弟子、チクる
「うわっ、取れない!」
お面を剥がそうとする老人。マージジルマは一応申し訳なさそうに言った。
「悪いな。つーか赤の民族なら民族衣装つけてろよ」
「民族が絶対衣装身に着けてないといけないって決まりもないですし。最近じゃあれつけてるの、シャバ様とお役所仕事の人だけですよ。これ外して下さい!」
「悪いな。お前顔怖いんだよ」
「よく言われますけどぉ」
悲し気な声を出しながら、老人は一生懸命お面を剥がそうとする。
ピーリカの父親はマージジルマを指さしながら怒鳴った。
「おれの客に何するんだし!」
「心配しなくとも一時間後には取れるっての。ピーリカがビビってるから、許せよな」
「ピーリカがビビる……?」
「コイツ怖い顔した年寄り苦手なんだよ。バルス公国の老害に攻撃されたりマハリクのクソババアに怒られたせいか、最近特にな」
「強気なピーリカがそんなもん怖がる訳ないし」
「強気だから怖いとは言わねぇよ。けどあからさまにビビってるだろ。慣れてしまえばいつも通りのクソ生意気な態度取るけどな」
ピーリカは「わたしに怖いものなどありません!」など強がっているが、実際は怖いものがバレて少し恥ずかしがっている。
父親は自分以外の男が娘を理解しているという事に腹を立てている。だからと言って八つ当たりしか出来ないのだが。
「ふん、自分だけピーリカの嫌いなもの知ってるからって良い気になるなよ!」
「違う。苦手なものであって嫌いなものじゃない。嫌いなものは多分、お前」
「なんだと!」
怒り方が娘と同じ父親。
ピーリカは自分の事を理解してくれているマージジルマにトキめいていた。弟子の想いに気づかない師匠は、父親に向かってため息を吐いた。
「全く。こんな所で騒ぐなよな。迷惑だろ」
「おれが迷惑な訳ないだろ。おれは存在自体が素晴らしいものだし。むしろここにいて下さい、いてもらえてありがたき幸せと言われる存在だし!」
「言ってる事がピーリカとほぼ同じなんだよなあ」
「うるさい、黙れし!」
これ以上何を言っても無駄だと思ったマージジルマは、片手を伸ばし。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
黒の魔法を弟子の父親目掛けて放った。彼の顔の前に現れた魔法陣。
「うわっ、突然……何……」
床に倒れ、爆睡し始めた父親。ピーリカが今の内だと言わんばかりにいベチンベチンと父親の頭を叩く。
それでも起きる様子のない父親をマージジルマは指さした。
「そうだピーリカ。また悪夢見せとけよ」
「あれは三日に一回するんじゃなかったですか?」
「だってちゃんとかけられたか確認したかったんだろ。どうしても三日に一回しなくちゃいけない訳でもねぇし。直接見たいんなら今やればいい」
「わたしは天才ですから、どうせ成功してるはずですし確認しなくてもいいんですけど……でも天才である事を再確認するのも悪くないですね」
「面倒な奴だな。まぁいい。今度は鮮明に、なんなら自分が怖いと思う事を見せてやれ」
ピーリカは考え込む。自分にとって怖い事は師匠と離れる事だが、恐らくパパにとってはマージジルマと離れるなんて怖い事ではないだろう。むしろ喜ばしい事かもしれない。
「じゃあ巨大化した顔の怖い爺さんに掴まれてどこかへ連れて行かれてしまう夢にでもするです」
やっぱり年寄りの怖い顔は苦手なんだな、と思ったマージジルマだが口にはしない。
ピーリカは父親の前で両手を構えた。
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ!」
魔法を唱えた瞬間、父親の頭の上で魔法陣が光った。
次の瞬間、眠っている父親の眉がピクリと動く。しばらく父親の様子を観察していたピーリカだったが、どんな夢を見ているのかは分からず。魔法陣が消えたものの、父親は起きる様子もなければ変化もない。どうする事も出来ずに、師匠の顔を見た。
「これ寝ててもわたしには夢が見えないから分かりにくいですね。どうすればいいんですか」
「見えたら見えたでお前怯えるだろ。どうもするな、放っておけ」
「わたしが怯えるものなんてこの世にないです。もしそんなものがあったとしても、ちゃんと攻撃するです」
「やめろ。攻撃していいのは悪い奴と、パンプルみてぇに依頼で殴って良いって言われた奴だけだ」
その教えはどうなんだ。周囲にいた老人や従業員たちはそう思ったものの、余計な事を言って攻撃されたくもないので黙っている。
「うわぁっ」
ピーリカの父親は叫び声をあげ、がばっと起き上がったかと思えば。ひょいとピーリカの体を持ち上げた。
「やっぱり連れて帰る!」
「きゃーっ、誘拐犯!」
理由も言わず、店内を飛び出し。
再びピーリカを連れ去った。
「おい待てっ」
ピーリカ達を追いかけて行こうとしたマージジルマの腕を老人が掴む。愛らしいウサギのお面の下では、きっと涙を浮かべている。
「お待ちくださいマージジルマ様。この後も仕事があるのです、一時間も待っていられません。どうか外して下さい」
「今それどころじゃねぇんだっての。離せ、クソっ」
悪い事をしていない一般人を殴れば、いくらマージジルマのような偉い立場でも捕まりかねない。そう考えたマージジルマは老人の頭を掴み床へ押し付ける。その行動がアウトかセーフで言えばアウトであるが、周りにいた従業員は『まぁ殴ってないから』と甘い判断をして。ただマージジルマを宥めた。
再び実家へ連れて帰られたピーリカ。「離せ」だの「パパの阿呆」だの叫んではいるが、ここまで大人しく連れてこられたのは『師匠が迎えに来てくれるんじゃないか』と期待してるせいである。
だが師匠が来る事はなく、ピーリカは父親に抱えられたまま広々としたリビングの中へ入っていく。
「ただいまママ、ピーリカが落ちてたから拾ってきてやったし! 街の清潔さを保つためにもゴミが落ちてたら拾ってくるのは当然だからな。おれ偉い!」
「パパ、お仕事先の方は?」
「あっ」
母親に言われ老人を置いて来てしまった事を思い出した父親。ピーリカはここぞとばかりにチクり始める。
「パパは爺さん置いてわたしを誘拐したです!」
「ピーリカ! チクんなし!」
ピーリカをその場におろし、両手で口元を塞ぐ父親。そんな様子を見て、母親は笑みを浮かべた。
「あらあら、お仕事放って来るなんて。大黒柱としてどうなのかしら」
笑顔ではあるものの、冷たげな瞳に怯える父親。彼はピーリカと似ているだけあって、好きな人に嫌われるのが一番怖い。
そして自分の非をなかなか認めない所もよく似ている。
「だ、だってピーリカが」
「まぁパパがお仕事放って来る訳ないわよね。パパ、天才だものねぇ」
「と、当然だし。すぐ戻って急いで帰って来るから。今に見てろし!」
ピーリカから手を離した父親は、まるで捨て台詞のような言葉を残し街へ戻っていた。ピーリカは父親の後ろ姿を指さしながら母に問いた。
「ママはなんであんなのと結婚したですか?」
「将来性」
「しょうらいせー……?」
「それよりピーリカ。今の内に帰りなさいな。マージジルマ様が待ってるんじゃないの?」
「そうですね。師匠はわたしがいないと萎れるですからね」
萎れると言ったピーリカは、まち針の存在を思い出した。急いでバッグをあけ、ソーイングセットを取り出す。
それを見た母親は口元に手を添えた。
「あら、それパパのじゃない」
「パパの!?」
「そうよ。お仕事でデザイン考える時にちょこちょこーって使うやつ。失くしたって言ってたけど、ピーリカが持ってたのね」
「パパのを持っていただなんて……いつまでも持ってるの嫌なのですぐ返さないと。そうだママ、お裁縫教えろ下さい。シャツのボタンがつけられねーです」
「あら、つけてあげようか」
「いいえ。いくらママでもゆずれねーものはあるですよ」
「ふふ。そう。ならパパに教わりなさい」




