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\ 自称 / 世界で一番愛らしい弟子っ!  作者: 二木弓いうる
~兄と野球と転魔病編~
122/251

弟子、発病する

 マージジルマはその病名に聞き覚えがあった。


「てんまびょー……カタブラ国の子供が人生で一回発症するやつだっけか。俺も昔やった気がする」

「あぁ。カタブラ国の者は皆体内に魔力を秘めておる。その魔力の大きさに幼い体が耐えきれず、不安定になる影響で普段と性格が反転してしまう病気じゃ」

「じゃあエトワールの生真面目な性格が反転するって事は……」

「……ピーリカみたいになった」


それは大変そうだ。その場に居た者全てがそう思った。

どうにもならない現実に、マハリクは深いため息を吐く。


「転魔病は大人しく丸一日寝てないと治らん。熱も出すからそのまま放置させておくと最悪命を落としかねん。今も無理やりベッドに抑えつけて来たんじゃが……」


ピーリカの性格を一番理解している男が頭を抱える。


「あぁ、ピーリカみたいな性格になってんじゃ大人しくしてる訳ねぇな」

「そういう事じゃ。すまんが今日の会議も手短に終わらせてくれ」

「ババアが余計な口出さなきゃすぐ終わるんだよ」

「お主の発言が雑なのが悪いんじゃろ」


にらみ合うマージジルマとマハリクの間に、子を持つ親でもあるパンプルが入り込む。


「やめろて、エトワールのためにも喧嘩すんなや!」


マージジルマは舌打ちを挟むも素直に黙った。このまま喧嘩して会議を長引かせる訳にはいかないと判断したのだ。口も態度も悪いが、病気の子供を気に掛ける優しさは持っている。

そんな彼とは違い、マハリクはパンプルに険しい顔を向けた。


「パンプル、この事は息子たちに言うでないぞ」

「なんでや。あいつら仲えぇし、言ったってえぇやろ」

「お主の息子、エトワールが絡むと頭おかしいじゃろ。特に三男」

「人の息子に何ちゅうこと言うねん」

「見舞いにも来るな」

「転魔病はうつらへんし、見舞いくらい行ったってえぇやろ。メロン百個くらい持ってかせたる」

「一度に持って来られたって困るだけじゃ。せめて月に一個寄越しな」

「それ絶対ばーさんが食うやつやん」

「とにかく、絶対言うんじゃないぞ。いいな」


パンプルに釘を刺したマハリクは自分の席へと腰かけた。


『はいはい。なるべく早めに終わらせようね。さ、会議始めよ』


全員が席に着いた事を確認したテクマの仕切で、会議が始まる。


            ***


 会議を終え、マージジルマは黒の領土の上空を絨毯に乗って飛ぶ。


「エトワールのお陰で早く終わった。感謝しないとな」

『君は本当にマハリクと仲が悪いね』


マージジルマの右肩に乗ったラミパスはため息を吐いた。


「仕方ないだろ、ババアが性格悪いんだから」

『彼女はちょっと気難しいだけだと思うけど』

「ババアの話はもういい。それよりエトワールが転魔病になったって事ピーリカに言うべきだと思うか?」

『良いと思うけど、お見舞い行くって言い出しそうだよね。ピーリカとピーリカみたいになってる子を足したらすごい事になりそうだよね』

「そうだな。面会謝絶とでも言っておこう」

『そういえばピーリカは転魔病になった事あるのかい?』

「知らね。少なくとも俺ん所来てからはかかってないからな。その前にかかってるかどうかだ。あの病気、かかるタイミングに個人差あるんだろ」

『そうだね。ちなみに僕、まだ発症してないんだ』

「お前はマジで何歳なんだよ」

『それより、転魔病にかかったマージジルマくんはどんな風になったの?』

「人の質問に答えろっての……俺はまぁ……母親の膝上に座って絵本とか読んでた」

『かわいーい』

「うるさいな、今度はお前が答えろ! いくつなんだ!」

『あ、もう家着くね。僕黙るね』

「てめぇ!」


ラミパスがこれ以上喋る事はなく、絨毯は彼の家の手前に滑るように着地する。ラミパス、というよりテクマの事を知れずに悔しそうな顔をしているマージジルマの右手の横には、アイスの入ったカップがポツンと置かれていた。

そしてマージジルマの前には、木に吊るされ下を向いている弟子。溶け切ったアイスを見ているのだろうと思ったマージジルマは、そのカップを持ち上げた。液体と化したアイスが、ちゃぷんと音を立てる。ちなみに彼はこのアイスを再び冷やして食べようと考えていた。

マージジルマはアイス片手にピーリカの顔を覗き込む。


「どうだピーリカ、反省したか? これに懲りたら」

「師匠……ごめんなさぁい、嫌いにならないで~~~~!」


師匠の顔を見るなり、ピーリカは突然泣き出した。

一瞬たじろいだマージジルマだが、すぐにアイスを持っていない方の手でピーリカの額に触れた。

手から伝わる熱を認識し、彼は全てを理解した。いつものピーリカなら、ちょっと叱られたくらいじゃ反省しないし泣いたりもしない。

つまり――。


「お前もかピーリカ!」


ピーリカ・リララ。転魔病、発症。




 弟子を木から降ろし小脇に抱えたマージジルマは、彼女を部屋へと連れて行きベットの上へ降ろした。反対の手には未だ持たれたアイスがある。


「まぁ一晩寝れば治るんだろ。おらピーリカ、寝ろ」


目元を擦った弟子はイヤイヤと、首を左右に振る。


「寝ません。師匠と遊びます」

「遊ばねぇよ。寝ろ」

「何で遊んでくれないんですか。師匠、やっぱりわたしの事嫌いなんですか」


泣き止んだとはいえ、悲し気な表情で問う弟子。その態度と内容に驚いたものの、マージジルマは素直な返事をする。


「……嫌いじゃないっての」

「じゃあ好きなんですね?」


深い意味はない。子供の言う事だ、お菓子やおもちゃを好きだと言うのと同じだろう。そう判断して、マージジルマはいつも通りの態度を見せつけた。


「いいから寝ろ。寝たらアイスやるから。ちゃんと固まったやつ」

「師匠もアイス食べるですか?」

「食べるから。寝ろ」

「じゃあ先にアイス食べるです」

「寝……アイスくらいならいいか。食ったらすぐ寝ろよ」

「あい」


ピーリカは素直に頷き、大人しく椅子の上に座る。背筋を伸ばし、手は膝上に乗せている。いつもの彼女なら「まだですか、早くしろです」と大声で催促が入るが、今日は入らない。そんな弟子に違和感を抱きながらもマージジルマはキッチンに向かい冷凍庫の前に立つ。手に持っていたドロドロアイスと交換に別のアイスを取り出し、銀色のスプーンを持ってすぐさま弟子の部屋へと戻った。


「ほらアイス食え。そして寝ろ」

「いただきますですよー」


スプーンでアイスを掬ったピーリカだが、口に入れる事はない。


「はい師匠、あーん」

「あ??」

「あーん」


柔らかく笑ったピーリカは、手に持ったスプーンを彼の口の前まで運んだ。


「俺の分は向こうにあるから。自分で食え」

「いいんです、あげるんです。あーん」


食べさせようとして体を近づけてくる弟子。困ったマージジルマはスプーンを奪い取り、ピーリカの口に運ぶ。

彼女の口の中に広がる、冷たさとバニラ味。


「師匠があーんしてくれたぁー」


喜ぶピーリカにスプーンを返そうと、マージジルマはスプーンの持ち手を彼女に向けた。


「あとは自分で食えるな?」

「じゃあその前に師匠にもあげますね」

「まぁいいから食えよ」


マージジルマはスプーンを返す事をやめ、次々にアイスを口の中に入れていく。いくら相手が子供だとしても、いい歳してあーんで食べさせてもらうのは気恥ずかしいらしい。

カップが空になった事を確認したマージジルマは、ピーリカに眠るよう促す。


「よし食い終わったな。寝ろ」

「師匠も寝ますか?」

「俺は寝ない。仕事もあるし」

「じゃあ寝ません。師匠とお仕事するです」

「アイス食ったら寝るっつったろ!」


いつもなら怒られたら怒り返すピーリカだが、今の彼女はものすごく悲しそうな顔をして答えた。


「だって師匠が一緒に寝てくんないんですもん」

「何だその理由は。一人で寝れるだろうが」

「嫌です、師匠と一緒にいるんです」


転魔病のせいで寂しがり屋にでもなっているのだろうか、と考えたマージジルマ。このままだと自分の仕事も進まない。ため息を吐き、観念した。


「分かった分かった。じゃあ一緒にいてやるから、寝ろ」


マージジルマはベッドの淵に座り、彼女に背を向けた。ピーリカはそんな彼の横に座り直し。


「師匠、お耳貸してください」

「寝ろっての」

「貸してくれたらねんねするです」

「ったく、何だよ」


早く寝て欲しかったマージジルマは、言われるがまま耳を貸した。師匠の耳元に顔を近づけたピーリカは口元に両手を添えて、囁く。


「師匠、大好き」

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