弟子、偽名を名乗る
「何故わたしが呪われてやがるですか!?」
呪文を間違えてはいなかった。となるとイメージが曖昧だったからだろうか。頭を悩ませたピーリカだが、ふと洗面台の鏡に映った自分の顔を見て惚けた。
かわいい。そして美しい。なんて素晴らしいんだ。まるで女神だ。
いつも以上の自画自賛。ピーリカは成長してもピーリカだった。
「ははぁん、分かりましたよ。これはわたしが呪われた訳じゃあありません、師匠を陥れるための罠なのです」
自分の都合の良いように解釈したピーリカは、作戦を立てた。
最初は身分を隠し師匠に近づく。この美しいわたしが近づけば、流石にバカな師匠でもメロメロになるだろう。その後正体が弟子だとバラせば、師匠はわたしだと気づかなかったと悔しがり不幸になる。それだけでない、大きくなる魔法を使えたわたしの事を崇めるかもしれない、と。
「素晴らしい作戦だ! 流石わたし、天才です!」
自称天才はすぐさま作戦に移ろうとする。しかし。
「早速問題が発生しました」
着替えにと渡されたワンピースも、替えの下着も。全て男湯の脱衣所に置いて来た事を思い出したのである。
このままだと師匠の元へはバスタオル一枚で行く事になる。
「いくら何でもタオル一枚で出歩くなんて痴女すぎます」
辺りを見渡し脱衣所の隅に置かれていたゴミ箱に目を付けたピーリカは、黒の呪文を唱え男湯のカゴと交換する。カゴの中に入っていた下着の替えを手に取り、無理やり履いた。
「キツいけど仕方ありませんね。履けはするので我慢しましょう。暑いですし、キャミソールは着なくてもいいですね」
無理やり履いた下着のサイズは、当然子供用。Tバック状態になってしまっていてお尻がほぼ丸見えだった。
だがピーリカにとってはそちらよりも、ワンピースの方が大問題。あまりにも丈が短く、ワンピースというよりシャツ状態になったそれは、歩けば確実に尻が見えるだろう。
「これも魔法でどうにかするですかね、ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
お得意の泥棒魔法で大きいサイズのワンピースを借りたピーリカ。デザインが子供用サイズのものと同じなので、ホテルで管理しているものの一枚だろう。
素肌の上にワンピースを着た、つまりノーブラ状態のピーリカは髪を乾かそうと鏡の前に座る。
洗面台の横に置かれた温風が出る機械のコードを手に取って、洗面台の下に空いていた穴に差し込む。
流石は高級リゾートホテル、いつもなら地面に差し込んで直接黄の魔法と繋げるものを、壁伝いに繋げられるよう工事されている。ピーリカはホテルに感心しながら、髪に風を当てていった。
髪を乾かし終えたピーリカは、早速マージジルマが泊る部屋へと突撃した。
「……嫌がらせの天才か?」
「違います。どこにでもはいない普通よりちょっとすごい天才美少女です」
どこにでもいる普通の美少女ではないと言いたいらしい。
ピーリカと同じようなデザインをした青色のシャツと短パンをホテルから借りて着ているマージジルマは、部屋の入口にもたれかかってピーリカを睨んでいた。
「ふざけんなピーリカ、どうやったのか知らんが早く魔法解け」
「ピーリカって誰ですか、人違いです」
「んな訳あるか。じゃあお前は誰だって言うんだよ」
ここでピーリカだと名乗っては、師匠を辱める作戦が台無しになってしまう。弟子は偽名を考えた。
「わたしは、わたしは……そう、誰もが憧れるスーパーガール、その名も! リカちゃん!」
「バカの間違いだろ」
「失礼な!」
呆れた表情でピーリカを見つめるマージジルマだが、その頬は少し赤く染まっていた。いくら弟子だとは分かっていても、自分の好みドストライクの女を意識しない訳がない。とはいえ彼も大人だ、平然を装い営業スマイルを作る。
「で、そのバカちゃんは何しに来たんだよ」
「リカちゃんですってば。わたしはえーと、貴様がモテなさそうで可哀そうなので慰めに来てやったんです。優しいでしょう?」
「余計なお世話だ、帰れ」
「帰りませんよ。とりあえず部屋入れて下さい。なんなら今夜、一緒に寝てやってもいいですよ」
弟子のふざけた提案に、いつもなら殴ってでも帰していただろう。
だが今日のマージジルマは表情にこそ出していないが、楽しいバカンス中という事もあり大分浮かれていた。
かなり浮かれていた。
すごく浮かれていた!
「とりあえず入れてはやる」
仕方ねぇよなぁ、なんて自分に言い聞かせたマージジルマは、広々とした部屋の中へと入っていく。
ピーリカも「やったーー!」と声に出したい気持ちを我慢して、彼の泊まる部屋へと入って行った。
窓から見える海を正面にして、師弟はベッドの淵に並んで座った。
「でも寝るにはまだ早いんじゃないのか、お前だって眠くないだろ」
「そうですね。じゃあお話でもしましょうか」
「お前と俺とで今更何を話せってんだよ」
「いっぱいあるでしょう。わたしと貴様は初対面ですよ」
弟子があくまで別人のふりをしようとしている事に気づいた師匠は、呆れつつも彼女の要求を飲む。
「そうかよ。じゃあ何だ、好きな食い物でも聞けばいいのか」
「牛乳ですかね。あとアイスとかシチューとかチーズも好きです」
「そうだな。乳製品全般好きだよな」
「し……」
師匠と言いかけて躊躇ったピーリカ。初対面設定なのに師匠と呼ぶのは変だと思ったのである。
「ま、マージジルマ様は何がお好きでいやがるですか?」
愚民に呼ばれている呼び方なら知っていたとしてもおかしくは思われないだろう。そう思ったピーリカだったが、マージジルマは冷たい目線で静かに怒る。
「その顔に名前で呼ばれるのは何か変な気分だ。師匠だ。師匠と呼べ。お前に名前で呼ばれるのすごく嫌だ、悲しくなってくる」
どうやら失恋をしたと思い込んだ日の事を思い出してしまうらしい。
そんなに嫌だったのかと驚いたピーリカだが、むしろボロが出なさそうで良かったとも思って。
「変な人ですね。いいでしょう、師匠と呼んでやるです。それで、師匠の好きなものは」
「金」
「食べ物の話をしていたんですが」
「じゃあ人の金で食う肉」
「もういいです。話題を変えましょう」
ぷくりと頬を膨らませたピーリカを見て、マージジルマはニンマリ笑う。
これは相手がピーリカである事は関係なく。ただ、からかって遊ぼう、なんて思っていた。
「あ、せっかくだからアレやってもらおうか」
「アレ? 何だか分かりませんが良いですよ。わたし天才なので出来ない事とかないです」
「ん、じゃあベッドの上に正座してくれ」
「そんな事で良いんですか、簡単ですよ。痺れても耐える自信があります」
言われるがままベッドの上に座ったピーリカの太ももを、体を寝かせたマージジルマは枕にして頭を乗せた。いわゆる膝枕というやつだ。突然の出来事にピーリカはドギマギしていた。
「なぁっ!?」
「これ将来絶対やってもらおうと思ってたんだよなー」
からかいと言う名の、ちょっとの本音。
ちなみに彼が将来彼女にやってもらおうと思っていた事柄は全部で27個はある。
ピーリカは深呼吸をして、師匠の顔を見下ろす。
「こ、これが師匠の夢ですか? ま、まぁ師匠にこんな事させてくれる女の子、わたしくらいでしょうからね」
「あ、お前あとアレやれよ。耳元で大好きっていうやつ」
「出来るかぁっ!」
顔を赤くして戸惑う彼女の反応に、マージジルマは声を押し殺して笑う。
ピーリカはとても悔しがっていた。これでは辱めるつもりが辱められているのではないか、と。あと笑われる度に太ももの上で彼の髪が揺れ動いて、とてもくすぐったい。なんて。
「ま、この枕だけでも悪くはねぇな」
師匠を辱め貶めようと考えていたピーリカだが、マージジルマがあまりにも嬉しそうに笑うものだから。
からかわれたのに、笑われたのに。何だか自分まで嬉しくなってしまった。
「本当に……師匠は愚か者ですねぇ」
そう言って笑顔になったピーリカを見て、目を見開いたマージジルマはいきなり飛び起きて頭を抱えた。
「師匠?」
「……って……」
「何です?」
「……金になりそうな顔しやがって……!」
「それ褒めてるんですか?」
あくまで弟子として見るつもりで、いつも通りにからかうつもりだったマージジルマだったが。
今目の前にいる彼女の姿は、どう見ても初恋相手そのもので。
いきなり大人になるんじゃねぇ、などと不満をぶつけたい気持ちもあったが、それ以上に。
バカンスという非日常のせいもあり、彼の中で長年待ち焦がれていた想いが一気に溢れた。
「……お前、ピーリカじゃないんだよな」
「え、えぇ。リカちゃんです」
「大人なんだよな」
「はい、レディです」
「分かった。じゃあ行くか」
「行くって、どこに」
体を起こし、ピーリカの手首を掴んで引っ張り上げたマージジルマは。
顔を赤くさせながら将来彼女にやってもらおうと思っていた事柄27個の内1つを口にする。
「デートだよ」




