師匠、牙を向ける
「そんな事ないよ。全部解決したらマージジルマくん、迎えに行ってあげてね」
「俺任せかよ」
「多分ピーリカはその方が喜ぶし」
めんどくせぇなぁ、と表情で語ったマージジルマ。
テクマはそんな彼の事など一切気にせず、ベッドの上に座り直し。
瞳にミューゼの姿を映す。
「さて。ピーリカの事はこれで一安心、って事にしておこう。話してもらおうか?」
「ありがとうございます。お陰で……メインクエストが無事進行しそうです」
「そのメインクエストって何?」
「……申し訳ないのですが、テクマ様にも席を外していただいても?」
「僕にも話せない事なの?」
「そうですね、いくら元代表様でもちょっと」
「へー」
一見笑った顔をしていたテクマだが、目は一切笑っていなかった。
表情を崩さぬまま、テクマは考える。
いくら彼女がシャバの弟子であり、ピピルピに育てられているとしても。国のトップシークレットである「テクマが元代表だという事」を二人が喋るとは思えない。聞き出したい気持ちはあるが、聞き出すのなら自分よりも適した男が隣にいる。
そう判断し、テクマはゆっくりとベッドから腰を上げた。
「じゃあちょっとその辺お散歩してきてあげる。マージジルマくん、後よろしくね」
フラフラした足取りで、テクマは家を出て行く。
マージジルマはテクマの「よろしくね」が尋問を意味すると理解していた。その想いに答えるべく、すぐさまミューゼの前に立ち。冷たい視線を向ける。
「さて、そろそろ言ってもらおうか。お前の嘘は、どこから?」
「そんなベンザブ○ックみたいな聞き方しないで下さいよ」
「何だかよく分からんがふざけんな。真面目に答えろ」
「真面目ですよぉ」
口を尖らせるミューゼの前で、マージジルマはため息を吐いた。
「じゃあいい、俺から聞く。お前がここに来たのは、俺が関係してるだろ」
「……俺って、マージジルマ様の事ですよね? 何故そう思われたのでしょうか?」
「他の奴の事はべらべら喋るクセに俺の事はぼかして喋ってるじゃねぇか」
「おっと、やっちまったなぁって事ですね。でも心配しなくていいです。師匠が赤の魔法使い代表である事も、元桃の民族代表ピピルピ様が母親代わりな事も本当です」
「だったら何が嘘なんだよ。お前の目的は、お前の正体は、一体何なんだよ!」
今度はミューゼが深いため息を吐いた。かと思えば。
両手を前に出し、構える。
「レレルロローラ・レ・ルリーラ」
唱えられた赤い魔法の呪文は、どう考えても攻撃を意味していた。
マージジルマの足元に光った魔法陣。その中から飛び出した炎が、マージジルマを包み込もうとした。
赤色を目立たせた炎を見つめながら、マージジルマも呪文を唱える。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
彼を庇うように現れた魔法陣は、炎の行先を分散させる。壁、床、窓。マージジルマは無傷だが、他の場所への被害が広がった。双方共に、ここがテクマの家だという事を全く気にしていない。
彼が見せた魔法に、ミューゼは目を輝かせた。
「すごい、これがマージジルマ様の魔法なんだ。そりゃピーリカ様がカッコイイとか言ってた気持ちも分からなくもない、かも」
「はっ。お前に好かれても嬉しくねぇな」
「まぁ失礼な。というか、こんなにか弱い少女相手なんですよ。手加減して下さいな」
「か弱いってな、自分でも分かってるんだろ」
「はて? なんのことでしょう?」
「しらばっくれんな。お前の魔力が、俺ら代表と同じ位デカい事だよ」
彼の言葉を聞き、ミューゼは一瞬だけ目を見開いた。だが、すぐにヘラっとした笑いを見せる。
「それは……まぁバレますよね! そりゃそうですよね、マージジルマ様だって代表ですもんね。人の魔力の量だって測定出来ますよね。そっかそっか!」
「当たり前だろ。ふざけた事抜かすな」
「ふざけてませんってば。あたしマージジルマ様と同じで、生まれつき魔力デカいみたいなんですよ。なのであたしも、人の魔力の大きさはばっちり測れます。マージジルマ様、想像以上に魔力の量多いですね。それに比べて、この世界のピーリカ様の魔力が、魔法を使わない者達より少しだけ大きいレベルっていうのはびっくりでした。あたしやマージジルマ様が10だとして、魔法を使わない者達は1だとすると、ピーリカ様は3程度しかない」
「ほぉ。そこまで言うなら、お前の世界のピーリカはそれなりに強くなってるってのか?」
「はい。魔力の大きさも貴方とほぼ同格ですよ」
「そうか、あのクソガキがそんなに成長するのか。そりゃ楽しみだ」
そんな状況ではないと分かってはいるものの。弟子の成長に期待して、マージジルマはつい口角を上げる。
一方、ミューゼは少しだけ悲しそうな顔をして。
「……あれは相当、頑張ったんだろうなぁ」
ポツリと、独り言として呟かれた言葉。だがマージジルマは思わず返した。
「あ? 当たり前だろうが。アイツはバカだけど努力が出来ない訳でもないからな」
ピーリカ様達が聞いたら喜びそうだ。そう思いながら、彼女は再び笑みを作る。
「ところで、実はマージジルマ様も日本に住んでた事ないですか?」
「どこだそこは。俺は生まれも育ちもカタブラ国なんだよ!」
「そうかぁ。じゃ、本物のチートキャラってやつですね」
「訳分かんねぇ事言ってねぇで大人しくしろ!」
「はっはっは。レレルロローラ・レ・ルリーラ」
彼女の唱えた呪文を合図に、部屋のあちこちに散らばっていた炎の破片が一気に広がり。まるで部屋を覆うカーテンのように姿を変える。テクマのベッドもダメそうだ、白かったはずのシーツが黒くなり始めていた。
燃えていないのはマージジルマとミューゼが立っている場所から半径二メートル程度。そこだって激しい熱気で覆われている。マージジルマは限られた酸素を吸い込み、呪文を、唱えた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
赤い炎はマージジルマの目の前に現れた魔法陣の中へ吸い込まれ、入れ替わるように黒い炎が排出された。黒い炎は波打つ線へと形を変え、次第に炭の匂いをまき散らす。
ミューゼが気づいた時には、赤色は部屋の中に一つも残っていなかった。いたのはマージジルマと、部屋の中に這いよる黒龍。黒龍は鋭い牙をミューゼの顔の前で光らせる。
マージジルマは黒龍の胴体を背景にし、彼女へ敵意を向けた。
「次ぶちかまして来たら殺すかもしれない」
「大丈夫です。もう止めます。すいませんでした。ちょっとマージジルマ様を、マージジルマ様の魔法を見て見たかっただけなんですけど、やり過ぎましたね。どうかお許しください」
ミューゼは小さく両手を上げ、降伏を表した。
未だ疑いはしていたマージジルマだが、今は彼女の話を聞こうと決める。彼の心情とシンクロして、ミューゼに牙を向けていた黒龍はすぐさま口を閉じた。
それと同時に、ミューゼはその場に跪く。
「改めまして、ご挨拶から……初めまして、マージジルマ様。次期赤の魔法使い代表、ミューゼ・ヒー。とある方のご命令で貴方に言伝があり、ここに足を運んだ次第です」
未だ黒龍の魔法は解かずに、マージジルマは彼女の言葉を聞き続ける。
「……そのとある方ってのは、シャバじゃないんだな?」
「はい。マージジルマ様への言伝を頼んだのは、未来の――白の魔法使い代表、ピーリカ・リララ様です」




