弟子、見せつけられる
二人が再び彼の耳元に口を近づけた、その時。ドタドタと階段を降りる音が近づいて来た。
「こらーっ!」
マージジルマの声を聞きつけたシャバがフライパンを持った状態でやって来た。どう見ても怒っているが、ピピルピは笑顔で迎え入れる。
「あらシーちゃん、ご飯出来た?」
「もうすぐだけど、人が飯作ってる時に子を作ろうとするんじゃない」
「まだ作った事ないわ」
「まだって何だよ。それにピーリカに変な事教えないの」
「じゃあシーちゃんも混ざればいいと思うの」
「よくないっての。オレは乱交とか好きじゃないの。するなら一対一がいいの」
「じゃあ一対一で親密になれる事、する?」
「うん後でな。それよりマージジルマの事大人しく寝かせてやれよ。熱あがって悪化したらどうするんだよ」
「大変。じゃあ死ぬ前にファイト一発」
「すんな!」
シャバは親友からピピルピを無理矢理引きはがしながら、ピーリカには言葉だけを向ける。
「ピーリカ。何言われたか知らないけど、それマージジルマ喜ばないよ」
「なっ、この痴女め。騙したですね! さっきの女といい、桃の民族ロクな奴がいないです!」
「外で何かされたのか?」
「首の後ろ舐められました」
「舐められただけで済んで良かったじゃん。すごい時は大勢の男女に囲まれて搾り取られるよ」
「搾り取られるって何をですか?」
「もう少し大人になったら答えてやんよ」
「子供扱いするなです!」
「じゃあ耳拭いといてあげな。大人なら出来るだろ」
「当然です。天才のわたしに不可能はないのです」
シャバはピピルピを部屋から引きずり出す。残ったピーリカはマージジルマの耳を拭いた。特に左耳。念入りに。ごっしごっし。
「……ピピルピ、痛い」
マージジルマは目を閉じたまま、耳を拭いてくる彼女の手を払いのけた。意識は戻ったようだが、未だ体調は良くないのか体の左半分を下にして寝てしまった。
ピーリカは眉を歪ませた。左耳の方に触れていたせいか、ピピルピだと思われたようだ。あんな痴女と間違えるだなんて、師匠はなんて愚かなのだろう。
なんだか腹が立ってきた。
幸いにも無防備なのはマージジルマの右半分。
ピーリカは彼の頬に軽いキスを落とした。離れてすぐに、べーっ、と舌を出す。
そこは絶対、拭いてやんない。
頬が赤いのを誤魔化すために、パタパタと走って部屋を出て行く。
リビングへ入った瞬間、独特な香りが漂ってきた。
ピピルピに尻を揉まれながらキッチンの前に立つシャバがピーリカに気づく。
「あれピーリカ、マージジルマは?」
「短足です」
「どうしてるかを聞いたんだけど」
「寝てます」
「そうか、じゃあしばらく寝かせておくか。どうせこれは食えないだろうし。ピーリカはあったかい内に食べなよ。夕飯、ちょうど出来上がった所だ」
「この匂いは何です?」
「ソースの匂いの事?」
「うちじゃ嗅いだことのない匂いですね。悪くないですけど」
「赤の民族の間じゃ一般的なもんよ。マージジルマ寝込んでピーリカがひもじい思いしてるんじゃと思って持ってきたやつ」
「そういえば貴様、来たとき袋持ってたですね。わたしのためのものでしたか。褒めて遣わす」
「はいはい。じゃあ座って」
ピーリカはキッチンを出て、リビングのダイニングテーブル下に入れられた椅子を引っ張り出して座る。
テーブルの上に乗せられた皿を、まじまじと見た。茶色く縮れた麺に、緑色の粉がかかっている。よく見れば麺の中には色とりどりな野菜や肉が混ざっていた。
「いただきます」
縮れた麺をフォークでクルクルと巻き上げ、口に入れる。
麺に絡まった甘じょっぱいソースが、食欲をそそる。噛む度にシャキシャキと音を出す野菜も良いアクセントだ。加えて厚めの肉がゴロっと入っているのが、とても嬉しい。
「ピーリカ、うまい?」
シャバはピーリカの真正面に座り、体を横に向けている。ピーリカは口の中の料理を、ゴクンと飲み込んで。
「シェフの称号を与えてやります」
「シェフが作るようなもんでもない気がするけど……まぁいいか」
「ところで貴様ら、普通に食べられないんですか?」
今ピーリカの目の前では、シャバとピピルピが食べさせ合いっこをさせている。口元の布を下げているシャバがピピルピの口に料理を運びながら言う。
「だってこうでもして拘束しておかないと、ピピルピは食い終わったら速攻マージジルマの所行くぞ?」
「一生食わせておけです」
「そこまで作ってないから無理かなー」
口の中が空になったピピルピは、皿上の料理をフォークで巻きシャバに差し出す。
「はいシーちゃん、あーん」
「ん」
シャバも差し出された料理を口に含む。
その姿はどう見てもイチャついてるバカップルにしか見えなかった。目の前でそんな事をされては、流石のピーリカも居づらい。
「……貴様ら本当に恋人じゃないんですか?」
シャバは首を横に振りながらピピルピに料理を食わせる。
「違う違う」
「変な奴らです。痴女も痴女だけど、それと仲良くしている貴様もどうかしてるですよ」
「そうかな。オレはオレのしたいようにしかしてないんだけどな。マージジルマともピピルピとも、楽しいから一緒にいるだけ」
「……変なの!」
強がったものの、友とも言える彼らをピーリカは少し羨ましく思った。だが素直になれないひねくれものは、誤魔化すように料理を頬張る。
シャバも当然であるかのように、またピピルピに料理を差し出す。だがピピルピは口を開かず、ジッと彼の顔を見つめていた。
「ピピルピ? どうした?」
「キスしたいなぁって」
「うん後でな。今は食べなさい」
「はぁい」
素直に料理を口にしたピピルピ。
その光景を見せつけられたピーリカは、シャバへストレートに疑問をぶつける。
「ほんとに後でチューするんですか?」
「その辺はまぁ、オレも男だからねー。他に相手もいないし」
「男は皆そうなのですか? 師匠も?」
「皆じゃないだろうけど。マージジルマは今更ピピルピには手ぇ出さないよ。他の人にも出さないかもね。もう恋すらしないかもしれない」
「それはないです。だって師匠には……巨乳が好きな変態という異名があるですからね」
うっかり『自分がいるから』と言いそうになったのは内緒である。
料理を完食し両手を合わせたピピルピは、シャバの隣を離れピーリカの背後に回った。
「ごちそうさまでした。ピーちゃん、わたしはどんなおっぱいでも大好きよ。デザートの代わりにピーちゃんのおっぱい触っていい?」
「ここにもっと変態がいたです。あっち行ってろです!」
早く大人になりたいとは思うものの、こんな変態な大人にはなりたくないと思うピーリカであった。
「さて、ニャンニャンジャラシーを探しに行きましょう」
食事を終え、ピーリカは席を立った。ピピルピは床上に正座させられ喜んでいる。
同様にシャバも席を立つ。
「じゃあオレも行くけど、ピーリカどこまで探したの?」
「桃と緑の領土の境目を少し。あと黒の領土にあるやつは師匠が全部売りさばいたって、わたしのしもべが言ってました」
黒の民族はピーリカにとって全員しもべ。
親友の過去の行動に、シャバは呆れている。
「マージジルマめ、また荒稼ぎしてるな」
「師匠お金大好きですから」
「知ってる。あ、でも寝てるマージジルマ一人にしていく訳にもいかないな。ピピルピには留守番させるか」
「何言うですか。この変態を置いて行ったらまた師匠が襲われるかもです」
「うーん、じゃあ、レルルロローラ・レ・ルリーラ」
シャバが唱えた、赤の呪文。
ピーリカの目の前に現れた魔法陣から、子供の形をした炎が現れた。地面からは少し浮いている炎。
「おぉ、ちょっとかわいいです」
「熱いから触っちゃダメだぞ」
「こいつの名は?」
「火の子ちゃん」
「なんて平凡な……」
シャバは火の子の前にしゃがみ込み、ピピルピを指さす。
「いいか? ピピルピがマージジルマに変な事しないか見張ってろな」
頷く火の子。正座をさせられたままのピピルピは、ぷくっと頬を膨らませた。
「やだ疑われてる。私悲しい」
「前科がたくさんあるからな。さっきみたいに耳舐めるのはなしだぞ」
「お尻触るくらいならいい?」
「ダメ」
拗ねるピピルピにピーリカはビシッと、人差し指を伸ばした。
「そうですよ。貴様は師匠に指一本も触れるなです。何かあったら人を呼べです」
ピーリカの伸ばす指を、パクっと口に入れたピピルピ。ピーリカから悲鳴が上がる。
シャバがピーリカを抱きかかえ、ピピルピから引き離す。そのまま外へと出て行くシャバ。ピピルピと火の子は笑顔で手を振り見送った。




