた。短めの短パンは朱色で、ピピルピの長く白い足がよく目立つ。
ピピルピの体操着姿を見て、体操着を貸し出している生徒達は少しばかり困った表情をしていた。
「あぁピピルピ様、よくお似合いです。でも水着がうっすらと透けて見えちゃってますね」
「ちょっと暑いかもしれませんが、中にタンクトップ着ます? 用意してありますよ」
生徒達が気遣うも、ピピルピは申し訳なさそうに首を振る。
「この方が興奮してくれる人がいるだろうから、このままでいいわ。それとも、いっそ水着だけ脱ごうかしら」
「いえ、そのままで大丈夫です」
ピピルピは生粋の痴女であった。
ピーリカはそんなピピルピを見つめる。確かにピピルピの透けた胸元はひどく目立った。色味のせいか、胸の形も強調されている。
いつものピーリカであれば巨乳このやろうと八つ当たりをするだけだっただろう。
だが今日のピーリカは、ただ顔を引きつらせるだけだった。
ピーリカは顔を下げ、自身の膨らみかけた胸を見つめる。ピピルピ程ではないとはいえ、白い服を着れば目立ってしまうだろう。
これは着てはいけない。着たら胸の膨らみが、病気がバレてしまう、と。
「や、やっぱりわたしは着ません。わたしが着たらかわいさのあまり皆運動会どころじゃなくなっちゃうので。残念ですが今回は遠慮してやるですね」
ピピルピは残念そうにピーリカを見つめた。
「そう……体操着姿は私にだけ見て欲しいのね」
「誰もそんな事言ってません!」
ピーリカに振られたピピルピは、次にマージジルマの目の前に立ち。その場でくるりと一回転。体操服の裾がふわりと揺れ、同時に石鹸の香りがした。
「マー君どう? 私えっち?」
「せめて似合うかどうかを聞け」
「じゃあ似合う?」
「あー、いいんじゃないか。どうでも」
「んもぅ、照・れ・や・さん」
「照れてねぇよ」
ピーリカは悔しがった。胸の病気がなければわたしも師匠に体操着姿を見せつけたのに、なんて。
「さて、そろそろ始まるわね。来賓・借り物の方用の席があるの。一緒に座りましょ」
「嫌なくくりだな」
ピピルピは体操着を貸し出した生徒達に手を振って、師弟を連れて歩き始めた。
来賓・借り物用の席は、広場がよく見渡せる一番前に用意されていた。ピーリカ達が席についてすぐ、ドームの中央にさまざまな楽器を持った生徒達が整列した。生徒達は息を合わせて演奏を始め、ドーム内には盛大なファンファーレが鳴り響く。
その音をBGMにして、一人の生徒からアナウンスが入った。
「ただ今より、第145687回オープンジュエルハート大運動会を開催いたします」
ピーリカは想像以上に大きな数を耳にし、目を点にする。
「多くないですか?」
「遊んでばっかなんだろ」
赤の領土の学び舎『オープンジュエルハート』。スケジュール上、体育祭を月に一回、文化祭を年に五回行う予定になっている。
演奏が終わり、来賓による挨拶へと移行した。
真面目な挨拶が長々と続き、ピーリカは大きなあくびをする。
「面白くないです。これならお勉強のがマシだと思ってしまうではないですか。師匠、早く借りられて下さい」
「俺に言うな、借りようとしている奴らに言え。つっても……いつ借りられるんだろうな。ピピルピ、この後どうなるかとかシャバから何か聞いてるか?」
ピピルピは指を折って、この後の予定を答える。
「この後は玉入れ、障害物競争、ダンス、大玉転がし」
「あ? 借り物競争は何番目なんだよ」
「最後から二番目よ?」
「……あの野郎!」
説明を省いたシャバに怒りを抱いたマージジルマだが、当の本人はこの場にいない。
今度殴ろう、そう決めたマージジルマはピーリカに顔を向ける。
「ピーリカ、こうなったら俺は借り物競争が始まるまで別の仕事してる。ピピルピが俺の邪魔をしないよう見張っとけ。多少の攻撃は可。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
座っていたマージジルマの頭上に、魔法陣が光り輝く。立ち上がったマージジルマは、魔法陣の中に上半身を突っ込んだ。
それを見たピピルピはすぐさまその場にしゃがみ込んだ。そしてマージジルマの腰に腕を回し、彼の股間に頬を当て抱きつく。
げしっ。マージジルマがピピルピを蹴とばした。「やん」と言葉を漏らしたピピルピは地面に倒れ込む。
師匠から離れた痴女見て、ピーリカは呪文を唱えた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
ピーリカの手に現れた、一枚の新聞紙。それを棒状に丸め、ピピルピの体を叩いた。
「師匠の! 邪魔を! するなです!」
「あっ、ピーちゃん、もっとぉ」
「喜ぶなですよ!」
ピピルピを叩くために、ピーリカは腕を大きく振り上げた。
そのせいか、ピーリカの胸に痛みが走る。
「いっ!」
「……ピーちゃん? どうしたの?」
「な、何でもねーです!」
変態に胸の事なんて言えない。そう思ったピーリカは手首の力だけでピピルピを叩き始めた。
「何でもないなんて、そんな、あっ」
ピーリカの様子に疑問を抱いたピピルピだったが、叩かれる痛みを快楽に感じ。抱いた疑問は喘ぎ声と共に消え去ってしまった。
ピーリカがピピルピを叩いている間に、来賓の者達の挨拶は終わり。最初の競技が始まるアナウンスが入る。ピーリカは手を止め、新聞紙を持っていない方の手で椅子を指さした。
「ほら、起きて見ろです。これは命令です」
「んっ……そうね。汗かく若い子って素敵だものね。見ないと勿体ないわよね」
ただ叩かれていただけなのに、なぜかピピルピの顔は艶っぽくなっていた。
魔法陣に上半身を突っ込んだままのマージジルマを横に、ピーリカとピピルピは大人しく椅子に座り。始まったばかりの大運動会を見守り始めた。




