弟子、赤と桃の魔法使いの未来を聞く
どう見ても自分の顔を見ているミューゼに対し、ピピルピは首を傾けた。
「あら、私ママより恋人が良いのだけれど」
「あぁ、ついうっかり。でもママはママなので」
「んもぅ、仕方ないわね。そこまで言うならママになってあげる。おっぱいいる?」
「ありがと、大丈夫よ」
ピピルピにとって乳を出すのは母性ではなくプレイの一種。そこに恥などない。
平然とピピルピをあしらうミューゼに、ピーリカは動揺していた。
「待ちなさいミューゼ、その痴女が貴様のママなんですか?」
「はい。大丈夫、チューはほっぺまでしかしてません。あとはまぁ適当に、ご奉仕するにゃんとか適当言って抱きついときゃそれだけで満足しますよ、ママは」
「全く大丈夫じゃない気がするですよ」
「そんな事ないですって。こう見えてもママ、嫌いになるよって言うと簡単に引き下がりますよ。愛のために生きてるので、愛されない事が怖いんですね」
「そんな対処法が!?」
「もしかしたら桃の民族全員そうなのかもしれませんけど、あたし住んでる所は赤の領土なので。ママ以外に言った事ないから分かんないですね」
飄々と答えるミューゼを、ピーリカは変な奴だと思った。
一方マージジルマはコーヒーカップをカーペットの上に置き、シャバの前に立った。
「おい、シャバ?」
ミューゼの言葉を聞いてから、シャバは微笑んだまま固まっている。マージジルマが目の前で手を振っても全然動く気配がない。
マージジルマは仕方なさそうにピピルピの肩を掴み、シャバの前に立たせた。
ピピルピはすぐさま自分が必要とされていると判断し、シャバの顔を覗き込む。彼女の長い髪が、ゆっくりと斜めに傾いた。
「シーぃちゃん」
ピピルピからの呼びかけにもシャバは反応しない。「んもぅ」と声を漏らしたピピルピは右手を伸ばし、親指と人差し指でシャバの口元を覆う布を下へずらし。
露わになったシャバの唇にキスをする。
それに気づいたピーリカが「チューしてる!」と騒いでも気にしない。ようやく状況を把握したシャバの肩が大きく跳ね上がった事に気づいたピピルピは、唇を離し、にっこり。
「おはよ」
「……いや、起きてるけど」
「そう、なら良かった」
シャバはピピルピから目線を反らしながら再び口元を布で覆う。すぐ隠されたその表情は、誰がどう見ても照れた様子だった。
「まぁ、ピピルピは愛を配りし者だからね。そういう可能性もあるよね。大丈夫、だからってオレが離れて行く事はないから。ズッ友だよ」
誰が聞いた訳でもないのに、シャバはまだ動揺しているのか勝手に自身の想いを口にした。
ミューゼは否定するように手を左右に振る。
「あぁ師匠。あたしママとも血は繋がってないからね」
「え? あ、そうなの?」
「というか、あたしの名前ミューゼ・ヒーなんで。血も元ネタも全然繋がりないけど、親子関係があるのは師匠の方です。なんで一応継いだ組ですねぇ。まだ弟子扱いだから正式には継いだとは言えないかもだけど」
「……元ネタって何?」
「んん、失敬。個人的な話です」
「よく分からないけど、親子になった経緯を聞いても?」
「ちょっと長いんですけど、大丈夫です?」
「全然オッケー、今日は仕事休み」
手でOKサインを出すシャバ。これもまた誤魔化しだった。
ミューゼは人差し指を立て、説明を始めた。
「まず、あたしのいる未来だとママはもう桃の代表辞めてるんですよ」
「「「「え!?」」」」
彼女の話を聞いていた四人が驚きの声を上げる。平然としているのはミューゼだけだ。
「詳しい事は省きますけど、ちょっと色々ありましてね。それで次期桃の代表に若者が入ってきて、外交担当がうちの師匠から新・桃の代表に変わったんですよ。んなもんで今まで外交として出張が多かったシャバ師匠も大抵家に帰る事が多くなったんですね。で、ママ曰く自分の事を愛してくれるなら誰でもいいけど、何だかんだ言って一番可愛がってくれるのシーちゃんだから、シーちゃんいるならシーちゃんの所行こーってなったらしく。代表を辞め暇になったママはほぼ毎日シャバ師匠の元へ通うようになり」
ピピルピは手で頬を覆う仕草をする。確かに自分を一番可愛がってくれているのはシャバだ。その辺の自覚は前々からあったらしい。だが他の者から改めて言われると、流石の彼女も気恥ずかしさを感じたようだ。
シャバの表情は黒マスクのおかげで見えずらくなっているが、髪の間から見える耳が少し赤い。彼は普通に自分が一番ピピルピを可愛がっていると言われ恥ずかしがっている。
「待って、ミューゼと親子になった関係聞いてるのに何でピピルピとの関係を話してるの?」
「親の関係性も話しといた方がいいかなって」
「親の関係性ってなに!」
「まぁ聞いてくださいよ。んでシャバ師匠は、マージジルマごめんオレ今すごい幸せだわって呟く日々が続き」
マージジルマは少しばかりの怒りを含め、シャバに顔を向ける。
「おい」
「知らないよ、怒んないでよ」
今聞いているのは彼女が喋る未来の話。本当にそうなるかは分からないのだ。今マージジルマに惚気るなと言われても、シャバは照れながら困る事しか出来ない。
ミューゼは気にせず話を続ける。
「そんなある日、師匠が道端に捨てられた赤子を拾いまして。それがあたしなんですよ。他に育てる人も見つからず、とりあえず親になったのが経緯ですねぇ。本来なら未婚のまま養子をとるなんてこの国でも不可能らしいんですけど、まぁコネと権力と愛の力ですよね」
「あぁ、そういう……」
「そしてママは愛に生きる者なので、子供が捨てられてたっていうのが信じられなかったらしくてですね。ほら、子供って男女の愛で形成されたものじゃないですか」
「分かるけど、言い方」
「とにかくママはあたしに愛を教えるため、あたしの、ミューゼのママになるわって決意してくれました」
一瞬だけ部屋の中が静まり返った。ミューゼの話を理解し困惑した大人三人と、理解出来ずに困惑した子供一人。
真っ先に口を開いたのはピピルピだった。
「ちょっと待って? つまり私シーちゃんと結婚した?」
「してないよ? ママ誰とも結婚しないって言ってるでしょ」
「そうよね。私皆の事大好きだもの。でも……んん? それだとあなた、私とシーちゃんの子供のようなものって事にならない?」
「そうだよ?」
誰か一人を選ぶという考えのないピピルピには、まるで自分がシャバを選んだと聞こえる話にピンときていなかった。
そしてそれはピーリカもである。
「もう少し分かりやすく説明しろです。貴様と黒マスクと痴女は一体何なんですか」
「ほぼ家族って事ですよ。ピーリカ様とマージジルマ様の関係に近いものです」
「わ、わたしと師匠は家族じゃないです。飼い主と犬の関係です。師匠が犬です」
「それはもう家族では? ラミパスちゃんだって家族でしょ?」
「それはそうですけど……犬は犬ですもん!」
ピーリカはそっぽを向いて、彼女の言葉を否定する。だが内心ではドキドキしていた。マージジルマから「誰が犬だ」と怒られてもそれどころではない。
「ここまで聞いておいて何だけど、信じていいもんかなー? 頭混乱してきた」
頭を抱えるシャバに、ピピルピは自身の胸を持ち上げ見せつけた。
「あら大丈夫? おっぱい揉む?」
「……そうしようかな! マージジルマ、悪いけど今日の所は帰ってもらってもいい!?」
考える事を放棄したシャバは、ピピルピを抱き寄せた。
親友の態度にマージジルマは怒りを見せる。
「生き生きしてんじゃねぇ!」
「だって本当だったら嬉しいけど、本当にそうなるか分からない未来より今を生きたい」
つまり性欲に従いたいと申しており。
ピピルピは上目遣いでシャバを見つめる。互いに目を合わせ、もう二人の世界に入り始めた。
「シーちゃん……優しくしてね?」
「優しく出来るかどうかは分からないけど、大事にはするよ。レルルロローラ・レ・ルリーラ」
ピピルピの顔を見ながら赤の呪文を唱えたシャバ。地面の上に小さく広がった魔法陣。そこから子供の形をした炎が二体、ひょっこりとピーリカの前に現れる。
『初めまして、さようなら!』
『今日はお帰り下さい!』
ピーリカとマージジルマ、ミューゼを家の外へ押し出す火の子。体はどう見ても炎であるはずなのに、火の子の手は不思議とそこまで熱く感じなかった。
「このわたしを追い出すとは、無礼にも程があるですよ」
一人引き返し、ぶ厚いのカーテンをめくろうとしたピーリカ。だが手をかけてすぐに、火の子から火の球を投げつけられた。
『勝手に入らないで下さい!』
『人の家に勝手に入るのは泥棒と同じ!』
「ひょわわわわっ!」
火の球はピーリカの足元に落ち、ボッと音を立てて消えた。見た目に反して熱さはない可能性もあったが、視覚的に恐怖を感じ。ピーリカはカーテンから離れ、外へと退く。ただ逃げざるを得ない状況に悔しさを感じたのか、火の子に向かって「バーカバーカ!」と罵る事だけは続けた。すぐさま火の子を攻撃してやろうかと両手を前に構えたものの、彼女より先に動いた者がいた。
マージジルマは右足を前に出し、回転して火の子の頭上を回し蹴り。風圧で火の子を消し、続けてシャバの家の壁を普通に蹴とばす。
「シャバてめぇ! 友情より女を取りやがったな!」
火の子は消えたがシャバが出した魔法陣は消えておらず。再び魔法陣の中から出てきた火の子が『やめてー』『帰ってー』と言いながらマージジルマの足に纏わりつく。だが彼は気にする事なく足に火の子をつけたまま壁を蹴とばし続けた。
ピーリカは両手を降ろし、こっそりと惚けていた。自分には出来ない事を平然とやってのけた師匠、そこに痺れる憧れる。
マージジルマの服の裾を掴んだミューゼは、諦めの表情で彼を宥めた。
「マージジルマ様、仕方ないですよ。あの二人はル○ン三世と不○子ちゃんの関係と似たようなものなんですよ」
「誰だよそれ」
「あぁ失礼、あたしの世界では有名な怪盗の話です。とにかく、二人は未来でもあんな感じです」
「マジかよ、未来の俺苦労してそうだな」
マージジルマは諦めたように見せかけて、壁を蹴るのを止めたものの。心内では、まだミューゼを怪しんでいた。
ミューゼは目線を少し上に向けて、考え込む。
「うーん? それはそうでもないかも?」
「あ? じゃあ俺はどうなってるんだよ」
「え? んー、ピーリカ様に愛されてる……」
「……例えば?」
「そりゃーもう、子供の口からは言えないって言うかぁー」
それを聞いたピーリカは大きな声をあげた。




