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\ 自称 / 世界で一番愛らしい弟子っ!  作者: 二木弓いうる
~兄と野球と転魔病編~
125/251

弟子、父親を褒める

 エトワールはシーララを鼻で笑って、当然だと言わんばかりに。

 

「棒で玉を打ちゃあ良いんだろ?」

「言い方。よく分かってないのにやりたがってんの?」

「お前が楽しいって教えたんじゃないか!」

「うん? 僕?」

「前に学び舎で友達とやった、楽しかったって言ってただろうが」

「……僕が楽しかったって言ったからやりたかったの?」

「ふんっ」


言わせるなと言わんばかりに、エトワールはふくれっ面になる。顔を背けてはいるが、否定の言葉は出さない。

普段は口にしない妹のワガママに、シーララは上機嫌になり。

 

「なんだ、エトってば。そういう事なら早く良いなよ。そっかそっか。僕が楽しいと思った遊びをやりたかったのか。兄と同じが良い妹。可愛いもんじゃん。仕方ないな。それなら付き合ってあげないとね」


態度をコロリと変えたシーララに、それはそれで苛立ちを感じたエトワール。


「最初からそうしろ!」

「だったら学び舎行こう。そっちの方が広いし、道具もあるし。他に遊んでくれる人もいるだろうからね。でも学び舎に入るには制服着て行かないとなんだよね。エト達はまぁ普段着でも許されるだろうけど、僕は着替えて行かないと。ちょっと待ってて、着替えてくるから」

「はっ、どうせ大して変わらないだろうけど。仕方ない、待っててやる」

「そんな事ないよ。制服着れば大人っぽく見えるんだから。期待してろよ?」


そう言ってシーララは自分の部屋へと向かう。

半泣きで下がり眉になっているピーリカは、エトワールのブラウスの裾をクイっと引っ張った。


「エトワール、このままここでファッションショーごっこしましょう?」

「何言ってるんだ、せっかくシーララが行く気になったんだから。アイツが来たらすぐ行くぞ」

「だってせっかくヒラヒラしたお洋服着たですのに、汚れちゃうです」

「汚れたら新しい服を着ればいいだけだ」

「そんなのお洗濯いっぱいになって怒られるですもん。お洗濯だってタダじゃないですよ」

「少なくともマージジルマの金じゃない」


その言葉を聞いたピーリカは目を見開いた。

いつものピーリカなら自分が第一、自分を中心に世界が回っていると思う。だが転魔病である彼女は現在、全ての標準が自分からマージジルマになっている。

ピーリカは下げていた眉を上げ、スンと泣きやんだ。

 

「じゃあ……いっか」

「そうだよ。金なら多分シーララとパンプルが出してくれる」

「ならお外遊び行くです。そして早く師匠の所帰る」

「なら許す」


本当にお金を出してもらえるとは限らないのにも関わらず、ピーリカもエトワールも奢られる気でいる。

そこへ戻って来たシーララ。両手を下向きに広げ、制服を見せびらかす。

 

「どうよ!? 僕の華麗なる成長!」


第一ボタンをあけた白いシャツに灰色チェック柄のズボン。深紅色のネクタイも少し緩めて、藍色のブレザーを羽織っている。ドヤ顔のシーララだが、エトワールもピーリカも微妙な表情をしていた。

 

「期待して損した」

「似合うとは思うんですけど、師匠の方がカッコイイですよ」

「どっちかは褒めてよ!」


悲しむ兄を宥める事などなく、「そんな事より早く外に行こう」と催促する妹達。

その時、家の呼び鈴が鳴った。


「あ、もしかしたらさっき注文した服かも。ブティックマジカルシェーナ、早く届く事で有名だから」

「じゃあわたし出てくるです」


ピーリカは「お洋服っ、新しいお洋服っ」とスキップしながら玄関へと向かった。

ゆっくりと扉を開けた先に見えた、キューティクルが輝く美しい黒髪とは対象に汚れたツナギを着た男。腰元にはウエストポーチを斜めに着けている。

両手にはパンパンな紙袋を持っていて、その全てが子供用のお洋服。


「ブティックマジカルシェーナ。注文された品を持って来てやったし。感謝しろし……って、ピーリカ!?」

「パ……パパ!?」


ピーリカの後ろからやってきたシーララは目を輝かせて喜んだ。


「やったーパメルクさんだ! 今日大当たり!」


ピーリカは首を左右に振る。転魔病にかかっていても好き嫌いは変化しない。つまりパパは嫌いなまんま。嫌な予感なら大当たり、そう思っている。


「大当たりじゃないです、大外れです」

「誰が大外れだし!」


父親に対してはいつも通りなので、ピーリカが転魔病である事には気づかれなかった。

シーララはピーリカを諭すように宥めた。


「そうだよピーリカ嬢。普段はパメルクさんのお店で働いてるお兄さんお姉さんたちが運んで来る事がほとんどだからね。パメルクさんが直接持って来てくれる事なんてそうそうないんだよ」

「そんなにパパの服買ってるって事ですね?」

「だってこの国にいるデザイナーの中でパメルクさんの作る服が一番カッコいい」


シーララの言葉にパメルクはピクリと反応した。ピーリカの父親というだけあって、彼は褒められるのが大好きだった。右手に持っていた紙袋をシーララに押し付け、ウエストポーチの中から丸まったベルトを取り出した。

 

「なかなか見どころのある奴だし。おまけとして試作品のベルトやる」

「ほんまでっ……ありがとうございます!」


素で喜びそうになったシーララだが、何とか堪え敬語で喜びを伝えながらベルトを受け取る。革製の茶色いベルトは、試作品とはいえ中々立派に見える品だった。

パメルクは左手に持ったままの紙袋を少しだけ持ち上げる。


「もしかしてだが、この服ピーリカに着せるために買ったのか?」

「はい、妹の服のついでに買おうかと。パジャマで外に出るとか言うので」


パメルクはますますシーララを気に入った。シーララにとってピーリカの服を買う事は、あくまでエトワールのついで。ピーリカがメインではないというのはパメルクにとって、ピーリカに興味がないという事を示していた。

それに男性から女性へ服を贈るというのは、その服を脱がせたいという意味があったりする。パメルクは妹ではないピーリカに服を買い与えようとしていたシーララを少々疑っていた訳だ。ちなみにピーリカにパジャマを買ってあげた事のあるマージジルマに対しては、殺意しかない。

マージジルマへの殺意を隠しながらも、父は偉そうに注意した。

 

「それはダメだし。パジャマはあくまで寝るとき用。だからちゃんと着替えろし。子供だから多少汚すのは許してやる。おれ寛大だから」

「うるさい! 早く寄越せ!」


シーララを押しのけてパメルクの持つ紙袋を奪ったエトワール。そのまま玄関に服をばら撒き「また着替えろって言うなら着替えてやるから、早く野球するぞ!」と騒ぐ。「こらエト、失礼だよ!」なんて注意されても気にしない。

パメルクからは「まるでピーリカみたいなガキだし」と呆れられていた。

 

「僕の妹がすみません」

「おれは寛大だから許してやるし。でも着ない服はちゃんと片付けろし」

「はい。ほらエト、ピーリカ嬢も。オカンの服着ててもいいけど、どうせならパメルクさんの作った服の方が可愛いから着替えなよ」


シーララはエトワールの顔を見ながら服を指さす。

ちなみにパメルクはどう見ても違う民族の兄妹を見て、複雑な家庭なんだろ、くらいにしか思っていなかった。

エトワールは眉を八の字に曲げて洋服を見渡した。

 

「どれでも同じだろ」

「どう見たって違うでしょ。好きなの選ばせよーって思ってたけど、動き回るならハーフパンツにしなよ」

「それなら三十着も頼む必要なかっただろ。この無駄遣い野郎が」

「だってエトが選んでくれなかったから」

「おいオッサン、こんなにはいらないから。まだ着ていない服返品させろ」

「ちょっとエト! パメルクさんに何てこと言うの!」


悪態つくエトワールに呆れつつも、パメルクは両腕を組んでその場に仁王立ち。

 

「まぁ着られないのも勿体ないし、返品も可だけど……コイツが頼んだの三十着じゃないし。同じの二着ずつの注文だから六十着だし」


転魔病でおかしくなっているエトワールだが、兄の金銭感覚は常におかしいと気づいた。

 

「この無駄遣い野郎が! 本当に父親そっくりだな!」

「一緒にしないで、オトンだったら冊子に載ってる服全部買ってる!」

「似たようなもんだろうが! おらオッサン、とっとと持って帰れ!」


エトワールは服を両手に持ちパメルクに投げつけた。子供の力で投げつけられた洋服は軽い上にさほど痛くも無かった。

いつもはそんな事しないエトワールの態度に驚くシーララは、暴れる妹に抱きついて抑えつける。

 

「ちょっとエト、いくら何でもやりすぎだよ!? 本当に今日どうしちゃったのさ!」

「全く。子どもだから許してやるけど、随分と品のないガキだし」

「違うんですパメルクさん、うちの妹、いつもはもっと生真面目で淑女なんです! 今日のエトはちょっと変な遊びしてるだけで……あれ? エトなんか熱くない?」


ようやくエトワールの体調の変化に気づいたシーララだが、エトワールがそれを確信に至らせない。「うるさーい!」と体を左右に激しく動かし、暴れてるせいかな? と錯覚させる。

そんな中、ピーリカは静かにお洋服を見つめる。散らばった服を一枚一枚見て、ピンク色のTシャツを手にした。エトワールが暴れている事は気にせず、父親に近寄る。


「パパぁ」


素直ではない父親だが、心の内では可愛い娘と思っているピーリカを無視するはずがなかった。


「なんだピーリカ、おれの作った服の素晴らしさに感動したか?」

「はいですよ」

「そうかそうか、ようやくピーリカもマトモな感性が……えっ?」

「わたし、パパの事は嫌いだけどパパの作るお洋服は大好き」


にこーっと笑ったピーリカ。

父親は固まった。おれの娘がこんなにかわいいわけがない。いや嘘。おれの娘がかわいくなかった事なんてない。ないけど、いつもはこんなに素直じゃない。


「お……お前誰だし!」

「ピーリカ・リララ。黒の魔法使いの弟子であり、将来のお嫁さんです」

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