弟子、師匠の師匠にも偉そうにする
マージジルマは灰と化した畑を指さしながら、男に怒りをぶつけた。
「人のもん破壊した奴に礼儀なんかいらねぇだろ!」
「うるさい、俺は野菜が嫌いなんだ!」
「そんな理由で燃すなバカ!」
怒ってはいるが見るからに元気そうなマージジルマを見て、男は大き目の歯を見せて笑った。
「そう怒るな。それより茶ぁ沸かしてくれ。酒でもいい」
「その辺の泥水でも飲んでろよ」
「んなもん飲めるか。おっと、こんな事してる場合じゃなかった。さっき山の中で妙な声を聞いたんだ」
「妙な声?」
「あぁ。助けを求める女の声がな。それと同時に攻撃をされた。まぁ跳ね返してやったがな」
心配そうな顔をして周囲を見渡す男に対し、声の正体に予想がついていたマージジルマは冷静だった。
「アイツじゃないか?」
マージジルマは開いた玄関の前にいるピーリカを指さす。ピーリカは師匠の前に立つ男をジッと見つめ、どっかで見た事あるような顔だなと思っていた。
男もピーリカの顔を見つめ、驚きを含めた疑問の声を上げる。
「マージジルマお前……女児を飼い始めたのか?!」
「誰が飼うか! 弟子だ!」
「弟子!? お前いつの間に!」
「わざわざ連絡する程でもないだろ。それに世界中をウロウロしてる奴に連絡とるの面倒なんだよ。魔法が使えない国や植物のない国なんかじゃ連絡出来ない所だってあるしな」
「それはそうだが、出来るならしてこい。弟子の弟子なんだ。重要な事じゃないか」
「そうでもないだろ。俺だってジジイの師匠に興味ねぇし。おいピーリカ、お前変な声出したか?」
この子ですと言わんばかりに、黙って人形を掲げるピーリカ。マージジルマは「あの人形を呪ったんだと」と通訳する。
男はしみじみと、だが戸惑いつつも弟子に弟子が出来た事を喜ぶ。
「そうか。マージジルマもとうとう……流石に早すぎたんじゃないか?」
「志願されたからな。遅かれ早かれ、いずれは決めるんだ。別にいいだろ」
「まぁ、お前がいいならな」
マージジルマはピーリカの横にしゃがみ込み、男を指さした。
「一応紹介しとくか。いいかピーリカ、この筋肉ダルマはファイアボルト・ベルという。俺の師匠だが、今は世界中を旅してバカみたいに山登りをしているただの年寄りだ。クソジジイって呼んで良いぞ」
「こんにちはクソジジイ。わたしの名はピーリカ・リララ。師匠より天才の美少女です」
ピーリカはワンピースの裾をつまんで、軽く会釈する。これは彼女が愛らしくお姉ちゃんっぽいと思う仕草だった。
元代表である自分をクソジジイ呼ばわりするピーリカに、ファイアボルトは苦笑いを見せた。
「なかなか小生意気な娘だという事は分かった」
立ち上がったマージジルマはファイアボルトに向けて広げた掌を差し出す。
「で、何しに来たんだよ。この山に登りに来たんだったら登山料を寄越せ」
「お前も相変わらずだな。本当はしばらく厄介になろうと思って来たんだが」
「なろうと思わなくてももう結構な厄介だから安心しろ」
「バカタレが、しばらく世話になろうかと思ったという意味だ」
ファイアボルトの言葉を聞いたピーリカは、見るからに嫌そうな顔をした。『ラミパスちゃんはまだしも、師匠の師匠なんて来たらわたしが師匠に構ってもらう時間が減るじゃないか』と言いたげにしている。
ピーリカの顔を見ていないマージジルマは、彼女の想いに気づかない。
「まぁ客用のベッドなんてないし、床で寝てもらう事になるけど。それでもいいなら」
ピーリカの表情を正面から見ているファイアボルトは空気を読んだ。そこまで鈍い男ではないらしい。
「いいや、その嬢ちゃんがいるのに俺が転がり込んだら悪いだろ。こんな事なら家売っぱらわずに取っとくべきだったか」
「なんだ、もう旅は終わりにするのか?」
「そんな訳ないだろう。俺は永遠に山を求め、この体を強化すると決めている。だが永らく旅をしているとどうも生まれ育った国が懐かしく思えてな。少なくとも一年は滞在しようかと思っている」
「一年も俺に世話をかけようと思ってやがったのか」
「そう呆れるな。なんならお前の仕事も手伝ってやれるぞ」
ファイアボルトの言葉を聞いたピーリカは、一転。パッと顔を明るくさせた。
手伝うという事は、その分師匠の仕事が減るという訳で。つまり師匠が、わたしに構ってくれる時間が増えるという訳だ、と。
「師匠、わたしは構いませんのでこのジジイを飼ってやったらどうですか。そうすれば師匠だって楽出来るでしょう」
「俺はジジイを飼う気もないけどな。確かに手伝ってくれるんなら楽ではある。元々ジジイがやってた仕事だから、教える必要もないし。おいジジイ、ピーリカもこう言ってる事だし。別にうちにいても構わねぇぞ。手伝ってはもらうけどな」
なんて分かりやすい少女なんだ。ファイアボルトは笑いたい気持ちを抑えながらピーリカに挨拶をする。
「俺も飼われるつもりはないが、そう言ってもらえるなら助かる。ピーリカだったか、よろしく頼む」
「えぇ。よろしくしてやります」
「流石マージジルマが選んだ弟子、だが強気な所も悪くない」
「選ばせてやったんです。確かにわたしは強いですが、か弱くもあるのでお姫様のように扱って下さい」
「ガハハハ、肝に銘じておいてやる」
ファイアボルトは気持ちを抑えきれずに、大きく笑う。ちなみにピーリカは褒められていると思っている。
「じゃあジジイ、早速俺の代わりに買い物行って来い。どっかのバカが畑を燃やしたせいで野菜がなくなったからな。野菜が嫌なら果物で妥協してやる。勿論金はジジイが出せ」
マージジルマは畑を燃やされた事をまだ怒っていた。
しつこいなぁ、と反省していないファイアボルトだが、世話になる手前余計な事は口にしない。
「仕方ないな。その前に他の代表達に挨拶がてら土産を配りに行こうと思うんだ。果物なら帰りに買ってきてやろう」
「あんまり遅くなるなよ」
さっそく街へ降りようとしているファイアボルトに向けて、ピーリカは挙手。
「せっかくなのでわたしもついて行きます。皆にわたしがお姉ちゃんになる事も伝えたいですし」
「ほぉ、姉になるのか」
「えぇ。鳥が運んできてくれるんです」
「鳥?」
「知らないんですか? 赤ちゃんは鳥が運んで来るんですよ」
明らかに性知識の足りていないピーリカを指さし、ファイアボルトは眉をひそめながらマージジルマに顔を向けた。
「こんな事言ってるが?」
「じゃあそういう事なんだろ」
「お前はそれでいいのか」
「いいんだよ。まだ早い」
「さっき遅かれ早かれって言っだろう」
「それとこれとは別だ」
遅かれ早かれ弟子にする気はあったが、早い内に全ての知識を教えるつもりはない。マージジルマはそう判断している。
納得した様子のファイアボルトは、片手を前に構えた。
「そうか。では早速。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
ファイアボルトが呪文を唱えると、魔法陣と共に正方形の石が現れる。地面近くに浮く石、空近くに浮く石、バラバラな位置に多数浮遊している。
「ピーリカよ、代表になるためにはある程度の筋肉も必要だ! さぁ、落ちないよう高くジャンプし石の上だけを歩くんだ!」
ちょっと面倒くさいな、そう思ったピーリカだったが。これも代表に、お姉ちゃんになるためだと仕方なく受け入れる。
「ちょっと待ってなさい!」
だが全て言われるがままに受け入れるつもりのないピーリカは、家の中へと戻った。
自身の部屋に人形を置き、クローゼットの中から丈の短いスパッツを取り出してワンピースの下に履く。ジャンプをしても下着が見えないようにの対策だ。どんな時でもレディとしての品格を忘れてはいけない、なんて思っている。
それからハンカチやティッシュが入った茶色いショルダーバッグを手に取り、外へ飛び出した。




