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\ 自称 / 世界で一番愛らしい弟子っ!  作者: 二木弓いうる
~兄と野球と転魔病編~
124/251

弟子、大人しい

 ピーリカが連れて行かれたのは緑の領土……ではなく、何故か黄の領土であった。目の前の大きな洋風の家に見覚えのあったピーリカだが、何故エトワールがそんな所に連れて来たのかは理解出来ない。

エトワールはピーリカを離し玄関の前に立たせる。

 

「よし、ここで野球するからな」

「もう帰ります」

「まだ野球やってないだろ。ダメだ」

「ふえー」


めそめそ泣くピーリカを気にする事なく、エトワールは家の扉を叩いた。


「エトワール様が来てやったぞ! とっとと開けろ!」


騒がしい程扉を叩き続ける。ドンドンドンドン、どんどこドン。


「なんやねん、やかましい!」


しばらくして扉を開けたのはマージジルマよりも若い男。黄色い髪を細いカチューシャでまとめ、額を出している。

怒っていた彼だが、エトワール達の顔を見るなり不思議そうな顔をする。


「ピーリカ嬢に……エト? 何で二人が?」


エトワールは満面の笑みを見せながら、右手を上げてご挨拶。


「よぉシーララ。野球しようぜ」

「……今なんて?」

「野球しようぜ」

「その前」

「よぉシーララ」


男は顔を真っ青にしてその場に膝をつき。エトワールの両肩を掴んで前後に軽く揺らした。


「どうしちゃったのエト、いつものエトじゃないじゃん!」

「うるせぇ! 馴れ馴れしいぞ!」

「なんかピーリカ嬢みたいになってる!」


そのピーリカはというと玄関前に咲いていた小さな白いお花に笑顔を向けていた。


「お花さん、こんにちはですよー」

「ピーリカ嬢もなんかおかしくなってる!」


自分が見られている事に気づいたピーリカは、顔を上げ男に目を向けた。


「黄色の代表の次男」

「違うよ。黄の代表の三男。シーララ・ピエロ」

「三男は雲男でしたよ」

「あれ素顔じゃないよ。マージジルマ様のせいで防護服代わりに着てただけだから。誰が好き好んであんな服着るかっての、パメルクさんの服見えなくなるじゃん」

「あっ、それもパパの作った服」


三男、シーララが着ていた白色のカットソー。袖口や胸元にダメージ加工がされていて、黒いパンツにシルバーのネックレスとの相性も良い。余程気に入っている服なのか、エトワールから手を離し立ち上がったシーララは嬉しそうに答えた。


「そうそう。超良い感じでしょ。パメルクさん超天才」

「そうでもねぇです」

「あれ、いつものピーリカ嬢だ」

「パパより師匠の方がカッコイイですよ」

「いややっぱりおかしいな!?」


マージジルマへの好意を素直に口にする事など出来ないと思われているピーリカ。だが今は素直に全てを吐き出す事が出来る。抱いた疑問も全て口にする。


「二人はお友達ですか?」


シーララは首を左右に振ると、真顔で答えた。


「友達っていうか、エト僕の妹だから」

「妹? エトワール緑の民族ですよ?」


ピーリカの質問を、エトワールは鼻で笑って。


「この男、自分が末っ子なのが嫌だからって私を勝手に妹って事にしてるんだよ。変態だろ?」


シーララを小ばかにするような態度を取った。

いつもと違うエトワールの言葉に、シーララは訂正を入れる。


「エト、冗談でもそんな事言わないで。それに勝手にじゃない。オカンに妹欲しいって言ったらエトで我慢しろって言われたから」


まだ納得出来ていないピーリカは首を傾ける。


「なんでエトワールが選ばれたですか。黄の民族の子供でも良かったでしょう」

「まぁ単純にその時オカンが知ってる一番小さい子がエトだったからってだけだと思う。エトは両親が優秀な人で、ピーリカ嬢と違って生まれる前から次期代表って決められてたから。オトンとマハリクばあちゃんの繋がりもあって、僕ら兄弟エトの事は赤ちゃんの頃から見てるから。言うならば幼馴染?」

「ほぅ、意外な繋がりですね」

「それより、どうしちゃったの二人とも」

「どうもしません。何か今日はそういう気分なだけです」

「そういう遊び? 止めた方がいいよ」


シーララはまだ彼女達が転魔病にかかっていると気づいていない。

エトワールは不満げな顔をしたまま外を指さす。


「そんな事より野球しようぜシーララ」

「全然そんな事じゃないんだけど。というか、よく見たらエトまだパジャマじゃん。そんな恰好で出歩いちゃダメだよ。そうだ、パメルクさんの服買ってあげる。とりあえず中入りな」

「悪いな、お茶菓子だなんて」

「もてなされる事を前提にすな!」


ボケられたら突っ込んでしまうのが黄の民族の性だった。



 エトワールはフカフカのソファに座り、トランポリンのように跳ねる跳ねる。横に座ったピーリカが振動で上下に揺れていても気にしない。

彼女達の前にある机に甘い炭酸水を置いたシーララは、小脇に抱えていたぶ厚い冊子を開いて二人に見せた。


「こらエト跳ねないの。はいカタログ、どれがいい? 好きなの選びな」


見せられた冊子には、大人用から子供用まで色々なデザインの服が描かれていた。フリルのたくさんついた服もあれば、スポーティーで動きやすそうな服もある。

ピーリカは目を輝かせて冊子を見つめる。パパの事は嫌いだがパパの作るお洋服は嫌いじゃないらしい。

だがエトワールは冊子を叩くように払った。


「服なんかいらないから野球しろ!」

「なんてこと言うの! 服は大事だよ!」


シーララは怒りながら冊子を拾い上げた。怒られたエトワールだが反省はせず、どうでもよさそうに答えた。


「じゃあいつもみたいにお前が選べ」

「全く、せっかく好きなの買ってあげるって言ってるんだから変な遊びしてないで好きなの選べばいいのに。ま、妹の遊びに付き合うのも兄の役目って事かな。仕方ない、ここは言う事聞いて僕が選んでおいてあげよう。三十着くらい買えば気に入るのあるでしょ」


シーララ・ピエロ。金遣いが荒い事で有名なパンプルの息子である。

冊子に目を通し始めるシーララとピーリカの隣で、エトワールはソファから飛び降りた。


「適当でいいから早く選べ。そしてすぐにでも野球しようぜ」


変わりにソファに座ったシーララ。外に出る気配は全くない。


「何だってそんなに野球にこだわってんの? そもそもエト野球した事ないでしょ」

「した事ないからしたいって言ってるんだ」

「なんだ。それなら他にも楽しい事あるから。もっとエトらしい事しなよ。好きでしょ、お絵かきしたり花冠作ったりするの。野球も楽しいけど、服も汚れるしエトにはハードだよ」

「嫌だっ、今の私は我慢しないっ! 力を貸しなさいったら貸しなさい!」

「アカン言うとるやろ!」


兄っぽいという理由でワガママな態度のエトワールを叱るシーララに、ピーリカは冊子を指さし「ねーわたしこれが良いんですけどお願いしてもいいですか?」とおねだりしている。いつもの彼女なら「これが良いです、買えです」と言う。


「もういいよ、新しい服見れば汚したくなくなるでしょ。とっとと注文しちゃうから」


そう言うとシーララは部屋の隅に飾られた一輪の花の茎を掴み、話しかけた。


「もしもし、ブティックマジカルシェーナ? 注文お願いします」

『はーい毎度あり。ご注文とっととどうぞー』


緑の魔法の効果で遠くに居る者と会話をする事の出来る魔法のかかった花。まるで花そのものが喋っているようにも見える。

シーララは冊子片手に妹達の服を注文し始める。ピーリカは彼の言った店名に反応し、ソファから降りてエトワールに顔を向けた。


「嫌な予感がするので帰ります」

「野球やってから帰れ」


エトワールは絶対に離さないと言わんばかりに、ピーリカの手をギュッと握る。いつものピーリカだったら確実に彼女を呪ってでも帰っていたが、今日のピーリカ転魔病にかかっているせいで潔く諦めた。

注文を終えたシーララは冊子を閉じ、二人に目を向ける。


「とりあえずパジャマのまま遊ぶのはダメ、服が届くまで僕の服でも着てる?」

「お前の着てる服って穴開いてるやつばっかりだろ。人の服買う前に自分の服買ったらどうなんだ」

「これデザイン、オカンみたいな事言うのやめて」

「そんな穴開いてる服着たくないっ」

「ダメージ加工されてない服だって持ってるから! とにかく仮にで良いから他の服着なよ。僕のが嫌ならオカンの着ればいい。エト達が着るくらいで怒ったりしないでしょ。ほら、おいで」


広い廊下を通り、シーララは妹達を連れ一つの部屋の扉を開けた。

内装や置かれている雑貨から察するに、母親の部屋だろう。だが母親本人の姿はなく、エトワールは周囲を見渡した。


「そういやプリコは?」

「オトンとデートだってさ。いい歳してよくもまぁイチャイチャと」

「自分がモテないからって親をひがむなよ」

「ひがんでないし、モテない訳でもないけどー」


若干強気な態度の兄に呆れながら、エトワールは着替えるためピーリカと共に部屋の中に入り扉を閉めた。


「どうでもいいけど、覗くなよ」


扉の向こうで「妹に手を出す程困ってませんー」と言う声が聞こえるもエトワールは無視。


「こうなったらどれでもいいから早く着替えよう。そして野球するぞ」


エトワールはクローゼットを開け、一番手前にあった服を手に取った。ピーリカにはその隣にあった似たようなデザインの服を手渡し着替える。

どちらも少々派手な花柄のブラウス。薄い生地はひらひらと揺れ、大人用サイズのそれはピーリカ達が着るとワンピースのようになった。プリコの使っている香水が染み込んでいるのか、本当に花のような香りがピーリカとエトワールを包み込む。

部屋から出てきた妹達を見て、シーララは満足気に頷いた。


「うんうん、ちょっとおばさんっぽいデザインだけどパジャマでいるよりいいよ」

「よし、野球しよう」

「諦めないね。そもそもエト、野球のルール知ってるの?」

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