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\ 自称 / 世界で一番愛らしい弟子っ!  作者: 二木弓いうる
~兄と野球と転魔病編~
128/251

弟子、溺愛されたい

「じゃあポプ兄も」


周囲を見渡したシーララだが、そこに兄の姿はない。モブは首を横に振った。

 

「ポップルならスケッチブック持って外行ったからいないよ。流石に校内のどこかにはいるはずだけど」

「どこら辺で描いてるって?」

「そこまでは聞いてないな」


ピーリカはエトワールが出した花を見ている。水色の花瓶に生けられていた花。細長い形をした濃い紫色の花びらに、黄緑色の萼。クールな印象のある見た目に反し、甘い良い香りを漂わせている。

エトワールは美術部員達に花を出した礼を要求し始めた。


「お礼を寄越せ。野球しようぜ」

「それはちょっと。見ての通り文化部なので」

「クソが、頼み聞いてやるんじゃなかった」


申し訳なさそうにする美術部員に対し、エトワールは相変わらず偉そうな態度を取った。シーララはまた怒られない内にと妹達を連れて部室を出て行った。



 三階建ての学び舎。二階から一階に繋がる階段を降りながら、シーララは首を傾けた。

 

「ポプ兄どこにいるんだろ。魔法部の方にでも行ってるのか、全く別の所で描いてるのか」


彼の後ろを歩いていたエトワールだが、しびれを切らしたのか彼の前へと飛び出して。階段を降り切ったと同時に両腕を空へ上げて怒った。


「もういい、三人で野球するぞ!」

「うーん。それじゃ野球とは言い難いけど、これ以上ポプ兄や野球やりたい人探す時間も勿体ないしね。棒で球打って帰ろうか。やってれば混ざりたい人も出てくるかもしれないし」

「良いだろう。そうと決まれば行くぞ!」


さっさと校舎の外へと向かう兄妹。ピーリカは静かについて行くだけだった。



 広い砂地の前に戻って来た三人。端にひっそりと建てられた小屋の中へ入り、野球に必要な道具を探す。エトワールは白く硬いボールを片手に持ち上げた。


「ボール見つけた! あとは木の棒!」

「バットね。あったあった。あとはグローブ、と」


シーララが持っていた革製のミットに木製の棒。

ピーリカは片方の道具に見覚えがあった。笑顔で指をさし、どこで見たのかを口にする。


「師匠がよく人を殴ってる棒だぁ」

「あの人子供に何見せてんの?」


こうして国民にはマージジルマの悪名が広がってゆく。

走ってる者達の邪魔にならないよう、三人は小屋の前に立った。エトワールはバットを構え、その後ろにグローブを手にはめたピーリカがしゃがみ込む。ちなみにピーリカは野球のルールを一切知らない。ただエトワールに「ここに立て」と言われたから素直に立っているだけである。

シーララは少し離れた所からボールを投げようとしたが、彼女達の背の小ささに戸惑った。


「うわ、陸上部が言ってた事が分かった。小さく見えるけど絶対遠近法じゃない。想像以上、めちゃくちゃ怖い」

「いいから早く投げろ。絶対打ち返してみせる」


エトワールは強気な言葉を言いながらブンブンとバットを振り回す。怖さを感じたものの、これもまた妹のため。

シーララは勢いよくボールを投げつけた。力強く投げ過ぎたとすぐ気づいたのか、小さく「あっ」と声を漏らす。バットを振ったものの空振りで終わった妹の顔目掛けてボールが飛んで行く。


バチッーー。


大きな音と共に現れた光の壁が、ボールを跳ね飛ばした。無事、エトワールには傷一つ付くことはなかった。

光の壁を出したと思われる、右手を前に伸ばした若い男。彼と壁の間には、大きめの魔法陣がゆっくりと回転している。シーララとは髪型以外ほとんど同じ顔立ちをしている男は、ボソリと呟いた。


「うーん。オトン達の言う通り、手ぇ伸ばす方が魔法安定するわぁ。伸ばさへん方がカッコええんやけど」


彼が右手を降ろしたと同時に、光の壁と魔法陣はスッと消えた。だが彼の魔法が大きな音を出したという事実は変わらない。

学び舎の中から大人の男が慌てた様子で駆け寄って来た。

 

「何だ今の音は!?」


魔法を出した張本人は、気の抜けた顔で手を左右に振る。


「魔法部の練習っす。問題ないっす」

「そ、そうか。怪我のないように、あと他の部の邪魔はするんじゃないぞ」

「はーい」


大人は安心した様子で学び舎の中へと戻って行く。

シーララは今目の前で魔法を出した兄、ポップルの顔に目を向けた。そして兄もまた、弟に目を向ける。


「ポプ兄……」

「良かったなぁシーララ。ディフェンスに定評のあるポップルお兄様が通りがかったおかげでエト傷つけずに済んだわ。感謝は言葉だけでえぇで」

「う、ぐ……ありがとーございましたぁ」


出来る事なら自分がエトワールを守りたかった。悔しそうな顔をするシーララの事は気にせず、ポップルはエトワールの前にしゃがみ込む。もう彼の目には妹の事しか見えておらず、弟の事など気にも留めていない。


「エト無事か? 怪我しとらんよな? エトが怪我でもしたら俺ショックで死んでまう」

「よぉポップル、怪我はしてない。そんな事より、野球しようぜ」

「……エトどないしたん」

「どうもしない、そんな事より野球するぞ。野球」

「あかん、どうかしとるわ」

 

ピーリカは手にはめていたグローブを外し、ポップルの横に立つ。


「こないだ会った人だー」

「ピーリカ嬢もどうした? 可愛らしい感じになっちゃって」

「わたしはいつでも可愛いんですが……?」

「あーはいはい。そうだね。それよりエトちょっとおかしいんだけど、ピーリカ嬢呪った?」


自分の愛らしさを流された事は悲しいが、ピーリカにはそれよりも気になった事があった。


「呪ってないですもん。今日のエトワールはそういう気分なだけだって。ところで、何でわたしには普通に話しかけてくるですか?」

「普通に話しかけちゃダメなの?」

「黄の民族の言葉遣いじゃないでしょう」

「あぁ、だって黄の民族の言葉たまに通じない事あるから。言い直すの面倒くさい。それに友達とかお店の人とか、周りに標準語で喋る人が多いから浮くの嫌なんだよね。だから普段は標準語と敬語で喋るよ。けど、身内にまでそうするのは疲れるから」

「エトワールは身内じゃないでしょう?」

「俺にとってエトは身内みたいなものだから。ピーリカ嬢にとってのマージジルマ様ってとこだよ」


大好きって事か。ピーリカはそう判断した。

エトワールはポップルにバットを手渡そうとする。


「おいポップル、一緒に野球しろ。さもなくばお前がボールだ」

「俺のエトはそないな事言わへん。ほんま呪われてるんとちゃうやろな」

「呪われてないから、やるぞ!」


エトワールに手首を掴まれたポップルは、その熱に驚いた。彼女の両肩を掴み、動きを無理やり封じさせる。


「ちょい待ち。エト絶対熱あるやんけ。めっちゃ熱い」


シーララは納得したといった様子でエトワールを見つめた。

 

「暴れてたから熱かった訳じゃなかったんだ。でもそうだよね。熱でもなければエトがこんなピーリカ嬢みたいになってる訳ないもんね」

「あぁ、ほんまや。ピーリカ嬢みたいやわ。いつもと違うて……もしかしてエト、転魔病なんとちゃう?」

「転魔病……あぁ、あったねそんなの。確かに、それなら全部説明つくや」

「エトまだかかってへんからな、その可能性のが高いやろ」

「うん。でもそれって寝ないと治らないんだっけ?」

「せやけど……ちょいまち。試させたって」

「試すって何を」


シーララの質問に答える事はなく、ポップルはエトワールの眼鏡のテンプル部に両手を当てた。指の先に彼女の髪を絡ませて、その瞳に彼女の顔を映す。


「リリルレローラ・リ・ルルーラ」


シーララが「は!?」と驚きの声を上げた。それもそのはず。ポップルが唱えたのは、使う奴は皆ドスケベで有名な桃の呪文だった。

一瞬だけエトワールの瞳に浮き出た魔法陣。だが、すぐに消えてしまった。魔法にかかっていないエトワールは「早く野球させろ」と怒っている。ポップルは残念そうな顔をしてエトワールから手を離した。


「あぁ、やっぱまだアカンか。桃の魔法、習得出来たら色々便利そうなんやけどなぁ……」

「ちょっとポプ兄! 何エトに桃の魔法かけようとしてんの!?」

「何って、桃の操り魔法に決まっとるやん。転魔病でも桃の魔法かけたらいつも通りの性格なるかなぁ思て。まぁ俺まだ桃の魔法習得出来てないんやけどな?」

「そんな事言って。エトにやらしい事させたら僕許さないからね」

「大事な妹にそないな事させるかっちゅうねん。あぁ、でも……リリカル兄さんよりシーララより、ポップルお兄様がいっちゃん好きくらいは言わせたろかな」


黄の民族代表の息子、ピエロ三兄弟。彼らは決して仲が悪い訳ではないが、互いが互いに「兄弟より妹の方が欲しかった」と言い、全員がエトワールを溺愛していた。今では自立して家を出ている長男も、帰って来た時には実弟よりエトワールに一番多くお土産を買ってくる。

シーララは少し強気な態度で兄を睨みつけた。


「魔法使わないと言わせられないんだ、可哀そ。でも仕方ないよね、エトの一番はきっと僕だから」

「お前が決める事とちゃうやろ。もしかしたら本当に俺がいっちゃん好きかもしれへんやん?」

「そんな訳ないじゃん。兄弟的には末っ子かもしれないけどエトの兄になったのは僕が最初なんだから。絶対僕の方が好かれてるね」

「兄の順番なんて生まれた順に決まっとるやん。お前がエトの兄なら俺かてエトの兄やろ。それと好かれとる事の何が関係あんねん」

「大ありだよ、僕のエトなんだけど!」

「お前のやないやろ」


兄弟の間でバチバチと飛ぶ火花。

ピーリカはこんなにも愛されているエトワールを羨ましく思った。最も兄弟に愛されても嬉しくはない。自分が愛されるのなら、やっぱり師匠からでないと意味はないのだ。

兄弟は一斉にエトワールへ顔を向けた。


「「エト! どっちが好きなん!?」」

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