弟子、師匠の耳を舐める
「ただいまですよー」
家の中に入ったピーリカは、いつもと違う光景に違和感を抱いた。他の民族代表の元へ行ったはずのシャバがキッチンに立っていた。手元には包丁と緑色の葉の球を持っている。
「おかえり。遅かったじゃん」
「変態に絡まれました。でも無事ニャンニャンジャラシーを手に入れましたよ!」
ピーリカは偉そうに草を見せつけた。シャバは包丁を置き、草をジッと見つめる。
「これは……ニャンニャンダマシ―だな。似てるけど別物だ」
「何でそんな紛らわしいものが!」
「そういう種類なんだよ」
「バルス公国め、これこそ燃やしてくれれば良かったのに」
「発想が物騒。これも燃やしちゃダメ」
シャバはピーリカが燃やす前にニャンニャンダマシーを回収する。ニャンニャンダマシ―はゴミ箱に添えられた。
「そう言えば貴様、他の代表の所に行ったですか?」
「青と黄、あと桃のピピルピだけな。緑の代表には何故か連絡つかなかったから後でまた連絡する」
「……白は?」
ピーリカの疑問に、シャバは少しだけ間をあけてから答えた。
「……口内炎だから口動かすの可哀そうかなって。大丈夫、ちゃんと白にも連絡するから。バルス公国の奴がいたら気をつけろってね。今のところはさっきの奴しか来て無さそう。アイツ入国許可取ってなかったみたいから、不法入国で次から出禁。もし次来たら悪い事してなくても即追い返そうな」
「やはり悪い奴でしたか」
「そうだな。まぁ出来れば二度と来ないでくれればそれでいいけど、どうだろ」
「下見って言ってたですからね。またニャンニャンジャラシー燃やしに来るかもしれないです」
「それは困るな。早い所見つけないと。でも今日はもう暗くなってきてるし、これ以上一人で探せってのは危ないだろうから……仕方ない。夕飯食ったら一緒に探しに行こっか」
「ふむ。確かに赤の魔法使えば暗い場所も明るく出来るですね。いいでしょう、一緒に行ってやるです」
「流石マージジルマの弟子。すごく偉そうだ」
「偉いんですよ」
「はいはい。それじゃ、夕飯作っちゃるから。その間マージジルマの様子見といてくれ」
シャバは手元に目を向ける。包丁で切られた野菜が、ザクっ、と良い音を立てた。
「師匠の具合は?」
ピーリカは野菜が切られていく様子を見つめながら質問する。その答えを、シャバは手元を動かしながら返した。
「吐き気は収まったみたいなんだけど、熱が出ちゃったみたいだな。今部屋で寝てるの、ピピルピが見てるから」
「ピピルピって、あの痴女一人でですか?」
「うん……あ、もしかしてマズいかな」
「マズいに決まってるでしょう。師匠が色目使われて鼻の下伸ばしてる姿なんて見たくないのです!」
「鼻の下だけで済めばいいけど……とりあえず見てきて」
「言われなくても行くです!」
野菜から目を離したピーリカは地下にある師匠の部屋へと駆け下りて、引き戸をガラリと開ける。
「おい、やめっ、ピピル、ピ、ルピル、っピピルピ!」
見ればピピルピが横向きで寝ているマージジルマの上に跨り、彼の耳を舐めている。
耳のふちをなぞるように舌を動かすピピルピ。
頬を赤らめているマージジルマだが、これは呪いによる熱のせいだという事にしておこう。
「ん、なぁに?」
「クソっ、後で覚えてろよ」
「何かしら、乱暴されちゃうのかしら。期待しておくわ!」
「ぜってぇ何もしねぇ……」
目の前で繰り広げられる二人の世界。ピーリカは両頬をパンッパンに膨らませた。
「何してるですか! このわたしがニャンニャンジャラシー取り行ってやったと言うのに!」
「あらピーちゃん。お帰りなさい。ヤキモチ?」
「違います!」
「ヤキモチ焼かなくても良いのよ。私はピーちゃんの事も大好き」
「貴様じゃねぇです! 大体何でそんな所舐めるですか。耳なんて舐めてもおいしくないでしょう。しかも師匠のなんて」
「そんな事ないわよ。こう見えてマー君も喜んでるのよ」
「嘘ですよ。師匠がお金以外の事で喜ぶ事なんてあるはずないのです」
「そうでもないわ。人間は快楽に弱いものよ。マー君だって例外じゃないわ」
「かいらくって何ですか! もっと簡単な言葉を使え!」
「気持ちいい事よ。ピーちゃんもやってみれば良いじゃない。これやると、マー君元気になるわよ」
「そんな訳ないでしょう。騙されねーですよ」
「信じてくれないのね。悲しい。まぁいいわ。私がやろうっと」
ピピルピはマージジルマの肩に胸を押し当て、舌を耳の穴の中に入れる。
「――んっ!」
突然耳の中に侵入してきたピピルピに、マージジルマは思わず声を漏らす。そんな彼の様子を見て、ピーリカは動揺している。
どう考えても耳を舐めたくらいで師匠が喜ぶとは思えなかったが、こんなにも顔が赤い師匠は見た事がない。
もしかしたら、もしかするのかもしれない。
「ま、待てです。信じないとは言ってないでしょう。きっと他人なら貴様のいう事など耳を傾けませんが、わたしは慈悲が深いので信じてやるです。天才のわたしに出来ない事などないですし。わたしの方が師匠を喜ばせる事が出来ると思います」
「そう? じゃあピーちゃんも反対側、する?」
「いいでしょう」
ピピルピはマージジルマの体から降りて、ベッドの左脇に移動する。
「おいっ、何して」
「はいマー君ねんねして」
ピピルピはマージジルマの左腕をグイっと押して、仰向けに寝かせる。そのままマージジルマの右腕に抱きつき、彼の右手を太ももで挟み完全に動きを封じさせた。
ピーリカはピピルピを真似て、マージジルマの右横に寝転ぶ。
「ピーリカ、降りろって」
「師匠のくせに指図するなです」
頑張って胸を押し当てようとしたが、ピーリカには最初から押し当てる胸などなかった。その分ぴっとりくっ付こうと、マージジルマの右肩に両手を添えた。
ピピルピはそんな彼女を微笑みながら見つめていた。
「かぁわいい。さ、齧らないようにね。噛んだとしても甘噛み程度よ」
言われた通り、ピーリカはマージジルマの耳たぶをパクっと咥えた。
別においしくもないし、楽しくもない。こんなので本当に師匠は喜んでいるのか? 何が楽しいんだ? 変態の気持ちは全く理解できない。
そう思いながらチロチロ舐める。
「やっ、めろピーリカっ!」
マージジルマは顔を左側に反らした。だが反対方向にはピピルピがいる。ピピルピは左手で彼の顎を掴み真っ直ぐ向くよう固定。再び左耳を舐め始めた。
抵抗しようにも体調は良くないうえ、固定され動けないマージジルマ。それでも何とか左側に顔を向けようとする。
そんな師匠を見て、ピーリカは涙目になりながら彼の右耳元で問いかける。
「痴女の方が良いんですか? やっぱり、おっぱいがないとダメなのですか?」
「なっ、はっ? いや、デカけりゃ良いってもんじゃねぇって」
「じゃあいいじゃないですか。わたしだって師匠に天才である事を見せつけたいのですよ」
「見せつけるなら他にもやり方あるだろうが……!」
「それはわたしが決めるですもん」
棒付きキャンディーを舐めるように、再び師匠の耳を舐め始める弟子。ピピルピもその舌の動きを止める事はない。
くちゅくちゅチュバチュバ、くちゅっ、ちゅっ、ぐちゅっ。
耳の中に侵入してきた音。いつもの体力があれば、女子供だろうと平気で殴っていた。だが熱のせいか、どうも体が重く。動かすのも辛かった。
マージジルマは何とか口を開いて。
「しゃーばーぁああああ!」
大声を出し、親友の名前を呼んだ。
「マー君ったら、大声出さないの」
「うるさいですよ、師匠」
それでも止まらない二人。
ぜーはーぜーはー、マージジルマは呼吸を整え。
「ピ……」
一文字だけ呟いたかと思えば、目を閉じた。
ピーリカはマージジルマの肩をゆする。
「師匠? 大丈夫ですか? 今のはどっちを呼んだですか?」
「まってピーちゃん」
ピピルピは少しだけ体を起こし、マージジルマの胸元に耳を当てた。心音を確認し、頷いた。
「大丈夫。生きてる。ヤりましょう」
「そうですか。生きてましたか……ま、まぁ別に心配などしてませんけどね。そうですね、続きをしましょう」




