転売、絶対に許されない
それからというもの。ピーリカは何だかよく分からないけど師匠と出かけられるという事に喜び。着ていく洋服の選別をしたり、必要な荷物をスーツケースに詰め込んだり。一応遊ぶ前にと勉強もしたりした。
そして旅行当日。黒い袖なしワンピースを着たピーリカはスーツケースを持って外へ出ていた。
「よし、行くか」
後から家を出てきたマージジルマの姿を見て、ピーリカは目を点にしている。
薄い青地に、赤い花柄の半袖シャツ。その派手なシャツにより、シンプルなデザインのハーフパンツと肩に乗せている白色のラミパスがかなり際立つ。手に持っていたナップザックは、かなり軽いのか彼が少し動くだけで大きく揺れていた。
「師匠、よくそんなふざけた服持ってたですね?」
「山狂いのクソジジイ……俺の師匠がどっかで買ってきた土産だな。着る時ねぇよと思ってたけど、あったな」
「師匠の師匠ですからね、センスもちょっとおかしいんでしょう。でも何故でしょう、普段の服より師匠に似合ってる気がします。なんというか、師匠の暴力さを表面に表しているような」
「チンピラっぽいって言いたいんじゃないだろうな?」
「あ、それです」
普段のマージジルマであればピーリカの答えに怒っていたかもしれない。だが今の彼は若干浮かれていた。どうにもならない色々な悩みから現実逃避出来る、楽しい旅行を目前にしているからだろう。しかも、人の金でだ。
マージジルマは満面の笑みで提案した。
「イザティに買わせるか、サングラス!」
「青の領土の治安が疑われるから止めた方がいいですよ」
それはそれでカッコイイかもしれないとは思っていたが、やはり言葉にする事はない弟子。
「いいから行くぞ、ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
いつも通り他人の絨毯を召喚したマージジルマは、ピーリカと共にその上に乗った。
ピーリカは抱きつくチャンスだとばかりに両手を伸ばす。急に抱きついても風で飛ばされそうだとでも言っておけばアホの師匠は疑問に思わないだろうと考えている。
弟子がそんなアホな事を考えているとは思ってもいないマージジルマは、ピーリカの顔も動きも見ずに注意を促した。
「あ、重い荷物落とすと危険だから押さえとけよ」
そう言われてしまっては抱きつけない。ピーリカは両手でスーツケースを押さえながら頬を膨らませた。
白い砂浜の上では多くの民族が青い海を見つめていた。人だかりの後ろへ着地した師弟の前に、一人の女が現れた。
「いらっしゃいませぇ。来てくれてありがとうございますー」
青い髪に健康的な褐色肌の女。オフショルダーにショートパンツ姿で、右の太ももには黒い三日月が描かれていた。
彼女の名前はイザティ・メヒナム。青の魔法使い代表である。
マージジルマは笑顔でイザティに挨拶をする。
「今日はよろしく頼むぞイザティ。俺着替えしか持って来てねぇ」
実に最悪な挨拶である。
だがイザティにとって、その程度であれば想定内だ。
「本気で払う気がないって事ですねー? まぁいいですけど、先にお仕事はしてもらいますよー」
「分かってるよ。でも早く終わらせれば早く終わっただけ好きに時間使って良いんだろ。だったら実質バカンスじゃねぇか」
「そう簡単に終わりませんってー」
師匠と遊びに来たつもりのピーリカは首を傾けた。
「師匠これお仕事に来てたですか? バカンスって言いましたよね?」
「大丈夫だって、すぐ終わらせるからほぼ遊びだ」
適当なマージジルマに呆れた様子を見せるイザティは変わりにピーリカへ説明する。
「もー、ちゃんと説明してあげてくださいよぉ。ピーリカちゃんあのね、悪い人たちをやっつけて魔法の貝を守ってほしいんだー」
「ボコボコに殴れば良いんですね?」
「マージジルマさんの英才教育怖いよー」
「それで、貝はどこにあるですか? 海の中?」
「浮いてくるんだよー」
貝が浮くわけないだろう、とイザティを見下しているピーリカ。その視線に気づいていないイザティは海へと向かう。
「もうじきだと思うんですよ。もう一回調べてみますねー」
足首から下を海水へと浸ける。両手を前に出し、呪文を唱えた。
「ロロルレリーラ・ル・ラローラ」
海面で光る魔方陣は、揺れる波の影響を受けて歪みを見せていた。その揺れを利用して、青の魔方は海水の動きを感知する。
「あっ……来るっ!」
イザティが何かを感知したと同時に。
光に包まれた大きな二枚貝が、水面をかき分け宙へと浮き、人々の前に現れた。
そしてパカっと、皆に中身を見せるように開く。中には薄めの赤、青、黄、桃、緑、白、そして黒の七色に光り輝いている大粒の玉が入っていた。その姿はまるで、高価な箱に入った婚約指輪。淡い色ではあるが確実に存在感のある玉に、ピーリカは惚れ惚れとする。
イザティは集まっていた者達の前に立ち、大声を上げた。
「それではパラリルマリリンの収穫解禁ですー! でも収穫していいのは許可証もってる方だけ、もってないのに収穫するのは犯罪ですからねぇ」
イザティの言葉を合図に、陸地にいた者達のほとんどが嬉々として海の中へ入る。持ち手のついた網でパラリルマリリンをキャッチし、捻るようにして玉をもぎる。収穫の光景を見ていたピーリカは、なんだか楽しそうだと感じた。
「師匠、今度わたしもあれやりたいです」
「今度な。あれ許可ないとやっちゃダメだって言うし、今日は別の事して遊べ。仕事は今終わらせるから」
マージジルマは顔を動かす事なく目線だけを動かして。パラリルマリリンを収穫する事を職業としている者達の中に混じり、許可を持たずに貝へと手を伸ばした者を見つけた。人差し指を空へと向けて。
呪文を、唱えた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
「うわぁあああああ!」
一二三四、五、六、七、八。叫び声と共に、次々に水柱が飛び跳ねた。見れば中には溺れる人影。その水柱の数こそが高額転売を企んでいた悪徳業者の数という事だ。
仕事を終えたマージジルマは笑顔で人混みを離れる。
「はぁい、お疲れっした!」
「怖いよー、私が今まで半日はかけて追い返してたものをマージジルマさん三秒で終わらせたよー。絶対敵に回さないでおこっと」
イザティが呟いた直後、バシャンっ、と音を立てて水柱が消えた。数秒後、海中から顔を出した一人の男は息を整える。どうやら先ほどまで水柱の中に捕らえられていた者のようだ。
「はー、はー……くそっ、何だってんだ。そうだ、真珠はっ……がぼがぼごぼ!」
男の周りで魔法陣が光ったかと思えば、奴は再び水柱の中へ閉じ込められ溺れた。同じように、何本もの水柱が出現しては消え、出現しては消えを繰り返す。
イザティは水柱を指さし、転売する悪者にかけられた呪いを確認する。
「マージジルマさん、あれって」
「溺れさせて休憩させてを急速で繰り返す。無限ループは流石に死ぬから、気絶寸前か疲労でぶっ倒れるまで。それでも転売を止めようと反省しない場合、後日別の場所であっても同じ行動をさせられる。海じゃなくても風呂や水たまり、トイレでも溺れて休憩してを繰り返す。下手したら死ぬより恥ずかしい」
「流石マージジルマさん、とってもあくどいー」
「それよりほら、椅子と飲み物持ってこい」
偉そうなマージジルマに怯えながらも、イザティは寝そべる事の出来る椅子を二つ用意した。その間に大きなパラソルをさし、日陰を作る。日陰の中に置かれた小さなテーブルの上にはラミパスがちょこんと座った。片方の椅子に寝転んだマージジルマは、もう片方の椅子を指さす。
「ほらピーリカ、座れ。汚い噴水を見ながら優雅に過ごすのも悪くねぇぞ」
「汚い噴水よりキレイな噴水の方が良かったですけど、黒の魔法使いですからね。仕方ないですね」
ピーリカも椅子に寝転び、犯罪者入り水柱を見つめた。
酷い会話をする師弟の前に、オレンジ色の飲み物を持ってきたイザティ。
「特製トロピカルドリンクですよー」
ジュースを受け取り、一口飲んだピーリカは思った。
強制的に罰を受ける犯罪者達を見つめながら飲むジュース、うん、確かに悪くない。おいしいけれど、わたしは師匠ともっと遊びたい、と。
ピーリカは上半身を起こし、同じジュースを手に持つマージジルマに提案する。
「そうだ師匠、せっかく海に来たのだから泳ぎましょうですよ。わたし水着持ってきました」
「お前泳げないだろ」
「ちゃんと浮き輪持ってきたですよ。汚いのの近くは嫌なので、少し離れた所で」
「俺海に入る気なかったから、水着持って来てないし」
「海に来たのに何で泳がないですか! さては師匠も泳げないですね、浮き輪貸してあげましょうか」
「いらん。入る気がないんだって、一人で行って来い。ここから見ててやる」
師弟の会話を聞いていたイザティは海の向かいにある建物を指さした。
「ピーリカちゃん着替えるなら、あっちに更衣室あるから使っていいよー」
師匠がいないのに一人で海に行くのもなと思ったピーリカだが、持ってきた水着のデザインを思い出し考えを改める。
持ってきた水着は、とてもかわいいのだ。かわいいわたしが着れば、かなり素晴らしいに違いない。一緒に遊べなくとも、せめて愛らしさアピールだ。
なんて考えながら「じゃあ行ってくるです」と言い、ジュースをテーブルの上に置き椅子から降りた。スーツケースの中から水着の入った袋を取り出す。
「イザティ、おかわり。コーヒーでもいい」
「えっ、もう飲んだんですかー?」
そんな会話を耳にして、師匠は意地汚いなと思いながら更衣室へと向かうピーリカ。ちらほらと立っている人を避けながら、水着を持って前へ進む。しかし。
「ねぇ、あの二人何だか良い雰囲気じゃない?」
「あ、思った。意外とお似合いよねぇ、イザティ様とマージジルマ様」
恐ろしい会話を耳にしたピーリカはその場に立ち止まり、マージジルマとイザティを見つめヒソヒソと話をする二人組の若い女の方を向いた。
ピーリカの視線に気づいていない女達は楽しそうに話を続けた。




