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弟子、ベッドを濡らす

 あからさまに嬉しさを顔に出しているピーリカを見て、ウラナはトキめきを堪えきれずに。ミューゼから手を離し、そのまま顔の下半分を両手で隠す。


「僕じゃ絶対にさせられない顔してる……! でもそれが良いんだ、その顔が見たかった! あぁでも、欲を言えばもう少し明るい場所で見たかった!」


ミューゼはウラナに向けて両手を伸ばす。広げた掌を彼に見せて、笑みを向ける。


「じゃあウラナ君、ご褒美頂戴」

「あぁうん。ちょっと待ってね、今出すから」


ウラナは左手を右袖に入れた。広々とした服の袖の中に何か入っているようだ。


「そのフレア袖のチャイナ服、いつ見ても良いデザインだよね」

「これチャイナ服って言うの? 着やすいから着てるだけなんだけど……あったあった。はい、これ」


袖から何かを出そうとしたウラナだが、その手をピーリカが口で止めさせた。


「待ちなさいウラナ君、ご褒美は全て報告させてからにしなさい」

「Yes,My lord」


ウラナはピーリカの言う事が全てだと言わんばかりに、キリッとした表情で袖の中に何かを仕舞い込んだ。

ミューゼは少し残念そうな顔をしたものの、ここは怒るより言う事を聞いておいた方が後々報酬がたんまり貰えると分かっていて。黙ったまま背筋を伸ばし、その場に立つ。

咳払いをしたピーリカは、偉そうにミューゼを見つめる。


「どうでしたか、初めて見た師匠は」

「見た目はウラナ君の描いた絵と同じでしたね。マジで頭ボサボサでした」

「そうでしょう、そうでしょう。短足で頭も顔も悪かったでしょう」

「えぇ。でも魔法使ってた所はちょっとカッコ良かったですねぇ」

「……ミューゼ? ダメですよ? 師匠はわたしのですよ?」

「分かってますよ。そんな心配そうな顔しないで下さい。それより……メインクエストの報酬に教えてくださいな。マージジルマ様に何があったんですか?」


にんまりと笑うミューゼ。その瞳は好奇心で満ち溢れている。

ピーリカはクスリと笑って、小さく手招き。


「いいでしょう、お耳を貸しなさい」


ミューゼは言われるがまま、ピーリカの元へ近寄り。デスクの上に肘をつけ、ワクワクしながら右耳を差し出した。

ピーリカは彼女の右耳に口を近づけ、小声で囁いた。


「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」

「えっ、ちょっとピーリカ様! それは酷っ……!」


ピーリカが唱えたのが黒の呪文だと、分かった時にはもう遅かった。床上で輝いた魔法陣。そこからあふれ出た光が一瞬でミューゼを包む。光が消えたと同時に、ミューゼはその場に倒れた。


「白の代表とはいえ、わたしはまだ黒の魔法使いの弟子ですから」


ピーリカの呟いた言葉を聞いたのは、ウラナただ一人だった。

しばらくして自然と消えた魔法陣。椅子から降りたピーリカはミューゼの体を揺する。


「ほらミューゼ、起きなさい」

「うん……あれピーリカ様? あたし何してたんでしたっけ……」

「貴様、人に魔法見せろって言っておいて寝るとかどういう神経してやがるですか」

「えぇ? そうでした?」

「そうですよ。でももうお仕事の時間なんです。今度にしろです」

「うーん。納得できないけどなんか頭フワフワするし、今日は本当に帰りますね。でも、見せて貰えるなら今度ちゃんと魔法見せて下さい!」

「いいでしょう。しかし貴様は本当に魔法が好きですね」

「そりゃあもう。全てがキラキラしてて、不思議で、温かい気持ちになれますからね。本当に、本当に……異世界転生最高ーっ!」


ミューゼは両腕を空へ向けて突き上げた。

彼女を指さしたピーリカは、心配そうな顔でウラナに問う。

 

「ミューゼがたまに言うアレ何なんですか?」

「僕も彼女とは付き合い長いですけど、未だに分からないんですよね」


手を降ろしたミューゼだが、未だに瞳は輝いている。


「ピーリカ様の名前もステキですよね。あたし世代なんですよ」

「世代……?」

「あぁいや、こちらの話です。じゃ、さよならーっ」


自分の前世が別世界の人間だったなんて喋った所で、きっと信じてはもらえない。ならば秘密は喋らず今を楽しんで生きる。それがミューゼの考えだった。

すたこらと帰って行ったミューゼ。

部屋に残ったウラナはピーリカに目線を向ける。


「しかし良かったんですか、マージジルマ様への伝言がアレで。真実を全てお伝えすれば、あの事件そのものを回避してくれたかもしれませんよ?」

「いいんです。下手な事言って逆に悪い状況になられても困りますから。ミューゼの言葉で、きっと師匠はわたしを信じてくれたでしょう。師匠を死なせないためです、これで良かったんです」

「だったらせめて、ミューゼに伝言させなくとも自力で伝えに行くという方法もあったのに」

「……多分泣いてしまうので、自分で会うのはもう少し心を鍛えてからにするです。おっと、この事は他の代表にはに言うなですよ」

「分かってますよ。誰にも言いません。ミューゼ同様に僕の記憶も消して下さっても構いませんよ?」

「記憶を消される事を望んでいる者に黒の魔法は使えねーですよ」

「なるほど。これは失礼」

「言ったらボコボコにする事は出来るですけどね」

「肝に銘じておきます」


ピーリカは大きく息を吸って、吐いて。気持ちを落ち着かせた。


「さて……ウラナ君、師匠の事を考える時間を下さい」

「ピーリカ嬢……その願いを僕が断るとお思いで? 一時間でも一週間でも好きなだけお考え下さい。僕は帰ります。ラミパス様も連れて帰りますので、心置きなくマージジルマ様への想いを募らせて下さい」

「ウラナ君……よく出来た下僕ですね。貴様のためにもわたしは幸せになってみせますね」

「ありがたき幸せ。では失礼します」


ウラナは深々と頭を下げ、部屋を出て行く。

聞き耳を立て彼が家を出て行った事を確認したピーリカだが、それでも念のため、数分間は机の上で本を読んでいた。何度も読んだ形跡のある、ボロボロになった白の魔法に関する書物。

もう大丈夫だろう、この家にはわたし一人だ。そう判断した彼女は本を閉じ。おもむろに立ち上がり、フラフラと歩いたかと思えば、机横に置かれたベッドの上へダイブ。巨乳専用だとかふざけた事を言って入れてくれなかった、師匠のベッドだ。

今は勝手に入っても怒ってすら貰えない。昔ははっきり感じる事が出来た師匠の匂いも、大分薄れてしまっていた。

本当はわたしも、師匠に会いたかったな。そう思ったら、頬を涙が伝った。


「師匠……師匠っ……」


自分以外誰もいない静かな部屋の中、彼の事を呼びながら。

返事をしてもらえない彼女は一人、ベッドを濡らす。



           ***



 時は戻って現代。テクマは荒らされた家の中を見て、指をさし怒った。


「誰も部屋を燃やせなんて言ってない!」

「悪かったって。つーかお前白の魔法使えるんだから、そんなに怒らなくとも自力で直せば良いじゃねぇか」

「疲れるじゃないか!」

「そこは頑張れよ」

「頑張れない。というか少しは悪いと思って!」

「思ってるって。分かった分かった、後で直してやっから」


ピーリカは理解出来ないといった顔で師匠に提案をする。


「コイツ普段は大きな木の下にいるですから、家とか必要ないでしょう」

「それもそうだな」

「そんな事ないもん!」


ふと、ピーリカはいつの間にか普通に師匠と話せていた事に気づく。だが気づいたからと言って、また普通に話せないままになるのも嫌だった。

恥ずかしいけれど、今は恥じている場合ではない。普通に接するよう努力する。


「そ、そういや師匠。一体ミューゼと何を話したですか? いや師匠が誰と何を話していようとわたしにはどうでもいい事ですけど、知識は多いに越した事ないですからね」


彼女の普通は偉そうである事を意味していた。

弟子からの質問に対しマージジルマはミューゼからの「ピーリカをもっと異性として愛でろ」という伝言を思い出す。加えて、以前ピピルピやパンプルからされた注意も頭の隅にはあって。

それらを踏まえ、弟子をジッと見つめた師匠。かと思えば。

ぎゅっ。

マージジルマはピーリカに抱きつく。


「おやまぁ」


テクマのあっさりとした驚きの声が頭に残って、それがまたピーリカの頬の熱を上げる。


「ほあぁああああああっ!」

「だっ!」


ピーリカは恥ずかしさのあまり右腕を突き上げ、マージジルマの顎を殴った。

顎を撫でながら弟子を怒る師匠。


「何だ今のは!」

「それはこっちのセリフです。それに、ふ、不審者に抱きつかれたら殴るのは乙女の常識!」

「誰が不審者だ。怒りまかせに殴るな、手の骨が相手の皮膚の柔らかいとこに当たるよう殴れ!」


マージジルマは殴った事よりも殴り方について怒っている。


「仕方ないでしょう、師匠が変態なのが悪いんですよ!」

「未来のお前が可愛がってくれって言うから可愛がってやったんだよ」

「そんな事わたしが言う訳ないじゃないですか!」

「……やっぱりそう思うか?」

「そうですよ。師匠に可愛がって欲しいだなんて頭おかしいとしか思えません」


嘘である。本当はもっとギュッしてほしいし、頭も撫でてほしい(要求がその程度な所が彼女のかわいさである)。

ちなみにマージジルマは未来の彼女の企みについて考えていた。本当にミューゼの言っている弟子は、俺の弟子なのだろうか、と。だがすぐに結論が出る事もなく。白の領土に居座る内に今目の前にいる弟子が何かしでかしても困る、と思い。テクマに目を向ける。


「とりあえず帰るか。テクマ、家は後で直しに来るから。とりあえず焦げた家で寝てろ」

「ひどいやひどいや。はやく来てよね」

「どうせお前大半の時間うちで過ごしてるだろ」

「そうだけど、実家があるって幸せな事じゃないか」

「俺の実家あそこだからその気持ち分かんね」


自分の事を放っておいて会話する二人が許せずに、ピーリカは騒ぐ。


「わたしも話に混ぜろです。真っ白白助、貴様いつうちに来たんですか!」

「おらピーリカ、いいから帰るぞ。ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」


マージジルマは会話を中断させ、絨毯を召喚し「待ちなさい師匠! 不法侵入かもしれねーですよ、とっちめさせろです!」と騒ぐ弟子を気にする事なく黒の領土へと戻って行った。

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