弟子、力尽きる
もう立つ力も残っていないピーリカは、ペタンとその場にしゃがみ込む。力を生贄にしたおかげで、地面から30センチ程離れた空中に大きな魔法陣が浮かび上がった。
「きゃあっ!?」
「むっ!?」
「えっ?」
その魔法陣の中から三人の女が声を上げて落ちて来た。突然の召喚に反応出来ず、皆尻もちをついている。
「大丈夫かいエトワール」
「はい。ここは……黄の領土ですね。ポップルお兄様の仕業でしょうか?」
「疑いをかけられる程度にはポップルも普段の行いが悪いんだね。でも今回は……あぁ、ピーリカがいる。アイツじゃろ。全く、腰に負担をかけさせないでほしいもんだ」
「そうですね。お師匠様の具合が悪いと我々国民も色々と大変な事になりますからね」
「少しは心配せんかい」
状況を理解した緑の魔法使い代表マハリクと、その弟子エトワールは立ち上がって尻についたかもしれない砂埃を払う。
「きゃあーー!?」
緑の師弟の隣で、青の魔法使い代表のイザティが叫び声を上げて泣き始めた。マハリクは呆れながらイザティに顔を向ける。
「これイザティ。驚く気持ちは分かるけどね、無駄に騒ぐんじゃないよ」
「違いますー、あれ見てくださいぃ」
「あれって……ふぉおおおおお!?」
三人と一緒に落ちてきていたのだろう。イザティが指さす先には、まるで死体のように眠るテクマの体があった。
テクマの姿を見たプリコは、歓喜の声を上げた。
「マハリク様にイザティ様にエトワール、それにファイアボルト様とうちの人とピーリカ嬢……このメンバーで白の民族って、もしかしてテクマ様なん?! お人形さんみたいな人やんなぁ、初めて見たわぁ。でも大丈夫なん? あれ死んどんのちゃう?」
「見るなプリコ、見たらアカン! いや生きとるよ? 生きとるけどな? ほら、人様の寝顔をジロジロ見るもんでもないやろ!」
パンプルは両手を伸ばしテクマを隠す。代表だけが知っているテクマの正体については、身内相手でも秘密にしておく事柄だった。
「ルルルロレーラ・ラ・リルーラ! これテクマ、起きろ、起きんかーーっ!」
マハリクは魔法で足元に咲かせ、その花に向かって話す。その光景を見たエトワールは「目の前にいる人を起こすなら直接声をかければいいのに、何故遠く離れた人を起こすような魔法を使っているのだろう」と疑問を抱いた。ちなみにピーリカは疲れていて、疑問を抱く余裕はなかった。
むくりと起き上がったテクマは、寝ぼけた目でマハリクを見つめ怒った。
「マハリク、もっと優しく起こしてよ。というか何でこっちを起こすの? 用があるならマージジルマくんを通して……待って? ここどこ?」
ようやく状況を理解したテクマはファイアボルトに近づき、彼を叩く。
「原因は君かファイアボルト! この脳筋! バカ!」
だがテクマの力が無さ過ぎて、ファイボルトは撫でられているようにしか感じなかった。
「やめろテクマ、痛くはないがうっとおしい!」
すぐさまファイアボルトから離れたテクマは、ピーリカに近寄る。
「ピーリカ大丈夫? ごめんね、まさかファイアボルトにここまで人の心がないとは思って無かったんだ」
「……鳥」
ピーリカが呟いた言葉に、テクマだけではなくその場に居た代表全員の表情が固まった。まさかピーリカがテクマとラミパスの関係に気づいたとでもいうのか。そう焦る。
そんな中、まだ代表にはなっておらずピーリカに妹か弟が出来るという話も聞いていないエトワールが首を傾げた。
「とりって何ですか? ピーリカさん、何か取ってきて欲しいものが?」
「赤ちゃんを運ぶ、鳥が来るん、ですよ。それを、貴様らに教えてやろうと、思って」
疲れているせいでたどたどしく喋るピーリカの説明に代表一同安心の表情を見せた。
だがエトワールだけは怪訝な表情を見せて。
「ピーリカさん……それは迷信です。いいですか、赤ちゃんというのはおしべとめしべが」
「だぁああああああああああ!?」
正しい赤ちゃんの作り方を説明をしようとするエトワールの口を押え説明を止めさせたのは、意外にもパンプルだった。
エトワールは小さな手でパンプルの大きな手をどける。
「ぷぁ、パンプル様、何をするんですか」
「何やないわ、何でエトワールそないな事知っとるん?」
「勿論お師匠様から教わりました」
「そうか。でもそりゃ各家庭それぞれ教え方があるもんやからな、ピーリカの家では鳥が来る言うんやから、そういう事にしといたろ? な?」
「各家庭……それはもうサンタマンが私の所に来ないのと同じ事ですか?」
「そやな。似たようなもんや」
「分かりました。ではピーリカさん、おしべとめしべの話はお忘れ下さい」
疲れているピーリカは黙って頷いた。そもそも彼女はおしべとめしべが何だか分かっていない。
エトワールから離れたパンプルはマハリクにひそひそと話しかけた。
「ばーさん、エトワールにそないな話するんは早かったんとちゃう?」
せっかくパンプルがひそひそと話しかけたというのに、マハリクは普通の声量で答えた。
「そんな事ないよ。緑の魔法は植物を成長させたりするんだ、その過程のついでに人間の作り方を説明して何が悪いんだい。いずれは知るんだ、早いに越したことはないよ。親子そろって余計な口出しするんじゃないよ」
「親子そろってって何なん?」
「アンタん所の息子達も同じような事を言いに来たからさ。エトはずっとお兄様と一緒にいるんだから性知識なんか必要ないとか訳の分からない事を言ってたね。あぁそうだ、サンタマンが来なくなったなんて可哀そうにとか言ってエトワールに菓子やら服やらを大量に買い与えるのは止めるよう息子達に言っておいておくれ。ポップルだけなら構わんよ。あやつはメロンを送ってくるんじゃ」
「一応注意はしといたる。けどサンタマンに関してはえぇやろ別に、可哀そうやないか。何ならワイもぬいぐるみの一つや二つプレゼントし」
「いらん!」
パンプルを怒るマハリクの横で、テクマもファイアボルトを怒っていた。
「ほら見なよファイアボルト、君のせいで飛び火してる。君がピーリカに厳しくしなければパンプルはマハリクに怒られずに済んだんだ」
「それは濡れ衣だ。どうしてお前は昔から俺に冷たいんだ」
「君が昔から僕を乱雑に扱ったからだよ。冷たくしてるんじゃなくて、正当に怒ってるんだ」
「乱雑に扱った事なんかない。体を鍛えてやろうと思った事ならあるがな」
「大きなお世話だよ。まさかとは思うけど、黒の領土からここまでジャンプさせてきたんじゃないだろうね?」
テクマからの問いにファイアボルトは誇らしげに頷いた。
「ジャンプして来たのは赤の領土までだ。そこから先はずっとでんぐり返しで来た。俺は途中からバク転して来たがな」
その言葉を聞いた皆は、一斉にファイアボルトを非難する。
「本当にバカだね君は!」
「何させとんねん、それやったら庇いきれへん!」
「そないな距離空飛んで来るならまだしも、ジャンプやらでんぐり返しやらで来させたらあきまへん!」
「ピーリカはマージジルマが弟子入りした時より小さいんじゃぞ!」
「黒の領土から黄の領土までは大人が普通に歩いても疲れる距離だと思います」
「あーんピーリカちゃん可哀そうー」
ピーリカは黙っているが、内心「いいぞもっと言え」と思っていた。




