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弟子、自慢される

「うるさい小娘ですね。おしとやかに出来ないんですか?」

「普段のわたしはおしとやかです。貴様のせいで出来なくなっただけです」


女の後ろから顔を覗かせるマージジルマも、また呆れた表情をしていた。

 

「お前らな、自分同士で喧嘩すんなよ」


ピーリカは信じられないといった表情で女を指さす。

 

「自分同士って事は、本当にこの女がわたしだと言うのですか?!」

「そうだよ」


女の名はピーリカ・リララ。元、黒の魔法使いの弟子である。

小さい方のピーリカは、偉そうに立つ未来の自分を睨みつけた。


「これ本当にわたしですか? わたしがこんなに憎らしい女になるとは思えねぇですけど!」

「それはこちらのセリフです。わたしがこんなに憎らしい子供だったとは思えねぇです。これ本当にわたしですか?」


大きい方のピーリカも偉そうに過去の自分を見下す。

二人のピーリカに問われたマージジルマは、真顔で頷く。それ以外のアクションの起こしようがない。


「間違いなくどっちも本物だよ」

「「そんなバカな」」


声を揃えてしまった事も大変不服。そんな感情を二人揃って顔に出していた。


「いいからほら、ピーリカは……紛らわしいな。小さい方、チビリカ」

「漏らしたみたいじゃないですか!」

「チビリカは早く帰れ。もう暗くなるから」

「そうだ、わたしはミューゼにハンカチ返しに来たんです。師匠、案内なさい。未来のわたしは来なくていいですよ」


遠まわしに二人で出掛けようと誘っている小さい方。師匠の足元に近づき、軽くローブを引っ張る。過去のでも未来のでも、師匠である事に変わりはない。好きである事にも変わりないのである。

だがデートをさせたくない大きい方が、手を伸ばした。


「ハンカチならわたしが黒マスク経由にでも返しておくですよ。別に急ぐものでもないでしょうし、ミューゼは今学び舎に通い始めて忙しいんです」

「あぁ、べベデバベデベーでしたっけ」

「そっちじゃないです。ジュエルハートの方です」


正しくはビビディ・バビディなのだが、どちらのピーリカにとってもそれはどうでもいい事のようだ。

小さいピーリカは頬を膨らませる。


「何でもいいですけど、邪魔しないで下さい。わたしは師匠の飼い主なんですよ」

「ちげぇよ」


すぐ否定したマージジルマだったが、彼女達の耳にその言葉は届かない。

自分自身を敵視している小さいピーリカに対し、大きいピーリカはフッと笑った。


「そうですか。飼い主なら仕方ありませんね」

「えぇ。悔しいのなら指をくわえる許可を与えてやりますよ」

「大丈夫ですよ。悔しくないですもん」

「負け惜しみ言わずとも」

「いえいえ。わたしは師匠の恋人なので。ぜーんぜん悔しくないです。飼い主は飼い主らしく、ペットの恋路をただただ見守っててください」


小さなピーリカに走る、大きな衝撃。目の前にいる二人が「お前ペットでいいのか?」「師匠といられるなら何だっていいです」なんて会話をしているのも、何故だか遠く聞こえる。

しばらくして冷静になった彼女は、声を震わせながら問う。


「貴様さっきから何お言っていやがるですか。こ、こ、こい」


顔色を青くさせる小さなピーリカの顔を見て、大きなピーリカは彼の右腕に抱きつき。マージジルマの肩に乗せるように、頭を傾けて。


「羨ましかろう!」


自慢。


「う、羨ましくなんて全然ないです。何でわたしがそんな短足の恋人にならねばならないですか! そもそも貴様、本当にわたしですか? わたしはまだ信用してねぇですよ。だって頭におリボンつけてねぇです!」


小さなピーリカは大きな自分の頭を指さして問う。自慢されてとても悔しかった事は内緒だ。

だが大きなピーリカは口元を緩ませて。


「そうですか、あれを知らないんですね。可哀そうに。ほほほほほ、ほほほほほ、おーっほっほっほ!」

「あれって何ですか! 教えろ、教えやがれです!」


大きなピーリカは薬指にはめられた指輪を見せつけるように、反らした指を口元に添え高らかに笑う。マージジルマが「おいピーリカ、俺が恥ずかしいからもう止めろ、おい」と言っているが彼女の笑いは止まらない。


「まぁステキな事が起こりました。それ以上は教えません。未来の楽しみにでもしておけです」

「嘘だ、嘘です。そんなの、う、う、う、うわーーーーっ」


小さいピーリカは両手両膝を地面につけて。顔も下に向けている。

マージジルマはそれを指さしながら、大きいピーリカに問う。


「これは何だ、絶望してるのか?」

「いえ、喜んでいます」


そう。小さいピーリカは将来的に恋人になれる可能性があるという事に喜んでいた。顔を下に向けたのも、つい緩みそうな口元を隠そうとしているだけなのである。

大きいピーリカには小さい彼女の感情が苦しい程分かった。目の前にいるのは過去の自分。どれだけ師匠の事が好きかは十分理解している。だからといって、自分の恋人となった彼との時間を邪魔する事は自分自身であっても許さない。


「諦めてハンカチを寄越して帰れです。わたしの時間は一分一秒でも無駄に出来ません。早くしないとパパが元に戻っちゃいますから。邪魔されない内に、たんまり師匠とイチャイチャするです」


ある言葉に引っかかったマージジルマは、眉を八の字に歪ませる。


「元に戻るって、お前何かしてきたのか?」

「三日間石になる魔法をかけてきました。なので今日はお泊り出来ますよ」


にやけていた小さなピーリカだが、途端に悲しみの顔へ変わる。手だけを地面から離し、その場にペタンと座り込む。


「お泊りって、本当に師匠と一緒に住んでないんですか?」


未来への質問に、大きなピーリカは頷いた。


「あぁはい。主にパパのせいで」

「やっぱりパパが原因なんですね?」

「パパが許してくれさえすれば一緒に住むし結婚しますもん」

「けっきょん!??!?!」


結婚。それは恋する乙女にとっての憧れの一つ。

小さいピーリカはバッと師匠に目を向ける。

マージジルマは目線を反らして、頬を少しばかり赤らめて答えた。


「まぁ、そういう事だ」

「どういう事なんですか!?」


全く理解の出来ない説明をされた小さいピーリカは立ち上がり、師匠に詰め寄る。

大きいピーリカは街のある方角を指さした。


「今はそんな事知らなくて良いんですよ。ほら、いいから早く帰れです」

「だっ、ダメです」

「何ですか、まだ何かあるですか」 

「大ありです。どうして、こ、恋人になった、ですか? わ、わたしのような美女と師匠のような野獣、いえ、ボロ雑巾が」


大人のピーリカもマージジルマも、幼い彼女が素直じゃない性格だと分かっていた。

分かっていたけれどマージジルマは普通に「こいつムカつくなぁ」と感じた。

大きなピーリカは小さい自分の前にしゃがみ込み、目を合わせて言った。


「いいですか、師匠はバカなんです」

「おい」


マージジルマは大きい方のピーリカに対しても「こいつムカつくなぁ」と感じた。恋人であってもイラっとする時はあるものだ。

大きいピーリカは恋人の事は気にせず、小さいピーリカに話し続ける。


「いいですか、わたしが可愛い事は分かりますね?」

「えぇ。世界一の愛らしさです」

「その通りです。それから、大人になるにつれ美しさも増しました。この通りね」

「貴様が本当にわたしだと言うなら、それは認めてやります。流石わたし」

「そうでしょう。だからですよ」

「え?」

「こんなにも素晴らしいわたしを、好きにならないなんてバカでしかないでしょう」

「……確かに!」

「バカにも分かるよう物事を教えられてこそ真の天才です。バカな師匠にわたしが素晴らしい存在だと気づかせるためには、天才のわたしが素直になって、いかにわたしが師匠を好きかを教えてやるしか方法はないんですよ。諦めずに何度も何度も。そうしたら流石の師匠も、気づく事が出来るってもんです」


大きなピーリカは大きな胸を張って答えた。小さなピーリカはぺたんこな胸を見ながら、悩みでもある質問をする。


「素直にって、恥ずかしくないんですか」

「恥ずかしがってちゃ師匠には伝わらないんですよ。それに……伝えとかないと後悔する事だってあるって気づいたんですよ」


少し寂し気な表情をして、大きなピーリカは過去の自分から目線を反らす。


「後悔って」

「気にするなです。その内分かりますから、早く帰りなさい。わたしは早く師匠とイチャイチャしたいんです」

「そ、それは許しません。そ、そうです。わたしもお泊りしますもん!」

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