師匠、バカンスを喜ぶ
「じゃあ金は返さなくていいから、オレとピピルピの事考えてよ」
「大丈夫だって。ピピルピがどう思ってるかは知らんが、お前は今まで通りでいろよ。変に違う態度取ってこじれたら、それはそれで困るだろ。好かれてるならそれでいいじゃねぇか」
「そうかなぁ」
「そもそもピピルピが痴女なのは本能みたいなもんだろ」
「それは知ってる」
「大体、悩むだけ無駄なんだよ」
「そうは言ってもさー」
「アイツお前に魔法かけて頻繁に操ってるし」
「待ってそれは知らない」
身に覚えのない事を言われ困惑しているシャバに、マージジルマはしれっと答える。
「桃の魔法、操られても記憶残らないだろ。お前結構頻繁にピピルピの下僕になってるぞ」
「たまに操られてたよって他の人から聞く事はあるけど、何、そんなに?」
「三日に一日くらい」
「想像以上に頻繁!」
「あぁ。だからどんなにお前が離れて行こうと、ピピルピは魔法でもって連れ戻す。アイツは魔法使ってでも愛されたい欲がすごいからな。仮にピピルピが今はお前とどうこうって悩んでたとしても、その内自分の欲を優先させるようになるだろ。だからシャバは悩むだけ無駄。足掻くだけ無駄」
「そういう意味!?」
マージジルマは、頭を抱えたシャバから目を離し。
自分への仕事依頼が書かれた紙を見つめた。そのまま会話だけを続ける。
「とにかく、余計な事はすんなよ。良いじゃねぇか、嘘か本当かは分からなくとも、お前らにはミューゼっていう実質娘が出来るかもしれねぇんだし。そいつが理由で将来今以上に一緒にいられるかもしれないっつー未来がある可能性もあるんだし」
「そうだねぇ……ま、なるようにしかならないか」
「そーだよ」
マージジルマにとってもシャバにとっても、ミューゼの発言を信用していいのかどうかは別問題だったが。
とりあえず今は、悩んでも仕方がないと割り切っていた。
シャバはベッドから腰を上げ、マージジルマの前に立つ。
「じゃあそろそろ仕事の話をするんだけど」
「……お前遊びに来たんじゃなかったのか」
「遊び半分、仕事半分の気持ちで来た」
「不真面目め」
「はは、じゃなきゃマージジルマと親友やってる訳ないじゃん。それより青の領土の話なんだけどさ」
コイツもなかなか失礼だよなと思いつつ、マージジルマは顔を上げ。仕事する手を止めた。
シャバは仕事の話をプライベートな話と同じテンションで伝え始める。
「青の領土にだけ生息する魔法貝の真珠、通称パラリルマリリン。虹色に輝くそれは国内外での人気も高い。しかも今年は五百年に一度レベルじゃないかってくらい大粒が収穫出来そうらしいんだ」
「あぁ、聞いた事あるな。すごく高く売れるやつだろ」
「そうそう。それを盗んで高額転売しようと狙ってる奴がいるって話。マージジルマも泥棒側と仲間だったりしないよね」
「俺が他人と組んで金儲けする訳ないだろ。俺の利益が減る」
「冗談のつもりだったし端から疑ってなんかなかったけど、その答えを聞いて疑いたくなった」
「たわけ。こっちだって冗談だっての」
「じゃなきゃ許さないって。で、その転売野郎達をボコボコにしてほしいなーって依頼」
新規の仕事内容を聞き、マージジルマは頬杖をつく。さほど乗り気ではないようだ。
「俺がやるのは構わんが、お前とかイザティだって追い払うくらいは出来るだろ。特にイザティの領土なんだ、アイツにやらせるのが筋なんじゃないのか」
「今まではちゃんとイザティがやってたし、一応追い払えてはいる。それでも毎年来るみたいなんだよね。オレも前に手伝った事あるけど、それでも翌年また来てたって。だからオレらより攻撃力殺傷力の高いマージジルマがボコボコにする方が、転売野郎達も二度と来ないだろって話」
「そんな事言ってもなぁ」
眉間にシワを寄せ、渋るマージジルマ。だがシャバは親友の事をちゃんと理解している。
「報酬は海の領土にある高級リゾートホテルに一泊二日でご招待だって」
「仕方ねぇな、やってやるか」
高級という単語に目を輝かせ、マージジルマは手のひらを返した。
「まぁ詳しくは後でイザティが説明の連絡するって言ってた。あと他の仕事の件でサイン貰わないといけない書類がある」
そう言ったシャバは、コーヒー缶を入れてきた袋の中から紙の束を取り出す。「コーヒーと一緒に入れてくるなよ」と呆れているマージジルマだが、今更である事に変わりはない。
時々雑談を交えながら、二人は仕事を進めていく。
サインをもらったシャバは、袋の中に紙をしまう。
「よっし。これで今やってもらわないといけない事は終わり。他にもやる事あるから今日は変えるわ。今度またゆっくり聞かせてよ、マージジルマの本当の初恋相手の話」
「一文字ワンコイン」
「ははは、超やだ。じゃーねー」
シャバは来た時よりスッキリした表情で挨拶をする。自身の悩みを親友相手に打ち明けたおかげかもしれない。
逆に悩みが増えたのはマージジルマの方。思い出さないようにしていた事を思い出してしまい、その記憶が脳にちらつく。これだから初恋は恐ろしい。
だからといってシャバに怒りの矛先を向ける気はない。ただ自分が気にしてしまっているだけだと分かっていたからだ。
シャバが帰ってからも一人で仕事を続けていたマージジルマだったが、どうもその記憶が邪魔をしてくる。おもむろに立ち上がり、気分転換を兼ねて弟子の様子を見ようと螺旋階段を上った。
その弟子を見る事が気分転換になるかどうかは怪しいと思っていたけれど。
案の定、マージジルマの悩みは倍増した。
彼の目の前には両手で棒を持ち、飴を舐めるピーリカの姿があった。どう見ても幼い初恋相手に、マージジルマは思わずため息を吐く。
「子供だなぁ」
「失礼な! レディが飴舐めちゃいけないなんて誰が決めたんですか!」
「いけないとは言ってないだろ」
ピーリカはさらに怒りの言葉を吐くつもりでいたが、窓の外から見える畑がチカチカと光っていた事に気づき。そちらに意識を奪われた。
「師匠、お庭の野菜が光ってます。誰かがお話したがってるですね」
「あぁ、イザティだろ。連絡くるって言ってたから」
「何ですって!?」
飴を片手に外へ飛び出したピーリカは、光を放っていたまだ収穫前である野菜の小さな花の根元を掴む。そして師匠へ近づく女の影を全て潰そうとした。
「もしもしこんにちは、世界で一番愛らしい弟子のピーリカ・リララです。師匠はわたしを可愛がるので忙しいから二度と電話してくるな痛ぁっ!」
頭を引っ叩かれたピーリカは花から手を離し痛みを感じている部分を押さえた。そんな弟子の事は気にせず、花に耳を近づける。
そこから聞こえた青い魔法使い代表の声は、好奇心に満ち溢れていた。
『ごめんなさいマージジルマさん、なんだかお邪魔しちゃった感じですかねー。やっぱりマージジルマ様の巨乳好きはフェイク説本当だったりするんですかー?』
「うるさい! ない!」
『あーん、怒らないで下さいよぉ。それより、シャバさんからパラリルマリリンの事は聞きましたかー?』
「あぁ、転売撲滅、高級リゾートホテルの話な」
『やっぱり高級リゾートホテルはお気に召していただけた感じですねー? 良かったぁ。ただですね、パラリルマリリン、収穫解禁が明後日からなんですよー」
「何だよ、急な話だな」
『それでも転売屋さんは毎年来るんですよねー。あとマージジルマさんは例え急でも高級リゾートホテルをちらつかせれば意地でも来るよってシャバさんが』
「アイツも今度一回殴っておこう」
『殴るのは止めといた方が良いと思いますけど、来れますー?』
「まぁ今日明日でこっちの仕事終わらせるとして、急に犯罪者が出て俺が行かないとってならければなんとか……いや、行けないかもしれねぇ。高級リゾートホテルで贅沢三昧していいって確約がないと頑張れねぇ」
『もー、分かってますよ。高級リゾートホテルご宿泊は勿論、今回の旅行代全部こっちで持ちますからー。ピーリカちゃんも連れてきていいですし、ぜひ来てくださいお願いしますぅう』
涙声で頼み込むイザティに、マージジルマは笑みを向けた。
「そこまで言うなら仕方ない。もてなされてやるとしよう」
勿論、笑みが通話越しに伝わる事はなく。イザティからしてみればただ脅迫を受けたに過ぎないのだが。
花を手放したマージジルマは、すぐさま仕事に取りかろうとするも。
イザティの話が聞こえていなかったピーリカが「何話してたですか何話してたですか」と彼の周りをウロウロしているせいでマージジルマは仕事に集中なんて出来ずにいた。だが怒る事はない。何故なら彼にはこれから、とっても楽しみな旅行が待っているのだから。
「よしピーリカ、明後日遊びに行くぞ。急いで身支度しろ。変な人形とかは持ってくな。向こうでイザティにねだって買ってもらえ。待てよ、いっそ手ぶらで行けば全部買ってくれっかな」
とんでもない要求をしようとしているマージジルマを見上げ、ピーリカは状況を知ろうとする。
「遊ぶって、師匠、お出かけするですか?」
弟子からの問いに、師匠はニッと笑って答えた。
「バカンスだ!」




