師匠、虫と比較される
マージジルマはせっかくピーリカが回避したはずの死亡フラグを、自ら立て直していく。彼の発言を聞いて娘の父親が黙っているはずがないのだ。
「てめー! ぶちのめしてやるしぃいいいい!」
「はんっ、ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
マージジルマが唱えた呪文により、床上で魔法陣が光る。その中から半透明のピーリカとマージジルマが現れた。
昔の記録を記した魔法道具と同じ原理の魔法を使ったようだ。半透明の弟子はモジモジしながら言葉を発する。
『師匠カッコイイ。魔法も喧嘩も強くて凄い。実は優しくて、わたしの事守ってくれる所も好きです。出来ればその……に……してほしーなぁって……』
それに対し半透明の師匠は問う。
『……何にしてほしいって?』
『……よ……さ……』
『あ?』
『……およめさん……』
それは、紛れもない転魔病の時の記録。事実だというのは「わぁーー!? きゃぁーー!」と叫びながら机の上を隠そうとするピーリカの態度で伝わった。
パメルクはショックのあまり失神した。その隙にマージジルマはピーリカの手首を掴み、家を飛び出す。
「おっしゃ逃げるぞピーリカ、あースッキリした」
「わたしがスッキリしてないんですけど! 師匠のバカ! アホ! バーカ!」
彼に引っ張られて走るピーリカは、頬だけでなく掴まれた腕にも熱を感じていた。
山の上を一枚の絨毯が飛んでいる。その上に乗った弟子は、隣に座る師匠に罵倒を続けていた。
「本当に、師匠は、どうしようもない、短足! パパを倒した事に免じて口は聞いてやりますが、口、そう口、このわたしにチューしようとしましたね?! なんてことしやがるんですか!」
「悪かったって。でもそんなに怒るなよ、まんざらでもなかっただろ」
「なななななんてこと言ってやがるですか! そんな訳ないでしょうバーカバーカ」
マージジルマは語彙力のないピーリカをからかって遊ぶ。
「じゃあ本当にするか。さっきよりは薄れたがまだほんのりチョコ味してると思うんだ」
「しま! せん! そんな事より、パパはともかくママとピピットちゃんにまともな挨拶もせずに帰って来てしまったではないですか。おりこうさんのわたしにあるまじき行為です」
「誤魔化し方が雑過ぎるんだよ」
そうこう言っている間に、マージジルマの家の前へと戻って来た。絨毯から降りたピーリカは、頬を膨らませたまま家の中へ入る。リビングで逆立ちをしながら仕事の書類に目を通していたファイアボルトは、視線をピーリカに移し感想を聞く。
「お帰り。ピーリカ、どうだった?」
「ひどい辱めを受けました!」
「赤子にか?!」
困惑するファイアボルトに、ピーリカは首を左右に振って否定する。
「違います。師匠にです!」
「なんだ、そうか。マージジルマはともかく、赤子や両親はどうだったんだ」
「妹はわたしに似てとてもかわいかったです。ママもわたしに似てとても美しかったです。パパは相変わらず頭の悪いクズでした」
「お前の父親もクズなのか」
「えぇ。わたしのかわいさを理解してないんです。愚か者ですよね」
かわいさを理解していないから愚か者だと判断しているピーリカに、ファイアボルトは首を傾げる。
ピーリカはリボンの上からポンと頭を叩かれた。その相手は、後からリビングに入って来たマージジルマだ。
「お前の父親はバカなだけで本物のクズじゃねぇよ」
「……どういう意味です?」
師匠の発言の理由が分からずに、ピーリカは照れもせず質問した。
ピーリカから手を離したマージジルマは、彼女に背を向けて答える。
「そのままの意味だ。しかし、お前の魔法もなかなか良い感じになってきたからな。そろそろ、大掃除にも連れてって良いのかもなー」
大掃除――そのワードにファイアボルトと部屋の隅に佇んでいたラミパスがピクリと反応した。
その反応に気づいていないピーリカは、ものすごく嫌そうな顔を師匠に見せている。
「かわいいわたしが汚れたら可哀そうなので行きたくないです」
「それが黒の代表の仕事だ、諦めろ」
「大掃除がお仕事ですか?」
マージジルマは振り返り、弟子に顔を向けた。その表情は、どこか冷めている。
「罪人っていう世の中の汚れを掃除するんだよ。この国で悪い事をした奴は大抵俺が殴って懲らしめるけど、俺が殴った程度じゃ許されないような事をした奴を閉じ込めて反省させる場所があるだろ」
「それは知ってます。天才なので」
胸を張って答えた弟子のおかげで、師匠の顔にわずかながら笑みが戻って来た。
「そうかよ。ただな、ずっと閉じ込めておく訳にもいかないんだよ。反省した奴から順番に出て行かせるんだ。それが大掃除だ」
「なるほど。それは天才のわたしにしか出来ない仕事ですね」
「あぁ。あとまだ反省してねぇなって奴は容赦なく殴るから。今まで教育に悪いと思って見せてこなかった攻撃も見せる事になるだろうが、どうせお前にも同じような事させるんだ。慣れるよう頑張れよ」
それだけ言うとマージジルマは地下室へと向かってしまった。眉を八の字に曲げたピーリカは、ファイアボルトの顔の前にしゃがみ込む。
「クソジジイのファイアボルト様、見せてこなかった攻撃って何ですかね」
「その呼び方止めろ。まぁ教育に悪いって事だからな、酷い事だろ」
「バットという棒で殴ったり何回も溺れさせたりする以上に酷い事があるのですか?」
「マージジルマの考える良し悪しが分からんな。だがその程度の事ならば血がたくさん出るようなものを言っているのだろう」
「血がたくさんだなんて、絶対痛いじゃないですか。そんなの、そんなの……」
俯いたピーリカを見て、ファイアボルトは焦る。マージジルマが乱暴な行為をしていると聞いたピーリカが、彼を嫌ったっておかしくない。ただでさえマージジルマのサプライズプロポーズを潰したと思い込んでいるファイアボルトは、これ以上弟子を傷つけてはいけないと考えていた。
「いやピーリカ、確かにアイツは暴力的な所はあるが根っから悪い奴という訳でもないし。むしろ」
「そんなの絶対強くてかっこいいじゃないですかーー!!」
「ん……?」
顔を上げたピーリカの輝いた目に、ファイアボルトは困惑した。
その事に気づいたピーリカは、すぐさま否定する。
「あっ、違いますよ? 虫と比べたらかっこいいというだけですからね? わたしが師匠を常にかっこいいと思ってる訳じゃないですよ?」
「どういう事だ? 暴力的な男に幻滅したのではないのか?」
「分からないなら教えてやります。師匠は意味もなく人を殴りません。何かしら意味はあります。牢屋に入れられる程悪い奴って、バルス公国の奴ら並みという事でしょう? それは血が出る程殴られても仕方ないじゃないですか。悪い事をしたんだからお仕置きされて当然です。でも殴る方も痛いでしょうから、痛みに耐えて下々を守る師匠はすごいんですよ。それにバルス公国の奴らは強かったですからね。倒せる師匠は虫と比較したら一応かっこいいんですよ。まぁわたしも倒した事あるんですけど」
ピーリカは師匠だけでなく自分を褒める事も忘れない。
マージジルマが嫌われるのではないかと心配していたファイアボルトだが、彼女の反応を見て何となく察した。
「ピーリカって、思ってた以上にマージジルマにべた惚れなんだな」
「誰が!」
ファイアボルトが受け取った否定の言葉も、彼女の表情を見てしまえば肯定としか捉えられなかった。




