師弟、手紙を出しに行く
「書き終わったら見せろよ。変な事書いてないか確認してやる」
「天才のわたしが変な事なんて書く訳ないじゃないですか。師匠はやっぱりおバカさんですね」
「前回のあれは何だよ」
「あれは……パパを陥れるための罠ですから、変な事じゃねぇです!」
照れ隠しに嘘をつきつつ、ピーリカは手紙を書いた。
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なんにもできないパパへ
にんげんなにかしらとりえはあるといいます
が、わたしのかわいらしさをりかいできない
あほのパパにはとりえなんてないですよ。だ
ってわたしはだれよりいちばんです。
てんしのようなあいらしさをりかいするため
もっとびてきセンスをまなんでください。
かなりアホですがししょーのほうがまだとり
えがあるですよ。だってわたしのかわいさを
りかいしてますから。
ママにもつたえろです。てんさいのわたしは
せかいいちつよくなるのでしんぱいいりませ
ん。
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内容を確認したマージジルマは、苦笑いでピーリカの手紙を折りたたんだ。
「まぁ、これならいいか。別に俺お前のかわいさなんて理解してねぇけど」
「じゃあ師匠も取り柄なんてないですね!」
「そんな事ねぇよ。ところで、お前の縦読みはワザとか?」
「まだ縦と横を理解してねーですか。わたしは横に書いたでしょう」
「じゃあ無自覚で書いてんのか。すげーなお前」
「むじかくがなんだか分からねーですが、わたしはすごいです。今気づいたんですか? 遅いんですよ」
「分かんねぇのに威張るな」
マージジルマは自分の書いたものと合わせ、二人の手紙を封筒に入れる。
「じゃあ早速出しに行くか。ついでだから、いるみねーしょんの宣伝してこよう」
「ふむ。では準備するですね」
「別にお前は留守番しててもいいぞ」
「頼りない師匠に任せる事など出来ません。パパへの手紙なので無くなっても構わないですけどね、書いたからには確実に出さないと勿体ないでしょう?」
「手紙出すくらい何てことねぇよ。まぁいい、とっとと行くぞ」
「待てです。ならばオシャレしてくるですからね。ちょっと待ってろですね」
「あっ、おい!」
師匠に引き留められてもピーリカは止まらない。
自分の部屋に行き、いつも通りドレッサーの前に座り。頭につけたリボンの角度を確認し、リップクリームをぬりぬり。
「よし、美少女!」
自信たっぷりに笑みを浮かべて、ベッドの脇にかけられたこげ茶色のショルダーバッグを手に取る。
「そういや花は萎れたですかね」
バッグの中を開け、まち針を見る。当然、プラスチックで出来た花が萎れる事はなかった。
「しつこい花ですね……」
「おいピーリカ、早くしろ!」
「いっ、言われなくても分かってるです! 急かす男はモテねーですよ!」
外から聞こえた師匠の声に急がされ、ピーリカは針をソーイングセットの中へ戻しバッグの口を閉めた。
「よし行くぞ。会った一人一人に宣伝したいからな、歩いて行くか」
「ならば師匠。寒いのでおてて握らせてやるです。光栄に思えですよ」
「今日そんなに寒くねぇだろ」
「わたしには寒いんですよ。師匠と違ってデリケートなので、ほんの少しの気温の違いでも敏感なんです」
「そうかよ。んじゃ、ほれ」
差し出された右手を握る弟子。
寒いと言えばくっついていいという師匠の言い訳に、すっかり味を占めてしまったピーリカであった。
街中にある〒というマークのついた真っ白な建物。ここは手紙や荷物を出せば運んでくれる便利な会社だった。手紙や荷物を預けに、大人や子供が多く並んでいる。手を繋いだまま会社の中へ入った師弟も列に並び、しばらくして従業員の女の前に立った。
「いらっしゃいませ! 爆ぜればいいのに!」
従業員の女もまた黒の民族であった。
マージジルマは呆れた様子で手紙と配送料分の硬貨を渡す。
「客に向かって何だその態度は」
「マージジルマ様がピーリカ嬢に手ぇ出してたので……」
「出してねぇよ。暖房になってるだけだ。いいから仕事しろ」
「お預かりしまーす」
女は受け取った手紙と硬貨を店の奥へと運ぶ。そのまま帰ろうとした師弟のすぐ横で、別の従業員が色鮮やかな風船の束を持ってやって来た。
「チビ共ーっ、タダで風船配るから取りに来いー。もらった奴はちゃんと親に報告しろよー。そしてもっと手紙を出すように言えー」
子供に宣伝させようとする汚い従業員。だがそんな汚さを知らない子供達はワッと従業員に向かって集まった。マージジルマはちらりとピーリカの顔を見た。弟子は今にも従業員へ近づきそうな、好奇心にあふれた顔をしている。それでも師匠とギュッと握った手は離しそうになかった。
「まだ寒いのか?」
「えぇ。絶対離すなです」
「風船欲しいんだろ。タダみたいだし、貰ってきていいぞ」
「バカにするなです。あんなものに喜ぶ程子供じゃねーですから」
そう言い張る弟子だが、配られる風船から目を離さない。マージジルマはため息を吐いて、ピーリカの手を握りながら風船を配る従業員に近づいた。そして。
「おい、風船を寄越せ」
風船をカツアゲしようとし始めた。
師匠の行動を理解した弟子は顔を赤くさせる。手は離さない。
「ちょっと師匠! お金ならまだしも風船を奪おうとしないで下さい、弟子として恥ずかしい!」
「俺だって好き好んで奪おうとしてる訳じゃねぇよ」
「タダだからっていらないものまで貰おうとするなです」
「うるせーうるせー」
マージジルマは従業員からピンク色の風船を奪うように受け取り、ピーリカに渡す。
「もらったけどやっぱりいらないから、お前にやる」
「……ゴミを押し付けるなですよ。でもポイ捨ては悪い事ですからね、しょうがねーからもらってやるです!」
素直に受け取る事は出来ないピーリカ。だがその表情は明らかに喜んでいる。
目の前で起きた師弟のやり取りを見て、従業員はマージジルマに問いた。
「マージジルマ様の巨乳好きってフェイクだったりするんですか?」
「んな訳あるか。俺は巨乳以外好きになった事ねぇよ」
「でもピーリカ嬢に風船あげてるし。手ぇ繋いでるし」
「その位惚れた女以外にだってやってやる」
「うーん。それでお父さんは納得しますかねぇ。すごい顔してますけど」
「お父さん?」
「ほら、そこ」
従業員が指さした先を見る師弟。見れば弟子の父親と、いかつい顔つきをした赤い髪の老人がこちらを見ている。
「うわーっ、また出たーっ!」
父親の顔を見るなり、ピーリカはすぐさま握っていた手を離し、マージジルマの背後に隠れた。そんな娘の態度に、父親は人目も気にせず大声で怒った。
「人を幽霊みたいに言うなし! 来たのだって仕事の関係でだし。むしろ何でそっちがいるんだし!」
マージジルマの背後に隠れたまま、ピーリカは憎まれ口を叩いた。
「貴様がゴミみたいな手紙を送って来たからでしょう! それでも心優しいわたしは、わざわざお返事を出しに来てやったのです。光栄に思えですよ!」
「おれの手紙がゴミなはずないし。仮にゴミだったとしても、このおれからもらえたんだ。むしろ感謝しろし!」
喧嘩を始めた親子を気にせず、マージジルマは従業員の女の元に戻り「本人いたから直接渡す。手紙と運送料返せ」と言い「無理でーす」と断られた。
ピーリカの父親の隣にいた顔のいかつい老人が、おずおずと親子喧嘩の中に入っていく。
「まぁまぁ。落ち着いて」
赤い髪色からして、老人は赤の民族のようだ。生まれ持っての顔つきなのだろうが、ピーリカにとっては怒ってるように見えた。
「な、何です貴様」
「パメルクさんの仕事相手です。貴方がピーリカ嬢ですか。いやぁ、お可愛らしい」
「わたしが愛らしいのは分かりきった事です。それより頭が高い、跪けですよ!」
子供の戯言だと思っているのか、老人は「おやおや」と微笑ましい目で彼女を見ている。いかつい顔をしているせいで、微笑ましい目も怖く見えるが。
ピーリカは師匠の服の裾をギュッと掴んだ。
出してしまった手紙を諦めたマージジルマは、老人をジッと見つめる。老人はその視線に気づいた。
「こんにちはマージジルマ様。どうかされましたか?」
「ラリルレリーラ・ラ・ロリーラ」
マージジルマは突然、老人目掛けて魔法を発動した。老人の顔の前に光る魔法陣。中から現れた、かわいらしいウサギのお面が老人の顔にへばりつく。




