弟子、父親に別れを告げる
黒の魔法使いという言葉を聞き、父親は納得したような、悔しそうな顔になった。
「アイツめ、ピーリカに毒を盛りやがったな!?」
「そんな事ないですもん。師匠からもらったのは愛とアイスだけですもん」
ピーリカはいつものような怒鳴り散らす形ではなく、ぷりぷり怒る。
やはり毒を与えられたようだ。そう判断した父親。このまま娘を連れて帰っても良いのだが、まずは娘を酷い目に合わせた短足クソ野郎を一発でも殴らないと気が済まない。だがピーリカを連れて殴りに行ったら、無理やりにでも奪われてしまう可能性がある。そのためにはピーリカをアイツに会わせない方が良い。そう思って。
パメルクはシーララに人差し指を向け、偉そうに話しかける。
「そこのお前、ちょっとだけ頼みを聞けし。まぁこのおれの頼みを断るとかないだろうけど」
「僕に叶えられる範囲であれば……学び舎でマージジルマ様の悪口を広めろとかなら無駄ですよ。マージジルマ様が何を壊しただとか、誰を殴っただとかは授業で習うので。広めた所で相変わらず酷いなぁで終わります」
「学び舎って大した事教えてないのな。そんな事じゃないし。嫌かもしれないが、少しの間だけピーリカ預かっといてくれし。ただし、おれと入れ違いであの変態クソ野郎が迎えに来ても渡すなし」
シーララに命令したパメルクは、そのままピエロ家を出て行こうとした。シーララは急いで彼の足を止める。
「待って下さいパメルクさん、ピーリカ嬢の事を見る代わりにお願いがあります。僕の制服褒めて下さい!」
ただ私欲で足を止めさせただけである。
子供達には不評な制服姿だったが、きっとデザイナーである彼相手なら理解してくれるとシーララは期待していた。
ピーリカの父親は、それくらいの頼みなら、と頭から足のつま先までしっかりと観察した。だがその表情が笑みに変わる事はなかった。
「どっからどう見ても普通だし」
「そんな!」
「間にピンクか黄色のパーカー挟めば? おれ今度の新作パーカー出すし」
「……絶対買います!」
否定からのアドバイス。
想像しただけでも、目立ってカッコイイかもしれない。なんて。パッと表情を変えたシーララは、パメルクに尊敬のまなざしを向けた。
だがパメルクは娘の事しか見ていない。
「じゃあなピーリカ、いったんお別れだ。お前とお別れとかせいせいするし。でもおれ優しいから、気が向いたら迎えに来てやってもいいし」
パメルクはクソ野郎ことマージジルマを殴ったら絶対に迎えに来よう、と思っている。
「パパばいばーい!」
心の底から帰って欲しかったピーリカは満面の笑みで父親に手を振った。だがいつものピーリカが満面の笑みを父親に向ける事など滅多になく。別れの挨拶をされているというのに、父親の胸には嬉しさが込み上げた。
「ば……バーカバーカ!」
喜びと照れを隠した父親は走ってピエロ家を後にした。
パパが帰って嬉しいと喜んでいるピーリカと違って、シーララは残念そうな顔をする。
「あぁ行っちゃった! まぁピーリカ嬢がうちにいる限りはまた来てくれるだろうから。ピーリカ嬢、ゆっくりしていってね!!!」
シーララは完全に私欲でしか喋っていない。ピーリカは早く師匠の元へ帰りたいという気持ちしかなくて、黙ったまま首を左右に振った。
ピーリカの父親の事しか考えていない兄の態度を見て、エトワールはぐずりだす。
「ゆっくりなんてしてないで! 行くぞ!」
「そうだった、うーん。流石のパメルクさんもそんなすぐは戻ってこないだろうし、行けばエトも大人しくなるよね。サクッと行って早く帰ろう」
「よし、その前にっ」
エトワールは床に散らばった洋服の中から、同じデザインの黄色いハーフパンツを二枚手に取り。片方をピーリカに手渡した。
「ほらピーリカ、これでいいから履け」
「なら上の服も着替えましょう」
「上の服はプリコのブラウスのままでいいから」
「でもそれだとコーディネートが……」
「早くしないとマージジルマに会う時間が減るぞ!」
それは一大事だ。ピーリカは急いでハーフパンツを履いた。
エトワールも同じようハーフパンツを履く。下着に履いているドロワーズを入れ込んだせいか、ピーリカと比べ太もも部分がモコモコして見える。だが当の本人は気にしていなかった。
シーララも気にはなったが妹の、しかも女児相手にでも異性の下着について指摘する事は流石に抵抗があった。そもそもピーリカの言う通り、コーディネート的にも彼は納得がいってない。だがこれ以上妹にとやかく言って、嫌われたくもなかった。
「仕方ない、今日は言う事聞いてあげる。その代わり、終わったらちゃんとその変な遊びやめなよね!」
「変な遊びなんかしてないってのに。そんな事より早く行くぞ。雲出せ!」
「分かったよ、もう」
床に広げた服をある程度かき集め、袋の中に戻し。シーララは妹達を連れ玄関の外へと出た。
「レレロルラーラ・レ・レリーラ」
呪文を唱えたシーララの足元で光り輝いた魔法陣。その上には灰色の雲が、モクモクと浮き出た。雲の中でバチバチっと電気の弾ける音が轟く。エトワールは躊躇う事なく雲の上に飛び乗った。逆にピーリカは心配そうな顔をして雲を見つめている。
「怖い音がするです。痛いの嫌です。わたしが痛い想いをしたらきっと師匠が泣いちゃう。わたし師匠が悲しむような事はしたくないです」
大人しい性格になったピーリカだが、やはり自分と師匠の事が大好きであるという点は一切変わっていなかった。
「大丈夫だよ、光のエフェクトだもん。音もその一部。痛くもないし、怖くもないから。さ、乗った乗った」
ピーリカは恐る恐る雲の上に乗る。泡のようにフワフワしていて、とても居心地が良かった。
雲の上乗り妹達の後ろに腰を掛けたシーララは空を指さす。
「よし、行こうっ」
雲は三人を乗せて、ふよふよと飛んで行った。
まるで絵本に出てくる城のような見た目の建物の前に連れてこられたピーリカは、もっとドレスのような恰好で来れば良かったと後悔していた。
建物の前に広がる平たい砂地の上では、走っている若者が数人。砂地の周りは木々で囲まれ、木陰でお喋りをしている者もいれば寝ている者もいた。
砂地の端に降りたピーリカ達は雲の上からも降りる。
建物の外観を見慣れているシーララは、何てことないように説明した。
「着いたよ。ここが黄の領土の学び舎『ビビディ・バビデイ』」
聞いた事はあったが詳しくは知らない単語に、ピーリカは首を傾げた。
「学び舎……お勉強する所ですよね。わたし初めて来たです」
「あぁ、そもそも黒の領土に学び舎ないもんね。馴染みないか」
「何でないんですか?」
「昔全部の領土に作ったらしいんだけど、黒の民族は開校初日に生徒全員がサボって。その後も気まぐれに来る人はいたけど、連日来る事はなくてすぐ廃校になったんだってさ」
「納得したです」
「ちなみに体力なさすぎて全員学校に通う事が無理だったって理由で白の領土にもないし、逆に体力ありすぎて勉強にならなかったって理由で桃の領土にもないよ」
「勉強にならないってどういう意味です?」
「乱交パー……ピピルピ様みたいな人ばかりって意味だよ」
少々誤魔化しながらも説明したシーララ。
だがピーリカにはピピルピという単語だけで大体が伝わった。
「あぁ、痴女はいやらしい事ばかりで勉強しないという意味ですね」
「そ。まぁ希望して受講料さえ払えば民族関係無しに入れるらしいから。ピーリカ嬢も学び舎に通いたいならマージジルマ様に言えばいいよ。通うにはちょっと遠いかもしれないけど」
普通に勉強は好きではないが、師匠の事は大好きなピーリカはシーララに質問。
「通ったら師匠喜ぶですか?」
「お金かかるから別に喜ばないと思う。ピーリカ嬢にとっては、マージジルマ様が勉強教えてあげてれば必要のない事だしね」
「じゃあ通いません。その分、師匠と一緒にいるです」
「今日本当に素直だね。ピーリカ嬢はそうしてた方が可愛いから、ずっとそうしてたら? エトはすぐいつも通りに戻って」
シーララの願いを聞き入れないと言わんばかりに、エトワールは口の端に人差し指を入れ、イーッと歯を見せている。
ピーリカはそんなエトワールに問う。
「エトワールは学び舎行かないですか? 緑の領土は学び舎あるでしょう?」
口から指を離したエトワールは、いつものピーリカのような態度で答えた。




