師匠、回想する<失恋編>
別名「過去一のエロ甘編」と呼んでいます。よろしくお願いします。
赤、青、黄、桃、緑、白、そして黒の、七種の民族が暮らすカタブラ国。
その国の安全と平和を守るのは、それぞれの民族代表である七人の魔法使い。
「ピーリカ、これあげるからマージジルマと二人で話させて」
「仕方ない奴ですね。ちょっとだけですよ」
今日も平和なその国では、身長138センチの少女が棒付きキャンディーで買収されていた。彼女の名はピーリカ・リララ。黒の魔法使いの弟子である。キャンディーで買収した赤の民族代表、シャバは何かが入った袋を持ったまま彼女の後ろを歩き地下室へと移動する。
「ありがと。ところでピーリカ、今日は涼し気じゃん」
「最近熱いですからね。貴様のマスクも熱くないんですか?」
「オレら赤の民族、炎と共に生きる者よ? この程度の熱さなら余裕余裕」
ピーリカの服はいつもと同じ黒いワンピースではあるが、袖の無いデザインで白い肩が露出している。黒髪は白いリボンで一つに束ね、底の低いサンダルでペタペタと歩く。
地下室の扉を開けると同時に、弟子は偉そうな態度で師匠に来客の報告をする。
「師匠、黒マスクが来ましたよ。わたし飴もらったので二人で話させてやるです」
部屋の中で書き物をしていた、身長158センチのボサボサな黒髪の男。右肩には慣れた様子で白いフクロウを乗せている。彼の名はマージジルマ・ジドラ。黒の魔法使い代表である。
彼も一見いつもと同じシワだらけのローブ姿だが、いくらか薄い生地のものを着ていた。
「お前それ買収されたんだろ」
「貢物です。いいから話しろです」
そもそもピーリカが許可を出す意味が分からないと考えているマージジルマ。
「まぁいい。飴食ってていいからラミパスの事見てろ」
「いいでしょう。行きますよラミパスちゃん。おやつタイムです」
おやつと聞いたラミパスは、即座に羽を広げ。螺旋階段を駆け上がるピーリカの背中を追いかける。
部屋の中に残ったマージジルマはシャバに広げた掌を見せつけた。
「俺に貢物はないのか」
「あるよ。はいコーヒー」
シャバは袋の中から丸い缶の容器に入ったコーヒーを取り出し、放り投げる。両手で受け止めたマージジルマは、さっそく封を開け、ぐびっと飲み干す。
「で、何だよ話って」
「……ほら、前にオレの弟子とか言う子が来たじゃん」
「あぁ、ミューゼな」
シャバはマージジルマのベッドに腰を掛け、話を続けた。
「彼女の話が真実かどうかはさておき。あの話を聞いた後でもオレらの関係性は一切変わらず、なぁなぁにしてきた訳だ。ただちょっとね? ピピルピ、口には出さないけど、本当にこのまんまでいいのかなって思ってるっぽいのね?」
「何かと思えばそういう話かよ……じゃあ監禁でもしろ。アイツなら重めの愛ぶつけた方が喜ぶんじゃないか?」
「それはオレも考えた事あるけど」
「あるのかよ」
「ピピルピは常に人肌を求める愛の旅人だから」
「無差別痴女って言えよ」
「監禁すれば愛は理解してくれると思うけど、常に人肌が得られないと多分死んじゃうと思う。そうなるとオレが仕事で国外出なきゃいけない時大変な事になるだろ? そうさせないためにはオレもピピルピと一緒にいなくちゃいけない。つまり、逆監禁状態になるんだよ。流石にそれは困る」
「いっそ困ればいい」
「無理。というかオレは別に監禁したい訳じゃないんだよ。それこそ付き合いたいとか結婚したいとかじゃない。このまんまの、遊びの関係のままで。それがピピルピにとって一番だと思うんだけどなー」
桃の民族は人に嫌われる事を恐れ常に人から愛されたいと思うような性格の者が多い人種だ。
代表者であるピピルピは、その感情が人一倍強い。それはシャバだけでなくマージジルマも理解していた。理解した上で、めんどくせぇなと思っていた。
「分かった。今すぐババアに隠居させて、エトワールを代表にさせよう。そうすりゃ年齢順的に外交担当もお前じゃなくなる。安心して監禁されてろ」
「適当な事言うなよ。それにオレ、他の仕事だってあるからぁ」
「適当じゃねぇって。つーか俺だって人の恋路聞いてる場合じゃねぇんだっての」
「何だよその言いぐさ。まさか良い人出来た?」
良い人、それは恋仲的存在や気になる相手の事を指している。
マージジルマは親友相手に全てを隠すのも違うなと判断して。
「……お前、俺の好きだった奴覚えてるよな?」
「忘れる訳ないじゃん。何。ピーリカの母親、旦那と別れるって?」
シャバは未だにマージジルマの初恋相手を彼女の母親だと勘違いしている。
マージジルマは首を横に降った。
「違う。というか別れたとしてもその人とどうこうなるつもりはない。そうじゃなくて……違ったんだよ」
「違った? よく考えてみたら恋じゃなかったとか、そういう系?」
「そうでもなくて……別人だったんだ」
少々恥ずかしそうに言ったマージジルマの言葉が信じられず、シャバは手を左右に振った。
「いやいやいや、あの顔そうそういるもんじゃないだろ。いるとしたらピーリカくらいじゃん!」
そのピーリカである。そこまでは言わないけど。
「とにかく、別人だったんだよ。だからと言ってそいつにすぐ手を出すような事をする気もないけど」
「そうかぁ……ま、良かったんじゃないの? あの時のお前、すっごい辛そうだったし」
「まぁ、な」
マージジルマはシャバが言う、辛そうだった時の事を思い出す。
***
身長120センチのピーリカは、案内された部屋の中を見て喜んだ。
「おぉ、わたしにピッタリサイズのベッドだ、です。用意がいいじゃない、です」
この時はまだ片言な言葉遣いだったピーリカは、ベッドの上でジャンプ。古びたベッドは、そこまで跳ねない。マージジルマは気だるげに答えた。
「いつか使うかなって思って置いといたんだよ」
「ほぅ。このわたしが使うのよ、です。ありがたく思え、です」
「はいはい。じゃ、ちょっと留守番しててくれ。荷物の整理とかもあるだろ。この家防御魔法かけといてあるから。でも外には出るなよ。メシは帰ってきたらくれてやる」
「早速かわいい弟子を一人にさせるとは何事だ、です」
「俺にも心の準備くらいさせろ」
「あぁ、わたしに魔法を教えられるなんて恐れ多くて緊張しないはずないもんな、です。仕方ない、お留守番くらい楽勝だから安心して行きやがれ、ます」
なんて図々しい奴なんだ。そう思ったマージジルマだったが今は彼女に目を向ける気になれなくて。部屋に弟子を一人残し、フクロウと共に一度地下室へ向かう。
部屋の天井から吊るされた、言葉を届ける花を掴み。遠くにいるであろう親友に招集をかける。
「おうシャバ、金持っていつもの店に来い。奢れ。ピピルピがいるなら連れてきてもいい」
一方的に言いたい事を言い、会話にさせる気もなかった彼は花から手を離し山を下りて行った。
マージジルマは黒の領土の街はずれにある店へとやって来た。Barレリイズと書かれた小さな看板のついた扉を開ける。黒と白色で統一されたシックなデザインの店内は、カウンター席とテーブル席のある広々とした空間だった。壁一面に並んだボトルの中身は、酒もあればジュースもある。
「あ、マー君来た来た。ここ座って、私はそっち座るから」
ピピルピは椅子から立ち上がると、当たり前と言わんばかりにシャバの膝上に座る。そしてシャバも平然と受け入れている。ちなみに席は他にも空いていた。
「丁度注文しようと思ってた所。いつものでいい?」
「……あぁ」
シャバは卓上に置かれたメニュー表に目もくれず、丸めたおしぼりを持ってきた店員に注文を入れる。
「ジンとカルーアミルク。あとコーヒー、酒一滴も入ってないやつね」
しばらくして、店員はマージジルマの前にコーヒーの入ったカップを置いた。湯気踊るコーヒーには、俯いた彼の顔が映る。シャバはそんな彼の様子を心配し、手元に届いた飲み物に口をつけずにいた。
「どうしたんだよ急に。理由でもないと奢んないよ」
本題に入る前に、マージジルマは一番知りたかった事を問う。
「何で俺が巨乳好きだって話が広まってるんだ……?」
「それマー君が『俺巨乳が好きだから』って言ってお見合い断った事があるせいよ」
「待ってる人がいるって言えばよかったものをなぁ」
答えを聞いたマージジルマは黙った。どうやら身に覚えはあるらしい。
そんな彼の口を、シャバは無理やり割らせる。
「もしかしてそれを確認するために呼び出したの? それで慰めろは嫌だよ」
「……違う。お前らさ、昔会った未来の俺の弟子とか言ってた女覚えてるか?」
シャバとピピルピは互いに顔を見合わせた。何言ってるんだろうね、という意思表示を終えた彼らは再びマージジルマの方を向く。
「あれだろ? 顔に似合わないリボンつけてたキレイなお姉さんだろ?」
「忘れる訳ないわよ。あんな素敵な人」
「それに何たって、あれじゃん」
「「マージジルマ(マー君)の初恋相手っ」」
息ピッタリに答えた二人。シャバは自分の事かのように嬉しそうな顔を見せる。
「何だ? もしかして来たのか?」
俯いたままではあったが、マージジルマは小声で「まぁな」と返事をした。
「良かったじゃん。弟子になるって言ったって、お姉さん魔法使えてたし。多分マージジルマから教わる事なんてほとんどないだろ。後は恋愛方面だろうけど、あんだけ好かれてたんだし時間の問題って感じじゃない? そうかー、マージジルマも結婚秒読みかー、いいなー」
「あらシーちゃん、寂しいの? 今夜慰めてあげようか?」
「そうしよっかー」
イチャつき始めようとしたシャバとピピルピを止めるかのように、マージジルマは呟いた。
「違う……」
「違うって、何が」
「……娘を連れて来た」
「……娘?」
「あの女、パイパーさん、娘の、ピーリカってのを、弟子にしてくれって。でもって、旦那がいるんだと。嫌々結婚させられたとかでも、無理やり子供作らされたとかでもないっぽくて」
話を聞いたピピルピは混乱している。過去にあった女がマージジルマ以外に好意を示す事が考えられなかったのだ。シャバの上から降りて、マージジルマの隣に空いていた席に座る。
「待って? え? あのお姉さんじゃなくて、お姉さんの子供がマー君の弟子になるの?」
「そうだよ。今夜からな。いくら防御魔法かけてるからって言っても何かあったら困るから、とっとと食ってとっとと帰る。メシも頼んでいいよな。家に用意してた俺の分のメシを弟子にくれてやるからさ、帰っても何もねぇし」
淡々と言葉を吐きだすマージジルマに対し、シャバは問い詰めるように両手を机に乗せ、身を乗り出した。
「待てって。だってお前ずっとあのお姉さんの事好きだったんだろ?!」
ラミパスはシャバが揺らした机に驚いたように見せかけて、ピピルピの膝上に避難した。もし喧嘩になっても無事を確保するためにだ。
だがマージジルマが誰かに怒りをぶつける事はなく。むしろ冷静にしていた。
「いくら俺が好きだって言っても、向こうが他に好きな奴いるんじゃ、ましてやガキまでいるんじゃどうしようもないだろ。弄ばれたって事か」
「……そんな人の子供を、本当に弟子にする気か?」
「まぁな。どうせだったら娘の事を最強の魔法使いにして、俺に預けて良かったって思わせてやる」
「マージジルマがそれでいいってんなら良いけど……」
「良いんだよ。俺だってバカだったんだ。二、三日会っただけの女の言う事を間に受けて、ただひたすらに待ってただけだったんだから。もしかしたら別に弄んだ訳じゃなくて、俺以上に好きな男ができただけかもしれねーし。でもまぁ、それでも俺は、うん」
丸まっていたおしぼりを手に取ったマージジルマは、一度広げて半分に折りたたむ。そのまま椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げた。
「マージジルマ……」
「マー君……」
名前を呼ばれても、心配してくる親友達に顔を向ける事はなく。彼はおしぼりを瞼の上に乗せて、顔の上半分を隠す。濡れたおしぼりは彼の心を一層冷えさせた。
「あー……好きだったなー……」
***
まぁ、本来なら苦く切ない思い出も、初恋相手が別人だったとなれば。
ただ勘違いしていた恥ずかしい記憶にしかならない訳だが。
シャバも同じ出来事を思い返したようだ。
「え? じゃあ慰め代返して?」
「お前のそういう所嫌いじゃない。絶対返さない」




