弟子、裁縫を習う
おむすびを食べ終えたピーリカは、ジッと父親の顔を見る。
「なんだブス、見るなし」
「見たくて見た訳じゃないです! というか誰がブスですか、わたしは世界で一番かわいいんですよ!」
ピーリカはおむすびが包まれていたビニールのゴミを父親に投げつける。当然「何するんだし!」と怒られたが無視。
やはり父親に教えを乞うなんて無理だ、まずは自力でやってみよう。ピーリカはそう思って、父親から顔を背けた。
シャツとソーイングセットを持って外へ出てきてはいたが、穴に落ちた時に手放していたらしい。
土まみれでぐしゃぐしゃになったシャツとソーイングセットを拾い上げたピーリカは、その場にしゃがみ込む。いつもの彼女であれば地面に座るなど躊躇うのだが、立って縫うのも難しいと理解していた。
「おい下手くそ、何してんだし」
父親に声をかけられたものの、ピーリカは背中を向けたまま答える。
「うるせーですよ。空気の無駄遣いしないで下さい」
「うるせーのはピーリカだし。ママが優しく教えろって言うし、仕方ないから教えてやる。こっち向けし」
「嫌です。わたしはパパに教わらなくとも出来ますから。今シャツにボタンつけるんです。邪魔しないで下さい」
ピーリカが持っていたシャツが男物である事に気づいた父親。見た所自分のものではないし、ピーリカが男物のシャツなんて着る訳がない。だとするとあのシャツの所持者は、娘に近づく悪い虫のもの。
「そのシャツ……アイツのか! アイツいつもボロ雑巾みてーな服着てるし、ボタンなんかつけなくてもいい! 今すぐそれ捨てろし!」
「何てこと言うですか、確かにいつもの師匠はシワシワな服を着てるですし、髪もボサボサで存在がダサいです。でもたまにはこういう服を着てかっこよくオシャレして、わたしとデートしてくれるんですからね!」
「でっ、デートだと!?」
「えぇ。この間も一緒にお肉とアイスとパフェを食べました。帰りは馬車に乗って膝枕してくれました。イルミネーションを見ておてて繋いで歩いたりもしましたね!」
デートという点以外は全て事実を述べたピーリカ。父親の相手をしてる暇なんてないと、すぐさまソーイングセットの中に一緒に入れていたボタンと糸針を取り出し、シャツに着けようとする。
愛娘がクソ野郎とデートしているという情報にショックを受けていた父親だが、危なっかしい手つきな上、糸をグルグルに巻き付けたまち針を一生懸命ボタンの穴に通そうとしている娘を見て徐々に平常心を取り戻す。その平常心も心配へと変わり、とうとう黙っていられなくなったようで。ピーリカの前に仁王立ちし問いた。
「まさかとは思うが、まち針で縫おうとしてないか?」
「まち針なんて知りません。わたしはお花の針で縫おうとしてるんです。邪魔しないで下さい」
「その花がついたやつがまち針だし。それ布が動かないようにするやつ。ボタンの穴になんか通らないし」
「……知ってますけど、頑張れば通るかもしれないでしょう!」
知らなかったがそれを素直に認める事は出来ない娘。
「どう頑張ったって通らないし! ソーイングセットの中に入ってる穴のあいた方の針を……そのソーイングセットおれのじゃね!?」
「……ちょこっと借りてましたけど、多分パパに使われるよりわたしに使われる方がこのソーイングセットも喜ぶと思います」
「そんな事ないし。まぁおれは寛大だから貸してやってもいいし。崇めろし」
「崇めませんけど、わたしの方が寛大なので。パパのいう事聞いてやってもいいですよ」
ピーリカはそう言ってソーイングセットの中から穴のあいた針を取り出した。だがその後どうすればいいのかも分からなかった。
やはり裁縫に詳しそうな父親に聞く方が早いだろうか。そう思いはしたものの正直に教わりたくはなくて。
「パパの学力を試してやります。この後どうすればいいと思いますか?」
偉そうに聞いてやった。
「ピーリカは知らないだろうけど。穴ん中に糸通すんだし」
父親も偉そうに答えてやった。
「失礼ですね。知ってますよ」
知らなかったが知っているふりをするピーリカは、手元をプルプルさせながら狭い針の穴の中に糸の先端を通す。
通った瞬間、パッと顔を明るくさせて。その場に立ち上がって堂々と父親に見せつけた。
「ほら見なさい。わたしに出来ない事なんてないんですよ!」
「穴に通せただけで偉そうにすんなし。そんなのまだ序盤の序盤だし。このままだと日が暮れそう。超天才なおれがやってやる。貸してみろし」
糸が通った針とソーイングセットを奪う父親。余分な糸を小さなハサミで切り、玉結び。父親としては尊敬の目で見られたかったのだが、ピーリカは尊敬などする事なく。むしろ怒って、シャツを小脇に抱え両手を前に構えた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラーっ!」
父親の前に現れた魔法陣。魔法で脱出するなとは言われたが、攻撃するなとは言われてない。魔法陣の中から飛び出た棘の球が父親の額に刺さる。
「痛った! 何するんだし!」
額を抑える父親。その隙にピーリカは針を奪い返す。
「これはわたしがやるんです! パパは触るなですよ!」
「どうせピーリカには出来ないし、返せし!」
父親は片手で額を抑えたまま、もう片方の手でピーリカの持つ針を掴もうとする。ピーリカは両手で針とシャツを握りしめた。
「そうやっていっつもいっつも、出来ないって決めつけるから嫌なんですよ! これはわたしが師匠に頼まれた事なんです、わたしがやらなくちゃダメなんです。パパがやったら、わたしずっと出来ないまんまじゃないですか。わたし本当は出来る子なのに! パパのせいで師匠にも出来ない子だと思われちゃう!」
涙目で訴えたピーリカの表情に戸惑う父親。彼がピーリカに「どうせ出来ない」と言う時は、大抵娘に危ない事をさせたくない時か自分を尊敬して欲しい時だ。だが自分のせいで他人から愛娘が何も出来ない子だと思われるのは嫌だとも思って。思わず伸ばしていた手を降ろした。
ピーリカに父親の動きが止まった理由は分からなかったが、今がチャンスだとその場に座り。片手にシャツ、片手に糸の通った針を持った。問題はその後どうするかだ。
「……内側からシャツのボタンつけたい所に針刺して、ボタンの穴に通せし」
「……はい?」
「娘が何も出来ない奴だと思われるのは嫌だし。手は出さないけど教えてやる」
「……パパが教えるなんて出来るんですか?」
「誰だと思ってるんだし。お前の父親、超天才だし。黙って教われし」
少し拗ねた様子の父親は、ピーリカの目の前にしゃがみ込んだ。
ピーリカは大人しく近づいて来た父親に驚きつつも、今は師匠のために裁縫がしたくて。ここは自分が大人になって大人しく教わってやろう、なんて思いながら再び自身の手元に目を向けた。
「わたしの方が天才ですからね。とっとと教えろ下さい」
「ふん、光栄に思いながら縫えし。ほら次、そこの穴に針入れろし」
互いに偉そうな態度ではありつつも、教え教わっていく親子。
「痛っ!」
「だっ……ダメな奴だな! はははははは!」
慣れない裁縫に指を針で刺し、ほんの少し涙を流すピーリカ。それから、娘が傷ついても手を出せないもどかしさと心配を素直に伝えられない自分の愚かさを呪い涙目になるしかない父親。最初はバチバチと火花を散らし喧嘩をしていた親子だが、ボタンがシャツと繋がっていくにつれシクシクと涙を散らしていた。
そして。
「出来た……!」
目元を擦ったピーリカと父親。二人の目の前には、しっかりボタンのついたシャツ。
「ふん、超天才なおれが教えてやったんだし。出来て当然って言うか。とにかく感謝しろし」
「なんて偉そうな……まぁ……事実ではありますからね。ちょびーっとだけなら……感謝してやってもいいですよ」
相変わらず偉そうではあるが、これはピーリカなりの精一杯のお礼。
そんな娘の態度に父親は内心、かなり感激していた。しかしやっぱり彼も素直ではないので。
「もっと頭を地面につけてありがとうございましたお父様くらい言えし」
「そこまでする理由はねーですよ!」
「あるし。超あるし」
「パパにそんなお礼をするくらいなら師匠にしてやるです。パパより師匠の方がわたしに色々な事教えてくれてるですからね」
師匠という言葉を聞いた瞬間、父親は顔を強張らせた。




