弟子、バットを振る
しばらくして、シーララはドアの隙間から光が点滅して見える部屋を見つけた。ピーリカをドアから少し離れさせる。部屋の中で起きているかもしれない惨劇を覚悟し、勢いよくドアを開けた。
しかし。
「ポプ兄、無事……何それ超かっこいい!」
部屋の中に居たポップルとエトワールも向き合ってはいるものの、互いに怪我はなさそうで。机椅子は倒れているものの壊れている様子はない。そのため見た目重視のシーララは兄の持つ二丁拳銃に全ての意識を持って行かれた。
ポップルはエトワールから目を離さずに答えた。
「無事無事。これはイザちゃんの魔法の応用……っと、イザちゃん呼んだらアカンな。イザティ様、な」
ポップルが述べた名前に反応したピーリカはドアからひょっこりと頭だけを出し、質問。
「イザティって青の民族代表ですね?」
ポップルはピーリカからの質問にもエトワールから目を離さずに答える。
「そう。イザティ様も親から継いだ組だし、うちの長男とほぼ同い年だから。子供の頃はエト含めて遊んだりしたよ」
「ほうほう。あの人の魔法って、水のバズーカ撃つやつですよね」
「バズーカだけじゃないよ。水を操る魔法だからね。あれでも凄いんだよ、イザティ様。青の領土の学び舎ではめちゃくちゃ優等生だったって話。まぁ今ではマージジルマ様やらピピルピ様のおもちゃにされてるらしいけど、ってそんな話してる場合じゃないんだよ!レレロルラーラ・レ・レリーラ」
銃口の先で小さく光る魔法陣。そこから勢いよく飛び出した光の弾丸は、エトワールの乗る花の足部分に当たり動きを鈍らせる。だが効果としてはどうみても今一つだ。花はピンピンしており、エトワールも兄を見下している。
「ちょっとポプ兄、それカッコイイけどもっと強い魔法使った方が良いんじゃ」
「ド阿呆、万が一エトに当たったら困るやろ」
「それはそうだけど」
自分を恐れず喋り続ける兄弟を前に、エトワールは両手を構える。
「内緒話はそこまでだ。今度はこっちから行くぞ、ルルルロレーラ・ラ・リルーラ!」
バババババババババンっ!
花の口部分から丸い種が勢いよく連続して吐き出される。その姿はまるで、立て続けに打ち込む銃弾のようだった。すぐさま倒れた机を掴み盾にした兄弟。平らだった机の板は、ボコボコに変化させられた。
ドアの後ろに隠れたピーリカだったが、隠れる直前に見た光景を思い出す。花が吐き出していた種は丸い形をしている、つまり球だった。
ピーリカは考えた。あの球を打てばお金をもらえる。お金を稼いて行けばきっと師匠は喜んでわたしを好きになってくれる。それすなわち! 結婚!
ピーリカは両手でバットの端を握りしめ、ドアの後ろから飛び出す。
兄弟が「危ないってピーリカ嬢!」「何しとんねん!」と言っても聞く耳は持たない。種にバットを当てようと、ブンブンと振り舞わしながら花に近づく。すると偶然にもピーリカの持っていたバットに、コツン、と種が当たった。コロコロと床上に転がった一つの種。ピーリカは嬉しそうにバットを持ち上げ、隠れているポップルに見せつける。
「当たったぁ! お金下さい!」
「ま、まぁ当たったらって約束だしね。でも後でいい!?」
「良いですよ」
「ありがと! じゃあ離れて!」
言われた通り離れようとしたピーリカだが、それを引き留めるかのように伸びる影。エトワールを乗せた花は手の部分を上げ、今にもピーリカ目掛けて振り下ろそうとしていた。
ぶたれると思ったピーリカは目を瞑る。
草はピーリカの肩をーーーーポンと叩いた。
「……ん?」
「よくやったピーリカ、野球成功だ!」
「そう、なんですか?」
「だって棒に球が当たった!」
嬉しそうにするエトワールを見て、兄達は思った。もしかして本当に棒で球を打たせれば良かっただけなのかも、なんて。
ピーリカも嬉しそうな顔をして、エトワールに問う。
「じゃあもう帰って良いですか?」
「何言ってんだ。まだまだ全然足りない。さぁ構えろピーリカ、千本ノックだ」
「えーん」
お金は稼ぎたいがそれよりも師匠の元へ早く帰りたいピーリカは泣き声をあげた。兄達もこの後どう妹を止めればいいか考える。
その時だ。部屋の扉がガラリと開いた。
師匠が来てくれたのかも、そう期待したピーリカ。期待を胸に、ドアの方に目を向けた。
だが彼女達の元へやって来たのは、ピーリカにとって見知らぬおっさんだった。後頭部には黄色い髪が生えているものの、脳天には一本も生えていないハゲ頭のおっさん。
がっかりしたピーリカの事は気にせず、おっさんはシーララ達に声をかける。
「ピエロ兄弟、大丈夫なん!?」
顔をあげたシーララは、その男の正体を口にする。
「あっ先生! 全く大丈夫じゃないです。ヤバイですね」
「せやろな、またピーリカ嬢か!?」
「いいえ、今回はうちの妹です! 妹がごめんなさい!」
「お前末っ子やろ!」
「は!? 妹いるから末っ子じゃないですけど!?」
「いい加減現実を見ろ! というか今そないな事で怒っとる場合やないんとちゃあーー--!?」
「先生ーっ!?」
先ほどのピーリカ同様、手足に草の蔓がまとわりついたおっさん。腕を振り足を動かされ、どこかに連れて行かれる。
「こらエト、先生どこ連れてったの!」
「ははははは、知りたければついてこい!」
エトワールを乗せた花は、ものすごいスピードで部屋を飛び出した。
がっかりしていたピーリカだが、すぐに真剣な表情になった。自分は次期代表。国民の事は守らなくちゃいけない。知らないおっさんでも助けなければ。そういった使命感が今日はいつもより強かった。
「大変です。助けないと!」
「あぁ良かった。ピーリカ嬢の事だから知らない人が危険な目に合ってても助けないかと思った」
「そんな事ないですもん。行きましょうっ」
ピーリカはピエロ兄弟と共にエトワール達を追いかけた。
外へと戻って来てしまった三人は、目の前に広がる光景に驚いた。
「な……何これ……」
多くの者が手足を蔓で拘束され素振りさせられていた。とてもカオスな光景の中心では、花の上に乗ったエトワールが高らかに笑っている。
「さぁ野球の時間だ。逆らう奴は全員花の餌となれ! ルルルロレーラ・ラ・リルーラ!」
捕らえられた人々の真下に広がる魔法陣。人と人の間の土が盛り上がり、中から猫の鳴き声を出す花が生える。一本、また一本。いや一体だろうか。とにかく多くの数が増殖する。まるで人間が花に支配されているような地獄絵図。
「いくら転魔病で暴走してるとはいえ、使える魔法は変わらないよね。エトってこんなに強い魔法使えた?!」
「多分やけど、エトは元々記憶力良いんよ。知識として色々な魔法を覚える事は出来とるんや。ただどんなに知識があったとしても、それらを組み合わせて使いこなす想像力があらへんねん。それが今回転魔病になってるせいで……欲望のままとりあえず知っとる知識全部ぶちかましとる」
「厄介!」
「むしろ想像力も増加しとんのかもしれへんなぁ……とはいえ、このままにしとく訳にもいかへん。仕方ない。シーララ、あれやるで!」
「あれって……無理だよ、あれはオトンレベルじゃないと。僕そこまで魔法上手くないし、ポプ兄でさえ無理でしょ!?」
「アホ、確かに俺かて一人では無理や。でも二人なら、どうにか出来るかもしれへん」
「保証ないじゃん」
「マージジルマ様が来るまでエト暴れさせとくままってのもアカンやろ。妹の失態は兄にも責任あると思い」
「……じゃあ、仕方ないね。やるだけやってみるしかないか!」
ポップルは左腕を、シーララは右腕を伸ばし掌を広げる。
全ては愛する妹のため。気持ちと声を揃え、呪文を唱えた。
「「レレロルラーラ・レ・レリーラ! 雷神、召喚っ……!」」




