弟子、メロンの絵を描く
騒ぐピーリカを抱えながら、シャバは暗闇の広がる外へ出て山を下りていく。
「降ろせです、あの変態を叩かせろです!」
「そんな事してる場合じゃないだろ。早いとこニャンニャンジャラシー探しに行こう」
「あの変態そのままにしておいて本当に大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないかもしれないから早く探しに行こうな」
「……分かったから降ろせですよ」
シャバは大人しくなった彼女を地面の上へ降ろし、赤の呪文を唱えた。
「レルルロローラ・レ・ルリーラ」
二人の前に現れた火の玉。優しく暖かな炎は、周囲に明るさをも与える。
「あったかいですね」
「暖まるために出したんじゃないぞピーリカ。早くニャンニャンジャラシー探さなきゃ」
「勿論です。黒マスクは生えてる場所どこか知らないですか?」
「その辺に生えてるイメージだからな、あんまり気にした事ないけど……やっぱり緑の領土に行った方が早いかな。ちょっくら飛んでいくか。レルルロローラ・レ・ルリーラ」
目の前の火の玉が次第に大きくなっていく。そしてゆっくりと――鳥の姿へと変化した。
「火の鳥!」
「お風呂のお湯ぐらいの温度にしか設定してないから、これは触っても大丈夫。さぁ乗った乗った」
ピーリカはウキウキしながら火の鳥の背中に乗り込む。鳥の背中は熱いというよりは暖かかった。ピーリカの後ろにシャバを乗せた鳥は炎の翼を大きく羽ばたかせ、空へと飛んだ。
『ここから先、緑の領土。自然豊かな場所』
火の鳥を玉の姿へと戻したシャバは、ピーリカと共にニャンニャンジャラシーを探す。
しかし、いくら探しても一向に見つからない。
「こんなに見つからないなんておかしいな。でもマージジルマがここまで取りに来るとも思えないし」
「もしかしてバルス公国の奴らが意地悪してるですか?」
「やりそうではあるけれど、証拠がある訳でもないのに決めつけちゃいけない。ここは緑の魔法使いに聞いてみよう。うまくいけば緑の魔法で生やしてもらえるかもしれない」
「生やす事もできるなら最初からそっちに行けば良かったのでは?」
「まさかここまで見つからないと思って無かったし。それに緑の魔法使い代表ってばーさんだから。あんまり無理させたくないんだよな」
「年寄りでしたか。それは無駄に働かせるの酷ですね」
「だろ。あとはまぁ怒ると怖い人だから、多分マージジルマがニャンニャンジャラシー売り飛ばしたって知ったら普通にキレると思う。ただでさえマージジルマはばーさんの事ババアって呼んでるから。余計に」
「本当に師匠はダメですね」
「生やしてもらえなくても、どの辺にあるかぐらいは分かるかもしれないし。バルス公国の奴の事も言わなきゃだから、とりあえず行ってみよう」
家のように窓や扉がついた木が並んでいる場所へたどり着いた二人。木々に巻き付けられているライトが周囲を照らしていたため、シャバは火の玉を消した。
中でも一番大きな木の下に緑色の髪をした者達が集まっており、何やら騒がしくしている。
「何かあったのかな。あ、あそこにいるの緑の魔法使いの弟子だな」
「あの眼鏡の女の子ですか?」
「そうそう」
その眼鏡をかけた緑髪の少女が一人、二人に気づき前に立つ。ピーリカと同じ位の年齢に見えるが、ピーリカよりしっかりしてそうだ。ボブへアーの緑の弟子は、ピーリカとシャバに深々と頭を下げた。
「こんばんは。そしてすみません。ご迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願いいたします」
「ん? 何が」
「……伝わっておりませんか?」
「あぁ、もしかしてうちに何か伝えた? オレ今まで赤の領土にいなかったから」
「そうでしたか。実は本日、お師匠様がぎっくり腰になってしまいまして」
「……ぎっくり腰」
「はい」
シャバは何故か額に脂汗をかきはじめた。その事に気づいたピーリカは、首を傾ける。
「何で汗かいてるですか黒マスク。熱いですか」
「いや熱さには強い方。それはまぁいいとして。ちょっと……いや、かなりマズいかもしれない」
「ぎっくり腰ですか? 確かに痛いとは聞きますが、死ぬようなもんじゃないでしょう。それともばーさんには負担がデカすぎるですか?」
「治るのには時間かかるかもだけど、死にはしないはず。多分」
「じゃあ良いじゃないですか。早くばーさんにニャンニャンジャラシーの事聞きましょう」
それを聞いていた緑の魔法使いの弟子は眉を顰めた。
「ニャンニャンジャラシー、ですか?」
「はい。師匠がそれないと死んじゃうかもしれないです。どこにあるか教えろです。それか生やせですよ」
「多分枯れてると思います」
「はい?」
「我が緑の魔法使い、マハリク様は土を通して植物の生長を操る魔法使いですから。お師匠様が具合の悪くなった時、魔法と繋がっている土に触れているカタブラ国の植物は大体枯れます。私含めた一般の緑の魔法使いは植物があって初めて魔法が使えるため、根となるマハリク様が枯らしてしまっては成長も後退もさせられません」
「具合の悪い時って、まさかぎっくり腰もそれに含まれるって言わないですよね」
「残念ながら言います。木は成長に時間がかかる事もあり、そう簡単には枯れませんけど……野菜や薬草なんかはすぐ枯れます。なので他の民族の方には必要なものは今すぐ収穫をとご連絡させていただきました。つい先ほども黒の民族の元へもご連絡させていただきました。何故か桃の民族代表様がご対応されておりましたが」
「痴女は今うちの留守番してるですからね。じゃあニャンニャンジャラシーは」
「もう枯れてると思います。まだ枯れてないものなら何とか出来たかもしれませんが、ニャンニャンジャラシーのような薬草でも雑草に近い種類のものとなると難しいかと」
「な、なんだってぇえええええ!」
流石のピーリカも状況の悪さを理解した。
シャバは頭を抱えながら緑の弟子に問う。
「通りで探しても見つからないはずだ。ばーさんの容体は?」
「ご年配という事もありまして、全治一か月だそうです。でも頭と心は元気みたいで、今もメロンを要求されました」
「野菜や果物も枯れるって言ってんのに自分はメロンを食おうとしてるのか……まぁいいや。それより今はニャンニャンジャラシーだ。ばーさんが完治するまで生えてこないとなると、マージジルマが本気でヤバい。緑の領土に保管してあるのとかないか?」
「探してみない事には何とも。こちらも探してみます」
「あぁ、頼んだ」
「なのでシャバ様もメロンを見つけたらください」
「分かったって言いたくないなぁ……」
ピーリカは木の枝を拾い、地面に絵を描き始める。
「メロンの絵でも描いて渡しておけばいいじゃないですか。わたしにだって描けるですよ」
緑の弟子は大きく頷いた。
「なるほど。こちら紙に描いていただく事は?」
「いいでしょう。天才のわたしが描く事、光栄に思えです」
子供達が遊び始めたようにしか見えない光景は、シャバが苦笑いをしながら止めた。
「止めとけ。ばーさん怒るから」
「ばーさんよりも師匠がいなくなる方が怖いですよ。一体どうするですか?」
「今ここにいても出来る事少ないだろうし、明日明るくなったら探す方がいいかな。マージジルマにとってはキツいかもしれないけど」
「確かに。暗い中探してかわいい弟子が怪我でもしたら大変ですからね。師匠もきっと許してくれます。今日は帰りましょう」
「お、おう」
シャバは何故ピーリカが仕切るのか若干戸惑いながらも言う事を聞いた。
緑の魔法使いの弟子はまた、深々と頭を下げた。
「お帰りですか。ではお気をつけ下さい」
「うむ」
ピーリカは礼儀正しい挨拶に関心しながらペタンコな胸を張る。
なんて偉そうな態度だろう、シャバはそう思いながらも別の事を口にした。
「あぁそうだ、ばーさんに伝言。バルス公国の奴が不法入国して植物燃やしたりしてたから気をつけろって」
シャバの言葉にピクリと反応し、顔を上げた緑の弟子。
「それは既に存じております。お師匠様、魔法で植物が燃えた事に気づき大層お怒りでした」
「そうか……まさかその拍子でぎっくり腰起こしたとか?」
「いえ。ぎっくり腰を起こしたのはもう少し後……靴ひもが何度も解けたせいです」
「靴ひも?」
「腰を曲げた際に、こう、ぐきっと。もう今後は靴ひものある靴は履かせまん」
「それは災難だったな。お大事にとも伝えてくれ」
「ありがとうございます。それはお伝えしておきますし、こちらも最善を尽くしますが……マージジルマ様の回復をする方法、他にはないのでしょうか。なるべくお早目にお願いしたいのですが」
「うん?」
「マージジルマ様、体調がすぐれないのでしょう?」
「あぁ。ちょっと色々あってな」
「……靴ひもが何度も解けるのって、地味に嫌ですよね」
「……そういう!?」
「お師匠様が回復しない内は、野菜生えて来ませんから。このままずっと地味に嫌な事が起こり続けでもしてお師匠様の回復が遅れれば、カタブラ国の民族の体には栄養の偏りが発生します。輸入に頼り続ける訳にもいきませんしね」
シャバは再び頭を抱えた。ピーリカは首を傾げていた。
「野菜がなければパンを食べれば良いのですよ」
「そのパンに使う麦も米も育たないよピーリカ」
「じゃあ肉と魚ですね」
「バランス良く食べなきゃダメだって。明日には何としてでもニャンニャンジャラシー手に入れるぞピーリカ」
「言われずともがな、です!」




