弟子、ラブレターを渡す
突然の告白に脳が追い付かず、マージジルマは目を点にし。目の前で照れる弟子を黙って見つめる事しか出来なかった。
「きゃあーきゃあー、言っちゃった言っちゃった」
ピーリカはベッドの上でゴロンゴロン転がり、足をバタバタさせる。
ようやく彼女からの告白を理解出来たマージジルマは、右手の人差し指を立てた。真剣な表情で、とりあえず返事を口にする。
「今の大人になったらもう一回やってくれ。そしたらまぁ、一晩くらいは」
彼にはデリカシーがなかった。
だがピーリカはそんな彼の事が好きだった。体をぴとりとくっ付ける。
「一晩なんて嫌です。ずっと一緒がいいです」
「……ふーーーーーーん」
幼い少女からの告白とはいえ、彼にとっては初恋相手からの告白。勿論今は手を出すつもりなど微塵もないが、告白自体に関しては実の所、まんざらでもなかった。
とはいえ、どうせ転魔病のせいでこんな事を言っているのだろう。そう判断して。
あまり期待はしないようにしておく事にした。
だが、このままでいられるのも調子が狂う。
「そうだピーリカ、すぐ寝ないならパパに手紙書いてやれよ」
「嫌です」
「そう言うなって。お前の思ってる事書きゃあいい」
マージジルマは前回ピーリカの母親が初恋相手に似ていると言ってしまったせいか、ここの所ピーリカの父親からの当たりがより一層強くなっていた。具体的に言えば、子ども染みた悪口が書かれた手紙が一枚から五枚に増えた。マージジルマからしてみれば悪口を言われた所で傷つくはずもないし、手紙が五通届いたら内一通にしか返事を出さない(しかも嫌がらせのごとく娘はうちにいて幸せそうだなどと書いている)。
このまま放っておいてもいいのだが、やはり彼女の父親の言動は鬱陶しい。
今のピーリカなら父親に対しても大好きなどと言うかもしれない。そうなれば流石の父親も機嫌が良くなって、自分への攻撃も納まるかもしれない。そんな期待を胸にし、マージジルマは書き損じの紙とペンを用意した。
ピーリカをベッドから机の前に移動させ、手紙を書かせる。浅く椅子に渋々座ったピーリカは、サラサラと手紙を書く。
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パパへ
キライです。
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「やめよう」
手紙を見たマージジルマはクシャクシャに潰し、ゴミ箱へと投げ込んだ。こんなものを送ってしまっては、ショックのあまり死んでしまうかもしれない。そうしたらきっと幽霊になって自分の枕元に出るんだろうな。いや死ななくても枕元に立たれそうだな。
なんて考えているマージジルマの横で、ピーリカは机の引き出しを開け。猫の絵が描かれた便箋を取り出した。
「師匠にもお手紙書くです」
「俺に書く事なんてないだろ」
「あるですよ。はい」
サラサラっとは書かれたものの、父親に向けたものよりもはるかに丁寧な字で書かれた手紙。
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ししょーへ
だいすきです。
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「……まぁ、貰っておいてはやろう」
「やったー!」
ピーリカは無邪気な笑みを浮かべ、両手を高く上げる。
そんな彼女に対しマージジルマは弟子からもらったラブレターをマジマジと見つめながら、ある疑問を浮かべた。
「しかし何でパパの事は嫌いで俺の事は好きになるんだよ」
「パパの事は嫌いで師匠の事は好きだからですが?」
わたしは美少女に決まってるだろうと発言する時と同じ顔をしたピーリカ。これは嘘偽りない、心からの言葉だった。
マージジルマは首を傾げた。
彼はピーリカが父親を嫌っているのは嘘ではないと認識している。魔法を使って確認せずとも、肌で分かる。
なぜならピーリカが父親に向ける目は、彼女の父親がマージジルマに向ける目と同じだからだ。あれは本当に嫌っている視線だ。あの親子本当にそっくりだな。常にそう思っていた。
だからこそ今は弟子の気持ちが分からない。転魔病の効果で嫌いなものを好きだと言っているのかと思えば、そういう訳でもなさそうだ。
「お前ピピルピの事はどう思う?」
「痴女」
「じゃあシャバの事は」
「黒マスク」
「……俺の事は」
「大好き」
にへらっと笑ったピーリカは、恥ずかしそうに両手で顔を隠す。呪いの魔法使いであり、嘘や偽りを何度も見て来たマージジルマには、やはり彼女の顔が嘘をついているようには見えなかった。
「まさかお前、本当に俺の事好きだったりすんのか」
「あい」
マージジルマは首を傾げたままだ。
「それはあれか。手ぇ繋いだり抱きしめたりするやつか」
「きゃあっ」
顔を隠したまま頷いたピーリカだが、たまに指の隙間から彼の顔を覗き込んでいる。そんな彼女の態度が信じられなくて、マージジルマはまだ疑っている。
「俺のどこがいいんだ」
「師匠カッコイイですよ。魔法も喧嘩も強くて素敵。安い食材しか使ってないはずなのに、とっても美味しいご飯を作るのも凄いと思うですよ。それに、実は優しくて、わたしの事守ってくれる所も、わたしの事を信じてくれる所も大好きです。だから出来れば、その……に……してほしーなぁって……」
「……何にしてほしいって?」
「……よ……さ……」
「あ?」
「……およめさん……」
予想以上に好かれていて、流石のマージジルマも少し照れ始めた。
やはりまんざらでもない。しかし、何故か胸の奥がモヤモヤしている。
「なんかちょっと違うんだよな」
まだ幼いとはいえ、自分好みの顔立ちをしているピーリカだ。それなのに素直に喜べないのは、彼女がいつもとは違う態度だからなのか。
それはマージジルマにも分からなかった。
やはり今は保留のままにしておこう。ただ彼女が本当に大人になった時、もしも好きだなどと言って来たら、その時は受け止めよう。なんて考えて。
「とりあえず寝ろ。俺は大人しく一人で寝る女が好きだ」
そんな限定的な好みがある訳ではないが、ピーリカへの効果は抜群だった。
「おやすみなさいですよ」
ピーリカは大人しくベッドに入る。
安心したマージジルマはピーリカを部屋に残し出て行った。このまま彼女が眠ってしまえば、いつも通りの日常が帰って来るだろう、と。
それからピーリカは目を瞑っていたものの、眠気はなく。でも師匠に嫌われたくなんてないから、大人しくベッドの上で横になり続けた。
特に何かをする訳でもなく同じ体制で居続けるのも、暇で暇で。窓から入る暖かな陽気。しかもここは山奥で、師匠も地下へ行ったのか騒音もなく。眠くなかったはずのピーリカの元にも、眠気がやってきた。うとっ……としかけた、その時だ。
バンっ、と乱暴に窓が開き、やって来たのは緑髪の少女。ピーリカと同じくらいの背丈ではあるが、眼鏡をかけており顔立ちも大人びて見える。外だというのに淡い黄色のネグリジェを着ているのは、きっとベッドの上から脱走したからなのだろう。
「おいピーリカ、野球しようぜ!」
「あーエトワールー」
彼女の名前はエトワール・シュテルン。緑の魔法使いの弟子である。普段の礼儀正しい彼女であればちゃんと玄関をノックして入ってくるのだが、転魔病にかかっているエトワールは躊躇なく不法侵入でやって来た。
窓からの来客に、ピーリカの眠気も思わず吹き飛んだようだ。上半身を起こし、ニコニコと微笑んでいる。
エトワールは窓の淵に片足を乗せた事により、ネグリジェの下に履いているドロワーズが見えてしまっている。いつもの彼女であればそんなはしたない事は絶対にしないのだが、いつもはしない事をしてしまうのが転魔病だった。
エトワールはピーリカの腕を引っ張って、窓から脱走させようとする。
「よし、行くぞ!」
「い、嫌ですよ。離して下さい、ねんねしないと師匠に嫌われちゃうから行かないんですーっ!」
「そんな事で嫌うような男、こっちから振ってしまえっ」
「嫌です、ダメです、絶対結婚するぅーっ!」
いつものピーリカであればエトワールを呪ってでも確実に抵抗するのだが、転魔病にかかっている彼女が暴力的な抵抗をするはずもなく。言葉では抵抗しつつも、体は大人しく引っ張られていく。
泣く事しか出来なかったピーリカは、ただただ連れて行かれた。




