弟子、ケーキを買う
ピーリカは何とか平常心を装いながら(だが師匠には動揺しているとバレバレだった)修行を続けた。
それからというもの、月日は流れ早10ヶ月後。ピーリカの身長は140センチになった。
ピーリカは自室にある鏡を見つめている。
「髪型良し、お洋服良し、頭も良し、顔も当然良い。うーん、美少女!」
自画自賛を含めた身だしなみチェックを終えたピーリカは、ショルダーバックを下げてリビングへと向かう。ソファの上でコーヒーを飲むマージジルマの姿に加え、床上で腹筋をしているファイアボルトの姿もピーリカにとっては見慣れた光景になっていた。
「師匠、準備出来ました。早く行きましょう!」
「あぁ……やっぱりお前一人で行くか?」
「嫌ですよ。家にはパパがいるんですよ。そりゃわたしも大人になりましたから、パパが近づいて来ても対処出来ます。でもわたしが赤ちゃんを見てる間、パパが不意打ちに攻撃してきたら大変でしょう? だから師匠も連れてってやるという訳ですよ。わたしのガーディアンが出来る事、光栄に思って下さい」
「お前のパパの攻撃なんかどうせ大したことないから自分でどうにかしろ」
「そりゃわたしは天才ですから、どうにか出来ますけど。万が一があったら可哀そうでしょう? それにわたしに似てきっとかわいいであろう妹弟を師匠に見せつけたいですし」
「俺が可哀そうな事になったらどうするんだよ」
「その時は仕方ない、わたしが助けてやります」
偉そうな弟子に呆れながらも、マージジルマはファイアボルトに目を向ける。
「まぁいい。ジジイ、ラミパス見てろ。赤ん坊にその嘴やら爪やらは危険だからな」
「あぁ。俺の分まで祝ってこい」
ラミパスはピーリカ達に背を向けた状態で止り木の上に座っている。お留守番は不服と言いたいらしい。
だがラミパスの想いは伝わらず、師弟は「いってきます」と言い外へと出て行った。見るからにムッとした表情をしたラミパスは、止り木からファイアボルトの腹横へと移動する。
『ピーリカもマージジルマくんもひどいや! 近づかなくったって遠くから見る事くらい出来るのに、僕も赤ちゃん見たかったのに!』
「やめろ、地味に痛い!」
元代表であるファイアボルトの前では喋る事の出来るラミパスは、八つ当たりにファイアボルトの脇腹をつついていた。
ラミパスが暴れているとは思ってもいないピーリカは、山を下りながら師匠に頼み事をする。
「師匠、家に行く前にお買い物したいです。お祝いを買ってあげなければ。お祝いにはケーキでしょう? おっと、ここはわたしが払うので安心して下さいね」
「それくらい出してやるっての」
マージジルマは祝い金すら出さないと思われている。
ピーリカはショルダーバッグの中から金色の硬貨を取り出した。以前ポップルから得た、ピーリカの初収入だ。その時は転魔病にかかっていた事を思い出したピーリカは、少し照れた様子をみせながらも胸を張る。
「いいんです。このお金で買うんです。本当は師匠に恵んでやろうかと思ってたんですけど、師匠は大きいのでここは小さい子に譲ってやって下さいね」
「お前からの恵みなんざいらねぇけど、赤ん坊はケーキ食えないだろ。両親に買ってやれよ」
「パパにもあげなきゃいけないんですか?」
「無理にとは言わないが、恩を売るのも悪くはないんじゃないか?」
ピーリカは想像する。脳内には「うまい、うますぎる。ピーリカに買って頂いたケーキ美味しすぎるしー」と言っている父親の姿があった。
「確かに。では仕方ないのでパパにも買ってあげるとしましょう」
「じゃあ行くか。黒の領土にもケーキ屋は何軒かあるからな。どこにするか」
「買うお店は決まってるんです」
そう言ったピーリカはマージジルマの前を歩きながら坂道を下り始めた。
ピーリカ達は赤いレンガで出来た建物の前に到着する。扉の上には、ハッピリーヌ・ドルチェと書かれた看板が備え付けられていた。
「来てやりました、感謝なさい!」
店内に入ったピーリカは、真っ先にショーケース隣に目を向ける。そこにはマージジルマと同じくらい身長がある、オレンジ色の髪が外側にハネたボブへアーの人形が椅子に座っていた。メイド服を着た人形は、目を瞑っているがどこか嬉しそうな顔をしている。
ショーケースの向こう側にいた店員が、人形に目を向けながらピーリカに声をかけた。
「いらっしゃいピーリカ嬢、うちの看板娘もきっとピーリカ嬢に会えて喜んでるよ」
「でしょうね。わたしに会えて嬉しくないと言う者なんて愚か者です」
相変わらず偉そうだなぁ、そう思った店員だったがピーリカはさらに偉そうな態度を取った。
「わたしはお姉ちゃんになるので、ママとついでにパパにケーキを買ってあげるんです。偉いでしょう?」
「へー偉いねー。じゃあ高いの買いなよ。高いの買ってもらって喜ばない者なんて愚か者だよ」
「愚か者なのはパパだけですよ。でもママには良いものを買ってあげたいですね」
ショーケースに飾られた色とりどりのスイーツに目を向ける。トルテ、プティング、マカロン、エクレア、グラニテ。どれも美味しそうではあったが、どれも硬貨一枚では足りない程お高い値札がつけられていた。ピーリカは店員に金色の硬貨を見せつける。
「お金これが全部なんです。まけろ下さい」
「お断りでぇす」
「ケチ!」
マージジルマはズボンのポケットに手を突っ込み、中から二枚の硬貨を取り出した。ショーケースの上に置き、ピーリカにあくどい笑みを向ける。
「ここは俺とお前とで恩を売ろう」
「むぅ、本当はわたし一人で買いたかったですけど……まぁ仕方ない。それはもう少し大人になってからにするとしましょう。では人気のあるケーキの内、二人のお金で買えるものを下さい」
ピーリカは背伸びをして、ショーケースの上に硬貨を置いた。
店員は硬貨を見つめながら頭を悩ませている。
「大人にも子供にも人気があるのはチョコレートケーキかな。でもこのお金だと三個しか買えないねぇ」
「赤ちゃんは食べられないから、ママとわたしと師匠の分ですね。仕方ない、パパの分は諦めましょう」
マージジルマは想像する。脳内には「なんでテメーが食うんだ、ピーリカの買ったケェキはおれが食うべきなんだし。お前なんか泥でも食ってろし!」と言っている彼女の父親の姿があった。
想像の中でもすごくうるさいな、そう思ったマージジルマはため息を吐いた。
「俺はいらないから父親に食わせてやれよ。っていうか出産祝いなんだからお前も遠慮しろよ」
「だってわたしも食べたいですし」
「強欲な奴め」
そう言いながらもマージジルマはケーキを三つ購入する。口にはしないが、未だ叶えてなかった弟子のレベルアップ祝いのつもりだった。
店員はニコニコしながら持ち帰り用の箱へとケーキを詰めていく。手際よく入れられたおかげで、ピーリカはさほど待たずにケーキの箱を受け取る事が出来た。
帰り際ピーリカは人形に向けて、小さく手を振った。
「またね、ですよ」
人形が喋るはずもないが、ピーリカには『ありがとうございましたーっ!』と元気いっぱいな返事が聞こえたような気がした。
ケーキの入った白い箱を手に、師弟はピーリカの実家の前へと到着する。広めの庭もついた、三階建ての大きな洋風の家。
「おかえりピーリカ、いらっしゃいマージジルマ様。さぁ、中へどうぞ」
出迎えてくれたのはピーリカそっくりの母親、パイパーだけ。ピーリカは警戒していた父親の姿が見えず、辺りを見渡す。
「あれ? パパは?」
「お仕事」
「なんだ、そうでしたか。一生お仕事行っててほしいですね」
ピーリカが胸をなでおろしたと同時に、部屋の奥から泣き声が聞こえて来た。
母親は急ぎ足で部屋の中へと戻って行く。
「あら起きちゃった。さっきまで寝てたのよ」
「お姉ちゃんが来たのが分かったんですかね。流石わたしの妹だか弟だかですね。天才です」
むしろピーリカが起こしたんじゃないのか? と思いながらもマージジルマは黙っておく。
ピーリカはスキップしながら家の中へ入って行き、マージジルマも彼女の後を追いかけた。
ケーキ屋の人形の話は番外編(https://ncode.syosetu.com/n1457hl/)で読めます。まだご覧になられていない方はそちらもよろしくお願い致します!




