弟子、師匠にあーんをしたい
どんなに意気込んでもどうしようも出来ないので、黒の領土へと戻ってきたピーリカとシャバ。家の中に入るや、ピピルピが両手を広げて出迎える。
「シーちゃん、おかえりなさい。ご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」
「ただいま、人の家で選ぶのはダメだと思う」
ピピルピの言動を見たピーリカは、早速喧嘩を売る。
「痴女! 師匠には変な事してないですか!? してたら許さねーですよ!」
「ピーちゃんもおかえりなさい。してないわよ。我慢してたの。偉いでしょう。だからご褒美にピーちゃんのお尻触らせて?」
「当然の事をしているのに何故ご褒美をやらなきゃいけねーですか!」
騒いでいる二人の横で、シャバはピピルピの足元にいる火の子の前でしゃがみ込んだ。
「本当にピピルピ、マージジルマに手ぇ出してない?」
火の子は両手を上げた。
『手は出してませんが、頬ずりはしてましたぁ』
「そいつ喋るんですか!?」
驚くピーリカに対し、シャバと火の子はさも当然のように頷いた。
そんな中、ピピルピは首を左右に降って弁解する。
「手は出してないもの。ほっぺだけ。だからご褒美もらっても良いと思うの!」
「ふざけるなです、触るなと言ったはずですよ。罰を与えます。今日から貴様の名前はピラフです。意味はありません」
「まぁ、ピーちゃんだけが呼んでくれる愛称ね。嬉しい」
「喜ばれると罰にならないのでやっぱり痴女と呼ぶです」
「照れなくて良いのよ。ピラフって呼んで」
「呼びません!」
シャバは火の子を褒める。撫でる事は出来ないが、そっと手を近づけて撫でるふりをした。赤の魔法使いは熱さには強いが、平気で火に触れられる訳でもない。魔法を使えるという以外は、普通の男と同じだった。
「ありがとな」
『いつでもどうぞ』
パチンっ、と指を鳴らしたシャバ。火の子はスッと姿を消した。
ピピルピはピーリカに抱きつきながらシャバを見つめる。ピーリカが暴れていてもお構いなしだ。
「それで、ニャンニャンジャラシーは見つかったの?」
「ばーさん、ぎっくり腰。枯れてた」
「あら、どうしましょ」
「可能性があるとしたら、マージジルマが他国に売り飛ばしたっていう分を回収できれば。どちらにせよ今日はもう遅いし、出来るとしたら明日以降になるんだけど」
「うーん。マー君がどこに売り飛ばしたのか分かれば良いんだけど」
「どうだろなぁ。ところでマージジルマは?」
「さっき起きたわ。今お粥作ってあげたから、これから持ってってあーんして食べさせてあげるの」
ピピルピの言葉にすかさず反応したピーリカは、両手を上に広げる。
「待てです、貴様があーんするなんて許しません。わたしがやるです!」
「私もピーちゃんにあーんしてもらいたーい」
「貴様にはさっき黒マスクがやったでしょ! ところでそのお粥、変なもの入れてたりしないですか」
「お薬とか? 入れてないわよ。ただ、愛情をたっぷり」
「異物混入!」
怒ったピーリカはペチペチと彼女の腹を叩く。だがピピルピは喜んでいる。叩くたびに目の前で揺れるピピルピの胸を見る事も、ピーリカにとっては不快な気分になるだけで。ピーリカは叩く事をやめた。
「ほーらマージジルマ。お粥だぞー」
ピーリカがお粥の入った皿を運び、その後ろでシャバが水の入った風呂桶とタオルを運ぶ。さらにその後ろでピピルピがシャバの尻を触りながら歩く。勿論意味はない。ただ彼女の趣味だ。
マージジルマは上半身を起こしていたものの、体が重いのか猫背になっていた。
お粥をスプーンで掬い、マージジルマの前に差し出すピーリカ。
「はい師匠、口をあけやがれです」
あーん、とは恥ずかしくて言えなかったようだ。マージジルマも彼女からのあーんを断る。
「自分で食えるっての。そこまで弱ってねぇよ」
「やはりまだ具合が悪いみたいですね。自分を強いと思ってらっしゃる」
「少なくともお前よりは強いわ」
ピーリカからスプーンと皿を奪い取り、自分で口に入れるマージジルマ。ピーリカが頬を膨らませていても気にしない。
シャバは例の件を確認する。
「マージジルマ、ニャンニャンジャラシーどこに売り飛ばしたんだ?」
「オーロラウェーブ王国」
「うっわ海向こうの国じゃん……仕方ない、明日回収してくるか」
「平気だっての。寝てりゃ治るんだよ」
「無理だって。自分が一番分かってるんだろ、実は結構ヤバいって。それに今ばーさんぎっくり腰だし、バルス公国の奴が侵入してきたりしてるし。このままだとこっちも困るの」
「ババアは老いぼれだから仕方ないとして、バルス公国の奴まだうちの国狙ってんのか。しつこいな」
「ババアって呼ぶのやめろって。しかも多分ぎっくり腰の原因お前だし。バルス公国の方は追い返したけどさ」
マージジルマからスプーンを奪い返しながら、ピーリカはシャマクの事を思い出す。
「バルス公国の老人、師匠の事嫌ってたですよ」
「何だ、ピーリカも会ったのか。嫌ってるって言ったって、こっちは自分の国守るための事しかしてねぇっての」
「一体あの老人に何したんです?」
「ちょっと炙っただけだよ」
「嫌われて当然ですよ」
悪気のなさそうなマージジルマは皿に口をつけ、粥を飲んだ。
スプーンがなければあーんしてほしいと頼まれるだろうと思っていたピーリカは、悔しそうに師匠を見つめた。マージジルマは粥を全部飲み切ると、にんまり笑ってピーリカに皿を渡す。具合が悪くても意地悪をする師匠に対し、ピーリカは頬を膨らませた。それでも嫌いになれないのだから、初恋というものはどうかしている。
「とにかく、寝てればどうにかなるって。現に良くなってきてるし、もう少ししたら自分でどうにかできる」
そう言っているものの、マージジルマの顔色はあまり良くなかった。意地悪された事もあり、ピーリカは棘を仕込んだ言葉を返す。
「そんな事言って、別の病気になったらどうするですか。師匠はただでさえよわよわですからね。ばーさんみたいに腰痛めたり、白の魔法使いみたいに口内炎になったりするかもです」
「……白の魔法使い、口内炎?」
「そうですよ。そのせいで防御魔法かかってなくて、バルス公国の老人に攻撃されたです」
「口内炎……」
「はい」
「……口内炎?」
「なんでそんなに口内炎を連呼するんですか?」
ピピルピがシャバの尻からピーリカの尻へシフトチェンジしながらマージジルマに話しかける。ピーリカが叫んだが、そこはお構いなしだ。
「まだお熱で頭が働いてないのね。いっぱい食べて、いっぱい寝て。早く治して頂戴。そうすれば私ともたくさんイチャイチャ出来るわよ」
「しない」
「照れなくて良いのよ。そうだ、今夜も付きっ切りで看病してあげるわ」
「いらん」
師匠とイチャイチャしようとするピピルピに対し、ピーリカはシャバの背後に隠れたまま怒る。別にシャバを信用している訳ではない。ただ盾として考えているだけだ。
「そうです。貴様の看病なんていりません。この狭い家にはお客様用のお部屋もありませんし、師匠の世話はわたし一人で出来ますから。変態はとっとと帰れです!」
「じゃあピーちゃんと一緒に寝るわ」
「嫌です!」
「一緒にお布団入ってモゾモゾしましょう」
「何のために!?」
暴走中のピピルピを、シャバが止めに入る。
「こらピピルピ、そんな急に泊まったら迷惑だろ」
「じゃあ私シーちゃんの家にお泊りするわ。そこなら良いでしょ?」
「うーん、まぁそれは別に良いけど」
「わぁい」
シャバに抱きつくピピルピ。
その様子をピーリカはジッと見ていた。
「貴様らやっぱり恋人同士なのでは?」
ピピルピとシャバはほぼ同時に答えた。
「実はそうなの」
「違う違う。友達友達」
ピーリカは混乱した。




