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\ 自称 / 世界で一番愛らしい弟子っ!  作者: 二木弓いうる
~兄と野球と転魔病編~
134/251

弟子、回復する

 青い空の中、二人きりで空を飛ぶ師弟。しばらくの間師匠に抱きついていたピーリカだが、黒の領土に入ってすぐの辺りで、ある事を思い出し。顔を少しだけ上に向ける。

 

「そうだ師匠、見ててください。今からリップサービスをしますね」

「お前リップサービスが何だか分かってんのか?」

「口に手を当ててチュって投げるんですよ」

「落ちると困るから止めろ」


二重の意味で落ちると困るなんて言ったマージジルマだが、ピーリカは二重に意味があるなんて気づかなかった。


「じゃあ家着いたらしてもいいですか?」

「大人になったらやれ」

「やっぱり大人にならないと、おっぱい大きくないとダメなんですか」

「……あぁ」

「そうですか。じゃあやっぱり早く大きくならないと」

「そんなに気にしなくてもいいっての。ほら、もうつくぞ」


自分達の家の前まで飛んできた二人。ピーリカの部屋の窓際に絨毯を着けたマージジルマは窓を開け、ピーリカをベッドの上に放り投げる。ベッドの上に寝そべる形になったピーリカは、いつもなら「何するですか!」と怒ったであろう。だが今日はジッとマージジルマを見つめる。


「何だよ」


師匠の言葉にピーリカは返事をする事なく、ニコっと笑った。ただそれだけ。むしろそれが返事。

たかが笑顔、されど笑顔。

見慣れたはずのピーリカに、マージジルマは思わず動揺して。

誤魔化すように窓から部屋の中へ入り、絨毯を丸める。だがピーリカは誤魔化されているとも知らずに、寝ころんだまま右手を師匠へと伸ばした。


「師匠、おてて繋ぎましょう」

「何のためにだ」

「わたしが嬉しくなるためにですよ」

「……じゃあ繋いだら寝ろよ」


マージジルマはベッドに背を持たれかけ床に尻をつける。ピーリカの体の上に布団をかけ直してから、左手を伸ばして彼女の右手を握る。

満面の笑みを見せるピーリカ。にぎにぎギュっギュ。手から伝わる温かさに幸せを感じていた。幸せが永らく続き、あまりにも心地が良すぎたのか。

ピーリカはウトウトし始めた。眠気に誘われつつも、素直な感情を師匠に伝える。


「師匠大好き、結婚しましょ」

「頼むから寝ろ。大体、お前まだ子供だろうが。さっきも言ったろ、デカくなんないと無理」

「じゃあ大人になったらね、結婚してくださいね」


言いたかった事を言うだけ言ったピーリカは、とうとう眠りについた。

幸せそうに眠る弟子を見て、マージジルマはため息を吐いた。


「もう待つ気なんかない……って思ってたんだがなぁ……」


呟いた独り言は誰にも聞かれず、その表情も誰にも見られる事はなかった。


           ***


 少女達が大人しく眠りにつき、丸一日が経った。

目を覚ましたエトワールは上半身を起こし、まず眼鏡を探した。自分で外したのか誰かが外したのか、その辺りは覚えていない。

しばらくして、ベッド脇の小さな棚上に置かれた眼鏡を手探りで見つける。すぐにかけると、見覚えのある光景が広がった。今よりも幼い頃からたまに遊びに来ては眠る、黄の魔法使いの家のベッドの上。自分の膝上にはふんわりとした高級そうな布団がかけられていた。

何故自分がその場にいるのか疑問を抱いたエトワールだが、とりあえず起きようと布団をめくり、驚いた。いつも眠る時に着ているネグリジェではないと気づいたのだ。派手な花柄ブラウスに黄色いハーフパンツ。何だこの変な恰好は。ピーリカやシーララ程ファッションにこだわりがある訳ではないエトワールも、今着ている服装はダサいと感じた。

状況を確認するために、エトワールは周囲を見渡す。窓からは陽ざしが入り、聞こえてきたのは鳥のさえずり。窓とは反対方向に目を向けると、隣のベッドで眠るマハリクを見つけた。師匠の顔を見て少しだけ安心したエトワールは、ゆっくりとベッドから降り。マハリクの体を揺する。


「お師匠様、おはようございます。とりあえず朝です」

「んん……あぁ、おはよう。もう元に戻ったのかい」

「元に?」


体を横にしたまま腕を伸ばしたマハリクは、シワの多い手でエトワールの額に触れる。平熱である事を確認し、すぐさま降ろした。


「転魔病にかかってたんだよ。でも熱も下がったようだし、もう大丈夫だろう。全く、昨日は散々な目にあったよ。今日の修行は午後からにしよう。ワシはまだ寝る」

「昨日って……」

「あのバカ兄弟の所にも行ってやりな。バカだけどちゃんと心配してたみたいだからね」


それだけ言うとエトワールに背を向け、マハリクは再び眠りについた。

エトワールは自分が昨日何をしたのか思い出す。心配されるような事なんて……いっぱいした!

自分の悪事を思い出したエトワールは、すぐさま部屋を飛び出した。


 

「ポップルお兄様、シーララお兄様ごめんなさい! 私とした事が、病気とはいえなんてはしたない事を!」


ソファに座っていた兄弟は一斉に立ち上がり、真顔でエトワールに近づく。エトワールの首から上をぺたぺたと触り、熱がない事を確認。触られまくっているエトワールが「お兄様方、やめ、やめて下さいまし」と困っていても気にしない。


「うん、元通りだね」


そう言ったシーララは、エトワールから手を離す。だが距離感は近いままだ。

エトワールは悲しそうな顔をして頭を下げる。

 

「はい。ですが本当に申し訳ない事を。雷神様にも謝ります」

「それはもう良いから。雷神の事は多分オトンがどうにかしてくれてるでしょ。それより、もう一回僕の事呼んで。九文字で」

「シーララお兄様?」


首をコテンと傾け、エトワールは言われるがまま彼の名を呼んだ。

妹から呼ばれたお兄様という響きに、にんまりと笑ったシーララ。ご満悦を表情で表していた。

そんな弟を見て、ポップルはため息を吐く。


「あーやだやだ。エト、病み上がりさかい、あんな変態放っといてまだ寝とき。何なら一緒に寝よか。元気になったらポップルお兄様とデートしよ。二人でパフェでも半分こしに行こな」


ポップルはエトワールの背中にそっと手を添え、自分の部屋へ連れていこうとする。パフェは食べに行こうではなく半分こしに行こうというのがポイント。

シーララは変態扱いされた上に妹を独り占めしようとする兄に怒る。


「ちょっと、僕変態じゃないし。デートとか絶対させないよ!?」

「スーパーウルトラハイパーミラクルとってもとってもロマンチックパフェにしよか。あれ恋人同士で分け合って食べるのが流行っとるんよ。恋人も兄妹も似たようなもんやろ」

「似てへんわ! っていうか無視すんなや!」


エトワールを挟んで喧嘩を始めた兄弟。その後部屋の中には母、プリコの怒る声が響いたという。



 同時刻、黒の領土。マージジルマはピーリカの部屋で目を覚ました。どうやらいつの間にか自分も眠ってしまっていたらしい。ずっと同じ体制でいたせいか、少し腕が痺れていた。流石にもう良いか、そう判断し寝ている弟子から手を離す。


「……んぅ……ん……?」


離されたと分かったようで、ピーリカは眉間にシワを寄せながら目を覚ました。師匠の顔を見つめ、徐々に徐々に目を見開き、連携するように頬を赤く染めた。

最終的にはバフッ、っと音を立て布団の中に包まる。きっと今頬を赤くさせていたのは、転魔病のせいではないだろう。気まずいのか、マージジルマはそう判断して。


「熱は下がったようだな。まぁ今日は大人しくしてろ」


マージジルマは立ち上がって、部屋を出て行こうとした。しかし、すぐさまその足を止める。彼女からの返事がない事に不安を感じたのだ。

転魔病でなければ「何故師匠のいう事なんて聞かなきゃならねーですか」くらい言うはず。それがないとなると、まだ熱が残っているのかもしれない。なんて。


「ピーリカ? 返事くらいしろっての」


やはりピーリカは返事をしない。どう見ても起きていたのに。

ふと、マージジルマは病気以外で返事をしない可能性を思いついた。まさかな、とは思いつつも確認の言葉を口にする。


「まさか、いっちょ前に照れてんのか」


丸まった布団がビクッと跳ねあがる。どうやら図星らしい。

マージジルマはピーリカの扱いについて、パンプルやピピルピから注意された事は重々理解していた。だが元々彼の性格はあまり宜しくない。彼らの言葉を理解した上で、ある行動に出る。

にぃーっと笑ったマージジルマは、彼女が包まる布団の上に手を乗せた。布一枚越しに撫でていき。ピーリカの頭の形を確認し、そこから耳の位置を探った。

ベッドの上に片膝を乗せ、わざと弟子の耳元に口を近づけ。

布越しに彼女を呼ぶ。


「俺の事が好きなピーリカ・リララー」

「ほぎゃあああああああああっ!」


ガバッと起き上がったピーリカの表情を見て、彼はようやく、彼女の気持ちをちゃんと理解する。

なんだ。嫌がらせじゃなくて、ほんとに好きでいてくれたんじゃん。俺だけじゃなかったんじゃん。

そう心の中で呟いた彼は「ははっ」と笑い声だけを口にしていた。 

そんな彼を見つめるピーリカの顔は、真っ赤に染まっていた。

転魔病。それは、特に副作用はないが病気期間の記憶は全て残ってしまう、人によっては黒歴史となる病である。

転魔病編完結です。ここまでお読みいただきありがとうございました!

少しでも面白いと思っていただけましたら評価等いただけますと嬉しいです。宜しくお願いします!

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