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\ 自称 / 世界で一番愛らしい弟子っ!  作者: 二木弓いうる
~兄と野球と転魔病編~
132/251

弟子、雷神と出会う

 二人の前に現れた大きな魔法陣。モクモクと立ち込めた黒雲は、バチッ、バチィッと危なげな音を響かせて。雲の中から現れた、緑色の皮膚をした巨体の男。波打つような白髪に、大きな口からは鋭い牙が見えている。鋭い目で見つめたのは、目の前で倒れ込んだポップルとシーララの姿だ。

 

『なんだ、パンプルのせがれ達じゃねぇか。どうした』

「ちょい、まっ、ゲッホゲッホ!」

「はー……完全に魔力切れた。体力も全部持ってかれた。これ絶対しばらく動けないやつ。やっぱ一人で雷神呼べるオトンって実はすごいんだなぁ」


喋ってはいるものの起き上がる様子はない二人。 

そんな二人とは違い、ピーリカは雷神と呼ばれた男の前に一人立つ。雷神の顔を指さしながら、自分の知るビジュアルに当てはめる。


「鬼!」

『鬼じゃない、神だ。何だお前は』

「ピーリカ・リララです。よろしくお願いします」


ピーリカはぺこりと頭を下げ、礼儀正しくご挨拶。彼女の名を聞いた雷神は鋭い目を丸くさせた。


『ピーリカって、黒の魔法使いの弟子か?!』

「はい。マージジルマ・ジドラの弟子ですが、将来は弟子ではなくお嫁さんになりたいです。えへへ」


照れた様子で夢を語るピーリカは、見知らぬ者から見ればただの美少女でしかなくて。雷神はピーリカに好印象を抱いた。


『聞いていたより可憐な少女じゃないか。男の趣味はどうかしているようだが』

「そんな事ないです。師匠カッコイイです。それより、誰にわたしの事聞いたですか」

『お前の家、フクロウ居るだろ』

「ラミパスちゃん?」

『あぁ。ソイツの餌を呼び出す場所があるだろ。お前の名はそこの奴らから聞いた事がある』

「あれは、とある世界の生き物の肉です。これ以上言うと怖い目に合うらしいので言いません。わたし、おねしょしたくないです」

『ははは、そうかそうか。まぁ簡単に言えば、我はそこの住人。こことは違う異世界の存在』

「よく分かりません」

『まだ子供には難しかったか』


ガハハ、と笑う雷神。だがピーリカは子供扱いされて少ししょげていた。


『ところで、我は何故呼ばれた?』


ピーリカの心情に気づいていない雷神は、地面に寝転んでいる兄弟に目を向けた。

兄弟は起き上がる事なく雷神に依頼する。


「あの花どうにかして」

「報酬は後でオトンにどうにかしてもらうわ」

「あと校舎もそこまで壊さないで」

「でもエトは、その花の上に乗ってる俺達の世界で一番愛らしい妹は傷つけへんように」


寝転んでいるくせにペラペラ喋る二人に雷神は呆れていた。


『注文が多すぎんか? 我神ぞ?』

「だって魔力回復するまで動けないんだもん。それくらい大目に見て」

「しばらくすれば多分俺も魔法使えるようになるさかい、それまで辛抱したって」


雷神はエトワールを見つめた。当のエトワールは「野球に強そうな奴が現れた」とワクワクしている。だがワクワクしているのはエトワールだけではなかった。

雷神は大きな口を三日月の形にして笑った。


『まぁいいだろう。丁度退屈していたところだ、派手に暴れて良いと言うのなら、思いっきり暴れてくれる!』


フッと笑った雷神の目の前に、二本の大きな棒が現れた。雷神が両手で棒を握ったとほぼ同時に、彼の足元に大きな太鼓が現れる。呪文を唱えた訳でもないのに現れた太鼓を見て、ピーリカは驚いている。

雷神は手に持っていたバチを振り下ろし、太鼓を鳴らす。地響きのような振動が地面を揺らしたと同時に、空は黒い雲で覆われた。


ゴロゴロゴロ……ドーンっ!


大きな音に大きな光。その場に居たものは皆目を瞑った。

次第に光や音に慣れた者達が、一人、また一人と目を開けていく。各瞳に映るのは、エトワールの乗った花の根元が少し焦げていた姿だった。

あと数センチでエトワールが傷つきそうな距離に、一部の外野が騒ぐ。


「ちょっと雷神! あんまりエトの教育に悪い事はしないで!」

「怪我させたらタダじゃすまさへんからな!」

『うるさい!』


エトワールは、どう見ても野球をする気配のない雷神を睨みつける。


「何だ、もしかして私の邪魔をするっていうのか? そんなの許さない! ルルルロレーラ・ラ・リルーラ」


エトワールの呪文により地面から勢いよく生えて来た何か。先端は茶色い三角形、その下には白く太い棒がスッと伸びている。

兄弟はその正体を知っていた。


「きのこだ!」

「そういや雷の影響できのこがよく育つって習った気ぃするわ」

「それにしたって成長し過ぎじゃ……」


今になって気づいてももう遅い。

大きく育ったきのこは雷神を押しつぶそうと体を曲げる。雷神が避け、変わりに攻撃を受ける地面。

その地面の上で操られ素振りをしていた者達の中には、巻き込まれて転がり吹っ飛ぶ者もいた。

被害が拡大しているというのに、エトワールも雷神も楽しそうだ。


『ふはは、やるな小娘』

「そっちこそ。神を自称するだけの事はある。ところで、一つ聞きたい事があるんだが」

『いいだろう、答えてやろう』

「ルルルロレーラ・ラ・リルーラ」

『むっ?』


雷神の顔の前で光輝いた魔法陣。エトワールは、再びあくどく笑った。


「神でも呼吸はするのか?」


次の瞬間、雷神は突如口元を押さえる。その端から零れ落ちた、数枚の木の葉。喉の奥に張り付いて、相手の、呼吸を、止めにかかる。


『う、ぐ、ぁああああああっ!』


叫び声を上げたかと思えば、雷神は一瞬で姿を消した。奴が出した雷雲も消え、空には爽やかな青色が広がっていた。

よろけながらも立ち上がった兄弟。でもそれだけ。目の前で起きた現実を受け止められずに、ただ立つ以外の行動は出来なかった。


「嘘でしょ!? 雷神死んだ!」

「死んではおらへん。元の世界に戻っただけや。負けた事に変わりないけどな!」

「今のエトってそんな強いの?!」

「そういう事になるなぁ」


きのこが生えボコボコになった平地を見ながら悔しそうな顔をする兄弟。だが、兄の心を妹は知らずに。


「そう。今の私はかーなーり強い。そんな私の手で野球をする者を生み出せば、きっと最高傑作となるだろう。打倒、全世界の野球部!」


腰に手を当て偉そうな態度を取るエトワールを見ながら、ピーリカはポップルに問う。


「全世界の野球部を倒すとどうなるんですか?」

「どうもならないよ。ただ勝った嬉しさを得るだけ。普通の野球でならまだしも、エトのやり方じゃ絶対怪我人が出る。一体どうしたものか……」


頭を抱えたポップル。

真似するようにピーリカも頭を抱えた。かわいい自分だけでなく、他の人まで怪我をしたら大変だ。怪我したら痛いです。皆泣いちゃいます。なんて考えて。

ピーリカは素直に足止めを試みる。


「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」


花の下に現れた魔法陣。ボウっと黒炎をあげると、花は足を止めた。というより、炎は花の足を焼き消した。


「はんっ、ルルルロレーラ・ラ・リルーラ」


だがエトワールの唱えた呪文により、すぐに生えて来た花の足。

むぅーっと膨れるピーリカの頬。


「もう一回です。ラリルレリーラ・ラ・ラリーラ!」


ピーリカの間違えた呪文により、きのこが踊った。以上。


「ルルルロレーラ・ラ・リルーラ」


エトワールの正しい呪文により、再び種の銃弾がピーリカ目掛けて降り注ぐ。

シーララはピーリカの体を持ち上げ、ポップルは彼らの前に立ち両手を構えた。


「れっ……レレロルラーラ・レ・レリーラっ」

 

ポップルは自身の顔と同じ位の大きさの光の膜を張った。まだ回復しきっていないせいか、今まで出していた膜に比べかなり面積が小さい。そして、ものすごく薄かった。膜はパリンっと音を立てすぐに割れてしまう。


「ごめんなさいですよ、間違えちゃいました」

「い、いいよ別に」

「間違いとか誰にでもある事やしな。それよりエトや」


兄達は失敗をすぐに認めクスンクスンと泣くピーリカにドギマギしつつも、花の上で両手を構えだした妹に警戒していた。


「くらえ! ルルルロレーラ・ラ・リルーラ!」


勢いを増し数も増えた種の攻撃。もう力の残っていない兄弟はピーリカを連れ走って逃げるしかなかった。逃げられたからという理由でエトワールは花に乗ったままピーリカ達を追いかける。

パリンパリンぱりんこパリィイイイイン!

次々に割れる窓ガラス。地面も壁もボロボロ。そんな中で未だ素振りをさせられている奴らもいる。


「エト落ち着いたってー!」

「こんなの野球じゃなーい!」


兄達が騒いでも気にしない。エトワールはまるで悪役のように高らかに笑う。


「あーっはっはっはっ、走れ下々! 野球は、楽し……い?」


いきなり花が立ち止まったかと思えば、ずるりと床上に落ちた落ちたエトワール。うつ伏せになった彼女も花も、ぴくりとも動かない。


「え……エト?」


思わず足を止めたシーララの呼びかけにも答えない。

ポップルは恐る恐るエトワールに近づき、顔を覗き込む。エトワールは目を回し、気絶していた。


「エトーーっ!?」

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