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弟子、牛乳を飲む

「何言ってやがるですか。わたしがこんな、師匠なんか、す、す、す、すー、す……とにかく! だから! バーカ! 帰れ!」


照れに照れて、好きの「き」が言えないピーリカ。ミューゼは目を丸くし驚いていた。

  

「ほ、本当に好きって言えなかったんですね。嘘だと思ってました」

「何故わたしが嘘をつかなきゃいけないんですか! 私はお利口さんなんですよ、嘘なんてついた事ないです!」

「それこそ嘘じゃないですか。だってあたしの世界のピーリカ様、マージジルマ様の事好き好きめっちゃ言ってるんですもん」

「ううううううううう嘘つけぇええええええ!」

「嘘じゃないですって。それで、えっと、マージジルマ様? 貴方はピーリカ様の事好きなんですか?」

「何聞いてやがるですが貴様!」


ミューゼからの質問に、マージジルマが照れている様子は一切なく。むしろ呆れた様子だった。


「俺ガキに手ぇ出す趣味ねぇから」

「……おかしいな? ウラナ君情報だともう二人はラブラブって話だったんですけど。ピーリカ様を哀れに思って嘘言ったのかな」

「そうか。そのウラナとかいう奴を連れてこい。デマ流しやがって、ボコボコにしてやる」

「ん? もしかしてマージジルマ様、ウラナ君をご存じない?」

「知らん」

「ピーリカ様も?」


ミューゼに目を向けられたピーリカは、自分と師匠をラブラブと言ってくれるウラナとかいう者を悪い奴ではないと判断していた。どこの誰だかは知らないけど。

だが今はそんな誰だか分からない奴より、やっぱり師匠に子供扱いされている事が悲しい、なんて思っていた。思っていただけ。それを表には出さない。いつも通り、知ったかぶりを通す。


「知ってますよ。モブの内の一人です」

「いや……あんなキャラの濃い面倒な人をモブ扱いするのは流石に無理がありますよ。例えモブだったとしても一気にメインキャラに昇格します」

「貴様もう少し分かりやすい言葉で話しなさい」


普段聞く事のない単語ばかりで、ピーリカは少し混乱していた。

ミューゼは悩みながらも、分かりやすいであろう単語を使い説明する。


「分かりやすく言うと……ウラナ君は……変態ですかね」

「悪者ですか?」

「いえ。ピーリカ様の相方です」

「は?」

「仕事でもプライベートでも、大抵ワンセットです」

「待ちなさい。ウラナ君って事は、男ですか?」

「はい。顔だけ見ればイケメンですよ。ピーリカ嬢と隣を歩く事が多いので、周りの者からは美男美女で付き合ってると勘違いされる事が多いですね」


ピーリカは軽いショックを受けた。このわたしが師匠以外の男と付き合っていると思われているだなんて!

いや待てよ? もしかしたらこのミューゼ、嘘を言って師匠をわたしを困らせるのが目的かもしれない。そう思ったピーリカはミューゼを指さす。


「このわたしが変態を隣に歩かせる訳ないでしょう! 貴様、嘘をついてますね! この悪者!」

「嘘じゃないです。大丈夫、安心して下さい。本当に付き合ってはいませんし、ピーリカ様はマージジルマ様の事が大好きですから!」

「何言ってやがるですか貴様は! そ、そうだ、えーと、他の奴の恋愛話を集めれば良いんですよね、行きますよ!」


これ以上ミューゼを喋らせておけば、師匠の前でもっと恥ずかしい事を言われてしまうかもしれない。彼女を問い質すなんて他の所でだって出来る。そう判断したピーリカはミューゼの腕を掴み、パジャマのまま外へと飛び出した。

畑脇の道を通り、森の中の坂道を下りながら街の方へと向かう。

ピーリカの唐突な行動にも慣れているのか、ミューゼは空笑いをしながらピーリカに声をかける。


「ピーリカ様、あたしピーリカ様からイチャイチャカップルの話を聞ければそれで良かったので外出てくる必要とかないんですよ?」

「何故わたしが言わなきゃいけないですか。そんなもの本人に言わせれば良いのです。誰でも良いでしょう、その辺のモブに吐かせましょう」

「モブの恋愛事情は求めてませんよ。ところでピーリカ様、確認したい事がありまして」

「何です、師匠の事ならちゃんと好きですよ。本人には言いませんけど」

「その本人が後ろからついて来てますが」

「は!?」


ピーリカが振り向くと、本当にマージジルマがいた。頭の後ろに腕を回し、てくてくと彼女達の後ろをついて来ている。いつもなら一緒に来てくれて嬉しいと思うピーリカだが、今は一緒に来られたら困るのだ。


「なっ、なんで居やがるですか!」

「面白そうだから」

「このストーカー! あっ、さっき言ったのは幻聴ですからね、忘れろです!」

「誰がストーカーだ。さっきのって好きだどうだとかいうやつか? ならムカつくから絶対忘れてやらねー」

「い、意地の悪い男ですね! そうだ、ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」


黒の呪文を唱えたピーリカは、どこの誰のものか分からないほうきを召喚する。ミューゼに「乗りなさい!」と命令し、二人してほうきに跨り。どこでも良いから遠くへ行こうと考えて、ピーリカは当てもなく空を彷徨った。



『ここから先、赤の領土。熱気にご注意を』



そして弟子達は、いつの間にか赤の領土の上空へとやって来た。


「ここまで来れば師匠も追いつけないでしょう。そうだ、ついでに黒マスクの話でも聞いてきたらどうですか」

「うちの師匠の恋愛事情とか分かり切ってるんで別にいいですよ」

「分かり切ってる? 貴様の知るアイツは痴女以外とイチャイチャする事あるんですか?」

「いえ、相手はその痴女です」

「でしょうね。あんな痴女と一緒にいて他の女と付き合える訳ないんですよ」


痴女=ピピルピである事が前提で会話が進む。そしてその前提は間違っていない。

ミューゼは首を左右に振った。


「付き合える訳ないって言うか、他の人とは付き合う気もなかったんですよ。うちの師匠は」

「そうなんですか?」

「おや、ご存じない?」

「し、知ってましたよ。それくらい。おっと、もう着きますよ」


ピーリカはまた見栄を張る。

彼女達の足元に広がっていたのは、土壁の四角い建物が並ぶ風景。ピーリカは中でも一番高さのある建物の前に降り立ち、扉代わりにかけられたぶ厚いカーテンをめくった。


「ごきげんよう黒マスク、貴様の弟子を連れてきてやりました。感謝なさい!」


建物の中にいた赤い髪の男は、ピーリカを見るなり軽くあしらう。


「はいはい、いらっしゃい。おぉ、ピーリカが珍しくピンク色の服着てる」


口元を黒い布で覆った彼の名はシャバ・ヒー。赤の民族代表である。

 

「ピンクって……はっ!」


ここでピーリカはようやく、パジャマで外を出歩いてしまった事に気づいた。頭には白いリボンもつけていない。


「しまったです! オシャレ魔女としての威厳が!」

「まぁ子供だし、そんなに出歩かないなら気にしなくて良いんじゃない?」

「愚か者め、どんな所でも見た目に気を使うのが乙女というものなのです。そしてわたしはレディなんです!」


シャバは怒るピーリカを見てもなお、子供だよなぁ、としか思っていなかった。だがそれを口にはしない。ピーリカが騒がしくなるだけだと分かっていたからだ。彼は軽く会釈し、ピーリカの事もレディ扱い。


「それは失礼。レディも飲み物はコーヒーの方がいい? 入れるけど」

「牛乳にしなさい。ん? レディもって何ですか」

「ほら、そこ」


シャバは部屋の奥でカーペットの上に胡坐をかいて座るマージジルマを指さした。

コーヒーカップから口を離したマージジルマは、弟子を見てフッと笑う。


「遅かったな」

「何で居やがるですかーっ!?」


どこに行くとは言っていなかったのに。ピーリカは驚きと動揺を隠せない。

マージジルマはそんな弟子の表情を面白いと感じていた。


「お前が俺に居て欲しくないなって思ってる限り、俺はお前の行く先々に行く事が出来る」

「なるほど、師匠も魔法を使いやがったですね。クソ野郎です」


シャバはピーリカに、牛乳の入った透明なグラスを手渡す。


「はいはい、人んち来てまで喧嘩しないで。それよりピーリカ、マージジルマから聞いたけど、彼女がオレの弟子だって?」

「えぇ。ミューゼというらしいです。いただきますですよ」

 

それだけ言うとピーリカは牛乳の入ったコップに口をつけた。おいしいものはおいしい内に。それがマージジルマからの教えだ。

シャバはミューゼの前にしゃがみ込み、目線を合わせる。


「ハロー、ミューゼ。本当にオレの弟子?」

「うぃ」

「マジのマジなの?」

「マジのマジです」

「じゃあ聞きたいんだけど……継いだ組? それとも志願組? 今のところ指名する目途は立ってないんだけど」


この国の魔法使いで民族代表になる方法はざっくり分けて三つ。代表である親から引き継ぐか、血縁のない者が志願しに行くか。あるいは代表直々に指名するかだ。

マージジルマは親友の言いたい事を理解して口を開いた。


「そうか。継いだ組だったらソイツ、シャバの娘って事になんのか」

「そゆこと」


見るからにワクワクしているシャバの前で、ミューゼは腕を上げ。大きくバツ印を作った。


「血は繋がってませーん!」

「そっかぁ。ま、どっちでもいいわな!」


結果を聞いてもなおニコニコしているシャバ。過程はどうであれ、いずれ弟子が出来る事が嬉しいらしい。

そんな中、また部屋の扉代わりの布が捲れる。


「シーちゃあん、あら、マー君にピーちゃんもいる。それにかわいい女の子も。まぁいいわ、皆の恋人、ピピルピです」


やって来たのは海辺でもないのに紺色ビキニを着ているの桃色髪の女。いかにも魔女がかぶりそうな紺色三角の帽子をかぶっている。

彼女の名はピピルピ・ルピル。桃の民族代表であり、変態である。

ピピルピの顔を見たミューゼは、うっかり彼女の事を呼んだ。


「あ、ママ」

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