弟子、父親に誘拐される
「げっ、ピーリカの父親……」
ズカズカと部屋の中に入って来たピーリカの父親は、右足を机の上に乗せた。威圧的な態度で、椅子に座ったマージジルマを見下す。
「ここにいやがったかクソ野郎、ピーリカをどこや……ったし……」
言い終える前に娘を見つけた父親。愛娘は頭を撫でられながら男の股間に顔を向けうずくまっている。構図的にとてもマズい。
「おまっ、フェっ、なっ、人の娘に何させてんだし!」
父親の顔面が真っ青になった理由を察したマージジルマは椅子を引き、ピーリカから離れる。
「違うからな! 何もしてねぇよ!」
「嘘つくなし。やな夢見たしピーリカからクソみたいな手紙届いたしと思って来てみれば案の定だし! うちの娘たぶらかしやがって!」
「あ? 手紙?」
やな夢というのは昨日ピーリカがかけた呪いの話だろう。しかし手紙というのが分からない。マージジルマが書いた脅迫めいた手紙の事なら分かるが、彼女の父親はピーリカから届いた手紙と言っている。
「俺のじゃなくてピーリカの手紙の内容に怒ってんのか?」
「怒ってんのはお前にだし!」
「何でだよ」
「これを見ろし!」
彼女の父親はマージジルマに一枚の手紙を見せつける。書かれてた丸っこい文字は、間違いなくピーリカの書いた字だった。
ピーリカが「うわーっ、やめろーっ、見るなですよー!」と騒いでいるものの、マージジルマは気にせず彼女が書いた手紙を目で読む。
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センスのないパパへ
かれんであいらしいびしょうじょのわたしは
いつもげんきです。
いっしょにいるししょーもげんきです。
ちょうやさしいししょーはパパとちがい
かならずまいにちチュってしてくれますし、
わたしをギュっとだきしめてくれます。
いえになんてかえりません。だってわたしの
いえはここです。
わたしのことはしんぱいするなです。
たいせつにしてくれる、とってもステキな
ししょーがいますから。
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「ピーリカーっ!」
明らかな嘘を書かれた手紙を見た師匠は、弟子を怒鳴りつける。ピーリカは頬を赤く染めて逆ギレをしてみせた。
「師匠は見るなって言ったですのに!」
「見られて困るなら書くな。つーか嘘を書くんじゃねぇ、いつ俺がお前にチュってしたんだ!」
「それはパパに嫌がらせするために仕方なく。わ、わたしだってそんなのされたくねーです」
本当はしてほしいとは言えないピーリカ。
そんな娘を見て、父親はとても嬉しそうな顔をしている。
「嘘か、そうか。まぁ知ってたし。ピーリカがそんなに可愛がられてるなんて思って無いし。嘘だって分かってたし!」
父親の言葉にムッとしたピーリカは、師匠から離れ父親の前に仁王立ち。そして負けじと言い返す。
「嘘じゃねぇですもん。師匠はわたしをとってもかわいがってくれてるですもん」
「ピーリカを可愛がるとか、いくらあの頭おかしいトンチキ野郎でもあり得ないに決まってるし」
「そんな事ねぇです! 師匠はわたしの事大好きなんですから! わたしは嫌なんですけど、仕方なく一緒にいてやってるです。それに、えーと、そうだ。ご飯もお風呂も一緒です! 夜だって一緒に寝てやってるですからね!」
軽率に嘘をつくピーリカに、流石のマージジルマも黙ってなんていられない。
「とんでもねぇ嘘ついてんじゃねぇ!」
「嘘だという嘘やめろです」
喧嘩する師弟の態度も、人が見ればイチャつきに見えなくもない。
ピーリカの父親は体を震わせ始めて。
「やっぱり、こんな所に置いておく事なんで出来ないし。連れて帰るし!」
そう言って娘の体を持ち上げ、ひょいっと小脇に抱える。
マージジルマは真面目な表情を見せてパメルクを止めた。
「待て、いくら父親でも譲れねぇよ。ピーリカは連れて行かせねぇ」
「師匠っ……!」
真剣な顔つきの師匠に、思わずトキめいた弟子。
しかし。
「今月は電気代タダなんだ。せっかくタダなのに一人しかいないのなんて勿体ねぇだろ、連れて行くならせめて来月にしろ!」
「……もうちょっとマシな理由で怒りやがれです!」
ピーリカが怒りの声をあげても彼女の父親は足を止めない。彼女を抱えたまま家を飛び出した。
山を下る親子。後ろからマージジルマが追いかけてくる様子は見えない。
山のふもとにやってきた所で、ピーリカは黒髪の男を視界に入れた。師匠ではないモブの男だが、このままだと本当に連れて帰られてしまう。この際コイツでもいい。ピーリカはモブに声をかけた。
「そこのモブ! 美少女が誘拐されそうです、助けなさい!」
声をかけられて顔をあげたモブは、言葉でパメルクの足を止めさせる。
「あ、パメルクさん。この間の新作カッコ良かったです」
それだけで上機嫌になった父親は立ち止まり、得意げに言った。
「当然だし。おれ超天才だし」
逆に不機嫌になったのはピーリカだ。自分を放っておかれ父親が褒められている事に腹を立てている。
父親に抱えられたまま、モブに対して怒りの声を上げる。
「貴様、パパを褒めるとは何事ですか。褒めるならわたしを褒めろです!」
「ピーリカ嬢の何を褒めろって?」
「存在!」
「スケールがデカすぎなんだよなぁ」
素直に娘を褒める事の出来ない父親は、ピーリカを嘲笑う。
「ピーリカに褒める所なんて何一つないに決まってるし。人を困らせんなし!」
「はんっ、わたしの良さが分からないとは。やっぱりパパはおバカさんですね。その点師匠はわたしの愛らしさを十分理解してるですから。少しはまともな男ですよ。とにかく早く帰せです。師匠はわたしがいないとダメなんです!」
「あのボサボサ頭に洗脳されてるみたいだ。本当はピーリカと一緒に暮らすのなんて嫌だけど、仕方ないから早く連れて帰るし!」
すぐさま街の方へと走り、その向こうにある自身の家へと向かう父親。ピーリカは両手両足をバタつかせ、モブに助けを求めた。
「きゃあーっ、モブ! 貴様でいいから助けなさい! 誘拐です!」
「誘拐って、お父さんでしょ。仲悪いのは知ってるけど、そこまで酷い目には合わないと思うよ。まぁどうしても嫌だってんなら、マージジルマ様には連絡しておいてあげてもいいよ」
「師匠はもう知ってるですよ。師匠の前で連れ去られたですからね」
「じゃあマージジルマ様が連れ戻してくれるの待ってなよ」
それもいいな。そう思ったピーリカは急に大人しくなった。それどころか。
「ちょっとパパ、もう少し早く走れないんですか? 鈍足ですね」
早く連れ去る事を要求し始めた。
「急に態度変えんなし!」
それもこれも全てマージジルマのせい。そう思っている父親は本当に足を速めた。
ぜぃぜぃと言いながら自身の家の前までたどり着いた父親は、ゆっくりと玄関の扉を開けた。
「ママ」
開けた先にはピーリカの母親がフライパンを持って立っていた。振りかざされたフライパンは、鈍い音を響かせながら父親の頬に力強く当たる。
娘を抱えて走って来て疲労が溜まっていたせいか、それともたまたま打ちどころが悪かったせいか。
理由は分からないが、ピーリカの父親はその場に倒れ込み動かなくなった。
「さ、ピーリカ。帰りなさい。マージジルマ様が待ってるわ」
「パパ死んだですか?」
「この程度で死ぬほどパパはヤワじゃないわ」
「じゃあ帰……いえ、もしかしたら師匠が迎えに来てくれるかもしれねーので。少しお茶でも飲んでいくですかな」
「いいけど、ピーリカがお茶飲んでる間にマージジルマ様に言い寄る女の人がいるかもしれ」
「帰ります」
ピーリカの扱いに慣れている母親。本当はもっと話もしたかったし、お茶くらい飲ませても良かったのだが。目の前で伸びている父親と絡ませるのは面倒だと判断した。
母親は微笑みながら、娘の小さな背中が見えなくなるまで見送っていた。
ピーリカは魔法で誰のものだか分からないほうきを召喚し、すぐさま師匠と共に暮らす家の前まで戻って来た。
「師匠、かわいい弟子が帰りましたよー」
家の中に入ったピーリカは師匠を探す。リビング、地下室、自分の部屋。どこを探してもマージジルマの姿はない。ラミパスもいないシンとした家の中。ピーリカは廊下をウロウロし始めた。
「ま、まさか別の女の元へ行ってしまったとかないでしょうね。いやいや、そんなはずねーですけど、でも、もしかしたら!」
急いで家を飛び出し、周囲を探す。
しばらくしてピーリカは、自身が父親と共に降りて行った道の両脇に生える木に無数の電球が括りつけられている事に気づいた。まだ電気は通っておらず、光ってはいない。
今までこんなものはなかった、そう思い出したピーリカは括りつけられている電球の最終尾を追いかける。
そして道の中間あたり。肩にラミパスを乗せたマージジルマの姿を見つけた。彼はピーリカを見つめると、何事もなかったかのように声をかける。
「お帰り」
「な……何してるんですか!」




