弟子、赤の魔法使いの弟子に出会う
赤、青、黄、桃、緑、白、そして黒の、七種の民族が暮らすカタブラ国。
その国の安全と平和を守るのは、それぞれの民族代表である七人の魔法使い。
「ほあーっ! う、う、う、う、う、うあーっ!」
守られて平和な国では、真昼間からベッドの上に寝転び奇声を上げている少女がいた。
彼女の名はピーリカ・リララ。黒の魔法使いの弟子である。
黒髪に薄いピンク色のパジャマを身につけている、身長137センチのピーリカ。彼女は自身の部屋の中で一人、ある事を度々思い返しては頭を悩ませている。
これは普段と性格が反転してしまう恐ろしき病、転魔病によって、普段はひねくれもののピーリカが師匠であるマージジルマ・ジドラに「大好きです」などと想いを伝えてしまってから三日後の出来事である。
「流石に今回は、今回の言い方は、うわぁああああああっ!」
転魔病以前にも師匠が大好きだと言い聞かれてしまった事があったとはいえ、その時は師匠が「父親よりかはだろう」と認識してくれたおかげで誤魔化す事が出来た。だがしかし、今回はどう頑張っても誤魔化せない。誤魔化すには流石に無理がある。そう判断し、ただ悶えていた。今上げている奇声は、悶絶による照れだ。
転魔病から来る熱はとっくに下がったものの、恋の病による熱は一向に下がる気配がない。
一応師匠には「まだお熱あるので!」と言い張り自分の部屋には入れず、顔を合わせても口を聞かないようにしていた。だが流石に三日目ともなれば、その言い訳も厳しくなってきた。それに自分だって、いい加減師匠と普通に接したいのだ。
と、思っても素直に接する事が出来ないのがピーリカ本来の性格だった。
しばらく悶絶を繰り返し、ある事を思いついた。
「もういっそ師匠の記憶を全部消して……いや、それは少し勿体ないような。どうしましょう!」
「どうもしなくて大丈夫ですよ。そのまま突っ走って下さい」
「そんな訳にはいかな……っ!?」
突然聞こえて来た見知らぬ声を聞いたピーリカは、勢いよく起き上がった。見ればベッドの横には、薄紫色の髪を高めの位置で一つに束ねたツリ目の少女が座っていた。
袖の無い白いシャツに黒色のショートパンツを履いた、ピーリカと同じくらいの歳に見える少女。見た目では怪しくないとはいえ、見知らぬ少女である事に変わりはない。それどころか、いつからそこにいたのかも分からない。ピーリカは両手を前に伸ばし、呪文を唱えた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
見知らぬ少女の頭上で光り輝いた魔法陣。その中から彼女を囲うように、小さな槍が降り注いだ。
少女は両手を上に伸ばし、降伏を表す。
「わぁ!? ちょっ、ピーリカ様、いきなり攻撃は止めて下さーい!」
彼女の言葉に、ピーリカはピクリと反応する。それと同時に、少女の頭上にあった魔法陣が消えた。ピーリカは手を前に構えたまま、彼女に問う。
「今なんと?」
「攻撃は止めて下さいと」
「その前です」
「ピーリカ様」
ピーリカは世界で一番自分が偉いと思っている。どこの誰であろうとわたしを様付けで呼ぶ者に悪い者はいない。そう思っていた。両手を降ろし、腰元に当てる。
「ほほう。どこの誰だか知りませんが、わたしを称えるとは良い心がけです。仕方ない、勝手にわたしの部屋に入った事は許してやるです」
「あぁ、流石ピーリカ様。子供の頃から何一つ変わらず成長したんだ」
「どういう意味です?」
「いえいえ、こちらの話。許していただきありがとうございます」
自分に向けて頭を下げた少女を見て、ピーリカは鼻を高くする。やはりわたしは偉い、なんて思っていた。
「おいピーリカ、うるせーぞ」
ノックもせずに部屋の中へと入って来た身長158センチの男。彼こそがピーリカの師匠であり、想い人でもあるマージジルマだ。ピーリカはとっさに、見知らぬ少女の背中に隠れた。告白してしまった事を思い出してしまい、顔を合わせるのが恥ずかしいのだ。
ピーリカに背中を貸す少女はマージジルマの顔を見るなり、ブフッと吹き出した。
「ははははは、すっごい、ウラナ君めちゃくちゃ絵ぇ上手ーっ!」
「何だお前、誰だよ」
「へへへへ、はー、すいません。自己紹介が遅れました。あたし、ミューゼと言います。ここからほんの少し先の未来から来た、赤の魔法使いの弟子です」
彼女の自己紹介を聞いた師弟は、揃って目を丸くした。
だがマージジルマはすぐに眉をひそめ、疑いの目を向ける。
「赤のって、シャバか?」
「勿論。えーと今回ですね、そのシャバ師匠から頼まれまして、ひょいっと未来からやってきました。どうぞよろしく」
「そんないきなりよろしく出来る訳ないだろ。大体、何を頼まれたんだよ」
「ピーリカ様が転魔病になって黄の学び舎がさぁ大変ってな感じになるから、助けてやってくれって」
「それもう終わったんだが」
マージジルマの答えを聞いた少女、ミューゼは首を傾げた。
「……あれー? おかしいなぁ。ちゃんとピーリカ様に過去へ行く魔法かけてもらったはずなんだけどなぁ」
「じゃあ原因それだろ」
「それとは」
「ピーリカだろ」
ミューゼの裏に隠れながらもピーリカは「失礼な!」と怒る。その怒りがマージジルマにいつも通りという安心を与えた事を彼女は知らない。
やれやれ、といった態度をとったミューゼ。
「そっかぁ、失敗かぁ。ま、そんな時もありますよね。じゃあ帰ります。と、言いたい所ですが」
「帰れよ」
マージジルマの言葉にミューゼは首を振った。
「帰りたくないんですよ。あぁ、家出とか帰り方が分からないとかじゃなくてですね。他にやる事があるんです。別にやらなくても良い事なんですけど、メインクエストが失敗した今、サブクエストくらいはクリアしときたいなーって。むしろサブクエの方が報酬おいしいし。そのためにはピーリカ様とマージジルマ様の力が必要なんですけど……お願い出来ませんかね?」
クエスト、その言葉に馴染みのなかったピーリカ。だが普段頼られる事の少ない彼女にとって、内容はどうであれ頼られたという事実はとても嬉しくて。
気分が良くなった。ので、引き受ける事にする。ミューゼの背から顔を出し、偉そうに彼女の前に立つ。
「良いでしょう。わたしに頼むとは賢いですね。その代わり、わたしにも報酬寄越せですよ」
「すごい、未来と言う事がほぼ一緒。あぁいや、報酬ですね。差し上げたいのは山々なんですけど、報酬ってめちゃくちゃ褒められるってだけなんです。いります?」
「じゃあいりません。知らない奴から褒められても嬉しくないです」
「そうですよね。褒めてもらって嬉しいの師匠だけですもんね」
「えぇそうです……いえ嘘です! 違います! 喋るな!」
急いで否定するピーリカだが、ミューゼはそんなピーリカの態度も見慣れているといった様子だった。怒られたというのに、全く気にしていない様子で喋る。
「あとは同人誌が貰えるんですけど、この時代のピーリカ様には刺激が強いかな。個人的にはその報酬が目当てでクエスト受けたんですけどね」
「喋るなと言うのに……どうじんしって何ですか」
「んー、嗜好品の一種です」
「食べ物ですか?」
「食べられませんけど、生モノですね」
食べられないのに生もの? ピーリカの頭にはハテナがたくさん浮かぶ。
だがそこで無知を披露し、下に見られたくなくて。
「知ってますよ、それくらい。まぁ報酬は問わず、わたしは優しいので貴様の依頼は引き受けてやります。で、何をすればいいですか」
偉そうに知ってるふりをし、依頼を引き受けた。
ミューゼは嬉しそうに依頼内容を伝える。
「はい! ピーリカ様とマージジルマ様の事含め、この時代のイチャイチャカップルの話を聴いてこいとの依頼がありまして!」
「ほぁー-----っ!?」
予想外の依頼に、ピーリカは顔を真っ赤にして驚いた。なんせ今の彼女は絶賛自分の恋路をどうするか悩み中。第三者に話している場合ではなかった。仮に話せたとしても今は無理だ。何故なら意中の相手は隣にいる。
マージジルマはミューゼを怪訝そうに見つめた。
「おいお前、嘘ついてんじゃねぇぞ」
「嘘じゃないんです。確かにバカみたいな依頼に聞こえるかもしれませんが、本当にそんな依頼をしてきたバカな人がいるんです。信じて下さい」
信じろと言われた所で、マージジルマには到底信じられなかった。本当は何か別の目的があってピーリカに近づいているのかもしれない。そうも思っていた。
だが現状ではその目的に見当もつかず、これ以上問い質してもミューゼは答えそうにないなと感じた。彼女の意図を知るために、まずは情報収集をする事に決め。
マージジルマは親指でピーリカを指さし。何食わぬ顔でミューゼの求めていそうな答えを述べる。
「とりあえずコイツは俺の事が好きらしい」
「んなんんんあなななんあんな!?」
ピーリカは動揺していた。やはり自分の想いがバレている、と恥ずかしさを隠せずにいた。
しかしミューゼは全く驚いている様子がない。それどころか。
「あ、それは知ってます」
「そうか」
平然と答える二人。ピーリカは耳まで真っ赤になる事しか出来ない。




