師匠、百合を鑑賞する
番外編を書き終えたので戻ってまいりました。よければ番外編もよろしくお願いします。
久々の更新なのにひどいサブタイだなって思いました。
赤、青、黄、桃、緑、白、そして黒の、七種の民族が暮らすカタブラ国。
その国の安全と平和を守るのは、それぞれの民族代表である七人の魔法使い。
「降ろせぇーっ、降ろせですよーっ!」
守られて平和なはずの国で、縄で体を縛り上げられ木に吊るされて騒いでいる身長137センチの少女がいた。
彼女の名はピーリカ・リララ。黒の魔法使いの弟子である。
黒髪に白いリボンをつけ、シンプルなデザインの黒いワンピースを身につけている。そんな彼女は今、ショートブーツを履いた足は地面から30センチ程浮いた状態にいる。大変不服。そう言いたげな顔をして振り子のように体を揺らしていた。
そんな彼女を吊し上げ、彼女の目の前で仁王立ちしている身長158センチの男。右肩には慣れた様子で白いフクロウを乗せている。
彼の名はマージジルマ・ジドラ。黒の魔法使い代表である。
ボサボサの黒髪にシワだらけのローブを着ている彼は、怒りの表情で弟子を見ていた。
「うるせぇ! 反省しろ!」
「そんなに怒られる程悪い事してねーです! それに今日はわたし、風邪を引く予感がするんです。降ろさないと後悔しますよ」
「どんな予感だよ。俺は今から会議だからな。帰って来るまでそうしてやがれ」
「まさかかわいい弟子を置いていく気ですか!? この状態で!?」
「この状態な訳ないだろ」
「そうですよね、冗談ですよね。降ろしなさい」
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
マージジルマの手元に光輝く魔法陣。その上にポンと現れたのは、紙のカップに入った白いアイス。とても美味しそうなアイスを見て、ピーリカはフフンと言いつつ機嫌を直す。
「さては師匠ってば、今更わたしを縛り上げた事を後悔したですね。仕方ないですねぇ、本来ならアイス一個なんかじゃ許さねーですけど、わたしは心優しい天才美少女ですから。今回は特別に許してやるです。降ろしなさい」
吊るされているというのに偉そうなピーリカの足元に、マージジルマはそっとアイスを置いた。
そしてそのまま、良い笑顔で去って行く。
「じゃ、行ってくる」
「うわーっ! アイス溶けちゃうじゃないですか、いつもは食べ物粗末にするなって怒るくせに! そもそもアイスを拷問に使うとは、このろくでなし! 降ろせーっ!」
マージジルマは白フクロウだけを引き連れて、本当に弟子とアイスを置いて出かけて行った。
***
マージジルマは緑の領土にある古びた塔の前に到着した。階段を上りて、一つの部屋の中へ入るも。
そこには誰もいない。
「何だよ、俺が一番乗りか」
『珍しいね。大抵誰かしらいるのに』
そう喋りかけたのは白フクロウのラミパスと感覚をリンクさせている、元白の魔法使い代表、テクマ。マージジルマの肩から降り、一つの椅子の上へ座る。
マージジルマは自分が普段座っている席に座ると、頭の後ろで腕を組んだ。
「まぁすぐに皆来るだろ。寝て待ってようぜ」
『それなら僕本体の方に意識戻してていい? 薬草に水あげてこなきゃ』
「好きにしろ」
『はーい』
そう言うとラミパスは目を瞑る。しばらくして、再びパチッと目を開けたかと思えば。
静かに飛び立ち、むき出しになった天井の柱の上に留まり。マージジルマからは距離を取った。
テクマと体をリンクさせていないラミパスは、本当にただのフクロウだった。喋る事もなければ、マージジルマの肩の上に留まる事もない。だがマージジルマも寂しがる事はない。目を閉じて本当に眠りについた。
「あれ、どしたのマージジルマ。やけに早いじゃん」
聞こえて来た声によって開いたマージジルマの目に、口元を黒い布で塞いでいる赤髪の男の姿が映った。
彼の隣には、青い髪色に褐色肌の女も立っている。オフショルダーにショートパンツ姿の彼女の右太ももには、黒い三日月が描かれていた。
赤と青の魔法使い代表、シャバとイザティだ。
マージジルマは二人の手荷物をジッと見つめた。
「たまにはな。お前らこそ何だ、その荷物」
揃って大きめのスーツケースを持っていた二人。見知らぬ者からすれば旅行帰りの恋人同士にでも見えたかもしれない。
シャバは言葉に疲れを含ませて、スーツケースを押しながら自分の席の前へ移動する。
「出張帰りなんだもん。外交担当ほんと面倒。色々な所行けるのは良いけど、その分仕事もしなきゃなのがなぁ。オレがあと十五ヶ月早く生まれてれば、マージジルマの方が外交担当続けてたのに……」
「仕方ないだろ。外交は七人の中で歳の若い奴二人が担当するって決まりなんだから。俺だってイザティ入ってくるまではやってただろうが」
「そうだった。他国の偉い人を殴りそうになったマージジルマをオレが殴って止めてたんだった。イザティとの方が千倍楽だわ」
イザティにはシャバが口にした光景が安易に想像出来た。だが当のマージジルマはしらばっくれている。
「次に誰かが代表引き継いで若い奴が入ってくるまで……先に引き継がれるとしたらババアん所のエトワールか? アイツが代表になるまでは頑張りやがれ」
「あ、ピーリカじゃないんだ」
「だってババアの方が先に死ぬだろ」
「ひどい事言うなよ」
イザティが自分の席の横にスーツケースを置きながら疑問を口にした。
「エトワールちゃんやピーリカちゃんより先に、パンプルさんの息子さん達じゃないんですかー?」
シャバは首を横に振りながら答える。
「息子ってだけで弟子じゃないからね。継ぐとは限らないよ。一応パンプルも息子全員に魔法教えてみたらしいけど、長男のリリカルは魔法使う気ゼロで既に違う職についたし。あとは次男のポップルと三男のシーララがどうするかだけど、まだ決まってないっぽいから。現状ではピーリカ達の方が先に代表になる可能性の方が上」
「なるほどー。私自分がお母さんから継いでるし、なんとなーく子供が継ぐイメージありましたー」
「オレも親から継いでるけど、強制じゃなかったし。マージジルマやピピルピみたいに指名されてなる奴もいれば、ピーリカみたいに立候補する奴もいるよ」
「そっかぁ」
その場に座り込んだシャバはスーツケースを開け、中から白い袋を取り出しマージジルマに投げつける。
「はいマージジルマ。お土産、マシュマロ」
「ん、サンキュ。変わった土産だな」
「そこで売ってる食べ物の中でそれが一番高かったんだよ」
「流石親友、俺の事よく分かってるじゃねぇか」
「そんな事で分かりたくなかったけどね。それよりピピルピまだ来てないよね?」
部屋をぐるっと一周見渡したシャバ。だがそこに桃色髪の姿はない。
マージジルマはマシュマロに目を向けながら答えた。ピピルピの事はどうでもいいと思っている。
「シャバが送って来ないんなら遅いんじゃないか。アイツの魔法、空飛んだり出来ないし」
「だよね。誰か使えばすぐ来るだろうけど、もしもの時は迎えに行った方がいいかな」
体を動かしソワソワし始めたイザティは、何かを期待した目でシャバを見つめた。
「前々から気になってたんですけど、シャバさん本当にピピルピさんと付き合ってないんですかー?」
「ないよー」
しれっと答えるシャバに、イザティは疑いの目を向けたままだ。
「それにしてはベッタベッタし過ぎと言いますかぁ」
「ないない。友達友達。ベッタベッタしてんのもピピルピが望んでるから付き合ってあげてるだけ。それもピピルピが色々な人と遊んでるのは重々承知の上だし、本気で愛しても虚しくなるだけだから。遊びの関係で丁度いいんだよ。その方が気が楽じゃん」
「夢がないぃ……」
目元に涙を溜め混むイザティ。彼女はもっと少女が好むような恋愛トークを期待していたのだ。
シャバはいつもピピルピが座っている椅子の方に目を向けた。その表情は、どこか恋焦がれているような寂しそうな顔で。
「まぁでも、そうだねぇ。もしも地球に滅びの日が来てしまった時、隣にいてくれたら嬉しいなぁくらいは思うよね」
「なんかすごい事聞いたんですがー!?」
期待通りの話を聞けて喜ぶイザティだが、その喜びは長く続かなかった。
シャバはいつも通りの顔に戻り、マージジルマに顔を向ける。
「それよりマージジルマ、今日はピーリカ連れて来てないの?」
「誤魔化し方が雑過ぎですよぉー!?」
目元に涙を溜めるイザティの事は気にせず、マージジルマは弟子の行動を思い返し。ため息を吐いた。
「アイツなら罰を受けさせている」
「今度は何したの?」
常にピーリカが何かしらをやらかしているような言い方である。だが本当に何かしらをやらかしているので、マージジルマは否定せず答えた。
「今夜の夕飯に使う牛乳全部飲んだんだよ」
「罪に対して罰が重すぎない? 大丈夫?」
シャバの問いにマージジルマは頷きで返す。イザティも泣くのをやめピーリカを心配している。
「みーんーなーっ!」
そんな彼らの元へ、大きな胸を揺らし部屋の中へ入って来た女がいた。彼女こそがピピルピ・ルピル。変態である。
ピピルピは両手を大きく広げ、入口から一番近かったイザティに抱きついた。
イザティが「えっ」と声を出したのも一瞬。その唇はピピルピによって塞がれた。その一連の流れを見ていたマージジルマは、床上から隣の椅子に座り直したシャバに確認を取った。
「良いのか、これ」
「別にぃ。いつもの事だし。相手がマージジルマだったら止めたかもしれないけど、イザティだしねぇ。むしろ乙女の領域に入り込んで止める方が野暮ってもんじゃん」
「まぁ、お前がそれでいいなら」
「あーあー、脱がし始めた。どうする? 殴ってでも止めようか?」
イザティはいつの間にか部屋の中央で押し倒されている。頭を押し返したりと軽く抵抗されているが、ピピルピは気にせずイザティの体の至る所にキスマークをつけていった。
下手に入り込めば自分がピピルピの餌食になると分かっていたマージジルマは、ワザとらしく、フッと笑って。
「お前の言う通り、乙女の領域に入り込むのは良くないだろ。殴るどころか指一本触んねぇよ」
「だよねぇ。ピーリカ連れてこなくて良かったじゃん」
「違いねぇ。おいピピルピ、ババアが来る前には終わらせろよ」
むしろこれから目の前で繰り広げられる大人の世界に期待を寄せていた野郎二人。
その想いに応えるべく、ピピルピは良い笑顔で親指を立てた。
「任せて!」
「ちょっ、助けて下さいよーっ!」
野郎共にイザティを助ける気配はない。それどころかお土産のマシュマロが入った袋を開け、わざわざ椅子を近づけ二人してマシュマロを食べながら鑑賞し始めた。
「ちょっ、ピピルピさっ、あっ!」
「あら可愛い声。もっと聞かせて?」
「ダメですって、やぁっ」
パリッ、むにゅ、もにゅ、シュワっ。目の前の光景を真顔で見つめる彼らの口の中で、じんわりと溶けるマシュマロ。
少女の甘美な声と甘い香りが部屋の中で交じり合い。そして――。
「……イッたか」
「……イッたねぇ」
「やー、いいもん見たわー」
「はいピピルピ、ちゃんと服も戻してあげてね。続きは夜にしな」
シャバに言われた通り、ピピルピは散らかした服をご機嫌で戻す。
イザティは涙目になりながら頬を膨らませている。
「どうして助けてくれないんですかーっ、酷いですよぉーっ」
「どうしてって、本気で嫌がってたら助けるけど……お前まんざらでもなかったろ」
「なっ」
イザティは予想外の言葉に頬を赤く染める。
シャバもマージジルマの言葉に同意した。
「うん、正直イザティ見られてるの嫌いじゃなさそうだよね」
「それにイザティだって代表なんだ。魔法だって使えるんだから、本気で嫌ならバズーカぶっ放してるだろ」
「うん。あとピピルピ含めて桃の民族は嫌われたくないからって、相手が本気で嫌がってたらどんなに途中でも止めるよ。なのに最後まで続いたって事は……ねぇ?」
「ピピルピだって女なんだし、イザティもそこまで強い力で抑えつけられてた訳じゃなさそうだし……なぁ?」
あくどい笑みで顔を見合わせる親友二人。その空気感に堪えられなくなったイザティは両手を前に構え、泣きながら呪文を唱えた。
しばらくして塔の中に入って来た黄の魔法使い代表、パンプルは部屋の中に入った瞬間何故か涼しさを感じた。部屋の至る所に出来た水たまりの理由も分からない。それに加えて。
「何でお前ら、そんなにびしょ濡れなん?」
「悪ぃ、ちょっと調子乗った!」
マージジルマは水を大量に吸ったローブの裾を絞りながら答えた。部屋の中にいた全ての者が、頭から水浸しになっていた理由も、ピピルピに抱きつかれたシャバが一生懸命イザティに謝罪する理由もパンプルは教えてもらえなかった。
それから二時間後、シャバの魔法により濡れた服も乾いてきた。
ただ部屋の中では一つの空席が目立つ。
『マハリク来ないねぇ』
ラミパスの中に意識を戻したテクマが椅子の上で心配そうに声をあげた。
「とうとう死んだか?」
「マージジルマ、冗談でも言うたらあかんて」
パンプルがマージジルマを叱ったその時。
「すまんの、遅くなった」
ようやくやって来た緑の魔法使い、マハリク。何やら息を切らし、疲れ果てている。
「それはええけど、何かあったん?」
「……エトワールが……転魔病になった」




