弟子、悪役令嬢よりも偉い
「まっ、真っ白白助の!?」
表情を歪めるピーリカ。白の領土へ行く事は構わないが、師匠とテクマをあまり会わせたくなかった。何が楽しくて好きな人と一緒に恋のライバルの元へ行かなければならないのか。最悪の場合、また目の前でマージジルマとテクマが良い感じになってしまうかもしれない。それは苦痛。とても苦痛。
「あんなのの所に行ったって、きっと死にかけてるだけですよ。行くだけ時間の無駄です」
ミューゼを引き止めようとするピーリカだが、物事そうそううまくは行かない。
「それ行かないとダメなやつでは? なんか心配になってきた。別に恋愛話聞かなくてもいいのでテクマ様の元へ行きましょう」
「わたしが行かないって言ってるんですよ。真っ白白助ならきっと大丈夫です。貴様はずっとここにいろです」
「流石ピーリカ様、悪役令嬢も驚きの態度」
「あく……? 誰の事だか知りませんが、そんな奴の事よりわたしの事を気にしろです。多分わたしの方が偉いです」
「あぁ、悪役令嬢の事は気にしないでください。それより行きましょうよ」
ミューゼはピーリカの腕に自身の腕を絡める。
その熱にうっとおしさを感じるピーリカだが、テクマとマージジルマを近づけさせなければいいと気づいて。師匠に顔を向け、ミューゼに引っ付かれていない方の手で地面を指さす。
「師匠、師匠は犬だから待ってられるですよね。おすわり」
「誰が犬だよ」
反抗的な態度をとる師匠に対し、ピーリカは呆れた様子を見せる。だが胸の内では未だ、師匠と真っ白白助を会わせない方法を考えていた。
「そうだ、白の領土はあんまり行っちゃダメなんですよ。貴様知らないですか」
「知ってますけど、マージジルマ様が一緒なら問題ないのでは?」
ミューゼは横目でマージジルマの顔を見る。
罠か否か、どちらにせよマージジルマはミューゼに負けるとは思わなかった。弟子が勝てるかと問われれば、難しいとは答えるが。
「そうだな。一緒なら構わない、一緒ならな」
「そんな釘を刺さずとも。ほらピーリカ様、マージジルマ様もこうおっしゃってますし」
師匠にまでそう言われてしまっては、行かないという選択肢は選べなさそうだ。複雑な想いを胸に隠しながらも、ピーリカは腰に両手を当てる。
「分かりました。どうしてもと言うなら仕方ないですね。ただし、わたしが一番前を歩きます」
別にどうしてもではないのだが、マージジルマもミューゼも話を進めるために黙っておく。三人は再びほうきに乗り、空へと飛び立った。
『ここから先、白の領土。あんまり近づくな。死ぬ』
カタブラ国にかけられた案内魔法は、今日も恐ろしい案内を告げた。だが三人ともお構いなしに侵入する。薄い霧が出始め、ピーリカは肌寒さを感じた。今着ているパジャマは、いつものワンピースより薄手だった。
空飛ぶ彼女達の足元に見えて来たのは、物置小屋のような見た目をした、とにかく小さなテクマの家。ピーリカは地面に足を着け、ほうきから降りた。ミューゼもほうきから降りた事を確認すると、家の壁にほうきを立てかける。
「ミューゼ、貴様も女の子ならハンカチの一枚や二枚持ち歩いているでしょう。貸しなさい」
「一枚なら持ってはいますけど、何するんですか?」
ポケットからハンカチを取り出しながら質問するミューゼだが、ピーリカは答える事なく両手でハンカチを受け取り。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
黒の呪文を口にした。ピーリカの足元で魔法陣が光り輝いた。同時に手の上にあったハンカチは消え、いつも彼女が着ている黒色ワンピースと頭につける白いリボンが現れる。
「これでよし。帰ったら返してやるですよ」
「それは良いですけど、ご自分のお洋服を召喚されたんですね」
「えぇ、家にあったいつもの服と交換したです。お店にある新品でも良かったですかね」
「いや、未来のピーリカ様はマージジルマ様の服を勝手に着てるような人なので。てっきり今回もそうかなって」
「何故このわたしが師匠のボロ雑巾みたいな服を着なきゃならねぇですか!」
そう言うピーリカだが心の中では「良い案ですね」と思っていた。
弟子の言いぐさにマージジルマは呆れている。
「人の服を勝手にボロ雑巾にするんじゃねぇよ」
「うるせぇですね。それより、ちょっとだけお着換えしてきます。覗いたら許しませんからね!」
テクマの家の裏に隠れたピーリカは、急いでパジャマを脱ぎ、即座に着替える。本来は外で脱ぐなんて彼女にとってはあり得ない事なのだが、場所を選んでいる程時間を気にしていられなかった。頭のリボンをキュッと結び、いつもの姿が完成。
急いで師匠達の元へ戻り、着ていたパジャマは忘れないよう、ほうきの先端に片結び。
「これで良し。さて下々、行きますよ!」
「誰が下々だ」
師匠の怒りなど気にせず、ピーリカはノックもせずに家の扉を開けた。
彼女が目にしたのは部屋の中に置かれたベッドの上で、胸の前で手を組んで眠っていた男か女か分からない中世的な人物。テクマ・ヤコン。白の魔法使い代表の影武者である。
テクマに近づこうとしたピーリカだが、後ろから入って来たマージジルマに押しのけられた。
マージジルマはピーリカが「わたしより前を歩くなです!」と騒いでも気にせず、テクマの前に立ち。
眠るテクマの髪に触れた。
それを見たピーリカは黙る。だってわたしにはきっと、そんな風に触ってはくれない。
うっかり悲しみが表に出かけたピーリカだったが、マージジルマがテクマの髪の数本を掴み、勢いよく引っこ抜いた事でその悲しみは消え去った。
「痛ぁっ!」
死んだように眠っていたテクマだったが、ちゃんと痛覚はあるようだ。頭を両手で押さえながら飛び起きた。ベッドから降り、マージジルマに詰め寄る。
「もう、マージジルマくんね、起こすのはいいけどいちいち羽引っ張るのやめてくれる?! しかも今は気絶してたんじゃなくて普通に寝てたんだけ……ど」
自分を引っ張った奴がマージジルマであった事は想像ついていたが、まさかその隣にピーリカがいるとは思わなくて。いつも彼らと共にいるフクロウ姿の調子で喋ってしまったと思い込み、思わず口元を押さえた。だが、その無意識の行動で自身の手が人間のものだと気づいたテクマは、すぐに手と胸を降ろす。
「あぁ良かった、喋っても大丈夫な感じだ」
「喋っちゃダメな感じって何ですか。それより離れろです!」
悲しい気持ちは消えたが、今度は二人の近さに怒りが募ったピーリカ。実に忙しい奴だ。
自分の正体がバレていないと安心したテクマは、ようやく視野を広げる事が出来た。
「あれ、知らない女の子もいる。マージジルマくん、この子誰?」
そう言うとテクマはマージジルマの胸に顔を埋めて、視線だけをミューゼに向ける。テクマにとってこの行動は、ただ単に彼を使って自身の体を支えているだけなのだが、ピーリカからしてみればイチャイチャしようとしているだけにしか見えなかった。
杖替わりにされる事に慣れているマージジルマは、平然とテクマの質問に答えた。
「ミューゼ。未来から来たシャバの弟子だと。そしてよりによってピピルピに育てられてるんだと」
「あぁはいはい。確かにシャバの魔力と似てるね」
「だよな。やっぱりそれは嘘じゃないよな」
「何か疑ってるの?」
「ちょっとな」
ミューゼを見、マージジルマの言葉を少し聞いただけで何かを理解した様子のテクマ。それがピーリカには悔しかった。
テクマはそのピーリカが向けてくる視線の理由も理解した。
「あぁ、ピーリカにはまだ見えないのか。この国の人は皆、魔法を使う力を持ってる。その力の形色は魔法の使い方や種類によって異なるんだ。ミューゼって子の魔力がシャバの魔力と似てるっていうのは、二人が同系の魔法を使ってるって事だね。魔力は使った分だけ強くなるから、ピーリカもいっぱい魔法の練習すればいい。そうすれば僕らみたいに他人の魔力も見えるようになるよ」
そういえば前に黒マスクもそんなような事を言っていたような。思い出しはしたがピーリカが口にするのは嘘だけである。
「もう見えてますもん!」
「見え張らないで。それから、僕がマージジルマくんに引っ付いている事が羨ましいなら、そんな目で見てないでピーリカも抱きつけばいいじゃない」
「誰が! 羨ましいだなんて! 言ったんですか! 全然、ぜーんぜん羨ましくなんてないですから!」
これも嘘。本当は羨ましくて羨ましくて仕方がない。
その嘘を見抜いていたテクマは、フフッと笑い。
「本当に? 一人寂しくない?」
「全然! 寂しくなったら家に帰って、ラミパスちゃんを抱っこしますから」
ラミパス、それはマージジルマの飼っている白フクロウであり、テクマのもう一つの体である。ピーリカの言葉を聞いたテクマは、にっこーり笑い。
「聞いたかいマージジルマくん、ピーリカは君よりラミパスが好きらしいよ。悔しい?」
「悔しくはないけどなんかムカつくから、今晩ラミパスの飯はパンくずにしようと思う」
「やめてよ、ラミパスお腹すいちゃうじゃん。ラミパス可哀そうじゃん」
「知るかよ」
師弟で遊び一通り楽しんだテクマは、フフッと笑って。ようやくミューゼの相手を始める。
「ラミパスのご飯についてはまた後で話しあおう。それで? ミューゼ、君はわざわざ僕のところに何しに来たの?」
ミューゼもにっこーり笑って、質問に答えた。
「未来のピーリカ様が真っ白白助は昔からライバルだったと言っていたので、本当かなと思いまして」
「ライバルって何の」
「そりゃー恋のでしょう」
「恋……僕が好きなのピーリカなんだけど?」
「おっとぉ? マージジルマ様のライバルだったか?」
「そうかもねぇ。マージジルマくん、僕負けないからね」
ピーリカは「貴様に好かれても嬉しくないです!」と騒ぐ。
マージジルマはため息を吐いた。そして。
「悪ふざけすんの止めろ。それから、ミューゼはいい加減本当は何しに来たのか言え」
「んー……どうしよっかなぁー」
ミューゼはそう言いながら、ちらりとピーリカを見る。
マージジルマとテクマは、ピーリカの前では言えない話なのだろうと考えた。ピーリカはテクマを睨んでいるので彼女の視線には気づいていない。
テクマはマージジルマから離れ、ピーリカの前にしゃがみ込む。
「ピーリカ、ちょっとお願い聞いて欲しいんだけど」
「何故わたしが貴様の頼みなんか」
「ピーリカにしか出来ない事なんだ」
「仕方ねぇですね」
「相変わらず手のひら返しが早いね。まぁいいよ。アラビンドンチャンって薬、買ってきてくれる? 白の領土には薬屋さんないから、緑の領土まで行って欲しいんだけど」
「あらびんどびん……」
「アラビンドンチャン」
「ふん、いいでしょう。わたしは天才ですから。では師匠、一緒に……来なくていいです。わたし一人で行けます。バーカバーカ」
本当は師匠と一緒に行きたかったピーリカだが、ふとした瞬間に思い出してしまう転魔病事件。ミューゼもいるし、師匠と真っ白白助が二人きりになる事はないなと安心しつつ、照れ隠しに一人で家を出て行った。自分の知らないところで彼らの恋愛事情を聴きだされるかもしれないという考えまではたどり着かなかったようだ。
テクマはマージジルマに顔を向けて、ハハッと笑いながら言った。
「まぁそんな薬存在しないんだけどさ」
「お前俺より酷い奴だな」




