弟子、おむすびを頬張る
「あら、お腹すいちゃった?」
「パパのクソ野郎、朝ごはん食べる前に誘拐してきたです。というよりわたし、まだ今日は師匠に会ってないのですよ。師匠よりわたしの方が早起きでした。朝起きて、ラミパスちゃんに挨拶したら突然パパがやってきて」
「可哀そうに。じゃあ何か作って来てあげるわ。パパ、その間に教えといてあげてね」
母親は一人、部屋を出て行く。
本当に朝飯前に裁縫を教わる事になってしまったピーリカは、ちらりと父親の方を見た。
娘の視線に気づいた父親は、彼女を鼻で笑った。
「ちょっと魔法使えるようになったからって、良い気になるなし。全然大したことないんだからな」
こんな事を言っているが心の中では盛大な拍手を送っていた。流石はおれの娘、超天才、世界で一番おひめさま! なんて。
口にも態度にも出す事はないので、当然娘にその想いは伝わらない。
「この凄さが分からないなんて。縫えるからって調子乗らないで下さい」
「調子なんて乗ってないし。おれの凄さを崇めひれ伏せ。大体、縫うのなんて簡単だし。シュッてやってブスッてやってニューンってすれば終わるし」
「わ……分かんないですよ、そんなんじゃ! 説明下手くそすぎです! もっと人の言葉で教えやがれです!」
「人の言葉だし! ピーリカに理解力がないだけだし!」
「な、なんて失礼な奴ですか。やっぱりこんなのに教わる事なんてありません、帰る!」
「逃がさないし!」
外へ飛び出した親子。庭のど真ん中にやって来た所で、ピーリカは立ち止まり。父親目掛けて両手を構えた。
「しつこいですね。えぇい、ラリルレリーレ・ラ・ロリーラ!」
親子の足元に現れた魔法陣。スッと消えたと同時に、彼女達の足元の土もごっそり消えて。
「「うわーっ!」」
父娘は同じ叫び声で、同じように落ちた。
三メートル程の深さがある穴の中。尻をついた父親は娘を叱る。
「いたた……おい何すんだしピーリカ! 足止めにしたって危ないし……って、何でピーリカも一緒に落ちて……はっ。まさかお父様と二人きりになりたくてこんな事を?! し、仕方ない奴だし。まぁ本当はピーリカと二人なんて? すっごい嫌だけど? 仕方ないから一緒にいてやるし。感謝しろし!」
言葉では傲慢な態度を取っていた父親だが、顔のニヤケが隠しきれていない。
だがそんなニヤケには気づかず、ピーリカはただ黙っていた。いつもなら反論してくるであろう娘が黙っている事に、父親は少し不安を感じて。
「おい、どうしたんだし。ま、まさか落ちた拍子にどっかぶつけたとかしたのか。どうしようもない奴だな、どこが痛いんだし」
「……どこも痛くねーです」
「じゃあ何でそんな顔してんだし!」
ピーリカは頬を膨らませ、あからさまに怒った表情をしていた。だがこれは目の前で騒がしくしている父親に対してではなく。
魔法を失敗してしまった自分に対してだったりした。
今までであれば失敗したのは魔法が腐ってただとか、目の前に父親がいたからだとか。そんな言い訳をして失敗した事を中々認めなかった。だが今のピーリカには、失敗を認めざるを得ない理由があった。
彼女はここ最近、お勉強をしたのだ。
お勉強をして、正しい呪文を知っていて。それなのにも関わらず、間違えてしまった。そして彼女は今、自分が口にした呪文のどこが間違っていたのかがすぐ分かった。お勉強したから。
だからこそ、ものすごく悔しかった。悔しさが強すぎて、言い訳をするのは逆にカッコ悪いと感じたのである。
「……いいから、放っておいてください」
「……うりゃ」
父親は人差し指を立てて、ピーリカの口角を無理やり上げさせる。そんな手を払い、父親から離れる娘。
「触らないでください!」
「おれだって触りたくないし。ただあまりにもピーリカが、ぶっさいくな顔してるからだし」
「何言ってるんですか。わたしは、どんな顔でもかわいい!」
「そんな事ないし。いつもかわいくないけど、いつも以上に今すっごいぶっさいくだし。ピーリカ、頭の悪いお前に良い事を教えてやるし」
「……何ですか」
「おれはカッコイイ」
「はい?」
自分で自分をカッコイイだなんて。自分の事を棚に上げたピーリカは首を傾げた。ピーリカの父親というだけあって、本当に自分をカッコイイと思っている彼は言葉を続けた。
「おれはカッコイイ。大抵の奴はおれしか見てないだろうけど、中には視野が広すぎてピーリカを見てしまう者もいるだろう。ただでさえピーリカを見てしまった者は不快な気分になるのに、ぶっさいくな顔をしているピーリカなんか見ちゃった時には吐き気を催す。だからそんな顔すんなし。笑った顔のがまだマシだ。怪我してない具合悪くない、なら笑う位出来るだろ。あぁ無理か、ピーリカには笑う事すら難しいか!」
訳:おれはカッコイイ。どんな顔でもピーリカは可愛いけど、やっぱり笑ってる顔が一番だよ! 大丈夫? 怪我してない?
難しすぎる解読。ピーリカに理解出来るはずもなく。
悔しさにイライラが加わって、一気に機嫌の悪くなったピーリカは――。
「パパなんかカッコよくねーですからぁっ!」
国中に聞こえたのではないかと思われるくらい、大声で怒った。
その声に導かれたかのように、穴の中を覗く者がいた。
「あらまぁ。お部屋からいなくなったと思ったら、こんな所にいたの」
「「ママ!」」
母親の顔を見て少し冷静さを取り戻したピーリカは、スッと両手を上へ伸ばした。
「ママ、助けろ下さい。かわいい娘が困ってますよ」
「ピーリカ、お裁縫教わったの?」
「パパに教わる事なんて何もねーです」
「ママ教えてもらってって言ったわよね。ピーリカ、ママの言う事聞けるお利口さんでしょ?」
「そりゃわたしはお利口さんですけど」
「じゃあ教わるまで助けてあげない。魔法で出てきたりするのもダメよ。教わらない内に出てきたら、ママ今後マージジルマ様に養育費払わないから」
「そんな! 師匠はお金大好きなんですよ。心の優しいわたしには師匠から大好きなものを奪うなんて出来ない!」
「ならパパに教わってね。ご飯はあげるわ」
そう言って母親はビニールに包まれたおむすびを一つ、ころりん。
お腹が空いていたピーリカはすぐさまキャッチ。ビニールを外し、パクリと食べた。ほんのり温かいお米を優しく包む海苔。まだ味わえてはいないが、中にはオレンジ色をした魚の身が隠れているのが見えた。
娘がお腹を満たしている間に、母親は父親に声をかける。
「パパもおむすび食べる? いるなら作ってくるけど」
「おむすびはいらないけど、脱出するための何かが欲しい」
「ピーリカに教えてあげるまで出してあげないってば。優しく教えてあげるのよ。カッコよくて強くて超天才のパパになら出来るわよね? 出来ないの?」
「お……おれに不可能なんてないし!」
出来ないのかと言われてしまえば、出来なくても出来ると答えてしまう血筋。
父娘の性格を理解している母親はニッコリ笑って。
「そう。じゃあお願いねー」
ただそれだけ言って、その場から去って行ってしまった。
穴の中からだと嫁の姿が見えなくなってしまった事を寂しく思いながら、おむすびを頬張る娘に目を向けた父親。
娘は見られている事に気づくと、自身の背後に食べかけのおむすびを隠す。
「あげませんよ!」
「ピーリカの食べかけなんていらないし。喉詰まらせて死なれてもめんどくさいし、よく噛んで食べろし」
分かりずらい心配をした父親。
腹が減っては戦は出来ぬと考えたピーリカは、隠したおむすびを再び口元に運び。まずお腹を満たした。きっとこれから、父親と大喧嘩をすると予想して。




