師匠、肩を借りる
罪人は後悔しているような顔を見せた。震えた声で問う。
「嘘だろ?」
「こんなの嘘で言うかよ」
「そんな、まさか」
その場に崩れ落ちた罪人は、地面に両手をつけた。対照的に、マージジルマはスクっと立ち上がり男を睨みつけた。
「言っておくけどなぁっ! 仮にお前が外に出てこられたとしても、もうお前が帰る家なんかどこにもねぇよ! 謝罪なんかいらねぇから、一生一人で生きてけバカ!」
地面に落ちている血のついた釘は、もう建物や家具を作るためには使えない。
弟子達の元へやってきたファイアボルトは、状況を見ただけで何が起きていたかを理解した。だがマージジルマ達に声をかける訳でもなく。黙って罪人の男の両腕を後ろに組ませ、掴んだ。
その後、男は「すまない、すまない……」と呟きながらファイアボルトに連れて行かれて牢屋の方へと帰って行った。
「師匠、今のって……」
「お前の父親よりクズな父親」
マージジルマは悲しそうな表情のまま、ピーリカの顔を見ずに答えた。
ピーリカは罪人だけを見下す。
「それはそれは。ダメな親を持つと子供が困るですね。まぁ? わたしは? 親がどうであれ天才なんですけどね? 頭が良いのもかわいいのも、わたし自身の力です。多分師匠もそうでしょう。わたしと比べてしまえば師匠なんざ大したことのない短足男ですけど、師匠は師匠です」
彼女は彼女なりに、マージジルマを励ましていた。これでも。
「……やっぱりお前もバカだ。行くぞ」
「わたしの事をバカだなんて。なんて愚かな師匠なのでしょう」
そう言って二人も牢屋のある方へと戻って行った。
カシャン。
鍵の閉まる音を響かせて、罪人達はまた牢屋の中に閉じ込められる。せっかく逃げられたのにすぐ捕まってしまったと、悔しそうにしている罪人が多かった。反省の色がない彼らが、再び外に出る可能性はほぼゼロに近いだろう。
ファイアボルトは逃げ出した罪人達が全員牢屋の中にいる事を確認し、師弟に伝えた。
「国民達にももう安心だと伝えれば、今回の事件は一件落着といった感じだろう」
ピーリカはおずおずとファイアボルトに質問をする。
「あの、死んでなかったですか?」
「罪人か? 大丈夫だ。確かに無傷な奴は一人もいないが、死んだ奴は一人もいない」
自分が誰も殺してないと知り、ピーリカはすこしホッとする。ボコボコにされたという点に関してはどうでもいいと思っていた。
ファイアボルトはおかっぱ頭にも注意を入れる。
「次の大掃除までしっかり管理しておくように」
「はい、すみませんでした」
おかっぱ頭は首から「ぼくは罪人を逃すピーリカ嬢を止められませんでした」と書かれたプレートをぶら下げられている。ピーリカのせいとはいえ、罪人を逃がさない事が仕事である彼が、結論として罪人を逃がしてしまった事に変わりはない。減給も厳しい刑罰を与える程ではないと判断されたが、かわりにプレートを一週間は着けるよう命じられた。まるで罰ゲームだ、そう思いながらもおかっぱ頭が抵抗する事はなかった。抵抗したらもっと酷い仕打ちがやってくる事を彼は知っている。
「さて、帰ろう。本当は走って帰りたい所だが、今日はもう疲れたしな。適当に絨毯でも出すか。ほら、お前らも乗れ」
そう言ったファイアボルトは魔法で大き目な絨毯を召喚する。
マージジルマは黙ったまま絨毯に乗り込んだ。ピーリカも彼の後ろに乗り込む。いつもは頼もしく感じる師匠の背中は、どこか寂しそうに見えた。
「るんたるんた、るーんるん!」
師匠に元気がないと判断したピーリカは、変な歌で無理やり空気を明るくさせる事しか出来なかった。
家に戻って来た三人は、すぐさまリビングへと向かった。
ラミパスは静かに、マージジルマの表情を横目で見た。彼女もまた彼の秘密を知る者だ。
ここはアニマルセラピーといこうか、そう思ってラミパスは翼を大きく広げ飛び立とうとした。
だが自分よりも先に彼に近づいたピーリカを見て、その翼を閉じる。今は弟子に任せてみよう。ラミパスはそう判断した。
ファイアボルトも同じように考えたようだ。ラミパスの前に立ち、大きな手で優しく羽を撫でる。
「一人で留守番していて寂しかっただろう。そうだ、体も訛っているだろうし鍛えてやる。来い!」
ラミパス、もといテクマは思った。何でそうなるんだバカ。
ファイアボルトはラミパスの体を掴み外へ飛び出す。二人にさせるのはいいけど、別に鍛えなくてもいいじゃないか。そう叫びたくとも叫べないラミパスは、ただただ連れて行かれるしかなかった。
マージジルマは黙って一人掛けのソファに座る。
無表情でいる師匠の気持ちを何となく察する事が出来たピーリカは、これ以上彼に悲しい思いをさせないようにと考えた。
「師匠、その、一応犯罪者を逃がしてしまったようなので、今回は素直に謝ってやるですね」
「反省してる態度じゃねぇな」
喋ったかと思えば、どこか冷たい――否、寂しそうな声をしていたマージジルマ。
「うぐ、んん、その、ごめんなさい、です」
師匠が喜ぶためならば。そう思ったピーリカは素直に謝罪した。
「……肩貸してくれたら許してやる」
向かいあうように座らされた。それでいて抱きしめられた挙句、右肩に顔を埋められる。ピーリカは思わず「ひゃぁっ」と声を漏らす。
こんなの肩だけじゃあないじゃないか。ときめき半分怒り半分の彼女の想いは、じんわりと濡れた右肩のせいで徐々に薄れていく。
「師匠、泣いてる?」
マージジルマが返事をする事はなかった。
数日間は元気のないように見えたマージジルマだが、次第にいつもの調子に戻って行く。
今日も弟子は師匠の家で魔法を教わっていた。
「いいかピーリカ、今日は人を豚に変える魔法を教えてやる」
「それは面白そうですね」
いつも通りはいつも通りで問題のある男だったが。
マージジルマが元気になった分、ピーリカも元気になっていく。態度こそ偉そうだが、彼女は彼女なりにずっと師匠の事を心配していたのである。
「師匠! なんか知らないけど爆発したんですけど!」
「なんか知らないけどじゃねぇよ。失敗したんだろバカ、はは」
ふと笑みがこぼれたマージジルマの姿をリビングの隅で見ていたファイアボルトとラミパスは、目を合わせ、頷き合った。
「そろそろ別の山が恋しくなった。寂しいとは思うがまた旅に出ようと思う」
突然ファイアボルトがそう告げたのは、ピーリカが罪人達を逃がしてから一ヶ月程が経った日の事だった。
「別に寂しくねぇし。電気代がかかって仕方ないから行くなら早く行けよジジイ」
「えぇ、寂しくないです。わたし達より山を選ぶとんちんかんなど引き留めませんよ。次会う時はわたしが代表になってるかもしれねーですから、その時は跪けですよ」
弟子達は椅子に座り、それぞれ広げた本に目を向けたまま答えていた。ファイアボルトは口を尖らせるが誰も見ていない。
「なんて可愛げのない弟子達なんだ。ムカつくから言われなくとも早く行く……いや、頻繁に帰って来た方がお前らにとっては嫌がらせか」
ピーリカもマージジルマも、未だ本から目を離さないまま答える。
「ジジイ一人が帰って来た程度じゃ嫌がらせになんかならねぇよ」
「そうですよクソボルト様。なんかジジイが来たなとしか思いませんよ」
本当に可愛げのない弟子達だな。そう思ったファイアボルトだが、彼も元黒の代表。嘘や偽りを見抜くのは得意であり、逆を言えば真実や本心かを見抜く事にも長けていた。つまりマージジルマやピーリカが本気で出ていけと言っている訳ではない事も分かっている。
とはいえ態度が可愛くない事も真実であった。
「まぁいい。それよりマージジルマ」
名指しで呼ばれ、マージジルマはようやく本から目を離す。ファイアボルトは手招きし、マージジルマだけに話しかけようとしていた。
マージジルマは仕方なさそうに立ち上がり、ファイアボルトと共に外へ向かおうとしていた。彼らが何を話すのか気になったピーリカも、ようやく本から目を離し。椅子から降りて、二人の周りをウロウロする。
ファイアボルトはピーリカの顔を見ると、右手を構えた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
『うわーっ! 出せーっ!』
ピーリカは突如現れた大きな巾着袋の中に閉じ込められて、外の様子が見聞き出来ないようにされた。
その間にファイアボルトはマージジルマの背後に回り。彼の両肩を掴んで、押しながら家の外へと行った。
外に出た二人は向かい合うと、真剣な表情で話しだす。
「お前に謝らなきゃならない事があるんだ」
「畑の事ならもういい。絶対に許さないだけだから」
「違う。畑の事は悪いと思って無い」
「なんだとクソジジイ」
「それじゃなくて、ピーリカの事だ。ついバラしてしまった。だがお前から言葉にする事に意味があるんだ。だから躊躇う事なく言うといい。ただ、もう数年は手を出すなよ。やはり早すぎる」
「何の話だよ」
「お前、弟子になる女と結婚するっつってたろ。それをバラしてしまった」
「…………あっ?!」
マージジルマは思い出した。
ファイアボルトに、自分の師に話していた勘違いを解いていない事に。
「式挙げるなら出てやるから、ちゃんと連絡して来いよ」
「違、おい、ジジイ!」
「ガッハッハッ、またな」
ファイアボルトはマージジルマの弁解を聞かぬまま魔法で絨毯を呼び出し。さっさとそれに乗り込むと、すぐさま飛び立ってしまった。
急いで追いかけて弁解しようかと考えたマージジルマ。しかし。
「こらーー! クソジジイーーっ!」
「ぴ、ピーリカ」
背後から現れた弟子により、追いかけようとしていた彼の足も止まる。
マージジルマが振り向いてみると、ピーリカの手にはハサミが握られていた。どうやら誰のものか分からないハサミを魔法で取り出し、巾着を切って脱出したらしい。
ピーリカは既に豆粒サイズになっているファイアボルトを見て、頬を膨らませる。
「何ですか、もう行ってしまったのですか。ひどいジジイでした。次会ったらただじゃおきません。ところで師匠、クソボルト様と何話してたんですか?」
弟子からの問いに、マージジルマは思わず胸を弾ませる。本当の事を言ってしまえば彼女は余計な期待を抱いてしまうだろう。手を出すのも確かにまだ早い。いや既に出した時もあったけど、あれは大人だったからノーカンだし。
心に若干の動揺を残しているマージジルマは、ピーリカを指さして言った。
「お前っ、早く大人になれよ!」
ピーリカは眉をひそめた。
確か師匠は前に、ゆっくり成長しろとか言っていたような。それなのに何故突然真逆の事を言うのか。
「何言ってやがるですか! 言われなくてもなりますけど!? それより何話してたんですか!」
「あー知らねー知らねー」
「何で知らないんですか、言えです!」
いくら問い質してもマージジルマが答える事はなく。実をいうと彼の頬が少し赤い事が答えなのだが、ピーリカは気づかなかった。
二人が話していた事は、大人でないと聞けないような事なのか。なんて気になって仕方がないピーリカなのであった。
師匠の師匠編完結です。お読みいただきありがとうございました! 少しでも良いと思っていただけましたら評価等いただけますと嬉しいです。次回もよろしくお願いします!




