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弟子、告白の練習をする

 わたしだったらする。素直に出来たらきっとする!

自分で自分の事を分かっていた小さなピーリカは、そっと地下室の前まで戻った。

わたしを放っておいてイチャつく二人を引き離したい気持ちはあるが、ここで引き離した事により二人の仲が悪くなってしまっては元も子もない。それに何より、彼女は大人の恋愛を知りたい。


「これは覗きじゃないんですよ。未来のためのお勉強、そう、お勉強のためなんです。それにほら、わたしは未来の自分が師匠に猛アタックしているのかどうか確認しに来たのですから。確認は大事ですよ」


自分の行動を正当化しつつ、小さなピーリカはそっと引き戸を開ける。


「ほほほほほほほ!」

「……ぐぬぬぬぬぬ!」


小さなピーリカが見た現実は、非常に悲しいものであった。

未来の彼女はベッドの上に座るマージジルマに抱きついて、いわゆるお姫様抱っこというものをされている。その光景は大人の恋愛なんかではない。大人からの自慢だった。

マージジルマは大きなピーリカに対し「コイツ本当にバカだな」という顔をしている。


「全く、何してるんですか。もうちょっと大人っぽい行動しやがれです!」

「チューするのが大人だと思ったら大間違いですよ」

「そ、そんな事思ってません! もういいです。夜は寝る時間なんですから、チューしないなら早く寝ろ! です!」

「大人は夜起きてるもんなんですよ」

「じゃあ今だけ子供になりなさい!」


怒りに満ちていたチビリカであったが、心内ではかなりガッカリしていた。


「子供になる気はありませんが、まぁ今日は大人しく寝ましょうか」


大きなピーリカは師匠の膝上から降りて、ベッドの右端に潜り込む。


「そうですよ。ほら、師匠も!」


小さなピーリカも真ん中へと入り込み、ベッドの空いている所をポンポンと叩き。師匠へ眠りの催促をする。決して大きな自分を師匠の隣には入れさせない。


「お前ら本当にうるさいよな」

「「失礼な」」


呆れながらもマージジルマは小さなピーリカの隣へ寝転んだ小さなピーリカは胸を弾ませ、これじゃ眠れない! と思っていた。だが散々暴れたというのに疲れていない訳がなく。ドキドキは次第にウトウトに変わり。いつの間にか、完全に眠ってしまっていた。



 次に小さなピーリカが目を覚ました瞬間、視界に飛び込んで来たのは美しい顔の女だった。


「うわぁっ!? わたしと同じくらいの美人!」


驚いて上半身を飛び起こすも、その美人が未来の自分だと気づき安堵する。


「なんだ、わたしか……そうですよね。やっぱりコイツが未来のわたしだと認めざるを得ないですよね。それくらい顔が良い……」


そんな小さな体に大きな自信を詰め込んでいる彼女の背後から、笑い声が漏れ出した。


「ふふっ、お前っ、自分の顔の良さでジャッジすんなよ、ははっ」

「しっ、師匠?! 誰の許可を得て起きてやがるですか!」

「何で許可がないと起きちゃいけないんだよ、ははは」


再び布団の中へ潜り込み、顔の上半分だけを外へ出しマージジルマを見つめる。


「あの……師匠?」

「んー?」

「その、どうやって美女と雑巾が付き合うようになったんですか」

「人の事を雑巾って呼ぶんじゃねぇよ。言っておくが、告白してきたのはお前だからな」

「わっ、わたしっ!?」

「そうだよ。この部屋でな」


自分から告白するのは師匠はバカだからわたしから行かないと、という説明で大体納得がいく。

だが彼女は幼いながらもムードに欠けると悲しんで。


「こんな小汚い部屋でだなんて……」

「場所選んだのもお前だっての」

「本当にわたしですか? 師匠の幻覚とかではなく?」

「そんな幻覚見ねぇよ」

「……上手に言えてましたか?」

「印象には残った」

「そうですか。わたしはそれ程素晴らしい告白をしたのですね」

「素晴らしくはなかった」

「そんなはずないです」

「そんな事なかったんだっての。するか? 練習」

「練習?!」


驚きの提案に、小さなピーリカはまたもや体を起こす。マージジルマは体を横にしたまま、曲げた右手で頭を支え上げる。


「素晴らしくなかったって言ったろ」

「そんなバカな。わたしは練習しなくとも素晴らしく出来ますよ。天才なので」

「天才が練習したらもっと素晴らしい結果になると思わないか?」


一理ある、そう思った小さなピーリカは息を飲んだ。


「じゃ、じゃあ、してみますかね。練習」

「おー、やれやれ。付き合って下さいくらい言ってみろ」


言葉を指定されたおかげで、何て言おうかと悩む事はなかった。問題はその言葉をサラリと言えるかどうかだ。自分は天才、出来ない事はない。だが、いざとなったらやはり恥ずかしい。

部屋の中は薄暗かったものの、マージジルマの目にしっかりと映っている真っ赤なほっぺ。

これは練習、本番ではない。頭では分かっていても、目の前にいるのは本当に好きな人な訳で。実質本番では? と気づいてはいたが今更後にも引けずに。

彼女は想いを伝えようとする。


「師匠、わた、わたし、わたしと」

「おう」

「……付き合ってやっても、いい、です」

「偉そうに言うなっての」

「偉そうじゃないです。偉いんです」

「普通に言えたらもっと偉い」


言えなくても偉いと思っていたピーリカは、これ以上の告白を要求してくる師匠はなんて意地の悪い奴なんだと心内で非難する。

だがその意地の悪い奴を好きでいる気持ちも当然あって。ちゃんと師匠の要求に答えたいという欲もあった。

声を震わせ、両の手と目をギュッとさせて。

心からの言葉を口にする。


「……ちゅきあって……!」

 

言った、言えた。胸の奥から湧き出る高揚感。言うまでの壁は高かったが、乗り越えた後の爽快感が凄い。


「ん、大変良く出来ました」


マージジルマは左手で彼女の頭を撫でる。

撫でられ喜ぶピーリカだが、同時に虚しさも感じていた。

これは練習で、本番ではない。きっと本番を終えたわたしはもっと嬉しい気持ちになったのだろうな、いいな、と夢を膨らませる。

そんな彼女の頭から左手を降ろしたマージジルマは、笑みを絶やさぬまま口を開いた。


「ま、俺そんな告白されてないけどな」

「……はい?」

「ひっどかったぞ、未来のお前の告白は」

「そ、そんなはずないでしょう! でも参考までに聞いてやってもいいです。どういう風に告白したのですか?」

「今となってはアレはアレで面白かったから。言わない」

「人が頑張ってしたであろう告白を面白かったとは何事ですか!」

「面白かったんだから仕方ないだろ」


せっかく練習したのに! そう思ったピーリカだったが、ある結論に気づく。


「待てです。仮に面白い告白だったとしても、付き合ったという事は、やはり師匠もこの顔を愛らしいと思っているという事ですよね?」

「顔はな、良いよな」

「そうですよね……え? 顔は? 性格も最高では?」

「お前は本当に自分に自信持ってるよな。でも嘘つきより良いから。そのまま成長しろよ」

「持っているのは自信ではなく事実ですよ」

「素晴らしいかどうかはさておき、おもしれー女だとは思う」

「それ褒めてます?」

「褒めてる。でも、たまにムカつくなと思う事もある」

「このわたしのどこにそんな気持ちを抱くんですか?」

「抱かないのウラナくらいだろ」

「またその男ですか! ミューゼといい師匠といい何なんですか、一回会わせなさい」


会わせろという言葉に、マージジルマは怪訝な表情を浮かべた。まるで会わせる事が嫌だと言わんばかりに。


「そうか、お前まだウラナに会う前か。じゃあ会わせない。もうしばらくしたら嫌でも会えるようになるだろうから、今は会うんじゃねぇ」


どうしてもウラナに会いたい訳ではないチビリカは、見知らぬ男の事より好きな男の事を気にした。


「じゃあ師匠、せめていつわたしが告白したのかくらい教えろ下さい」

「お前の身長が俺と同じくらいになった時かな。俺とお前とでバカンスに行ったり、お前のせいで犯罪者が脱走したり、ウラナがお前に……とにかく、いろいろあった後だ」

「だからいつなんですかそれは!」

「その内だっての。んな心配すんなよ、そのまま成長すれば惚れてやっから」

「惚れてって、好きになってくれるという事ですか?」

「まーそうだな。お前……頑張ってくれちゃったんだもんなぁー」


何故か眉を八の字に曲げながらも、マージジルマは彼女に笑みを向けた。

未だに恋の過程は分からなかったチビリカだが、頑張るしかないのだと判断して。


「そりゃわたしは頑張り屋さんなので、どんな困難も乗り越えますけど」

「そうか。じゃあその気持ちを忘れないでくれ。んで頑張れ。そしたらまぁ、多分お前も、この未来にたどり着けるよ」

「よく分かりませんが、具体的に何を頑張れと?」

「魔法以外何があるんだよ」


彼女は気づいた。何故自分が師匠に好きになって貰えたのかを。

それはきっと――頑張って魔法の勉強をするわたしの姿が素晴らしかったんだろうな、と。


「仕方ないですね。とりあえず背が大きくなるまでは魔法の勉強頑張るですよ」

「あぁ。そしたら将来、ちゃんと褒めてやるよ」

「存分に称えなさい」

「へーへー。さて、そろそろ起きるか。洗面所使うなら先に行け」

「えぇ。オシャレ魔女として身だしなみは大事ですからね」


小さなピーリカは寝ている将来の自分をまたぎ、ベッドから降りた。

部屋に残ったマージジルマは、目を瞑っている恋人の横に寝そべり。自分の胸元に抱き寄せたかと思えば、頭を包むように撫でて。


「頑張ったじゃん」


将来ちゃんと褒めてやる、を有言実行させた。

大人になったピーリカは目を開けて、彼の胸の中で頬を赤くし拗ねた表情を見せつける。


「……ズルい男ですよ!」




 師匠の服を名残惜しそうに脱ぎ、黒いワンピースに白いリボンを頭に着けた小さなピーリカは後からやって来た未来の自分の顔色を見て心配する。


「顔が赤いですよ。お熱があるんじゃないですか?」

「だとしたら師匠のせいですね。それより貴様、早く帰りなさい」

「何ですか突然」

「このままだと過去の師匠が寂しがる可能性があります」

「た、確かに!」


そんな事はない、彼女達の後ろでそう思ったマージジルマだが面倒なので黙っておく。


「そうでしょう。それに早く貴様が帰らないとわたしは師匠とイチャイチャ出来ないのですよ」

「なっ、させませんよ!」

「ズルいじゃないですか、とでも思ってるんでしょう」

「べっつにィ!?」


完全な図星である。

大きなピーリカは腕を組んで、かつての自分を見下すように述べた。


「いいですかわたし、この世界はわたしが頑張った結果です。貴様が頑張らなければ幸せな未来にはたどり着けなかった可能性もあります。幸せになりたければ頑張りなさい。以上です」

「貴様に心配されずとも、わたしは頑張り屋さんだから頑張らないはずないです。安心なさい」

「そうですか。ではさよなら。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」

「あっ、何しやが」


小さな彼女の前で輝いた大きな魔法陣は、過去の自分を強制的に元の時間へと戻らせた。

大きなピーリカは、今まで自分に起こった出来事を思い出して。

悲しそうな顔で呟いた。


「頑張れ……!」


            ***



 小さなピーリカは、山中にある草原で目を覚ました。青色の空を見るに、こちらの時間もまだ朝だろう。彼女は寝転んでいた体を起こし、頬をパンパンに膨らませる。


「イチャイチャしやがって! イチャイチャしやがって!」


ぷんすこ怒りながらも山を登り、家の前へと到着。

このオンボロな家の中には師匠がいる。未来の彼ではなく、わたしの師匠が。わたしの師匠。うーん、良い響きだ。

雑念交じりの考えをまとめるために、大きく深呼吸。

気持ちを落ち着かせ、今はまだいつも通りに師匠と接するよう自分に誓い。

バァン、と音を立てる程勢いよく玄関の扉を開けた。


「ただいま帰りました! 称えなさい!」

「お帰り。称えない。怪我してないか?」 


一晩明けようやく戻って来た弟子を気にかけていた様子の師匠は、すぐに彼女を出迎えた。もし弟子が怪我をしていれば「このかわいいわたしに傷がつきました! とても可哀そう! 手当しろです!」と真っ先に言うと思っているマージジルマ。

だがピーリカは偉そうに仁王立ちをして。


「やーい、幸せ者!」


褒めたような、貶したような言葉を投げかける。

マージジルマは現状、ミューゼを追いかけて行った弟子がまさか更に未来に行っていたとは思っていない。

未来に行った弟子は怪我をしている訳でもなく、心を病んでいる様子もない。いつも通り元気に図々しい弟子の姿に一安心はしたものの、ミューゼの、ミューゼをやって来させたピーリカの狙いは何なのか未だ分からないまま。

ただマージジルマに分かるのは、ミューゼは最後、嘘つきの目をしていなかったという事だけ。

だからこそ将来、何かは起きる気がした。呪いの代表でもある自分が人々の前から消えてしまうような、恐ろしい、何かが。

とはいえ現状出来る事はなさそうだし、今目の前にいるピーリカにそれを話しても余計な事をやらかすだけな気がしていた。ならば今は何もしないし、話さない。いつも通り、彼女の成長を見守ろうと決めて。


「何が言いたいんだよ」


いつも通りに接する。

リビングに繋がる廊下を歩きながら、ピーリカは隣にいるマージジルマの顔に目を向けた。

彼女は師匠と一緒に暮らせているのは、かなり幸せな事だと再確認していた。その幸せの味を、胸の奥で噛みしめて。


「愛らしい弟子がいて良かったねと言ってやってるんです。それよりお腹空いたのでご飯下さい。わたしが手伝ってやってもいいです」

「偉そうなんだよなぁ……」


口角を上げたピーリカは、とびっきりの笑顔を見せつけた。


「偉いんですよ!」

警告編完結です。ここまでお読みいただきありがとうございました!

少しでも良いと思っていただけましたら評価等頂けますと嬉しいです。お星さま欲しいです。次回もよろしくお願いします!

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