弟子、召喚する
「何故違う答えが返ってくるですか」
ピピルピはシャバに抱きついて、彼に頬ずりをする。
「シーちゃんったら照れちゃって。か・わ・い・い・ぞ」
「ピピルピこれ誰にでも言うから。なぁピピルピ、お前ピーリカとも恋人だろ?」
「そうよぉ」
「ほら」
この手の返答に慣れている様子のシャバ。ピーリカは呆れ顔をしている。
「何て破廉恥な……あとわたし貴様の恋人じゃないです」
「まぁ、ピーちゃんも照れているのね」
「貴様の頭の中はどうなってやがるですか」
「愛と情熱とえっちな事しかないわ」
「ただの変態じゃないですか」
シャバはピピルピの手を引き、部屋の扉を開ける。
「じゃあ一度うち帰るから。明日の朝になったらまた来るよ」
「はい、さよなら」
「それまでに何かあったら連絡してきな。すぐ来てやっから」
「大丈夫ですよ。わたし師匠の面倒見れます。何なら寝ないで看病するです」
「うんうん。早く自分の布団に入って早く寝るんだぞ」
「貴様どうもわたしを信用してないですね」
「はは、じゃあまた明日な」
「否定しろです!」
結局否定の言葉は無かった。
食事を終え、再び眠ったマージジルマの横にピーリカは立った。びしょびしょのタオルを彼の頭にかけ、マージジルマを唸らせる。一応ピーリカにも看病する優しさはある。つもり。
そんな彼女の前に、スーッと白いフクロウが飛んできた。布団の上に座り、ジッとピーリカを見つめている。その視線の理由に気づいたピーリカ。
「あぁ、ラミパスちゃんの餌どうしましょう!」
いつもは師匠が用意している餌。マージジルマの体を少しゆすって起こす。
「師匠、ラミパスちゃんの餌出せるですか?」
「あぁ……おぉ」
返事はしたもののマージジルマは再び眠ってしまった。
「ダメだ、もう寝てやがるです。まぁ無理に魔法使わせて死んでも困りますし……こうなったら自分でやってみるです」
ラミパスを抱きかかえ、ピーリカは部屋を出た。螺旋階段を駆け上り、キッチンへと向かう。
シンクに置いてある、四角い空の容器にペティナイフ。それから、先端の細いピンセット。これがラミパスの餌専用容器。
「準備はオッケーです。あとは召喚するだけ」
ラミパスの餌は普通のフクロウの餌とは少し違う。
とある世界の、とある生物の肉を召喚するらしい。お代は後払い。つまり窃盗の要領。でないと彼女達の魔法では召喚出来ない。
そこまでは知っているし、召喚している姿は何度も見た。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
目の前に光る魔法陣。ピーリカはその中に右腕を突っ込んだ。マージジルマはいつもこうして、中から生肉を取り出している。
『ぎゃあああああああ』
謎の叫び声もいつもの事。ぶにぶにとした何かがピーリカの手に触れた。がしっと掴んで、一気に引っこ抜く。彼女の小さな手の中には、血まみれの生肉の塊。ピーリカに血への抵抗や恐怖はない。血は悪口も言ってこないし、そんなものを怖がって師匠に嫌われる方が怖いと思っている。
「やった、せいこ……あ」
べちょっ。
召喚には成功したが、引っこ抜いた勢いで床に生肉が落ちた。
スッと姿を消した魔法陣。もう一度出してもいいのだが、おそらくその分料金がかかる。
師匠はお金にうるさい。余分に召喚したと知れたら絶対に怒られる。
そう思ったピーリカは床に落ちた肉を片手で拾い上げた。反対の手で布巾を掴み、床に残った血を拭きとりながらシンクの淵に座っていたラミパスに話しかける。
「仕方ない。ラミパスちゃん、今日はこの床に落ちたのを食べろですよ。一応洗ってやるですからね」
内心すごく嫌がっていたが、話しかけられないラミパスに拒否権は無かった。
水で洗った生肉を容器に入れ、ペティナイフで一口サイズにカットする。ナイフからピンセットに持ち替え、一つを摘む。
「出来ましたよラミパスちゃん。はい、あーん」
ゆっくりと肉を啄ばむラミパスの動きに、ピーリカはとある疑問を浮かべた。
「ラミパスちゃん、いつもより食べるの遅くないですか?」
床に落ちた肉だからね、抵抗あるよね。思いはしたが伝えられないラミパス。
ピーリカはラミパスを見つめながらため息を吐いた。
「ラミパスちゃんにあーんするのは何ともないのに、師匠にあーんしたのはどうしてあんなにドキドキしたのですかね」
好きだからじゃないかな。ラミパスはそう思いながら肉を啄ばみ続ける。
「もっ、もしも師匠と結婚したら毎日あーんしなきゃいけないですね。どうしましょう、ドキドキで死んじゃうかもしれません」
結婚したからと言って毎日あーんするものじゃないと思うけど。ラミパスはそう思いながらピンセットに挟まれた肉を完食。ピーリカは肉の入った容器を持ったまま動かない。
「その前にわたしもご飯作れるようになりてーです。師匠の一番好きな料理、人の金で食う肉ですけど」
そんな事より今僕に肉を下さい。ラミパスはそう目線で訴える。
「何ですラミパスちゃん、そんなに見つめて……もしやわたしを応援してくれている?」
はよ肉。ラミパスは無言で訴え続けた。
「当然ですよ。今はまだ相手にもされてないかもしれませんが、わたしは美少女ですから。フラれるなどあり得ません。必ず師匠を虜にしてひれ伏してみせるです。はいあーん」
ようやく肉を得たラミパス。小さな嘴でどんどん摘んでいく。
「あとはおっぱいですね。わたしもママみたいにちゃんと大きくなれるんでしょうか。どんなに美少女でもおっぱいがないと師匠の好みじゃないですからね。でも正直おっぱいで人を判断するのはどうかと思うです。ラミパスちゃんもそう思うでしょう?」
肉うまい。ラミパスはそう思っていた。
ラミパスに餌を与え終えたピーリカは、再び師匠の元へ戻りジッと彼の顔を見つめる。マージジルマは辛そうな表情をし、肩で息をしている。
「回復の魔法は無理でも、呪いを弱める魔法なら出来たりしませんかね……やるだけやってみましょう」
ピーリカは両手を前に広げ。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーレ!」
間違った呪文を唱えた。
天井で魔法陣が光り、それが消えたと同時にピーリカとマージジルマの服が弾けた。
マージジルマは布団をかぶっていたおかげで、肩から下は隠れている。それから、彼の前にはピーリカがすっぽんぽんで立っている。
「ひょあああああ! 何故洋服が! そんな事より何か着なきゃです!」
師匠のクローゼットを勝手に開けたピーリカは、ワイシャツを手に入れた。下着はないが全裸よりマシだろうと、すぐさま着込んだ。
ピーリカにとっては大きく、ダボダボな白いシャツ。マージジルマの匂いがした事にときめきはしたが、それどころじゃない事に気づいて。
「ん、まぁ、悪くない事もなくなくなくないですね。それよりどうしましょう。何か別の方法はないですかね。ニャンニャンジャラシーじゃない草があったりとか」
ピーリカは師匠の部屋を勝手に漁る。まるで泥棒のようだ。部屋の中がどんどん散らかっていく。
引き出しの奥底で見つけた、一冊の白いノートを手に取る。ピーリカは表紙に書かれた文字を読み上げる。
「白の魔法参考書……これだ!」
白の魔法使いは口内炎で魔法が使えない。だが天才な自分も呪文さえ分かれば白の魔法が使えるのではないかとピーリカは考えた。
ページをめくり、呪文を読み上げる。




