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師匠、気まずい

「痴女と一緒に作った事がある程度でしょう。手伝いならまだしも、全てなんて任せられません」

「大丈夫ですよ、天才ですから」

「天才でも敵わないものはあるんですよ。例えば、ほら」


大きなピーリカは台所の床下に備え付けられた棚の扉を開き、中から潰れた雫の形をした茶色い物体を取り出す。それを見た小さいピーリカは鼻で笑った。


「ネギ玉じゃないですか。知ってますよ、これおいしいやつです」

「貴様さてはネギ玉の恐ろしさを知らないですね? これは野菜の見た目をした悪魔ですよ。泣かぬ子泣かす恐ろしい物体です」

「はんっ、脅してんじゃねぇですよ」

「脅しじゃないです。そこまで言うなら試しに一緒に作ってみますか?」

「いいでしょう。天才のわたしの足を引っ張るなですよ」

「それはこっちのセリフです」


二人は横並びになって台所に立ち、調理を始めた。

それから、しばらくして。


「んぁあああっ、悲しい訳じゃないのに涙が出てくるですよぉ!」

「ほれみたことか、ほれみたことか!」


リビングにいたマージジルマは聞こえてくる声に対し、よくもまぁネギ玉一つであんなに騒げるものだ、と関心していた。

騒音、雑音、調理音。ジュウゥゥッ、次第に聞こえた肉の焼ける音が合図だったかのように、マージジルマは持っていた本を閉じた。

漂う肉の香りを辿るように腰を上げ、テーブルの前へ移動する。座りはしない。この後弟子が胸を張って自慢してくる事を予想していたからだ。

大小のピーリカはそれぞれ、ハンバーグをのせた平らな皿を持ってリビングへとやって来る。茶色い主役の脇に添えられた緑とオレンジ色の野菜が皿を彩っていた。

弟子達は皿をテーブルの上に置き、師匠の前に立つ。そして彼の予想通り、腰に手を当て胸を張って自慢した。


「確実においしいハンバーグが出来ました」

「感謝して食えです」


凄く偉そうだが、見た目が良い事は確かだった。マージジルマは両手を伸ばし、二人の弟子の頭を同時に撫でた。


「へーへー、大変よく出来ました」


偉そうな態度である事は全く同じだったピーリカだが、撫でられた後の反応は違っていた。


「頭が! 汚れた!」

「当然なんですよ。わたしは天才ですから。もっと盛大に褒めろ下さい」


小さい方のピーリカは隠れるように台所へと逃げ出し、大きい方のピーリカは偉そうな態度のまま撫でられ続けた。

マージジルマは目の前に留まるピーリカを見つめる。


「お前は逃げないのな」

「逃げた方が良いと言われたら逃げますが?」

「……んにゃ、ずっと偉そうにしてろ」


マージジルマは撫でていた彼女の頭を軽く掴んで、そのまま自分の胸の中へ抱き寄せる。おもちゃを手に入れた子供のように、嬉しそうに笑っていた。

大きい方のピーリカも、彼と同じ気持ちなのか。嬉しそうに「きゃあー」と言ってマージジルマの腕の中に納まっている。

そんな二人を、そっと見つめる者がいた。壁から半分だけ顔を出した小さいピーリカは、頬をパンパンに膨らませている。その視線に気づいたマージジルマは腕の中にいるピーリカに問う。


「あれ過去のお前だろ。あの顔は何を考えている?」

「未来のわたしばかりズルい。でも恥ずかしくて逃げてしまったわたしもバカ。ついでに師匠の愚か者」

「そのついで必要ないだろ」


大きいピーリカは名残惜しそうにマージジルマから離れ、小さい自分の前に立つ。


「ほら過去のわたし、早く食べろですよ。せっかく作ったのに冷めてしまっては勿体ないでしょう」

「い、言われなくとも食べますよ。わたしが作ったおいしいハンバーグです。残すはずが……」

「どうしました?」


小さいピーリカはハンバーグという単語で、先ほど感じたものすごい違和感を思い出した。いつもと比べて何かが足りなくて、しっくりこない理由。再び部屋を隅々まで見渡し、気づく。


「ラミパスちゃんはどうしたんですか?」


どうやら彼女は餌である肉でラミパスの存在を思い出したようだ。

マージジルマは白の領土がある方角を指さした。


「ラミパスならテクマの所に戻った。アイツそこまで俺に懐いてなかったしな」

「何を言いますか。二人とも仲良しじゃないですか」

「うーん。説明がめんどくせぇな」

「面倒がらないで教えろです」


マージジルマに懐いていたのは、ラミパスの体を器にしていたテクマの方だ。ただのフクロウであるラミパスが懐いていた訳ではない。だが未だマージジルマが白の魔法使い代表だと知らない小さいピーリカに、そのまま説明する事は出来なくて。

大きいピーリカは自分が納得しそうな答えを師匠の代わりに述べた。


「単純に元の飼い主である真っ白白助が元気になったから返しただけですよ。ラミパスちゃんでなくとも、師匠以外に仲の良い人間がいればそちらと共にいたいと思うのが当然でしょう」

「なるほど」

「師匠にはわたしがいるですからね。寂しくないですね。まぁ一番寂しがっているのは真っ白白助なんですけど。流石に新婚の間に転がり込んだりしないから、子供でも出来たら一緒に住んでくれとか言ってきてます」

「何故アイツが。仮に子供がやってきたとして、アイツまで来るのは迷惑極まりないですね」

「そうなんですよ」


マージジルマには「ひどいや。とても傷ついた。養ってくれ」と騒いでいるテクマが容易に想像出来た。


「いいからほら、食べろです」

「分かってますとも。いただきますですよ」


テーブルの上に並べられた三枚のお皿。二人のピーリカは「「わたしが師匠の隣に座るんだ」」と軽く言い争い、師匠に怒られ、仕方なく並んで座った。

マージジルマは大きなピーリカの向かいに座り、おいしく作られたハンバーグを頬張る。


「全く、お口の周りが汚れているですよ」

「むぐぅ」


小さなピーリカの口周りを、布で拭う大きなピーリカ。

目の前の光景を見たマージジルマはつい、まるで本当に自分達の間にガキが出来たみてぇだ、なんて考えてしまっていた。

マージジルマの熱を帯びた視線に気づいた大きなピーリカは、呆れた様子で答えた。


「何です師匠。愛らしいわたしを見つめたくなる気持ちは分かりますが、まずは食べて下さい」

「言われなくとも食うっての。俺が食い物残すはずないだろ」

「そうですよね。師匠意地汚いですもんね」

「本当に失礼な奴だな」


小さなピーリカは租借しながら、二人の会話をジッと見つめていた。

ただ自分が大きくなっただけで、いつも通りわたしと師匠とで会話する光景と同じように見える。これで本当に付き合っているのか? 分からない、まだまだ見張っていなければ。なんて考えて。

未だ疑いの目を向けながらも、頭に浮かんだ疑問はひとまずハンバーグと共に飲み込む事にした。



 食事を終え、片付けも済んだ。マージジルマは「うーん」と声を漏らして、自分の足元に立つ弟子に目を向けた。


「風呂沸かしたけど、チビリカ変えの服とかないよな。風呂入らず寝るか?」

「わたしはオシャレ魔女なんです。入らないという選択肢はありません。心配せずとも、ここは自分の家ですよ。わたしの服があるでしょう」


当たり前な顔をする過去の自分に対し、大きなピーリカが首を横に振る。


「ここは未来の家ですよ。貴様サイズの服なんてないです」

「ふむ。それなら仕方ない。師匠、服買って下さい」


小さなピーリカの言葉を聞いたマージジルマは、ものすごく嫌そうな顔をした。


「一晩のためだけに買うなんて勿体ない」

「流石師匠、未来でもケチ」

「ケチじゃない。仕方ねぇな、デカいだろうけど俺の貸してやる」

「なんでボロ雑巾の服なんか。ま、まぁでも、わたしはボロ雑巾を着てもゴミ袋を着ても変わらぬ愛らしさなので。仕方なく師匠の服も着てやるですね」

「そうだった、お前すごく失礼な奴だったな。嫌ならパンツ一丁でいろ」

「レディに向かって何を言うんですか!」


小さなピーリカは怒りの声を上げはしたものの、心の内では師匠の服を着たいと思っていた。

だが師匠の服を着たいと思っているのは彼女だけではない。大きなピーリカも怒りの声を上げる。


「ズルいじゃないですか! わたしが師匠の服着るです!」

「自分に嫉妬するなよ。お前大人なんだから、我慢出来るだろ」


大人。そのワードを出されてしまっては、彼女のプライドが揺れ動く。

大きなピーリカは欲望をグッと堪え。


「仕方ない。わたしは大人なので我慢してやります。さぁ過去のわたし、先に入りやがれです」

「そうだ貴様、一緒に入りましょう。わたし同士、女の子ですから恥ずかしくないでしょう」


過去の自分からの提案に、大きなピーリカは目を丸くした。そういえばそんな事自分も昔言ったっけ。なんて思い出した所で今更な話なのだが。


「何を言いますか。わたし一人で入れるでしょう」

「入れますよ。でもわたしが一人でお風呂に入っている隙に、貴様が師匠に色目を使う可能性があるですからね。阻止するためです」

「色目だなんて。そんなの……使うに決まってるじゃないですか」

「やっぱりか、少しおっぱいが大きいからって! 大体それ本物のおっぱいなんですか?」

「本物ですよ。これは師匠が大きくさせました」

「なんですって!?」


大きなピーリカは小さなピーリカの怒りの矛先を、自分から師匠へと変える。「余計な事言いやがって」と小声で怒っていたマージジルマだが、否定の言葉を口にしていない所を見ると何か心当たりはあるのだろう。


「流石おっぱい大好きクソ野郎! よくもわたしのおっぱいを……どうやって大きくするんです?」


怒りよりも純粋な疑問の方が勝った小さいピーリカ。マージジルマはとても気まずそうにしている。

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