弟子、きょとんとする
すごく嫌だ――おかっぱ頭はそう思った。
ピーリカは俯く。確かに今目の前で見た光景は恐ろしく、かわいい自分の手を汚すような事はしたくない。
だが自分がやらなければ、一体誰がやるというのだろうか。こんなひどい事、普通の人間がやりたがるだろうか。
ピーリカから見て、マージジルマは普通の人間だった。
マージジルマは人を殴って喜んでいる訳でもないし、快楽のために人を殺している訳でもない。
ただ金を得るための手段、というのは多分建前だろう。普通の人間である彼が平気で汚れ仕事を出来るのは、残忍な性格なのではなく。口と態度の悪さの裏に隠れた優しさ故。
彼女は師匠のようになりたかった。強く逞しい、優しい人に。
「いいえ、わたしは天才で正義の味方ですから。悪者を懲らしめるために必要な事はちゃんとやりますよ」
顔を上げた弟子の表情を見て、マージジルマはうっすらと笑みを浮かべた。
「よし、じゃあ続きだ。ここにいる奴らは外に出せないからな、ただ罰を与えて歩く。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
罪人の体に打たれた釘が、一ミリだけ食い込んだ。
「ぎゃあああああああっ!」
たった一ミリでも激痛が走ったようで、罪人の周りに赤い血が点々と垂れた。
罪人の叫び声を聞いたピーリカの肩は、ビクッと跳ねる。マージジルマは罪人に目線を向けながらも、ピーリカの頭を乱雑に撫でる。
「怖いなら怖いって言え。慣れていくのは、少しずつでいい」
「怖くないですもん。天才ですから」
強がって出されたピーリカの声は震えていた。マージジルマはピーリカの頭に乗せていた手を彼女の目の前へ差し出す。
「そうかよ。じゃあ次行くぞ。ほら手ぇ出せ、寒いんだよ」
魔法を使うために離してしまっていた手。寒いと言ってはいるものの、これも優しさだとピーリカは気づいていた。頬を少し染めて「仕方ねぇですね」と言いながら再び繋ぐ。
マージジルマはピーリカの手を引っ張って、次の罪人を見せていく。
次の罪人はマージジルマの顔を見るなり罵声を浴びせた。
「人をこんな所に閉じ込めやがって! 何とも思わないのか!」
「地獄に落ちろとしか思わねぇなぁ」
そう言ったマージジルマは黒の呪文を唱える。罪人の体が折れ曲がり、ボキボキと音が響く。
夢に出そうだ、そう感じたピーリカはこっそり目を薄めにした。
マージジルマは大きく深呼吸をして、ピーリカの手を握り直す。
「よし、次」
師弟はボサボサな黒い髪の、髭の生えた男の前に立つ。
「コイツは老夫婦から金を奪ったんだ」
「最初に外に出した奴と同じ理由じゃないですか。何でコイツは出せないんです?」
「殺して奪ったからだ」
「そんな!」
「酷いよなぁ。老夫婦は何も悪い事をした訳でも知り合いという訳でもなかったのに。あとは、そうだな。コイツには一応家族もいたんだけどな、コイツのせいで嫁も息子も不幸になった」
「最低ですね。バカ、ほんとバカです!」
「そうだな。バカでクズで、どうしようもないな」
罪人は申し訳なさそうな顔をしている。ピーリカには男が反省しているようにも見えたが、師匠が出せないというのであれば出してはいけないのだろうと判断する。
「しかし、この者には何もしないんですか? 血を流すような事や目の前に怖いジジイを配置するなどの罰を与えてもおかしくないと思うのですが」
「何もない、があるだろ」
「あぁ。暇って事ですね?」
髭の男は顔を上げ、マージジルマに向けて口を開いた。
「マ」
「お前は二度と喋るなって言っただろうが。空気が汚れる」
冷たい目で見つめられた髭の男は、悲しそうに顔を背けた。
一文字すら喋る事を許されない男を見て、ピーリカは「悪い事しなきゃ怒られなかったのに」と見下した。
まだまだ奥へと続く道があるのにも関わらず、マージジルマは元来た道を戻る。
「少し休憩だ、コーヒー買ってくる」
マージジルマの背後で、おかっぱ頭が挙手をする。
「マージジルマ様、それならぼくが行きますよ」
「いらない。俺が行くから、お前は見張り続けてろ」
おかっぱ頭に対抗して、ピーリカも挙手をする。
「わたしが一緒に行ってやってもいいですよ」
「いらない。ジジイならきても良い」
「なんでわたしがいらなくてクソボルト様なら行って良いんですか!」
「荷物持ちをさせるついでに金を払わせようと」
「いってらっしゃい」
ピーリカは手を左右に振って師匠達を見送る。人の荷物を持つ気はないし、お金もない。
ファイアボルトはピーリカに呆れながらも、黙ってマージジルマに付き合う。
その場に残されたピーリカとおかっぱ頭は、互いに自分の方が偉いと思いながら監視を続けた。
「んだとテメー! ぶっ殺してやる!」
突然、罪人同士が檻越しに喧嘩を始める。
おかっぱ頭は仲裁をしに入った。
「あぁもう、底辺同士で喧嘩なんて醜い事しないで」
ピーリカはその様子をジッと見つめる。いずれはわたしも喧嘩を止めるようにならなきゃいけないんだ、そう思って。
「ピーリカ嬢、ピーリカ嬢」
ピーリカは自分を呼ぶ声に反応して、おかっぱ頭達から目線を外す。彼女に声をかけてきたのは、師匠がまだ罰を与えていない男。
「なんです犯罪者、わたしは今お勉強してるんです。邪魔してないで反省しろです」
「違うんだよ、まだ罰せられてない残りの俺達は犯罪者のせいで身代わりにされてるんだ。だからさ、ここから出してくれよ」
「身代わりって、それじゃあ貴様らは本当は良い奴って事ですか?」
「そうだよ。それなのに犯罪者が魔法を使って俺達を檻に入れて逃げたんだ」
「それは可哀そうに。では師匠に言って出してもらうよう言ってやります。師匠はわたしの言う事に従います」
「いや、マージジルマ様でなくともピーリカ嬢が出してくれればいい。ピーリカ嬢だって出来るだろう?」
出来るだろうと言われてしまえば出来ると言ってしまうのがピーリカだ。
「頑張れば出来ると思いますけど、ちょっとど忘れしちゃいましたね。どうすればこの檻開くんです?」
「簡単だ。魔法で外にいる犯罪者を檻の中にいれて、俺達檻の中にいる者を外に出してくれればいい」
「なるほど。確かにそれなら、外にいる犯罪者は不幸ですもんね」
ピーリカは両手を構え、呪文を唱えた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
現れた魔法陣は、その場に居る罪人全てを包んだ。ピーリカの目の前にいる罪人も光に包まれ消える。その直後に、魔法陣の中から入れ替わるように別の人物が現れる。
「おぉ、貴様が身代わりを入れて逃げた犯罪者ですね。反省し……ぱっ、パパ!? 性格が悪いなとは思ってましたが犯罪者だったなんて、わたしは恥ずかしい! 悔い改めろ!」
犯罪者と入れ替わったピーリカの父親は、檻の中に閉じ込められている。
「何の話だし! って言うか何でおれが閉じ込められなきゃならないんだし!」
「自分の罪を認めなさい!」
父親を叱るピーリカだが、当然父親が無実の罪を認める訳もなく。親子は言い争い、喧嘩になる。
そこへ罪人達の喧嘩を止めたおかっぱ頭が戻ってきた。おかっぱ頭は周りを見渡し状況を把握した。焦った様子で声を荒げる。
「ピーリカ嬢、何してくれてんの!?」
ピーリカは眉を顰め、おかっぱ頭に目を向けた。
「何って、素晴らしい魔法を」
「犯罪者逃がす魔法のどこが素晴らしいって言うんだい!」
ピーリカはきょとんとした表情を見せる。犯罪者を逃がしたつもりは全くない。




