弟子、手を取り合う
「お断りします」
大きい方のピーリカは右手を伸ばし、NOと意思表示を見せつける。小さなピーリカはムッとした顔で、いつものように偉そうな態度を取った。
「貴様が断るなです。わたしはまだ貴様を疑ってますから、貴様が本当にわたしと分かるまで見張ってやります。師匠、良いですよね」
「良くないです。師匠、ちゃんと断って下さい」
揃って自分の方を見て来た二人の弟子に対し、マージジルマは思った。めんどくせぇなぁ、と。
「じゃあピーリカ、デカい方な。俺の記憶だとお前一晩帰って来なかった気がするんだが」
大きい方のピーリカは師匠から目線を反らす。
デカい方と言われる彼女にも、かつては小さかった頃があった訳で。
大きいピーリカには小さいピーリカと同じように、過去から未来へ行った事があるという訳だ。
「き、記憶違いじゃないですか?」
「……その反応、泊まって来たんだな。下手に過去を変えると、未来も変わるぞ」
呪いの魔法使いであるマージジルマは、人の嘘を見抜く事に長けている。大人であり恋人であるピーリカは、その事を痛い程知っていた。
「……師匠に嘘はつけませんね。えぇ、幼い頃未来へ行ったわたしはそのまま泊まりましたよ、泊まりましたとも!」
「良かったなチビリカ、未来のお前も泊まって良いってさ」
悔しそうな顔をする大きなピーリカの隣で、小さいピーリカはパァっと顔を明るくさせる。お泊りが嬉しいのではない。師匠が自分の味方をしてくれた事が嬉しいのだ。だが勿論、素直に嬉しいとは言わない。
「別にお泊りしたい訳じゃないですからね。貴様の正体、絶対見破ってやるですよ。でもせっかくなので、もてなされてやります」
大きい方のピーリカは、過去の自分に背中を向けたままズカズカと家の中へと入っていく。
「もてなす気なんかないです。泊ってもいいですけど、邪魔しないで下さいね。こっちは師匠とイチャイチャするつもりで泊りに来てるですから。どんなに貴様が見張ると言っても、貴様の見てない所でチューとかしてやるですから!」
「ちゅ、ちゅう!? やっぱり貴様、未来のわたしなどではないですね? 絶対目を離しません!」
小さいピーリカは照れた顔しながら未来の自分の後を追い、家の中へ入っていく。残されたマージジルマも右手で目元を押さえながら歩きだした。
「やめろピーリカ、大人げねぇぞ」
外に残ったのはマージジルマの言葉だけ。指の隙間から見える彼の顔色は、少しばかり赤い気がする。
日は沈み、黒色に染まった空の下。バタンと閉められたドアの隙間から、光が零れ始めた。
小さいピーリカは家の中を見渡す。彼女は自分達だけでなく家すらもニセモノではないかと疑っていた。
「……何かが足りない」
同じテーブルに同じ椅子。パッと見た感じ、家具類は自分の知る家にあるものと同じものが同じ場所に置かれていた。壁や床はリフォームでもしたのだろうか、傷や汚れがほとんど無い。だが彼女が感じた違和感は傷や汚れなどではなく。何かもっと大事な、忘れてはいけないものが無い。ただそれが一体何なのか。記憶を頼りに思い出そうとするも、すぐに答えられず「うーん」と唸る。
「とりあえずご飯作ってやるですよ。天才のわたしが作る天才的料理、とくと味わえです」
「へーへー」
小さなピーリカの間違い探しも、未来の自分だという女と師匠の会話が聞こえて来た事により打ち切られてしまった。見れば大きなピーリカは一人で台所に向かおうとし、マージジルマは本を片手にリビングのソファに座っていた。
疑問を抱いた小さなピーリカは、未来の自分が着ているワンピースの裾をクイっと掴み。彼女の足を台所の手前で止めさせる。
「師匠じゃなくてわたしが料理作ってるですか?」
「師匠が作る時もあるですよ。今日はわたしが作るってだけです」
「大丈夫なんですか? わたしの愛らしいおててが怪我するかもしれません」
「わたしはもう大人なので、出来る事だって増えたんですよ。天才のわたしが怪我をするだなんて滅多にないです」
小さいピーリカは納得した。
なるほど、確かにわたしは天才だからな。大人になれば今以上に怪我を回避する事も容易いだろう、と。
「そ、それもそうですね。わたし天才ですもんね」
ひねくれものの彼女だが、自分が天才である事は素直に認める。
大きなピーリカは両手を頬に当て照れた様子を見せた。
「万が一失敗した時は、師匠に慰めて貰えばいいんですよ」
「はんっ、あり得ませんね。わたしは天才ですから、慰めてもらう事など絶対にないです。それはそれとして、このわたしが手伝ってやっても良いのですよ? むしろわたし一人で十分なくらいです」
小さなピーリカは「慰めてはもらわなくてもいいが、素晴らしい料理を披露し師匠に褒められたらいいな」と思った。だが褒められたいのは大きなピーリカも同じ事だった。そして互いに、褒められるのは自分だけでいいと思っている。
「過去のわたしはまだまだ子供。怪我をしたら大変です。帰っても良いんですよ?」
「ほほほ、ご冗談を」
二人の間で見えるはずの無い火花がバチバチと音を鳴らす。
マージジルマは開いた本に目を向けたまま、冷たい声だけを二人へ向ける。
「喧嘩されるくらいなら二人とも帰らせるが?」
師匠に嫌われたくない弟子達はニコニコと手を取り合って、親し気な会話を見せつけた。
「良いですか過去のわたし、今日のメニューはハンバーグですよ」
「何言いますか未来のわたし、師匠は人の金で食べるハンバーグが好きなんですよ」
「ちゃんと人の金の肉ですよ。わたしが買ったお肉ですもん。事前に送って、冷蔵庫に入れさせてあります」
小さなピーリカはニコニコ顔から一転、きょとんとした顔で疑問をぶつける。
「わたしが買ったって、未来のわたしは何かお仕事してるですか? ひょっとして黒の魔法使い代表に?」
「黒の代表ではありません。他の……んーー……医者をしています」
大きなピーリカは少しだけ笑みを押さえた。真実を伝える事を躊躇ったせいだ。
最も、小さいピーリカがその躊躇いに気づく事は全くなかったが。
「医者って、お、お医者さんですか!?」
「えぇ。わたしはもう師匠から教わらなくてもいいくらい、黒の魔法を使いこなせるようになってしまったんですよ。だからといって、わたしが黒の代表を引き継いでしまったら師匠は無職になってしまいます。他に師匠がなれる職業なんて、犯罪者くらいしか残ってませんからね。師匠が代表を辞めるまで、わたしは別の仕事をする事になったんですよ」
大きなピーリカは過去の自分から手を離し、腰に手を当て胸を張る。マージジルマが「犯罪者は職業じゃないし、多分他の職業だってなろうと思えばなれる」なんて言っているが聞いちゃいない。
小さなピーリカは首を少し傾けた。
「しかし何故お医者さんに? わたし別にお医者さんになろうと思った事ねぇですよ?」
「……師匠がなれって」
「あぁ、お医者さんって稼げそうですもんね」
彼女の反応を聞いたマージジルマは何かを言いたげにしていたが、言葉として吐き出される事はなかった。
大きなピーリカは話を逸らすかのように、自分自身が興味を持ちそうな話題を口にする。
「ま、そういう事ですよ。ただ……わたし黒の魔法使いになる前に師匠のお嫁さんになる可能性の方が高いので。もしかしたらわたしではなく、わたしの子供が黒の魔法使いになってしまうかもしれませんね」
「こっ、子供って、赤ちゃんですか? そりゃ結婚したら鳥が来るかもしれねぇですけど、そんな、わたしには黒の魔法使いになってパパをボコボコにするという夢が」
「何言いますか。わたしの第一の夢って師匠と一緒にいる事じゃないですか」
しれっと自分の夢を口にした大きなピーリカに対し、小さいピーリカは顔を真っ赤にして声を荒げた。
「だから! 何故! 貴様は! そう軽々しく嘘を言うですか!」
「嘘じゃないですよ。自分の事です。それよりほら、ご飯の支度をするのですから。邪魔しないでください」
大きなピーリカは今度こそ台所の前に立つ。うまく話を反らせた、なんて思っていたのは内緒の話。
「邪魔とは失礼な! やっぱり貴様のような嘘つきに任せる事は出来ねーです。わたしが作ります!」
話を反らされたと気づいていない小さなピーリカは、未来の自分に対抗心を燃やしながら彼女の隣へ立った。




