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少し、未来の国の話

 マージジルマは目を見開いて、聞き直す。


「白? 黒だろ?」

「いいえ、白です」

「……白も、か?」

「違います。白です、白だけです。混じりのない純粋な、白です」


言葉にこそされなかったが、彼女の瞳が「マージジルマ様とは違ってね」と訴えている。そしてその瞳に、嘘は隠されていない。そう思ったマージジルマは。

真実かどうかはさておき、ミューゼの言い分を聞く事にした。


「それで? 未来のピーリカは何を伝言したんだよ」


ミューゼは微笑みながら、ゆっくりと口を開く。


「おい短足」


マージジルマは黒龍の口をミューゼの頭上で開かせ、無言で脅迫する。


「あぁちょっと! 違いますよ、あたしじゃない、ピーリカ様です!」


まぁアイツなら言いそうだ、と納得したマージジルマは、黒龍の口を閉じさせ自分の背後に待機させる。

ミューゼはマージジルマの事を酷い人だと思いながらも、未来のピーリカから受け取った伝言を原文ままに伝えた。


「こほん……おい短足、心して聞きやがれです。詳しくは言えませんが、近い将来カタブラ国はちょっとヤバい状況になります。それがわたしが白の代表になった理由です。ですがご安心を。なんたってわたしは天才なので。わたしがどうにかしてやります。だから師匠はわたしを信じて、自分の選んだ道を進みやがれです」


ミューゼはピーリカを真似て偉そうに言った。

色々な疑問が浮かんだマージジルマにとって、ピーリカの真似が似ているかどうかはどうでも良い事であった訳だが。


「ちょっとヤバい状況って事はミューゼ、お前のいる世界はそんなにボロボロなのか?」

「ううん。めっちゃ平和ですよ。あたしのいる世界は、ヤバい状況が終わった少し後の時間軸なので。ただ……言いましたよね。初めましてって」

「そりゃ初めましてだろ。過去の俺とは」


ミューゼは首を左右に振り、悲しそうな目で彼を見つめる。


「あたし会った事ないんです、マージジルマ様に。あたしだけじゃない、あたしと同じ位の歳の子は、皆黒の魔法使い代表を見た事がないんです。ピーリカ様のお話と、絵でしか知らなかったんです。だから今回、興味本位で攻撃しちゃいました。マージジルマ様の魔法が見て見たくて。そこはまぁ、ごめんなさい」


ミューゼはぺこりと頭を下げる。その姿に敵意がないと判断したマージジルマは、大きく指パッチン。それと同時に、黒龍はスッと姿を消した。


「攻撃してきたのは別にいい。未来の俺に何があったんだよ」

「残念ながら、その辺はあたしも教わってないんですよ。ただあたしが分かっているのは、将来ピーリカ様の隣にマージジルマ様はいないって事だけです」

「……そうかよ」

「あ、もう一つ伝言です。もう少しわたしを異性として見てくれても良いんですよと仰ってました」

「それ本当にピーリカか?」

「はい」

「転魔病になったピーリカだろ」

「いえ。未来ではデフォです」


転魔病でもないピーリカが、異性として見ろなんて言うだろうか? かわいいと言って愛でろ、ならまだしも。

なんて思ったマージジルマだが、ミューゼが嘘を言っているようにも見えなかった。




 

 その頃、外で待機していたテクマは青白い顔をして死にかけていた。家の近くにあった大きな木の下で寝転んで、かすれた意識の中、このまま体は放っておいてラミパスの体に入っておこうかな、なんて思っていた。

それなら本体への負荷も少ないし。ラミパスは今マージジルマが防御魔法をかけた家の中にいて安全なはずだし。

そんなテクマの顔を、ピーリカは覗き込むように見つめて来た。


「真っ白白助、こんな所で何してやがるですか」

「あれ、ピーリカ……早かったね?」


気合で上半身を起こすテクマ。ピーリカは大きく頷いた。


「まぁ天才なので。しかし貴様、薬の名前間違えてませんか? あらびんどんびんびんなんて薬ないって、ばーさん言ってたです」

「間違えてるのピーリカじゃん……」

「わたしが間違える訳ないでしょう」


どこにそんな根拠があるのか、ピーリカはぺたんこな胸を張った。

だがテクマもこれ以上否定する事はない。実在しない薬を言ったのだ、正しく言えたところで手に入れる事も出来ない。


「うん、僕が悪かったよ。ごめんね。それよりばーさんって、まさかマハリクの所に行ったの?」

「緑の領土の薬屋さんとか場所分からねぇですもん。ばーさんに聞くのが一番手っ取り早いじゃないですか」

「そうだね。ピーリカは賢いね」

「知ってます。それより貴様、何故こんなところで寝てるですか」

「追い出されたんだ」


ミューゼの正体が分からない以上、テクマも本当の事は言えない。

そうとは知らないピーリカは、頭にハテナマークを浮かべた。

家の主であるはずのテクマが追い出された? そんな事があるのか? いや待て、それより大変な事が起こってないか? と。


「まさか師匠、ミューゼと二人って事ないでしょうね」

「そうだよ?」

「あの女! やっぱりかわいい弟子の座を狙ってたですね!」


怒ったピーリカは急いでテクマの家の方へ向かう。かわいい弟子というのは建前で、本音は恋人の座を狙っていると思われている。


「ピーリカ待ってー」


テクマは震えながら彼女の背中に向けて右手を伸ばす。追いかける体力はない。


 


 ピーリカがテクマの家の扉を開けようとしたその時、内側から扉が開いた。中から出てきたミューゼと目が合ったピーリカは、そのまま彼女に詰め寄る。


「ミューゼ! 貴様という者は!」

「今! あたしは! マージジルマ様にピーリカ様のかわいさを教えていたところです!」


即座に嘘を言ったミューゼ。

だがピーリカはその嘘を信じた。


「……それは良い心掛けです。わたしがかわいいのはいつもの事ですけど」

「あ、そろそろ時間になるなぁ」

「時間って、何のです?」

「未来に帰る時間ですよ。ピーリカ様があたしにかけた呪い、制限時間つきだったんです。本当はもっとお話し聞きたかったんですけど、それを許してはくれない魔法なんだから意地悪ですよね。ま、その程度の呪いで済んでるんだから良い方なんでしょうけど。ではさようならピーリカ様、また未来でお会いしましょう」


その言葉が合図だったかのように、ミューゼの足元に突然現れた魔法陣。そこから溢れ出た光はミューゼを包み。魔法陣と共に彼女は姿を消した。


「な、何だったんですかアイツは……」


突然現れ、突然消えたミューゼ・ヒー。

その場に残されたピーリカは、ぽかんとした表情で何もない場所を見つめていた。


           ***


 ミューゼは自分が元居た世界に戻って来た。今彼女がいるのは、マージジルマの家のリビングだ。そこの見た目は、過去と未来ではさほど変わっていない。ミューゼは迷う事なくリビングから廊下へ向かい、螺旋階段から地下室へと降りる。


「ピーリカ様、戻りましたー」


窓は無く豆電球一つしか灯っていない、薄暗い部屋の中。ある程度整理整頓がされ、かつて床上を埋めていた怪しげな薬品や書物は綺麗に収納されていた。

そんな綺麗な床上を滑るように走り、ミューゼの目の前に立った男がいた。薄暗い部屋の中でもかなり整った容姿である事が分かる男は、期待に満ちた顔でミューゼの両手を掴む。


「お帰りなさいミューゼ、どうでした!? っどうでした!?」

「興奮しないでウラナ君。サブクエもクリアしてきたよ。マージジルマ様はピーリカ様を頑張り屋さんだって言ってました」


バカだけど努力が出来ない訳でもないという言葉を、ミューゼはかなりマイルドに説明した。

ウラナと呼ばれた男は、ミューゼの報告を聞き何故か嬉しそうにしていた。


「頑張り屋さんですって。良かったですね、ピーリカ嬢!」


彼が目を向けた先にいたのは、茶色いデスクを挟んで赤いクッションのついた椅子に足を組んで座る一人の女。黒髪についた大き目の白いリボンは、大人びた顔立ちの女には子供っぽい印象を与え。はっきり言って、あまり似合ってはいない。身長は157センチであり、胸のサイズも137センチの頃と比べるとまぁまぁ大きくなった。シンプルなデザインの黒いワンピースとショートブーツは、サイズこそ変わったがデザインは変わらないまま。ついでに言えば、師匠に対する好意も変わらないままだった。


「そ……そうですか。その通りですけどね」


彼女の名はピーリカ・リララ。白の魔法使い代表である。

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