弟子、素振りをさせられる
エトワールは両手を構え、緑の呪文を唱えた。
「ルルルロレーラ・ラ・リルーラ」
ピーリカの足元で光り輝いた魔法陣。その中からシュルシュルと草の蔓が伸びて来た。伸びた草の蔓はピーリカの手足を縛り上げ、彼女の手足を無理やり動かす。バットを持ったままのピーリカは、ボールが飛んできていないにも関わらずバットを振る行動をさせられた。ピーリカは「自由がない! わたし、可哀そう!」と嘆いているが、エトワールがピピルピのような性格であれば、もっと可哀そうで淫らな行為をさせられていただろう。
「動けピーリカ、素振り千回だ」
「ふえー」
エトワールは冷たい表情でピーリカに命令する。そんな妹の姿に困惑する兄弟。
「ピーリカ嬢よりエトのコントロール力を上げるべきなんじゃ」
「自分が出来ない事も周りがカバーすればどうにかなる思ってんのとちゃう? まぁピーリカ嬢には悪いがエトの好きにさせたろ。気が済めば大人しくなるやろ。俺らが相手するより危なくないわ」
「まぁそうだね。サイズ感的にもね」
兄弟が結論を出した、その時だ。
「うわぁああああああああああっ!」
彼らの頭上から男の叫び声が聞こえて来た。ポップルはその声に聞き覚えがあったようで、すぐさま上を見上げた。
「今のって美術部のっ……」
バリンっ!
彼らの真上に位置する美術室の窓ガラスが割れた。ポップルはすぐさま両手をかざし、黄の呪文を唱えた。
「レレロルラーラ・レ・レリーラ!」
ディフェンスに定評があると言うだけあって、ポップルは短時間に完璧な光の膜を作り上げた。シーララも同じ魔法を使えない訳ではないが、考えるよりも先に体が動き。妹達を覆うように抱きつき、自らの背中で庇おうとした。
降って来たガラスの破片は、光の膜に弾かれて。彼らに当たる事なく地面にパラパラと落ちる。
「にぃやぁあああああああああああおっ!」
窓ガラスが割れた所から飛び出してきた、猫の声を出した生き物。見た目は巨大な花の形をしているが、中央には猫のような口があり。四股に裂けた葉はまるで猫の手足のような役割を果たしていた。
自分よりも大きい生き物を見上げ、シーララはある可能性を口にした。
「この色合いに形……もしかしてエトが出した花じゃ」
ポップルは両手をかざしたまま疑いの声をあげる。
「エトこないバケモン出さへんやろ」
「さっきまではバケモンじゃなかったんだけど……エト、やっぱりさっき呪文間違えてたんじゃ」
エトワールの顔を見ようとしたシーララの目に映ったのは、握りしめた拳を伸ばす妹の姿。
「そいやぁっ!」
「うぐっ!?」
エトワールに腹を殴られ、シーララは自身の腹を抱えしゃがみ込んだ。ピーリカは「可哀そうに」と言いながらバットを持っていない方の手でシーララの頭をなでなで。だがピーリカの手首には未だ草の蔓が絡まっていて、撫でる動きと連動してシーララの顔に蔓が当たる。
その隙に光の膜をすり抜けたエトワールは、花らしきものの上に飛び乗った。
「エト!? 何しとん!」
「擬態というものを知ってるか? 他のものと同化し美しく見せかけ、時には寄って来た愚か者をばくりと食らう事だ。この花は正直偶然の産物だが、私の味方だという事に変わりはない。あぁいや、味方と言うより……下僕と呼んだ方が良いかもな?」
「そない可愛げのない事言うてないで降りてきぃ。危ないやろ!」
「だが断る!」
エトワールを背に乗せた花は、校舎の中へと戻ろうと器用に手足を使い壁を登り始めた。
「あっコラ! 何で逃げんねん!」
「逃げる訳じゃない。野球をするためだ。足腰を鍛えるために、私とコイツは逃げる事にした。だからお前ら、捕まえてみろ!」
エトワールはそれだけ言い残すと、窓から校内へと侵入した。ポップルが両手を降ろすと同時に消えた光の膜。今は守備を固めている場合ではない、そうポップルは判断して。
「あないバケモン野放しにしておける訳ないやろ。今のエトじゃ攻撃する可能性だってあるしな。とりあえずシーララ、ピーリカ嬢連れてこのピンチを皆に知らせたって。俺は先にエトを追いかけるさかい、後から合流したって」
他の者の力を借りようとする。
腹への痛みを堪え、シーララは顔面に当たる蔓を指さした。
「分かった……って言いたいけど、まずはピーリカ嬢のコレどうにかしないと」
「助けて下さーい」
ピーリカの手足に絡まったままの草の蔓。まだエトワールの魔法が解けていないようだ。そうこうしている間にピーリカは素振りを再開し始めた。
仕方ないと言わんばかりに、ポップルはピーリカの前に立ち両手を構えた。
「ルルルロレーラ・ラ・リルーラ」
エトワールの出した魔法陣の上に、別の魔法陣が重なる。足元で光る魔法陣により、ピーリカは熱を感じた。じんわりと熱さを増す光は、魔法陣から伸びる蔓の根元をゆっくりと焼いていき。ブツっ、と切り離した。
二つの魔法陣は、そのままスッと消え。ピーリカも解放された。素直で良い子のピーリカはバットを地面に降ろし。深々と頭を下げ「ありがとうですよ」とお礼を言った。いつものピーリカなら「よくやったです。褒めてやりましょう」と言う。
ポップルは大きく頷いてピーリカの礼を受け取ると、シーララに指示を出す。
「エトの乗ってる花も攻撃して消すしかなさそうやな。シーララ、今度こそ行くで」
「分かった。ピーリカ嬢行くよっ」
三人は一斉に校内へと入り、ポップルはエトワールが侵入した窓の方へ、シーララはピーリカを連れて皆に連絡を取れる場所へと向かった。
一階の中央に位置する部屋の扉を勢いよく開けたシーララは、その中を見て軽く下唇を噛んだ。
「しまった! 先手を打たれた!」
「床が土です。でも、それ以外は何もない部屋ですね」
「違うんだよ。いつもなら花が植えられてるんだよ。ほら、うちの国って花で遠くの人と会話するでしょ。それ用の花がね。多分エトが枯らした」
「じゃあお手紙書くです」
「そんな暇はないよ。校内にだけは連絡出来る手段があるから……一か八か、やってみよっか。ピーリカ嬢、そこの部屋に灯りをつけるボタン壊せる!?」
シーララは壁に設置された正方形の形をしたボタンを指さす。ピーリカは悲しそうな顔をして、握りしめた両手を顎の前に添える。
「壊したら師匠に怒られるです。修理代がかかっちゃうから……」
「そこは僕がオトンに頼んであげるから。マージジルマ様にお金は一切使わせない。やってくれたら、むしろマージジルマ様褒めてくれるかも」
「じゃあやります」
マージジルマは金に汚いと思われている。
ピーリカはボタンの前に立ち、両手を構えた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
ボンっ!!
ピーリカが風圧でよろめく程度の、小さな爆発。
壁の一部が剥がれ、何やら白くて堅そうな紐状のものがむき出しになった。シーララは狙い通りと言わんばかりに口角を上げた。
「あった!」
「それなんですか? 機械?」
「金属だけど機械じゃないよ。黄の魔法を伝えるためのコード」
「あぁ、地面に刺して電球に灯りをつけるやつですね」
「うん。それの大きいのが建物内に内臓されてるって感じ。元は一本だけど枝分かれして各部屋に灯りがつくようになってるんだ。つまり全部の部屋と繋がってる」
今度はシーララがコードの前で両手を構え、黄の呪文を唱えた。
「レレロルラーラ・レ・レリーラ!」
コードの前に現れた魔法陣。シーララは目の前の魔法陣に向けて、大きな声を出す。
『校内で魔法のバケモンが暴れてるから皆逃げてー-っ! っていうか助けて、誰かマージジルマ様かマハリクばあちゃっ、マハリク様呼んでーーっ!』
シーララの声は魔法陣を通し甲高い電子音へと変化し――校内の壁に内臓されたコード伝いに校内に居る者へと届く。
ピーリカは驚きの表情を見せた。だがそれは彼の魔法に驚いたのではなく、彼の言葉に驚いた顔であった。
「師匠来るんですか!?」
魔法陣が消えた事を確認したシーララは手を降ろし、ピーリカに顔を向けた。
「だってマージジルマ様の仕事、悪い奴をボコボコにして抑えつける事でしょ。流石にエトをボコボコにはしないだろうけど、エトの乗ってるあの花の事はボコボコにしてくれると思うから。本来エトの場合は師匠であるマハリクばあちゃんが止めるのが筋ってもんだろうけど、ばあちゃんも歳だしね、マージジルマ様も居た方が多分安心」
「ボコボコにするのはいつもの事だから良いんです。そんな事より、わたしこんな変な格好してるです。師匠には常にかわいいわたしを見せたいので、着替えるために帰ります」
悲しそうな顔をするピーリカの気持ちが、服装にこだわりのあるシーララにはよく分かった。自分だって憧れの人にはカッコイイ姿を見て欲しいと思っている。だがそれ以上に、妹の方が大事で。
「そんな事言ってる場合じゃないんだって。そうだ! ピーリカ嬢、マージジルマ様が来るまでエトの事足止めしてよ。そうすればきっとマージジルマ様喜ぶよ。どんなにダサい恰好してても、きっと好きになってくれるよ」
「それは……やらないとダメですね。分かりました、足止めします」
悲しい顔はもう終わり。ピーリカは笑みを取り戻した。それらは全て、目の前にいないマージジルマに向けられたものだ。
シーララは行先の方へ顔を向けた。
「ありがと。じゃあとりあえずポプ兄と合流しなきゃ。方角的に美術部の方に行ったと思うんだけど……」
バァンッ!
大きな音に驚いた二人は顔を見合わせる。今の音を出したのはピーリカでもシーララでもなく。明らかに上の階から聞こえた音だった。
「今のって銃声ですか!? まさかエトワールが!?」
「そんな。いくらエトでも銃なんて……とにかく急ごう」
走ってポップルを探すシーララとピーリカ。その間にも、何発もの銃声がどこかで響き渡った。




