弟子、水着姿を見せつける
「民族は違っても同じ代表同士だし、歳もそう離れてないし」
「そうそう。まぁイザティ様は……マージジルマ様の好みじゃあなさそうだけど」
女の一人はイザティの胸を見て判断した。だがもう一人の女が笑いながら否定する。
「大丈夫よ。イザティ様には他にいっぱい良い所あるし。もしかしたら、もしかすると思うの」
「お、思わないです!」
とうとう女達の前に立ち、会話に混ざってしまったピーリカ。
「あらピーリカ嬢、もしかしてマージジルマ様の事がお好きっていう噂は本当?」
「ち、違います。師匠の方がわたしを好きなのです」
「それはないわよ。少なくとも今は」
ピーリカの胸見て話す女達に「どこ見てやがるですか!」と叱っても反省はされず。
「今に見てろ、かわいいわたしの姿を見せつけて師匠をメロメロにしてみせるです!」
捨て台詞のような言葉を残し、ピーリカはダッシュで更衣室へ向かう。
ピーリカの背中を見つめながら、女達はクスクスと笑っていた。
「メロメロにしてみせるって事は、メロメロになってほしいって事かな?」
「じゃあやっぱり好きなのね」
カーテンの扉がついた縦長の箱の中。人間一人がようやく着替えられるような狭さの中で、ピーリカは持ってきた水着に着替える。
カーテンをめくり箱から出ると、真向かいに設置されている大きな鏡に映っていた自分自身と目と目が合った。フリルがついたワンピースタイプの白い水着を着た美少女。鏡に映った自分の姿を見て、ピーリカはにっこり。
かわいい、かわいすぎる。なんてかわいいんだ。まるで天使だ。
身に着けたアクセサリーは、いつものリボンとたっぷりの自信。
底の低いサンダルでペタペタと音を立てながら、ピーリカは水着姿を自慢しに向かった。
「師匠! 見ろです!」
「あーはいはい、カワイイカワイイ」
カワイイと言われ嬉しい気持ちもあるが、マージジルマはピーリカを見ずに浜辺に打ちあがった転売屋達の姿を見てニヤニヤしている。転売屋達は意識はあるものの大分弱っていた。
そんな転売屋の事などどうでもいいピーリカはかなりご立腹だった。
「心がこもってません、もっと盛大に褒めろください」
「口を閉じればもっとカワイイ」
もっとかわいくなりたいピーリカは口を閉じてみる。マージジルマはうんうんと頷き、周りでは波の音に混じって海の中へ再び放り込まれた転売屋の叫び声だけが響く。
だがしばらくして、ある事に気づいたピーリカは再び口を開けた。
「わたしは喋っていてもかわいいのですが?」
「お前は本当にすごいよな」
自信があり過ぎだという意味ですごいと言ったマージジルマだが、ピーリカはすごくかわいいという意味で言われたと勘違い。
「えぇまぁ、わたしかわいいので」
勝手に満足した弟子を見て、イザティも会話に混ざろうとする。
「ほんとだねぇ、ピーリカちゃんかわいいよー」
「貴様に言われなくても分かってます」
「そんな意地悪言わないでー」
イザティを会話に混ぜたくなくて意地悪を言った訳ではない。そもそもピーリカに意地悪を言ったつもりはなかった。彼女は本当に言われなくても分かっているのだ。自分はとってもかわいいのだと。
「意地悪なんて言ってませんけど、まぁ褒めてくれるのならもっと褒めろです」
分かってはいるが、それはそれとして褒められる事も大好きだ。
イザティはピーリカを本当にかわいい子供だと思って接している。
「かわいいねぇ。ほらマージジルマさんも、ピーリカちゃんせっかく着替えて来てくれたんですし。海に入ったらどうですかー? 気持ちいいですよぉ」
良い事言うじゃないかバズーカ女、師匠の事は渡さないけどな! とピーリカは心の中でだけ思った。今日も言葉には出来ない。
「あのなぁ」
マージジルマは眉をひそめながら、自身の左胸をトントンと叩いた。
彼の体にある二つの代表の印。
腹についた印は見られても問題ないが、胸にある方は見られてはマズい。マージジルマがそう言いたいと気づいたイザティは、ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい、そうでしたね。分かりました、お昼寝でもしててくださいー」
師匠がイザティにしたハンドサインの意味が分からず、ピーリカは彼女へ詰め寄る。
「何ですか今の! 何を意味するですか!?」
「気にしなくていいよぉ。それよりピーリカちゃん、せっかくだから私と一緒に遊ぼうねぇ。あっ、そうだ。バイク乗るー?」
「乗りません、今のやつ教えろです!」
「遠慮しないで。ロロルレリーラ・ル・ラローラ」
水際に現れた魔法陣。その中から出てきた水上バイクが、水の上に浮かんでいる。
ピーリカをバイクの後方に乗せたイザティは、前の席に座りハンドルを握った。
「はい乗ってー、行くよー」
「待て貴様、わたしは行くだなんて一言もひょわぁあああああ!」
もの凄いスピードで走り出す水上バイク。しがみつきたくもないイザティ相手にしがみつき、ピーリカは海の上を駆けまわった。
日が沈み海が赤く染まった。バイクから降りたピーリカは頬を膨らませていた。
「散々な目に遭いました!」
「そんなぁ。最後の方はピーリカちゃんも楽しんでたでしょー」
「そ、そんな事ないです!」
下手くそな否定をするピーリカの元へ、肩にラミパスを乗せたマージジルマが近寄る。
「俺の所にも聞こえてきてたぞ。お前キャッキャ言ってただろうが。うるさくて寝らんなかったっての」
「そんな事にですってば。師匠の幻聴だと思うのですよ」
「思わないし事実だっての。それよりほら、そろそろメシだ。イザティ」
マージジルマからの要求に、イザティは大きく頷いた。
「はーい、マージジルマさんが好きそうなお高いご飯を用意してありますよー。ピーリカちゃんも水着のままで大丈夫。こちらへどうぞー」
イザティが連れて来たのは、横長で平たい建物の前。十五階建ての壁は本来白いようだが、今は夕日色に染まっている。その建物の真下には、楕円の形をした巨大なプール。目の前に海があるというのに、プールがあるという意味の分からなさ。それが逆に、なんだか高級そうだという印象を与えた。
イザティはプール横にあるテラス席を指さす。
「ここが今日お泊りいただく高級リゾートホテル『ノモブヨーリブラ』ですー。こちらの一流シェフのお食事を召し上がっていただきますよー」
「おぉ」
「まずはお荷物お部屋に持って行きますか。こちらですー」
イザティはガイドのように師弟を案内し、建物の中へと連れて行く。
広々とした部屋の中、壁一面分に広がっている窓からは海に照らされた夕日が差し込んでくる。
「はい、ここがピーリカちゃんのお泊りするお部屋だよー」
「窓から海が見えるです、良い景色じゃないですか」
「自慢のオーシャンビューですからー」
「この部屋全部わたしが使っていいですか?」
「いいよー」
部屋の真ん中を陣取るように設置されたキングサイズのベッド。その分周囲が狭い訳でもなく、むしろ動き回れる程広い部屋。そこを好きに扱って良いというのは、なかなか気分が良かった。
だがピーリカは分かっていた。広い部屋に一人という事は、その分師匠とも離れてしまうという事に。
「ちょっと広すぎて落ち着かないんですけど。そうだっ、師匠。ここのベッドは師匠のベッドじゃないから巨乳専用じゃあないでしょう。師匠もきっと寂しいでしょうから、一緒に寝てやってもいいですよ?」
「バカ。俺が寝る場所全てが俺のベッドだ。つまり巨乳専用だ」
「なんだと! 女の敵め!」
怒るピーリカの隣で、何故かイザティが泣いた。
「あーん、ピーリカちゃんいじめられて可哀そうー」
「良い事言うじゃないですかバズーカ女。そうだそうだ、わたし可哀そう!」
師匠に手を出さなければバズーカ女は普通に良い奴だと判断したピーリカ。
騒がしい弟子と同僚を前に、マージジルマは表情を歪める。
「えぇい騒ぐな、それよりとっとと連れてけ!」
「ぐすん、分かりましたよぉ。こちらですー」
目元を擦るイザティはマージジルマを連れてテラス席へと案内する。ピーリカは部屋にスーツケースを置いて二人の後を追いかけた。
いつのまにか空は真っ暗になり、月と星が輝きを放っていた。テラス席のテーブルの上には、美味しそうな魚料理が並んでいる。魚を焼いたもの、煮たもの。生のまま切られたものもある。
向かい合って座る師弟の前に立ったイザティは、新鮮な野菜が使われたサラダを取り分けながら問う。
「あとお肉焼いてもらえるけど、食べますー?」
「高いやつか?」
「高いやつですー」
「じゃあ三枚くらい」
「値段で枚数を決めるんですねー?」
「当然だろうが」
呆れるイザティだが、何かを言ったところでマージジルマが考えを変えるとも思わなかった。
「もー、分かりました。頼んできますねー。ピーリカちゃんはー?」
「わたしは一枚でいいです」
「はーい、ちょっと待っててねぇ」
お客様をもてなすために、イザティはせっせと働く。
イザティが離れた隙に、ピーリカは意を決して師匠へと質問する。
「師匠」
「何だよ。ほら、いっぱい食えよ」
「食べるですけど、その前にお話しです……あのバズーカ女の事を師匠はどうお思いで?」




